第43話・商隊の入城

◎第43話・商隊の入城


 ある日の帝都の大手門。

 商隊が数個、列をなして門の前に集まる。

 よくある光景だ。

「帝都の法により、通行証と荷物を改める」

「承知しました」

 最初の商隊の長が、丁寧に通行証を差し出す。

 番兵長が受け取り、数人の鑑定者にそのまま渡した。

「印影、署名、ともに問題無し」

「紙質に異常無し」

「文面の適合を確認」

 慣れた検認である。曲がりなりにも彼らは専門家であるから、当然の手際だった。

「荷物を改める。ついては協力を求めたい」

「かしこまりました」

 積荷票を番兵長に渡し、商隊の長が合図すると、隊員が覆いを取り去り、荷をほどいた。

 あくまで最初は任意の協力を求める。強引に荷を開けるのは最後の手段であり、可能な限り平穏寄りの手段を用いる。帝都の番兵隊にとっては常識であり、同時に最低限のマナーでもあった。

「……うむ、積み荷に異常無し。通ってよし」

「ありがとうございます。お疲れさまです」

 商隊はぞろぞろと門をくぐり、街の中へと混じっていった。

 もしここにアゼマかそれ以上の戦士がいたら、商隊の構成員、特に非戦闘員の格好をしている者たちが不相応なまでに鍛えた肉体を有しており、所作にある程度の戦いの経験がにじみ出ていることを、見抜いたに違いなかった。


 事前に確保していた家屋で、商隊の構成員の一人が帽子を脱ぎ、付けひげと変装用のかつらを外す。

「無事に潜入できたな」

 傍らの女も変装を解く。

「先行隊が支えてくれたからね。確か……一包党の生き残りだったはず」

 元の姿に戻った二人は、教皇国のマシウスとステラだった。

 ここにはあと十人ほどの男女がいるが、いずれも賊軍の敗残戦力のうち、幹部級の人間である。

「まずは第一歩といったところか。……教皇国『獅子の黄昏』の諸君、各所に仲間たちが着いたかどうか確認に行ってほしい」

 帝都内で「私たちは先日の敗残兵です」と堂々と名乗るわけにはいかないため、大層な暗号名をつけたというわけだ。

「全ては帝国に一矢報い、この国の王族たちを一挙になで斬りにせんがため。その大業には、部隊の緻密な運用が必要になる。細かい仕事だが、どうか協力してほしい」

「合点承知!」

 幹部たちは全く異論を挟まずに返答した。

 現在、彼らのマシウスへの協調性、というより忠誠心は非常に高い水準にある。もし先日の蜂起の前、最初の交渉で中途半端に服従した状態にしてしまっていたら、きっと、かえって先行き不安な道のりになっただろう。彼らの鼻っ柱を一度折り、人数を減らしてでも増長を解いたのは、結果的には正解だった。

「ああ、頼む」

 マシウスが促すと、彼らはそれぞれの配下たちの様子を見に行った。


 人がいなくなったのを見届けると、彼はステラに向き直る。

「さて……『本隊』はどうだ?」

「ええ、『特務部隊』も潜入に成功したようね」

 ステラは事もなげに返答する。

「獅子の黄昏だけでは、どう考えても暗殺……もとい仕手を確実にするのは不可能だと見たが、それは正しかったようだな」

「見込みの通り、特務でなければ、あの白翼たちの集団を突破するのはできなさそうね」

 彼ら二人は、帝都に入った後、途中の訓練場を通りがかった際に白銀戦団の手並みをざっと見た。

 その上で予測するに、きっと獅子の黄昏……賊の残党だけでは、帝都混乱のさなかであっても白翼や白翼兵をすり抜けられない。

 もちろん、白銀戦団と、どころか、八極騎士団とすら、まともにやりあうつもりなど毛頭ない。今回の計画は、暴動班で騒乱を起こし、その混迷に乗じて暗殺班が皇帝と皇女たちを仕留めるというものだった。

 しかし、獅子の黄昏には伝えていない事柄があった。

 真の暗殺班は教皇国の正規戦力たる特務部隊であり、仕手の本命は彼らによって行われるということである。

 もちろん、彼らをもってしても、白銀戦団と真っ向勝負をするのは難しい。暗殺部隊の仕事は対象の暗殺であり、敵の全滅でも、敵集団の崩壊でもない。

 しかし、だからといって賊の残兵たちでは、使命を果たせない。賊軍は、当日は全て暴動に回し、より適した集団によって作戦の本旨を達成する必要があった。

「それから……オリビア皇女を見たが、どう思う」

「どう、というと?」

 彼は語る。

「あの人物を見る限り、やはり皇帝だけでなく皇女たちまで倒すという判断は、正しいものだったと俺は思うが、どうだ」

「ああ、そういう意味ね」

 この作戦を始める前に、彼らは一つの問いにあたった。

 皇帝だけを葬れば、皇女たち、というかソフィアが内紛を起こし、国は二つに割れるだろう。一人仕留めるだけでも、とりあえず効果は挙がる。

 一方、皇女たちまで全滅させれば、分かりやすい内紛の柱すら失われる。帝国は二つどころか、いくつにも千切れ、より大きな混乱を招くことができる。

 マシウスたちは検討の末、後者を選んだ。

「あのオリビア皇女、人望も才覚も予想以上だ。これまでの報告を聞く限り、政治的手腕もある。仮に皇帝だけ討ったところで、きっと内紛はすぐにオリビアの勝利で終息する」

「全く同感ね。オリビアと、ついでにソフィアの暗殺は絶対に必要」

 少々先を見すえすぎている感もあるが、実のところ、これは確実に計算しなければならない要素だった。そうでなければ暗殺の効果が挙がらず、戦略的目標を果たせない。

「分かればいい。まずは着実に積み重ねていこう」

「了解」

 大胆な計画は、静かに最初の一歩を踏み出した。


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