シロ(3-6)
「間違って、ない?」
「そうだ嬢ちゃん。お前がしたいことは何だ? 仲間を里に連れ戻すことか? 違うだろ。お前はーー」
「黙りなさい、ウォーリ」
ウォーリの言葉がグリエロに遮られる。
「それ以上は邪魔をしていることになりますよ。約束を破る気ですか?」
グリエロがウォーリに向けた左手。その中指の指輪はぼんやりとした光が灯っていた。
「ちっ、黙りゃいいんだろ。目的を見失うな嬢ちゃん。言えるのはこれだけだ」
「目的……。したいこと?」
苛立ち混じりに吐き捨てたウォーリの言葉に、シロは頭を悩ませる。既にシロの心は自分の間違いを認めていた。もっと早くシロが外を知ろうとしていれば、死ぬ仲間を減らせたはずだった。安全な土地と豊富な食糧を得られたはずなのだ。里は強いという驕りが間違いだった。それはクロの言葉通りだ。
「わたしは、間違ってた。それは事実」
「ようやくアンタもわかったわけね」
シロにクロが杖を突きつけて笑う。勝ち誇ったその笑みを見て、シロは自分のしたいことが何かを考えた。したいこと、しようとしていたこと。それは、奴隷として捕まった人達を解放することだ。クロを里に連れ戻すことではない。
「うん。里に連れ戻す気はない。でも、クロは奴隷から解放する。それならいい?」
クロの言葉は正しい。正しいけれど、それが奴隷であり続ける理由にはなっていなかった。
尊厳もなく閉じこめられ、誰かから命令される環境が健全であるはずもない。たった数日奴隷として扱われただけでも、シロは奴隷となることの理不尽さを感じていた。
だからシロはチアーレと協力して、奴隷の人達を解放すると決めたのだ。
「いいわけないでしょ! それじゃアタシの計画が台無しじゃない! ご主人様から呪具の使い方を学んで、アタシはこれからたくさん冒険するのよ!」
クロが激昂して口調を荒げる。理路整然とシロの間違いを語っていた時とは違い、その表情にはシロの知るクロらしさが抜けていた。そして何より、クロの計画が歪んでいるように感じたのだ。
「それ、本当にクロの計画?」
ふと漏らしたシロの言葉にクロが一瞬固まる。
「何を……。だってアタシはようやく里の外に出れたのよ! なら後は冒険をするだけでしょ? だからアタシの計画通りこうして冒険者になって仲間に色々教えてもらいながら一緒に冒険を……あれ?」
クロが困惑するように頭を抱える。その言葉と表情は明らかに異常を含んでいた。クロの計画は冒険者となることだったのだ。その予定と現状は大きくかけ離れている。それなのにクロは今が計画通りだと認識してしまっていた。その歪みがクロを蝕む。
「あぁ、これはよくないですね。思い出してくださいクロミャウラさん。里が嫌いでしょう? 現状を理解してくれないシロニャヴェアさんが憎いでしょう? だから貴女は僕の奴隷となって力を得たい。僕と一緒に冒険がしたい」
「うっ……。アタシは、冒険を……」
クロに向けられたグリエロの右手。その人差し指の指輪にぼうっと光が灯る。淡い光を目にした瞬間にクロの表情が抜け落ちた。
「やめて、クロに変なことしないで」
「変なことなんてしておりませんよ。彼女を導いているんです。これも呪具の恩恵! 彼女が幸せに至るための儀式!」
「ふざけないで」
クロはグリエロによって操られているのだとシロは確信し、怒りに毛を逆立たせる。排除すべきはやはりグリエロなのだと短剣を構えた瞬間、シロの頬が突然切り裂かれた。
何が起きたのか確認しようとシロが見つめた先、蠢いていたのは黒い刃。それはクロの影から伸びていた。
「シロを、殺す。アタシの冒険のために!」
理性を失った瞳でクロはシロを睨み叫ぶ。その瞬間、クロの影が床を離れ刃となりシロに襲いかかった。
「なっ……。これが、クロの呪具の能力?」
向かってくる影の刃に短剣を合わせ弾く。キンッと鋭い音が響き、シロの手に重い衝撃が奔った。確かな質量と硬さを持って、影の刃が迫る。
「『からころ鳴れや礫の楽団』」
「にゃぅ、まずいっ!」
襲いかかる刃を弾いている間にクロから魔法詠唱の一節が聞こえて、シロは焦りながらクロに視線を移した。
「『巌も貫く雨となれ』!」
「『加速』!」
跳ねるように現れた無数の小石がシロに照準を定め一斉に飛来する。その瞬間にシロは跳躍に合わせ加速。刃と小石を横に避け、続く一蹴りでクロへと迫る。
「喰らえっ!」
クロの頭を殴打しようとシロは短剣の柄を振り下ろした。ガンッと音を響かせ右の一撃が影に防がれる。続く左の一撃は直撃するよりも先にクロの右手が添えられた。
「『堅体』!」
魔法により堅くなったクロの右手がシロの攻撃を完全に弾く。そのまま掴もうとする右手から逃げるようにシロはクロを蹴って後ろに跳んだ。
「どう? 隙がないでしょ。今までは手数の差でアンタに負けてたけど、アタシは手数を補う力を手に入れたのよ」
クロは勝ち誇った笑みを浮かべる。対するシロは一連の攻防で息を荒げていた。
「クロ、強い」
中遠距離ならば攻撃魔法、近距離ならば優秀な肉体と自己強化魔法による格闘。そして常に攻撃を続ける影。一人ではなく複数を相手にしているような絶え間ない攻撃にシロは手も足も出なかった。
「なにか言った? アンタ昔から声が小さいのよ。そのくせいつも怒ったようにアタシのことを見て、そんなところも嫌いだったわ」
声を張り上げてクロが怒りを露わにする。その様子にシロは違和感を覚えた。普通ではない。けれど、何が。
「わたしは怒ったことない。ずっと、クロと仲良くなりたかった」
シロはクロの勘違いを正そうと、想いを告げる。けれど、クロは気にした様子もなく影の刃をシロに振りかざした。
「『こんこん叩けや岩の塔』!」
張り上げる声はより大きく、クロは魔法の一節を唱える。その様子を見つめ、シロは気がついた。クロは周りの音が少しずつ聞こえなくなっているのだ。
「『天まで伸びるーー』。何、音が……」
魔法を唱える終える直前、クロは詠唱を止めて周囲を見回した。猫耳を忙しなく動かして、クロは困惑の表情を浮かべる。
「この音、何? うるさい、うるさい!」
クロは耳を塞ぎ蹲った。その隙を好機と見て、シロはクロに向けて地を駆ける。
「『加速』」
瞬間的に速度を上げ、シロは短剣を構える。攻撃を外すわけにはいかないと意識を集中。シロはクロの手前で地を一際強く蹴った。
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