第14話 魔法封じの縄


 むにゃむにゃ、むにゃむにゃとヴィットとルイゾンがやりとりをしている。

 その場ではぼけっとしていることしかできなかったミレナだったが、ルイゾンが監視兵を置いて天幕を去ると、ヴィットはちゃんと何を言っていたのか説明してくれた。


「ペーツェル王国の軍事力を取り上げるのが目的らしい。俺たちのことは労働力として使うつもりのようだ」


 くっ、とヴィットは悔しげに言った。


「誉れある魔法兵士が単なる労働力だと? ふざけたことを」


 単なる労働力でしかない農奴出身のミレナは、そこに関しては特に何も思うところは無かった。むしろ、兵士の身分の捕虜なら食べ物も農奴よりは上等なものを与えられるだろう。問題は、捕虜ならお金がもらえないという、ただその一点だった。

 お金をいちどきに大量にもらいたい。そうするには……シェルべかペーツェルかどちらでも構わないが、とにかく戦って軍功を認められなくては。

 ミレナは思い悩んだ。シェルべから逃げ切ってペーツェル側について戦争に勝つか、シェルべに寝返って兵士にしてもらって戦争に勝つか。シェルべとペーツェルならシェルべの方が強いそうだから、後者の方が確実にお金をもらえるだろうか。


「でも、どうやって魔法兵士を捕虜にするの? いつでも武器を出せる私たちをこのまま捕まえておくのは、難しいと思うけど……」

「エーファお前、分からないか? 今俺たちを縛っているのは魔法封じの縄だ」

「えっ」

「シェルべ王国は魔法に頼ることをやめた。敵軍は魔法部隊を使っていなかっただろう? やつらは魔法兵士になった者にこの縄をつけさせて、魔法を抑えているんだ」

「あれまあ!」


 ミレナは声を上げた。


「シェルべ軍は魔法を禁止しとるんか? それじゃ私はシェルべ軍の中では戦わせてもらえねえってえことか?」


 ヴィットは信じられないといった様子でミレナを見た。


「お前、何を堂々と寝返るつもりでいるんだ!」

「金をくれるんなら国なんてどこでも……。でもそうか、シェルべは魔法兵士に金をくれんのか……。残念じゃ」


 ミレナは嘆息した。


「そしたら、シェルべから逃げ切ってペーツェル軍に戻って、その上でペーツェル軍に勝ってもらわにゃあ」

「だから」


 ヴィットは苛立たしそうに言った。


「それが難しいから困ってるんだろうが! 魔法封じの縄で縛られてしまったら、どんなに熟練度の高い魔法兵士でもこんな小さな馬しか出せないんだぞ」


 ぽんっと小指ほどの大きさの馬が現れて、辺りを駆け回り始めた。


「か、かわいい」

「そうだべなあ」


 ゴホンとヴィットは咳払いして馬を消した。


「僕たちが逃げ出すことなんて……」

「でも刃物があれば縄は切れるじゃろ? 早く槍を出してくれ」

「だから、僕は針ほどにも小さな槍しか出すことが出来な……」


 ゴトン、と音がして、包丁ほどの大きさの、淡く光る槍が出現した。


「おお、これだけの大きさがありゃあ縄を切るには充分だべ」

「お、思ったより千倍は大きいのが出た……」

「むにゃ、むにゃむにゃ!」


 監視の者が何か喋った。


「むにゃむにゃ!」


 ヴィットは足蹴にされて、悔しそうに歯を食いしばった。取り上げられた槍はパッと消えた。


「どれ、私もやってみるか」


 ゴトン、と銃身が短い銃が手の中に出た。


「……何だその銃は。使い物になるのか?」

「初めて見る形だなあ……」

「使い物にはなるべ。思えば別に、あんなに大きくなくても弾は撃てるからなあ」

「むにゃ!」


 監視の者が取り上げた銃は瞬く間に消え、ミレナはもう新しい銃を手にしていた。


「ごめんなあ、シェルべのお人。これも私の大いなる目的のためじゃ、勘弁してなあ」


 縛られてうまく動かせない手の中で、ミレナは銃を支えた。腕を真っ直ぐに伸ばす。引き金がうまく引けないが、問題はない。

 引き金を引くのはあくまで攻撃開始のきっかけ。実際にやっていることは、魔力で作った弾丸を、魔力でひたすら撃ち出すという、単純な力技。あとはそれを支えられるだけの体があれば、魔法の銃は使い物になる。必中の銃。


 パァンと空気が弾ける音がして、監視の者が倒れた。

 ミレナは顔をしかめた。


「うっ……。うーん、威力はちょっと落ちちまうなあ」


 パァン、パァン、と天幕内の監視兵を全て倒すと、ミレナは立ち上がった。


「ほれ、逃げるぞ。ヴィット、エーファ、それに先輩方も」


 ノランたち先輩方も戸惑いがちに立ち上がり、ミレナに続いて天幕を抜け出した。


 甲高い銃声を聞きつけた者たちが何事かとこちらにやってくる。


「むにゃ! むにゃむにゃ!」

「むにゃむにゃ……。むにゃ、むにゃ!」

「何て言っとるか分からんが、私らの逃げる邪魔をするなら仕方ねえ!」


 またも銃声が連続して響き、集まって来た人々が倒れる。


「助かった、ミレナ! とりあえず森の奥まで逃げ切るぞ!」


 ヴィットが先陣きって走り出す。エーファやノランたちがそれに続く。ミレナは残りの追手を銃の連射で一掃すると、自分もヴィットに続いて森に入ろうとする。


「むにゃー!」


 後ろから猛然と迫ってくる敵兵の姿があった。


「ヒッ、まだいた! ミレナ!」


 エーファが頼んだ。ミレナは撃とうと試してみたが、弾が出なかった。


「ちょっと今はこれ以上は撃てんみたいじゃ」

「えっ、そんなあ……。んぐぐ……えいっ」


 エーファが頑張って小振りの盾を出したので、追手はそれに躓いてすっ転んだ。その隙にみんなで森の中に飛び込む。ひたすら闇雲に走って追手の目をかわす。木の根や枝をよけながら走りに走る。ようやく撒けたところで、みんなは肩で息をしながら立ち止まった。


「ぼ、僕らの代が選ばれた戦士で本当によかった……。とりあえず、僕が縄を断つ。ミレナ、こっちに手を寄越せ」


 ヴィットが言った。


「はいよ」


 ミレナは腕を差し出した。

 ヴィットはあの短すぎる槍を出現させると、縛られたままの手で、刃の先をぎりぎりと縄に擦り付けた。


「連中が魔法兵士を侮っていたことも幸いした。この程度の拘束など……ふんっ!」


 ぶつんと魔法封じの縄が途切れた。


「おお、ありがとうなあ、ヴィット。それじゃ、あとは私が切ってあげよう。誰からにする?」

「僕からに決まっているだろう! そうしたら槍ももっと切れ味が良いのが出せる!」

「おお、なるほど。じゃあヴィット、手をこっちに」


 ぶつんと縄が切れると、ヴィットは小さな槍を出し直した。ヴィットはそれで瞬く間に全員の縄を解いた。


「はあ〜」


 ノランが溜息をついた。


「君たちを騙して連れて行ったのに、逆に助けられちゃったよ。申し訳ない。ありがとう……」

「いんやあ、別に、どうってことねえですよ」

「僕はまだ根に持ってますからね。縄、つけといたままでも良かったんですよ」

「ま、まあまあ……戦力は多い方がいいから……ね?」


 さて、できれば今度こそペーツェル軍と合流したいところであるが、うまくいくかどうか。早くしないとまたシェルべ軍に見つかってしまう。見つかったら今度こそ命はなさそうだ。


「シェルべに領土を攻め込まれている今、ペーツェル軍は早足で東へ退却しているはずだ。僕たちも急ごう」


 ヴィットが先導して歩き出す。

 ほどなくしてミレナが「うぅ……」と呻き出した。


「ミレナ、どうかした? 顔色が悪い……」

「いんや、何ともねえ。気持ちの問題じゃ。人を殺すと、こうなっちまうらしい」


 ミレナの脳裏には殺した敵兵の姿がこびりついていた。

 戦場で果敢に突進して来た敵兵たち。ミレナが殺した死体を踏み越えて襲って来た敵兵たち。天幕の中で見張りに当たっていた敵兵たち。異変を察知して追って来た敵兵たち。

 撃たれた瞬間のその顔。鮮血。糸が切れたようにくずおれる姿。

 全部ミレナがやった。

 全部ミレナが命を奪った。

 彼らにだって思い合う家族がいただろうに……。

 ミレナとティモのように。


「軟弱者め。僕の馬に乗るか?」

「いんや、馬は乗り方が分からねえから、いい」

「僕がまた背負って行こうか」

「大丈夫です。先輩の手を煩わせるようなことじゃねえんで」


 大丈夫だ、今回は。少し慣れてきた。

 ミレナは時折雷のように脳裏に蘇る人殺しの感覚を、少しずつなだめながら、できるだけしゃんと背を伸ばしてみんなの後に続いた。

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