【再UP】青雲の智者――あるいは美女とキャッキャウフフするけしからん男
牛盛空蔵
第1話・緊迫とくちづけ
◎第1話・緊迫とくちづけ
アゼマの脳裏に、自らの死のビジョンがよぎった。
目の前には武装した女が三人。それぞれ剣、手槍、薙刀を持っている。
数の多寡だけではない。腕前も、一人一人がアゼマを上回っている。彼も生半可な剣士など一撃で倒せる遣い手だが、その彼を、彼女らは一対一でも圧倒するだろう。アゼマほどの者なら、敵を見ただけで、それぐらいは分かる。
つい、街での駐留中に、用を足しに単独行動をしたのが間違いだった。まさかこれほどの敵が潜んでいようとは。部隊は町に着いたばかりで、敵のあぶり出しをまだしていなかったのだ。
彼女らは、無言のまま距離を縮めていく。
「あなたがたはどこの誰だ。名を名乗ってほしい」
しかし言葉は出てこない。
「僕の素性を知っているのか」
沈黙。
「教皇国の者ではないのか?」
やはり沈黙。
「くっ……問答無用というわけか」
アゼマは剣を構え、気を研ぎ澄ます。
勝てないと分かっていても、あきらめて死ぬという選択肢はない。たとえ敗北を喫しても、せめて生きて帰ることは武将の務め。
女たちが、静かに間合いに入る。
「はあぁ!」
アゼマは敵の一人に、猛然と斬りかかった。
彼は目を覚ました。
ごく普通の、石造りの天井。
胸のあたりに鈍い痛みが走る。
「うう……」
状況が理解できない。自分は女三人組に討たれたのではなかったか。
いや、生け捕りにされたのか。きっと胸部に打撃を食らい、気絶していたのだろう。その後、この家らしき建物に連れてこられた。
相手はどこの所属かもわからない。慎重にいかねば。
「ああ、アゼマ様、お目覚めでしょうか?」
突然の、優しげな声。
見やると、先ほどの女三人組の一人。
「うわあぁ」
とっさに彼は剣を探すが、見つからない。
「ああ、アゼマ様、どうか落ち着いてください」
「うぐっ……くう……」
アゼマは胸の痛みに耐えながら、なお反抗の構えをする。
そんな彼に、女は――
「んむぐ!」
キスをした。
接吻。口吸い。
「む……むぐ……!」
しばし柔らかな感触を与えられたあと、ゆっくりと唇が離される。
「落ち着いてください、アゼマ様」
優しげな、ふわりとした声。
「私は……私たちは、主公の敵ではありません。あなたを、あなたの敵からお守りするものです」
言って、彼女は翼を広げた。
「え……!」
どこまでも白く、気高く、澄み切った翼だった。
アゼマが落ち着いたところで、残り二人もやってきた。
冷静に見てみると、三人ともよく整った容貌である。
いきなりキスをした女性は、今は柔らかな笑みを浮かべている。どこか心を落ち着かせ、一方で目をそらしがたい魅力をたたえている微笑みだ。豊かな胸部からも目をそらしがたいが、全体の印象としては、妖艶というより柔和といった言葉が似合う。
残り二人のうち、特徴的なのは、髪を縦にロールした女性だ。
こちらは打って変わって、情熱的な眼をしている。たっぷりとした髪と、活力にあふれる表情。これはこれで、目を奪われる美しさ。歳はアゼマと同じ十六ほどだろうが、どこか大人びた美も感じる。肢体も大人びていて、正直なところ、アゼマは目のやり場に困った。
三人目は……とくにこれといった外見的特徴はないが、しかし、全てが均衡良く整っている。決して目立つ類の美少女ではないが、きちんと容貌を見れば、二人に勝るとも劣らない。そして、所作を見る限り、意外にもこの女性が最も腕の立つ戦士だろう。
「さて、どこからご説明しましょうか」
「いや、さっきの白い翼で大体分かりました」
分からないのはこの三人の名前と、人柄ぐらいだろう。
「念のため、アゼマ様の推論をお聞きしますわ」
情熱的な女性が問うと、彼は話し出した。
「あなたがたは、『白翼』、それも僕に仕えに来た白翼ですね」
具現、不可視化自在の、白く美しい翼を持った種族。彼女ら、彼らは一生のうちで、これと決めた主君に仕え、一生を共にする。
その能力、才智は概して人間より高く、彼ら彼女らを従えた者は、天からの大いなる贈り物を得たにも等しいという。
贈り物かどうかはともかく、白翼は一人につき、自分の意のままに動く精鋭の「白翼兵」を百人召喚できるという。単純かつ数量的に考えて、一人あたり百の手勢を得るのと同じである。
「実際、帝国の中にも三十人ぐらい、『白翼の主君』がいると聞いています」
「ああ、そこまでご存知とは、話が早いですわ」
情熱的な白翼は、ずいと前へ出る。
「さ、目を閉じてくださいまし。主従の契りのくちづけを」
「えっ」
「わたくしの後は、そこの薙刀のビオラですわね。ふふ、一度に三人からとは、いい刺激になりませんこと?」
「ちょ、まって、ああ、ちょ……!」
アゼマは、世にも幸せな――といえど、一部の白翼主君は同等以上のことをしている――目に遭った。
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