コラジオ(1-4)
「え、えっと。こんにちは? フェクトの旦那は……」
「フェクト様でしたら、商品を取りに奥の方へ。貴方は?」
「お、俺っちは旦那に助けてもらったお礼を持ってきただけで……。邪魔なら帰るんで!」
可愛らしい少女に見つめられてコラジオはしどろもどろに答える。貧民街に生きてきたコラジオにとって、同年代の可愛らしい少女と話すのは初めてだった。
「あら、邪魔だなんてそんな。待つ間、私も暇を持て余してたの。話し相手になってもらえる?」
「えぇっ! いや、そりゃ俺っちでよければ喜んで。でも、あんたは俺っちが怖くないのか?」
思いもよらない誘いに、コラジオは驚く。生来からの威圧感と貧しさゆえのみすぼらしさからコラジオは怖がられるか避けられるかの人生を送ってきた。ともに過ごした仲間達なら別だが、これほど気軽にコラジオに話しかけてきた相手は今までにいなかったのだ。
「怖い? んー、そうね。【ギラギラ】と獲物を見つめるような目のことかしら。それとも、その傷?」
「いや、俺っちも何故かはわからないけど怖いってよく言われるもんだから」
「何はともあれ、私は印象だけで相手を判断しないわ。こう見えても一人前の商人でね。人や物を見極める眼は持ってるつもりなの。その眼で言えば貴方は……。うん、素直で好ましい人ね」
少女はわざとらしく片目を瞑り、コラジオをしっかり見つめると小さく頷いた。にこりと微笑む笑顔が可愛らしく、コラジオの心臓がどきりと跳ねる。
「そんなこと、初めて言われたよ。それにしても、商人か……。俺っちと同じくらいに見えるけど、凄いんだなぁ」
「あら、ありがとう。そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はチアーレ商会第六支部店の店長、カリーナよ。よろしくね」
恭しい一礼の後にカリーナが一枚の金属札をコラジオに差し出した。
「それは私の名札。ここで会ったのも何かの縁だもの。それを出せば私の店で悪いようにはされないはずだから、持っておくといいわ」
「よくわからないけど、ありがたく頂戴するよ。俺っちはコラジオ。今は何者でもないけど、いずれ大物になる男だから憶えておいてくれよな!」
名札を受け取ったコラジオはカリーナの手を取ってぶんぶんと振る。一瞬カリーナは驚きに目を見開いたものの、コラジオの手を握り返して笑った。
「【ギラギラ】した目を持つ人は、目的を達成する意志の強さを持つものよ。貴方なら本当に大物になれるかもね」
くすくすとカリーナが微笑む。その姿にコラジオはただ見惚れた。初めて普通に接してくれた同年代の異性に、いつしかコラジオの心は奪われていたのだ。
そうして少しの間互いに見つめあった二人の前に、本を抱えたフェクトが奥の部屋から扉を開けて現れた。
フェクトはコラジオの方へ視線を向けると、にこりとした笑みを浮かべる。
「おや、コラジオさん。いらっしゃいませ。用事は済んだんですか?」
「あ、あぁ、そうだ! フェクトの旦那、助けてもらったお礼を持ってきたんだよ」
視線を受けて、じっとカリーナを見つめていたことが途端に恥ずかしくなったコラジオは慌ててフェクトに向き直る。カリーナの名札を服に大事にしまって、かわりに取り出したのはコンパから貰った袋だ。
「おや、お金ですか。ですが、大丈夫ですよ。お金なら私は十分持ってますので」
袋をちらと見つめたフェクトはにこりとした笑顔のまま、袋をコラジオに返す。その様子を眺めていたカリーナは、呆れた様子でため息を漏らした。
「そうでしょうね。フェクト様の本はチアーレ商会で買い取らせていただいてますから」
カリーナはフェクトの本を受け取ると、横に置いていた鞄に本を入れ始める。どう見ても鞄の容量を超える本を入れているにも関わらず、鞄は膨らむこともなく大量の本を納めきった。
「はい、これで受け取りました。こちらが買取金です」
コラジオと話していたときとは一転して、不機嫌そうに顔を歪めたカリーナは事務的な口調でフェクトに金の入った袋を渡す。対してフェクトはにこりとした笑みを崩すことなく袋を受け取った。
「ありがとうございます、カリーナさん」
「いえ、仕事ですから。それと、その笑顔をやめていただけると助かりますわ。失礼を承知で言いますが、不愉快ですので」
フェクトから目を逸らすようにカリーナはコラジオに視線を向け、わずかに口をへの時に曲げる。その表情は不機嫌というよりは困っているようにもコラジオには見えた。
「失礼しました、カリーナさん。癖なもので」
笑顔が溶けるようになくなり、感情の抜けきった表情でフェクトは謝った。
その様子を見つめたカリーナは、ふぅと小さく息を吐き出すとフェクトに向けて頭を下げる。
「いえ、私も言い過ぎですね。ごめんなさい。商人として未熟なのは理解してますわ」
「気にしなくても大丈夫ですよ。それよりも、お時間は大丈夫ですか?」
「そう、ですね……」
フェクトの言葉を受けて頭を上げたカリーナは外を眺めて、陽が傾いていることを確認する。一瞬コラジオに視線を移してカリーナは何か言いたそうに口を開いた。けれど、そのまま何も言わずにカリーナは小さく首を横に振り鞄を持ち上げる。
「少し名残惜しいですが、私も仕事がありますので帰らせていただきますわ。また次の取引で」
「はい。ご武運を」
「えぇ。……コラジオさんも、またご縁がありましたら」
「お、おう! またな!」
深く一礼をして効果屋から立ち去るカリーナにコラジオは手を振る。カリーナはふと振り返ってコラジオを見ると花の咲くような笑みで小さく手を振り返した。
その姿を見つめて、コラジオは心に得体の知れない温かな感情が湧き上がってくるのを感じる。
「……決めた、大商人だ。俺もカリーナと同じ土俵に立ちたい」
呆然とカリーナを見送ってコラジオは無意識に呟く。いつものおちゃらけた口調さえ忘れたその言葉は、偽らざる本心だ。
少し言葉を交わしただけだが、コラジオの心にはカリーナが深く刻みつけられていた。コラジオと平然と話してくれる優しさに、若くして商人として大成する手腕。コラジオはカリーナに淡い恋心と尊敬の念を抱いていた。
「なるほど、それがコラジオさんの目標ですか?」
「うぉっ!? 俺っち、声に出してた?」
「えぇ。もしよろしければ、私がお手伝いしましょうか?」
フェクトに聞かれていたことが恥ずかしく、コラジオは顔を手で覆う。だが、『手伝い』の言葉には大いに興味が湧いていた。
そもそも効果屋とは何か。それはずっとコラジオが気になっていたことだった。
「その、フェクトの旦那は何を手伝ってくれるんだ?」
「その前に、貴方は私に何を差し出せますか?」
フェクトの視線がコラジオを貫く。差し出せるものを考えて、コラジオは小さく笑った。
「いずれ大物になる俺っちとの繋がり。金はいらないんだろ? なら、俺っちが与えられる利はそれくらい。だめか?」
コラジオの答えにフェクトは一瞬驚いたように目を瞬かせ、小さく笑う。
「いえ、面白いので構いません。まずこの質問をするのが私の中での決まりなだけですから。では説明するとですねーー」
そこで語られたのはコラジオにとって驚きの内容だった。フェクトは効果と呼ばれる物を与えたり奪ったりできるのだと言う。効果は人や物の印象や状態を左右し、それを変えることで目標達成の手助けをするのがフェクトの仕事なのだと。
「なるほどなぁ。凄い力もあるもんだ」
コラジオはその説明をすんなり受け入れた。効果という概念を理解できるだけの知恵があったのも大きいが、人を疑わない精神性の持ち主であったこともコラジオがすぐにフェクトの話を受け止められた要因である。
そしてコラジオには【ギラギラ】した目や【ズンッ】と押し潰すような威圧感の効果があるのだとフェクトは教えた。
「ま、待ってくれ! なら俺っちが怖がられるのはその効果のせいなのか?」
「そうですね。商人になるならば、印象の悪さはとっておくのが吉だと思いますよ」
あっさりと長年の悩みを解決する手段が提示されて、コラジオは開いた口が塞がらなくなる。それと同時に、コラジオは商人に何が必要かを必死に頭を巡らせて考えた。
【ギラギラ】とした目は消したくない。それはカリーナが褒めてくれた物だったから。ならば、どうするか。そこでコラジオが思い出したのは、カリーナの言った『相手を見極める目』だった。
コラジオは今まで商人として生きようとしたこともなく、相手を見極めようとした経験もない。むしろ、誰であろうとまず信じるのがコラジオの信条だった。当然その信条を変える気はない。
「フェクトの旦那。俺っちが頭の悪そうな奴に見えるだけの効果はあるかな?」
「ありますよ。【ほわほわ】とかですかね。それを雰囲気として付与すれば、何も考えてないような印象を人に与える効果になります」
「なら、【ズンッ】てやつは取ってその【ほわほわ】が欲しい」
コラジオが思いついたのは、相手に自分を見極めてもらう作戦だ。
コラジオの印象は一見すると【ほわほわ】とした頭の悪い人になる。しかし、より深く理解しようとすれば【ギラギラ】と目標を見据えるコラジオの姿が見えるはずだ。そのどちらとしてコラジオを扱うかで相手の見る目を測ることができる。それこそがコラジオにとっての『相手を見極める目』になるのだ。
「なるほど、承りました。では最後にもう一つ。目標を達成したら、その過程を私に教えてほしいのです」
「もちろん。なんなら俺っちの活躍を本にしてくれてもいい!」
「そのつもりです。それでは契約完了です」
フェクトは小さく頷くと、パチンと指を鳴らす。その瞬間、自分が変えられていることをコラジオは強く感じた。
「これで貴方の効果を変更しました。もう貴方から威圧感は出ていないはずですよ」
「フェクトの旦那、ありがとな!」
コラジオは自分の身体を動かして、違和感がないかを確かめながらにフェクトの手を握る。
「いえ、お気になさらず」
「よし、そんじゃ早速何処かで雇ってくれる店を探してみるか。旦那、また後でな!」
「はい、ご武運を」
やることを決めれば、後はすぐに動き出すのがコラジオの性だった。いってもたってもいられないといった様子でコラジオは立ち上がり、フェクトの声を背に手を振りながら効果屋を出て行く。
この日、コラジオは無事に街外れの小さな商店に雑用として雇われることになった。
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