序章

第1話 始まりの合図

〜短刀〜


我が街の商店街を走り抜ける。


「おー!嬢ちゃん今日も元気だなー。」

「おはようございます!おじさん!」


こんなやり取りが飛び交う活気ある私の自慢の街。

草履屋、食器屋、甘味屋、着物屋などのお店のおじさんやおばさん達と顔を合わせてまた走る。

今日はいい天気だ。

春の暖かな風が心地いい。


「刀鍛冶のおじさん、例のやつ見せて!」


仲の良い商店街の店主の1人の刀鍛冶のおじさんはちょいと面倒というように顔を顰めて耳をほじる。


小薗おそのか。こっちはいつも暇じゃねぇんだぞ。」


刀鍛冶のおじさんはどちらかというと無愛想で、この街でも仲良くしている者は少ない。

きっと客の中で1番親しいのは私だろう。


「約束したじゃんか。ここらの藩の中で強いて有名なあの武士の刀打ち終わったら見せてくれるて!」


少し興奮気味な私を見ておじさんはフッと息を吐く。


「小薗ぐらいじゃよ。怖がられてばかりのわしとお話してくれるのは。」

「それ昨日も言ってたじゃん。それより刀見せてよ〜。」


甘えるように言うと刀を持ってこようとおじさんは家内へ入っていった。

その様子を見ると次第に胸がワクワクしてくる。

だってあの有名な武士の刀を作れとオファーが来る程の腕のいいおじさんのことだ。

きっと刀は素晴らしいものに決まっているだろう。

と、心の中で語っているとおじさんは刀を持って家内から顔をだして「ほらよ。」と手元の刀を見せた。


「やっぱり、おじさんの作る刀は素敵だな。これでならなんでも切れそうだ。」


長くて重量がありそうな立派な刀。

思わず惚れ惚れして手を出すとひょいっと避けられ空振る。


「これこれ、これは人様に使わす刀だ。そんな気軽に触ったらあかん。」

「ちょっくしぐらいいいじゃないか。頭の硬いじいさんだな。」


むすっとした顔をして私は思う。

この上等な刀を見ることも触ることも今後きっとなかなかないだろう。

なのにそうとも考えずこのおじさんは頑固だけでなくケチなやつだ。


「そうむくれるんでない。」


いつの間にか家内に刀を戻して煙草を吸うおじさんは店に出ているある刀を指さした。


「小薗、特別に刀について教えてやろう。」


おじさんの指の先にある刀は短刀と呼ばれるもので、長さは一尺(30㌢)しかない。

私は短刀はあまり好みではない。

私の思い浮かべるカッコイイ戦闘シーンとは程遠い喧嘩というアホらしい見た目の戦闘を思い浮かべるからだ。


「短刀が、なんだよ。見た目地味なだけじゃん。」

「いいか。小薗。」


おじさんは短刀をじっと見て続ける。

その目はなんというか、哀れな人を見るようで、謎の不快感を抱く。


「短刀は人を殺めるにはもってこいの武器だ。いつか、何かを果たさざるおえないときはきっと真っ先に手を染めるのはあの一番右の短刀だろう。もちろん、短刀は立派な武器だそっとそこらの価値観とは程遠いちゃんと活躍した歴史もあるがの。」


信じられない。

だってあの短い刃だ。

かなり接近戦にならなくては刃は届かない。


「嘘だ。私なら絶対に長柄武器ながえぶきを選ぶ。」


だがおじさんは首を横に振った。


「いいや。人が本気になれば頭も冷静になる。そのときには必ず短刀が目に入る。わしはおそのの運命に人を殺すことがない事を願うが、刀職人のわしだから言う。この短刀を手にしてしまったときはそれは『殺す必要がない。』と思っておけ。」


言い切るのと同時に煙を吐く。

煙をすっと鼻を掠め、やはりそれはないなと思った。


「おじさん、覚えてはおくよ。でも私なら絶対に長柄武器を手に取る。」

「ああ、そうであることを願っているよ。」


そしてまたおじさんは煙草を吸った。


〜女の子であること〜


「ただいまぁ〜。」


そこそこ立派な家に住む宮本家は武士の一家。

両親と兄弟四人で暮らしている。

本来六人兄弟であるが上二人の兄は家を出ていて今はたまにこの家に帰ってくる程度。


「小薗、今日は何処へ行ってたんだい。また泥だらけになって。唯一の娘がこんなんで恥知らずが。もう少し女らしくしなさいとあれ程い言ってるでしょ。」


そう、私は六人兄弟の上から3番目の1人娘、宮本みやもと小薗おその

男達の中で育った私は女の子の得意なことは苦手だ。

手先が不器用なので何にもできやしない。


「小薗はもう17だというのにこれじゃあ、一生お嫁にいけないよ。女性らしくして、早く家を出てくれないと宮本家の恥だよ。」

「私、結婚しないもん。」

「我儘言うもんじゃありません。」


母は口酸っぱく言いながら裁縫道具を押し付けてくる。


「これ終わらせないと夕ご飯は抜きだよ。」

「そんな。裁縫一番苦手なのに。」


反対する私の口など無視してスタスタといってしまう。

母がいなくなると溜息をして裁縫はサボって何処か信頼ある野郎の家で晩飯食おうと心に決めた頃母は台所から顔を出していった。


「そういや明日はお見合いだからね。でもまぁ、きっと破局でしょうけど。それでもそれなりに頑張ってよ。宮本家の一員として。」

「嘘だろ!?聞いてない。勝手に決めんな。」


母は反対する私の言葉を聞いてくれなかった。

そしてまた苛立ちを母に気付かれぬように静かに表に出していた。


〜町の騒音と共に〜


「小薗、本当に大丈夫か?」

「なんだよ。何が不満なんだ。」


この町で一番強い娘と噂される程の宮本小薗には沢山の野郎の仲間がいる。

それは皆命乞いをした弱い男どもだ。

別に殺すつもりはないのでこうやって引き連れて遊ぶことが多い。


「いや、小薗怒ってるのかなと。」

「別に怒ってないし、大丈夫だ。」


本当か?と顔を見合わせる後ろの二人。

すると突然、町の騒音が酷く鳴り響いていることに気がついた。

この騒ぎは何だ?

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