第11話 "NEO"、標的を定める
――奏視点――
私は今、所属しているチーム《Project・G》の事務所にいる。
事務所の応接室には選手の管理を任されているマネージャーの野原さんという四十代の男性、そしてFPS部門のチーム監督の佐々木監督、最後にチーム全体のオーナーをしている金城オーナーと私が項垂れていた。
「……事情はわかった。美人というのも大変だな」
「多分その男、相当プライドが高いんでしょうね。じゃないとこんな事しないでしょう」
「だな。しかもスポンサーである出版社からも問い合わせの嵐だ……」
今朝から金城オーナーと佐々木監督はスポンサーからの問い合わせに対して対応を追われていて、疲弊した様子だった。
私もこんな事になるなんて思っていなくて、学校を仮病を使って休んだけど正直冗談抜きで胃が痛い……。
時刻はもうすぐで日も暮れる時間にまでなっていた。
どう対処したらいいのだろうかと話し合ったけど、今までうちのチームはこういったトラブルの経験が皆無だったから、マニュアルもない。
結局良い対策を打ち出せずにいた。
一応スポンサーには事実を伝えたが、証拠がないので納得をしてもらえなかった。
おまけに、チームメンバーからも――
「これでスポンサーが離れて俺達の給料が下がったら、お前を許さないからな」
とも言われてしまっている。
元々グラビアとかメディア露出が多かった私をあまり好ましく思っていなかったらしく、ここぞとばかりに個人メッセで一斉に攻撃しまくってきた。
チーム全員の給料を上げられるように頑張って体を張ってスポンサーをゲットしてきたのに、それを気に入らないとか本当に疲れる……。
帰ったら橋本君と通話して癒されたい……。
「とりあえず、関係各所に『事実無根』の発表をしないといけないな」
金城オーナーが自分の膝を叩いて気合を入れ直し、そう言った。
現状の私達にはそれ位しか出来ないから、野原さんも佐々木監督も、そして私も頷いた。
「野原君は至急、事実無根の発表文章を作成してくれ。佐々木君は通常通りに選手の指導をよろしく頼む」
「「わかりました」」
「そして桜庭さんは……騒動が落ち着くまでは活動を控えるしかないな」
「……わかりました」
正直納得いかないが了承するしかなかった。
本当、小敷谷先輩がすっごく忌々しい!
彼が告白してきた時から嫌な男子だった。
……あの時の事をふと、思い出してしまった。
『俺と付き合おうぜ。お互い、楽しいしメリットあるだろう?』
何故か上から目線。
私は即答で、
『私には好きな人がいるので、お断りさせていただきます』
と答える。
すると小敷谷先輩は意外そうな表情をする。
何でそんなに意外なの?
『え? だって俺イケメンだし、スポーツも勉強も出来るぜ? そんな俺と付き合えたらメリットしかないじゃん』
この男、お付き合いをステータスとかしか思ってないのかな?
きっとそういうお付き合いしかしてなかったんだろうなと、その時察知出来てしまった。
私は正直に伝えた。
『私はそういったステータスで判断したお付き合いはしません。心から好きな人以外とはお付き合いは絶対にしません』
『生意気だな。まぁそれを屈服させるのも楽しいんだけどさ』
『屈服?』
『そうなんだよ、俺は"アッチ"のテクニックもあるみたいでさ、皆いい声で鳴くんだよ。お前も、俺から離れられなくなるさ』
吐き気を催すほどの下種だなぁ。
無視して立ち去ろうとしたが、手を掴まれてしまった。
私は彼を睨みつけて、出来る限り声を低くして小敷谷先輩に言った。
『手を放してくれませんか? 大声を出しますよ』
すると舌打ちして私を見逃した。
恐らくこの一連の流れが、小敷谷先輩のプライドを傷付けてしまったんだろう。
私が一番困るであろういやがらせをしてきたんだ。
そして、今本当に私は滅茶苦茶困っている。
溜息も自然と漏れてくる。
とりあえず、家に帰ってゲームの練習をしなきゃと思ったその時、Lineに新着メッセージが届いた。
私は開いて見ると、橋本君からだった。
『桜庭、これを見てから桜庭自身も釈明配信出来るようにしておいて』
メッセージの貼り付けてあったURLを開くと、ずっと更新がストップしていた"NEO"さんのtwitterに飛ばされた。
そして数年ぶりにツイートがされた内容を見て、私は胸の鼓動が速くなってしまった。
本当に"NEO"さん――ううん、橋本君は私が困っている時に助けてくれる。
『お久しぶりです、NEOです。
今回桜庭奏さんの問題の件で、彼女が無実である証拠が揃いました。
今夜19時にyoutubeで生配信します、是非見に来てください』
私は、オーナー達にもこれを見せて、配信の準備を始めるのだった。
――千明視点――
「ふぅ、これでよし。桜庭への恩返しにはなるかな」
僕は桜庭へメッセージを送った後、ゲーミングチェアの背に思いっきり体重を預けて一息ついた。
僕は桜庭の記事がtwitterに載ったのを見た瞬間、不思議と「鎮火させなきゃ」と思い、授業も聞いたふりをしてひたすら対策に講じていた。
正直二日位は掛かるだろうと思っていたが、小敷谷って先輩が馬鹿なおかげで仕返し出来る位の証拠が集まった。
僕がこれからやる事は、下手すると名誉棄損と言われてしまうかもしれない。
それでもいい、桜庭がまた伸び伸びと活動できるのであれば。
「しかし、スマホに機種変更しておいてよかったよ。じゃなかったらこんなスムーズに行動出来なかった」
本当に便利だな、スマホって。
パソコンに近い事が出来るし、ありがたい事に左手だけで文章が打てる!
これは本当にありがたい。
「……本当、桜庭と出会ってから、こんなに僕自身変わるなんて思わなかったなぁ」
自分にこんな行動力があるとは思わなかった。
僕は今日の行動を振り返ってみた。
授業の時間はこの後の行動をどうするかをひたすら考えていた。
考えて抜いた結果、恐らく小敷谷はプライドが高く、思い通りにいかなかったら容赦なく対象を追い詰める性格の持ち主だというのは容易に想像が付いた。
なら恐らく、自分の友人に自慢げに桜庭の事を言うに違いない、そう考えたんだ。
その為、今日あたりから小敷谷を尾行し、自慢して自爆する様を音声として録音し、三年前に配信で使っていたyoutubeのチャンネルで流してやろうと計画したんだ。
確かスマホにはボイスレコーダーアプリをインストールできる筈なので、ネットで調べて評価が高いアプリを導入。
休憩時間中にアプリの性能を試してみた結果、問題なく録音できる事を実証できた。
だけど、僕のチャンネルはあくまでゲームチャンネルだ。
学校の中に"NEO"のファンが少ないと考えると、クラスの誤解を解くにはちょっと影響力が弱すぎる。
そこで休憩時間中、クラスメイトを観察した。
(思えば、この時初めてクラスメイトの顔を見た気がする)
そして、一人の男子生徒を注目した。
彼は明るい茶髪でザ・チャラ男という風貌だったが、クラスの男女問わず楽しそうに会話している。
しかも彼を中心にして話題が回っているように思えた。
(……昼休み、彼に話し掛けてお願いをしてみよう)
そう、クラスに顔が広い彼を使って、クラスの皆に僕のチャンネルの生配信を見て貰うように呼ぼかけるもらいたいとお願いする為だ。
正直桜庭と家族以外に話し掛けるのは数年ぶりで、かなり緊張していた。
でも、桜庭はそれ以上に苦しんでいるんだ。
腐っていた僕を助け出してくれた桜庭に、恩返しがしたかったんだ。
そして昼休み。
僕は彼を取り囲んでいる生徒たちを掻き分けて、震える声を頑張って抑えながら彼に話し掛けた。
名も知らない、話し掛けた事すらない彼に対して。
「……ご、ごめん。お……ひる休みで申し訳ない、けど。ぼぼ、僕に時間を、くれないか?」
震える声は全然抑えられなかったが、彼は僕に時間をくれた。
そして鍵が閉まって入れない屋上の扉の前で、話を切り出した。
「ごめん、友達との時間を貰っちゃって……」
「いいのいいの! 橋本っちが真剣な顔で話しかけてきたからさぁ! 何か珍しいしさ!」
「は、橋本っち?」
「いいじゃん橋本っちでさ! んで、俺に何の用?」
いきなり軽々しく呼ばれた事にちょっとした戦慄を覚えながら、事情を説明した。
すると彼は「なるほどねぇ」と呟いた。
「あの小敷谷先輩に目ぇ付けられたか、あいつタチ悪いって噂だったけど、マジだったんだなぁ」
「噂?」
「おう、外面はメッチャいいから女子からの評判はすげぇいいのさ。でも、あいつと絡んだ直後に転校してった女子が数人いるのさぁ」
「……それ、普通怪しまれない?」
「そう、怪しまれるだろうね。"普通なら"な! あいつは成績優秀スポーツ万能、そして先生にも評判が良くて可愛がってもらえてるからな。結局小さな噂程度に収まっちまったってワケ!」
なるほど、相当タチ悪いな。
そういう話を聞いたら、尚更手を緩める必要はない。
慈悲もなく、遠慮なくキルしてやる。
「でさ、橋本っちは何を考えているのさ?」
「……今日あたりにでも奴を尾行して、何か桜庭の件に繋がる証拠を得たら自分のチャンネルで生配信しようかと思ってる」
「つまり、この俺に生配信の宣伝をクラスメイトにして欲しいって事?」
……察しがいいな。
見た目に似合わず、頭の回転はかなりいいのかもしれない。
僕は頷いて肯定した。
「全然それ位どうってことないけどさぁ、橋本っちは自分のチャンネル持ってたんだねぇ」
「うん。でも三年位放置してたから他の人が見てくれるかわからないけど」
「ふむふむ! あっ、橋本っちのチャンネル見せて貰っていい?」
「いいよ。えっと……はい」
僕はスマホを操作して、チャンネルを表示した。
ちらっと見たけど、チャンネル登録数は十万人程だった。
全盛期は四十万人だったから、随分と離れちゃったんだなぁと思ったと同時に、十万人は残ってくれている嬉しさがこみ上げてきた。
僕は彼にスマホを見せると、みるみると目が開かれていく。
今にも目ん玉が飛び出そうな位に。
「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??!? 橋本っちって"NEO"様だったんですか!?」
け、敬語になった。
「お、おおおおおお俺、"NEO"様の大ファンなんです!! え、本当に、マジで!?」
「ま、マジ……です」
「一つお伺いしたいのですけど、何でプロゲーマー辞めちゃったんですか!! 俺、メッチャショックだったんですよ!?」
「え、えと、それも生配信の時に説明するから、落ち着いてもらえる?」
「落ち着けるわけねぇっす!!!」
ついには土下座までして僕を崇めてくる。
……怖いな、というのが僕の感想だった。
「で、協力してもらえるかな?」
「喜んで!! 俺――じゃない、わたくし《須藤 竜彦》、貴方の手足となって動きますです、はい!!」
「あ、ありがとう……」
こうして須藤という陽キャ――もとい、協力者を得て、Lineを交換した。
さて、下準備は終わった。
後はお前の尻尾を掴んで確実にヘッドショットを決めてやるから覚悟しろよ、小敷谷。
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