【第一一章・進化の礎】第六八話 『トーラル』

『ケラー・ツキオカ達との通信はまだ繋がらないのか!』

『ハッ!、ゼルクォートの量子テレポート通信はもとより、ハルマ規格の電波通信も繋がりません!』


 月丘達がこのキャッスル・アンノウンの最頂部で、何やら重要なものと遭遇したところまでは、ベリロス副長やログマ艦長達もトレースできていたのだが、ある時点で急に月丘達と連絡がつかなくなってしまったので色めきたつコウズシマのブリッジ。

 本来なら彼らを統括し、モニタリングしているベリロス副長が指示を出すところだが、彼も急なヂラールの襲撃で正直手が回らない。

 ベリロスはベースキャンプを急遽コウズシマが接舷しているエルミナス人の遺骸があった格納庫施設まで移動させていた。もし移動せずにベリロス達もヂラールに急襲されてしまっては、部隊連携が寸断されてしまいどうしようもなくなるわけで、戦力を集中させるためにベースキャンプを移動させていたのだった。その手間もあって、月丘達に手が回らない状況になっているベリロス。従って月丘達のトレースは一時的にログマ達コウズシマのブリッジ要員が行っていた。


『急なヂラールの襲撃といい、ケラー達の状況といい……』


 そう言うと、ログマは大型VMCモニターに表示されているキャッスル・アンノウン最頂部のステータス画面に目をやる。そこには散発的な熱源の反応が明確に、かつ集中的に表示されており、そのデータ内容は、明らかに戦闘状態であることを示す表示であるわけで、


『一体全体どうなってんだ? ……おい、スタッフのステータス信号だけでも受信できないのか?』

『ダメで……あ、いえ、ちょっと待ってください! 今一瞬ですが、ステータスデータの数値が返ってきました、って、これは……!』

『どうした!?』

『ハルマ人の、“あいえいちでぃ”スタッフ一人の生体信号が停止状態です!』

『なんだと! 死んでるのか!?』

『いえ、医療生態機能停止処置の状態です。仮死状態のようですが……』


 普通、戦闘で負傷した者に医療処置を施す際、医療生態機能停止措置を施さないといけない状況なんてのは、まずない。

 もしあるとすれば、何らかのバイオハザード状態になって、感染進行を阻止するために……という程度の事しか思いつかない訳で、まさか今、IHDスタッフの一人がヂラール化状態にあるなんてのはゆめゆめ思わないわけであるからして。

 どっちにしろ、地球世界の一般的な理論物理学でも言われている、【過去であろうが未来であろうが、次元を越えようが、どこからでもリアルタイムで通信が可能なティ連が誇る通信技術、量子テレポート通信】すらも通信妨害状態にあるこの状況は、どっちにしてもティ連科学に対する挑戦とも言えるべき障害が発生しているのは間違いないわけである。

 そういった状況下なので現状では転送回収しようにも正確な転送追跡ができないので、それもキツイと言うわけで、


『あのゼスタールの二人が持ってきた、「ヤシャ」という人型艦は使えないのか?』

『あの艦はケラー・シビアとケラー・ネメアの専用制御艦ですから、現行の警戒プログラムからの移行は難しいかと……』

『あの二人でないと動かせないか……』


 ヤシャ級は、言ってみればシビアとネメアの分身みたいな艦なので、ちょっと扱いは特別枠だ。現在はコウズシマを援護するように自動制御をかけている。この制御を解除するには、二人の同意がないとできない。で、その肝心の二人は、今キャッスルのてっぺんちょにいるわけであるからして、通信が妨害されているとなれば、現在いる場所からの制御も難しいだろう……

 ログマ艦長はしばし考えると、少し舌打ちして『仕方ないな』というような表情で、


『少佐』

『ハ』


 今、ベリロス副長は現場なので、臨時副長を務めるは、この少佐なる人物。


『人型艦体と、艤装艦体を分離する。俺は人型艦体の方へ移るから、この艤装艦体の方の指揮を頼む』

『分離させますか、なるほど了解です』

『艤装艦体部を残して固定砲台化して、人型艦体部を分離して戦闘するのも、この艦の戦法だからな。ちょっとシチュエーションは歪だが、これで頂上部の様子を見てくるわ』


 元々ヤル研連中の考えた人型戦闘艦艇は、人型艦体部、つまりロボット部と、ロボット部が背面に装着しているように見える指揮ブリッジに主砲、格納庫などを備えた艤装艦体部が分離できるように設計されている。

 あのサーミッサ級もそういう使い方が本来できるのだ。

 やまと級の場合、人型艦体部が分離すると、全高二百数十メートルの超大型の人型機動兵器が分離されるような形になる。まるでどっかの100円プラモが四つセットになって売ってたような合体ロボットみたいな雰囲気になるという次第。


『ヒトガタ艦体部、分離開始!』


 宇宙空間で音はしないが、もし大気中なら相当な作動音で分離するだろうコウズシマ人型艦体部。

 その状況を確認した前線のベリロス副長は、月丘達の異常事態が、かなり深刻なものだろうと察する。彼はベースキャンプの大型モニターで、その分離の様子を眺めていた。


    *    *


 キャッスル・アンノウン頂上部。

 そこで『カイア10986』を名乗るトーラル型システムとの戦闘を強いられる月丘達調査チーム。

 ここで月丘達が思い知るのは、やはりこのトーラルシステムという究極の文明の利器である。

 ティ連人とその国家は、この遺跡発掘物に近い先史文明の遺産を、自律処理が可能なこのシステムに導かれてその文明を超発達させてきた国家がほとんどである……だから地球人を『発達過程文明人』としてレア物扱いしてくれるわけでもあるが……


 つまりそれだけ原始文明人すらも、ひとっ飛びで超科学文明人に変えてしまうようなシステムである。その根幹が、ハイクァーンシステムと、ゼルシステムに依存するところ大であるが、即ち、それだけのシステムが故に、自分達の為に稼働してくれるのならこれほど心強い万能マシンはないわけである。

 だが逆に、このシステムが敵に回ったらどうなるか……

 そりゃもう厄介なことこの上ない。本来なら対抗できるのかさえ怪しいところではあるが、そんなティ連人ですら経験したことのない戦闘状態にあるのが、今の月丘達であった。

 そして、このトーラルシステムはペルロード人と関係があるトーラルシステムである。

 あのゼスタール・ダンクコロニーの指導者でもあり、ナヨと同じく自我意識に気づいた心のあるトーラルシステムである、マルセア・ハイドル議長が語っていた、【ペルロード人をヂラール化してしまう、トーラルシステム】そのものであるようで、事はさらに厄介なこととなっていた……


 トーラルシステムが起動した直後、プリルをカイア10986からかばうために身を挺したネメア。その際ネメアがパワーダウンを起こし、一時的にプリルの操るコマンドローダーM型に取り付いて巨大化し、コマンドトルーパークラスのロボット兵器と化している状態にあるのだが、その時、ドサクサにまぎれてプリルはカイア10986のパーツをちょろまかしたらしい。

 なんでもネメアに突き飛ばされた時、記憶素子が埋め込まれたパーツをメインボードごと引っこ抜いてパチったそうで、カイアはそれを返せと言わんばかりにプリルとネメアを集中的に狙って攻撃をしてきていた。

 だが流石のトーラルシステムも、人工霊体スールであるネメア達のポテンシャルには敵わず、その攻撃を尽く躱され、月丘達の攻撃態勢立て直しに一役買ってくれていた。

 更に、ネメアとコンビを組んでいるプリ子も負けておらず、搬入エレベーター区画で自律待機させていたプリル専用コマンドトルーパーの、“むせる型”コマンドカーニス号に、月丘の『恥ずかしいサイドカー』を無人制御でカイアのいる区画へ突入させ、対機動兵器ミサイルの直撃を食らわすことに成功したのであった。

 流石の鉄壁トーラルシステムも、感情と意思のある人間達のポテンシャルには一歩及ばなかったようで、形勢逆転。不利な状況に転じる。


『……この「セルメニア第三教階層の神体」を侵食、冒涜し、破壊活動を行い、その上私を脅迫し何を得るか、答えよタザリアの芥』


 そのタザリアの芥という言葉が何を意味するかはわからないが、『芥』つまり『ゴミ』と言われているのは間違いないわけで、そこに名詞か形容詞がつけば、それはもう所謂地球世界で言うところの『ピー』が入る差別用語のようなものだろうと容易に想像がつく。

 だが、このカイアがトーラルシステムという高度な人工知能とも人工頭脳ともいえる存在で、そんな低レベルのレイシズム的なことを言うのかいな? とも疑問符がつくわけで、そう考えるとそういった差別的社会環境で成り立つ状況で成立する存在を考えた場合……


【ペルロードは、厳格な身分階級制度がある宗教国家】


 というマルセア・ハイドルの言葉を思い出すわけである。

 マルセアの言葉は、同時に月丘のPMC時代の経験で、咄嗟に頭に浮かんだ事でもあった。


 喩えばインドのヒンドゥー教には、多くの人が知るように、身分制度の代名詞的にも言われる言葉であり、カースト制度という言葉で知られる『ヴァルナ・ジャーティ』というものがある。その中で、この身分制度の枠外にいる最も低い身分であり、不可触民、つまり被差別民として『アチュート』という存在が1億人以上もいるわけだが、その『タザリアの芥』という言葉で、咄嗟にそのヒンドゥーの某が頭に浮かんだわけで……


「……と、そういう前例も地球世界にあるわけでしてね。単純に民族や種族差別のような、そんな憎悪差別じゃないのでは? と思うのですよ」


 と月丘はPMC時代の国際社会に身をおいた経験も含めて話す。


「なるほど……流石はハンティングドックの元情報エージェントだなカズキ」

「うわ……そんな事言いますかクロード。んじゃあの時見捨てないで助けてってくださいよっ!」

「だからあれはだな、お前が……」


 そんなアホ話に発展するのを抑えるは麗子。


「はいはい、そんなお話はあとでね。でも確かに月丘さんの言うことは妙にハマりますわね……そう言われれてしまうと、確かにあの高度なトーラルシステムさんが、憎悪差別でわたくし達を攻撃というのも、レベルが低い話ですわ」

「ですね。それにゼスタール星のトーラルシステムであるマルセア議長が仰るには、その宗教国家であるペルロードの上層部が、種族危機を回避するために計画した国家プロジェクトのようなものが失敗して、国家中枢のトーラルシステムが暴走した結果、自国民をヂラールにしてしまった、という話ですから……あのナントカ教階層とかいうのも、トーラルのヒエラルキーレベルに準じた行動であれば……」


 月丘はそう言うと、クロードは、


「そのペルロード人さん達をヂラール化してきた行動プログラムに、単に則ってるという事か」

「おそらく。当然そんな崇高な使命に処理を遂行しているトーラルを無断で調べたり、ドンパチする私達は、その『タザリアの芥』なんでしょうね」

「めんどくせぇコンピュータだなおい」


 と、クロードが舌打ちすると、


「コンピュータじゃなくて人工頭脳ですね」

「“頭脳”ならもっとタチがわるいじゃねーか」


 そんな分析を月丘達がやってると、カイア型の繰り出す球体形攻撃ドローンの攻撃が激しく、段々と追い詰められていくネメア・プリルコンビが、遠隔操作のコマンドカーニス号と月丘サイドカーと連携を取りつつも、ちょっと押され気味になってきているようで、


「カズキサン! どうするんですかっ! そろそろこっちも限界ですっ! 援護してぇ~~」

「あ、悪いプリちゃん!……カイア10986さん! 回答しますからちょっと攻撃止めてください!」


 大声で叫ぶ月丘。だが、


『お前達の要求に応じるには、まず私から抜き取った基幹部品を返却せよ』


 するとプリルが、


『何いってるんですかッ! 私達の知ってるトーラルシステム達は、もっとフレンドリーですよーだ。いきなり攻撃してくるような奴には、このぐらい損害賠償でもらっちゃいます!』


 プリルがそんな事言うのものだから、売り言葉に買い言葉でカイア型もキレて、


『交渉決裂である。攻撃を再開……』

「あー、わかりましたわかりました!」と月丘が割って入り「プリちゃん、そのパーツ、お返しして、ね?」

『えぇぇええぇ~……ぶーーー……』

「いいから、ね?」

『まー、カズキサンがそういうならぁ……』


 プリルがハッチを開けて、彼女のコマンドローダーと合体しているネメアゼル端子ボディのマニュピレータに乗せる。


『(プリル生体、いいのか?)』

『(大丈夫、ちょっと時間稼ぎに文句言っただけだから。ゼルクォートでもう全部スキャンしたわ。戻ってからハイクァーンで同じもの作れるし)』

『(賢明な行動を評価する。では返却するぞ)』


 ネメアのゼル端子ボディが、そのパクったパーツを滑らせるようにカイア型の方へ渡すと、カイア型はトラクタービームで回収し、自分の破損したメインフレームへ融合させた。

 すると機能の一部が回復したのか、カイア型の瞳のような構成のVMCモニターが、さらに形状をはっきりとさせて、見るからに先ほどとは違うクオリティを回復させているようであった。


『……交渉を再開する。分析結果……周囲より【カズキ】と呼称されている個人に告げる。我々はお前を交渉代表と認識する』

 

 そうカイア型は言うと、周囲に展開させていた攻撃ドローンを待機状態にした。


「では私も、礼を失さぬように前へ出ますよ」

「大丈夫かおい……」


 するとシビアが、


『ピエール生体は、生体機能一時停止状態で安定している。ツキオカ生体には私が付こう』


 もし万が一の場合は自分が身を挺して守ってやれると。


「すみません、流石にそうした方がいいですね。お願いできますか?」


 頷くシビア。


『私も遠隔作業になるけど、あのカイア10986の調査を継続しておくわ。なにもしないわけにもいかないし』

「お願いしますタリア博士」


 状況を各々皆に任せると、月丘は件の派手なコマンドローダーの丸目なフェイスアーマーを開けると、素顔を晒してカイア型に近づく。

 その月丘にシビアを睨みつけるように動く、瞳のような形状の小さなVMCモニター群。

 ここで何かの特撮ドラマなら、『オーノー! ミスター……』とか言ってしまいそうな雰囲気である。


「さて、まずは自己紹介からですか……私はティエルクマスカ銀河星間連合共和国の構成国、この次元空間とは違う宇宙で、太陽系第三惑星という星の日本国という国家からやってきました月丘和輝と申します。で、隣にいるのが……」


 月丘が紹介しようとすると、


『我々はカングール367867次元宇宙に存在する、バイワール恒星系第三惑星ゼスタール合議体に所属する独立合議体・シビア・ルーラである。認識せよ』

「え? なんですかそのカングールとか、バイワールとか」


 月丘が思わず初めて聞く固有名詞に戸惑うと、シビアは少し『フゥ』と吐息付き、


『後ほど解説する。現状でこの情報の提供は不必要と判断する』

「ああそうですね、すみません」


 多分、後ほど月丘君も教えてもらうことになるだろうこれらの言葉。カングールとは、ゼスタール語のアルファベット記号の読みであり、バイワール恒星とは、惑星ゼスタールのある恒星系の地球で言う太陽の名称である。

 まあ、時空間接続帯、所謂『次元溝』に住んでたシビア達である。別宇宙の事は色々と知ってる彼女達なので、別宇宙にも固有番号がふられてたりするわけだ。


『お前達タザリアの固有名称は理解した。本来であれば、私にアクセスできる者は、第三教階層以上のセルメニアのみに許されるが、現状は異常事態と認識する。したがってお前達が私へアクセスすることを許可する』


 月丘はマルセアの語っていたペルロードの国教を、大体どういうものか大雑把に理解できた。インドのヒンドゥー教も、ヒンドゥー教外の外国人は、教義上アチュートのような状態で扱われる。カイア型の言う『タザリア』とは、その類の意味なのだろう。


「カイア10986さん、まず最初に申し上げておきたい事ですが、私達はあなた方と戦闘をするためにやって来たわけではありません。そもそも私達はこの……巨大な都市型宇宙船施設を無人の廃墟か遺跡かと思ってやってきたわけでありまして、その調査を目的としておりました。従って私達はあなたと敵対する理由も意思もありませんし、むしろ色々あなた方のお話をお聞かせいただきたいと思っております。あなたから見ても私達は未知の訪問者になるはずです。貴方にとってもとりあえずは調査分析の対象にはなると思いますが理解できますか?」

『……』


 カイア型はしばらく黙り込み、その瞳状の眼球に模したようなVMCモニター群で周囲を見回しながら、


『理解した。以降は私に対し、敵対行動を取らない限り、こちらからも攻撃を行わない事を約束する』


 ハァ、となる月丘。シビアはおすまし顔。

 月丘は背後のクロード達に、攻撃態勢を解くようにジェスチャーする。


「え? 大丈夫なのかカズキ。信用していいのかよ」


 とクロードは安易に戦闘態勢を解けという月丘に対し疑問を呈するが、月丘は、


「大丈夫でしょう。カイアさんがトーラルシステムであれば、トーラルシステムは嘘をつきません。そこは信用していいですよ」


 するとタリアも、


『確かにね。トーラルは言ったことには忠実だわ』


 月丘はカイア型に向き直って、


「これでいいですよね? 私はあなたを信用しますよ」

『了承した。以降の私の行動は保証する』


 その言葉を聞いて、クロード達はとりあえず楽な体勢で待機する。但し警戒の意識は解かない。機動小銃は握ったままだ。


「ありがとうございます、カイア10986さん……と、まぁその、タザリアがどうのこうのと、あなた基準では私達の身分がどうも低そうなので、気安くお呼びするつもりはないのですが、ちょっとお名前が長いので、『カイアさん』でよろしいいですか?  色々効率もありますし」

『許可する』

「ご配慮感謝します……で、もう一つ。今我々の使っている量子テレポート技術や、電波技術の通信機器が使えない状態なのですけど、これ、あなたのお力ですか?」

『そうだ。敵対行動を取るのであれば、援軍の侵入は阻止しなくてはならないのは戦闘状態になった場合の基本行動である』

「では、すぐに解除お願いできますか? って、量子テレポートの通信技術をどうやって妨害しているのか、そっちの方が興味ありますが……まぁ、早急に解除していただかないと、私達の事を心配して、外の超大型人型兵器がこっちにやってきてしまって、あのでっかい図体で突入なんてこともありますから、そうなったら色々もったいないですしね」

『認識した。通信妨害の解除を行う』


 この言葉の瞬間、外部の通信状況や、ガトラン上級曹長達の戦況等も把握できるようになった。ガトラン達は押し返しているようで、今はヂラールの巣のようなものを探索中だ。

 コウズシマが艤装艦体を切り離して、人型部のみで、こちらの状況を調べている事がわかると、月丘は待機してもらうように頼む。

 この通信妨害の解除がなかったら、あと数分で突入パイプを打ち込んで、ドロイド兵を送り込むところだったと、ログマ艦長は話す。


「いやはや、ではギリギリだったって事ですか艦長」

『ああそうだぞケラー……でも良かった、ってわけでもなさそうだが、“あいえいちでぃー”の隊員の様子は、コッチが拾ったデータのままか?』

「ええ、その点もこれから色々話をします。で、帰りは転送でそちらへ直接行きたいのですが」

『わかった。待機する』


 そういうことで、いざとなったら張り切ってあの巨体の鉄拳打ち込んでとなるかもしれない状況だったが、とりあえずコウズシマはキャッスルのてっぺんで月丘達を回収するために待機する。


 さて、状況が落ち着いたところで月丘は色々とこのカイア型を試すように、まずは簡単な事を交渉材料に色々とぶつけてみる。

 彼が感じるのは、やはりその行動処理から見るに、マルセアのような自我意識や人格が発現しているトーラルシステムではないという事だ。

 高度な自律対応を行うが、それは自我意識ではない。月丘の言葉に呼応するカイア型の対応は、通常のトーラルのそれである。

 だが、彼が思うのは、こういう威圧的な自律システムにしたのは、やはりこのトーラルを使役していた、その第三教階層の某とかいう何か、なのであろう。つまり宗教教義上の何らかの設定だ。

 まあキレたらまた、ヂラール化の、あの波動を放たれるのも厄介なので、ここは下手に出て話をする月丘。

 そして、まずそれよりもIHDのピエール隊員がヂラールに化けそうになっているのを無理やり阻止している現状、マルセアの語った、ペルロードの民をヂラールに変えたのがトーラルシステムであれば、その解除の方法というのも聞き出したいところである。


「カイアさん、もうお察し……というか分析済みとは思いますが、私達もトーラル型システムの人工頭脳を操る文明です。ですので、あなたが行えることは、基本、私達も同様の事が可能です。あなたの所属するペルロード人と言われ、あの大型生体兵器を生み出す国家『ペルドリア聖教国』の存在も、ある程度把握しています。ですから我々は貴方に十分対応できる存在ですから、あなたがペルロードの宗教教義基準で我々を見ることには、はっきりいって意味がないことであると思います。ご理解いただけますか?」

『……』


 月丘は、暗に脅しをかけてみた。

 今、コウズシマが最頂部のこの施設に隣接している状況に、自分達もトーラルシステム、即ち、トーラルがなければできない処理である仮想造成、実体造成、転送を行う能力があるという事をこれで判断させ、カイアが圧倒的不利にある状況だと認識させるわけである。


『了解した……』


 この了解メッセージには、少々の時間を要した。つまり、カイア型は突然パワーを復帰させられて、暴走したように暴れたが、ようやく自分の状況、というか立場を認識したということなのであろう。


「それは良かった。では色々と、私達の疑問にお答え頂きたいこともあるのですが、その前に今、私達の仲間が別の場所で、我々が“ヂラール”と呼称してる生体兵器と戦闘中なのですが、止めることは可能なのですか?」

『不可能である。生存適応進化処理を行ったセルメニアルトは、その容姿が今後のセルメニアルトである』


 と、予想はしていたが、非情の結果を月丘に告げるカイア型だったが、そこに割って入るは、


「なんだと! じゃあピエールはもう元に戻らないのか!」

『その通りだ』

「なにがその通りだこの野郎!」


 と機動小銃を構える仕草を見せるクロードだが、それを背後から羽交い締めにする麗子のM型ローダー。さすがのクロードもL型ローダーを着用してはいるが、M型のパワーには敵わない。


「おちつきなさいクロードさん。そういうのは最終手段でいいでしょう?」

「で、ですが社長!」

「今は飲み込みなさい!」

「クッ!」


 月丘を見る麗子。頷く月丘。


「カイアさん、偉いことしてくれますね貴方も」

『私の防御行動の結果である。タザリアへ何らかの配慮をする必要性はない』


 すると、タリアが大声で、


『じゃぁカイア型トーラル!? ちょっと計算しなさい! 今からデータを送るから、その技術を使って、DNA配列の変化を逆行させれば、もとに戻せるかしら? 貴方がやったのならわかるでしょ?』


 するとタリアは、カイア型に何やらデータを転送すると、カイア型は計算を始める。

 瞳状のVMCモニターにタリアの送ってきたデータが表示され、その瞳のデザインが、医学データを閲覧するような表示に切り替わる。


『計算完了。この時空間遡上技術を利用し、遺伝子治療用の転送書き換えを主要体組織全体に行えば、元の生体に戻すことは理論上可能である。我々の技術では、この時空間遡上技術というものが存在しないために元の生体へ変換させる事が不可能であったが、この技術を使用すれば可能だ。但し、処理時間は短期に限られる。お前達の時間概念でいうと、四八時間までだ。これは非常に興味深いデータである』


『やっぱりね……』というとタリアはすかさず『コウズシマ、患者を一名緊急転送して。これから送る方法へ忠実に従ってその患者を治療してね……』


 クロードは、


「博士、ピエールは助かるのか?」

『うまく行けばだけど。但し、助かってもここ数時間の記憶はなくなるから、そこは仕方ないことでね。そでしょ? カイア』

『その通りだ』


 治療方法の詳細は後ほど詳しく聞くとして、とりあえずの解決方法があるとわかって落ち着きを取り戻すクロード。だがカイア型を睨みつける視線は厳しい。それはIHDスタッフ全員の視線でもある。


「では……貴方もそうでしょうが、我々もこの施設を調査する任務がありますのでそちらを遂行させていただきます。まあ幸いなことに本来ならただの遺跡を散策して遺物を収集して、調査して、タリア博士の時空間遡上技術を使いながら、どんなものがあったか、これはなんだろうと考古学者のような仕事をするつもりでしたが、カイアさん、貴方のような生き証人が稼働していれば、私達の仕事も早く終わって、早々にここから退去する事も可能です。そんなところですが、よろしくご協力おねがいできますかね?」

『…………お前達に問う。お前達は真にペルドリアのセルメニアを知らぬのか否や』

「まったく知らないわけではありません。といっても知ったのはここ一周期ぐらいの話で、私達も所謂“邂逅”というやつでしてね……っとタリア博士?」

『何かしら?』

「確か、トーラルシステムは、同系統のシステム同士だと、概ねほぼ全部リンクしているのですよね?」

『ええ、まあそうね』

「なるほど……カイアさん、貴方、同じペルドリア国で稼働していたトーラルシステムで、“エルドレアルラロウ・マルセア”というシステムをご存知ですか?」

『……』


 カイア型は少し思考したあと、


『認知している。そのシステムは、第四階層のセルメニアルトが使用していたシステムである』


「えっ!?」とプリルやシビアにネメアが驚く。勿論シビアにネメアは表情には出さないが、眉間に少しシワが寄る。

 クロードにタリア、麗子は、当事者ではないが資料では知っていたので、驚いた表情。

 月丘は……


「やはりそうですか」


 とつぶやく。そしてカイア型の言う『セルメニア』『セルメニアルト』という言葉が、ペルロード人の崇拝していた宗教の固有名称、もしくは信徒の名称だということがおおよそ理解できた。


「では、“ミニャール・メリテ・ミーヴィ”という人物はご存知ですか?」

『私は直接しらない。だが、記録はある。その人物は、第四階層セルメニアルト長の科学者であり、逃亡者である』

「なるほど……やはり大規模なトーラルシステムネットワークの文明でしたら、そこまでの記録はありますか……」


 すると横からプリルが、


『カイアカイア! じゃぁ、そのミニャールさんの“脳ニューロンデータ”って、持ってない!?』


 と叫ぶ。月丘はプリルの方へ人差し指を指し、ナイスと仕草をする。


『記録はある』

『ほ、ホントに!』

『バッファーに記録されている』


 すると月丘が、


「では、すみませんがそのデータをいただけませんか? ちょっと今後の重要な調査項目の参考資料にしたいので」


 とこう申し出ると、今度はカイア型が、


『お前達に質問する。エルドレアルラロウ・マルセア型システムと、ミニャール・メリテ・ミーヴィの所在地情報を提供せよ』


 こう言ってくることは月丘も会話中に予想はできたので、いらぬ揉め事を起こす気もないわけで、


「所在地情報というか、存在した痕跡ですけど、先程のシビア・ルーラさんの母星である別次元の惑星、ゼスタール星にいらしたそうですけど、今はもう情報があっただけで、現物の遺物も痕跡もありません。私達はその彼女たちが残した情報から色々あなた方のことを知りましたので」


 もちろんウソだ。もしマルセアが稼働状態、つまり生きていると知ったら、会わせろと言いかねないし、こんなオンボロ施設をどうこうもできないし、タザリアの芥とかぬかすトーラルをおいそれと持ち歩くわけにもいかないわけで、ここはそういうことにした。


『了解した……ではミニャール・メリテ・ミーヴィのニューロンデータを提供する』

「今、あなたとリンクを構築できる状態にないので、できれば媒体でいただければ幸いなのですが」


 そう月丘がいうと、カイア型は、百科事典ぐらいの大きさの綺麗なクリスタル状の物質をハイクァーン生成した。


『それはトーラル用の超大容量記憶クリスタルね。ニューロンデータだと、それぐらいの容量がないと記録できないわ』


 頷く月丘。クロードは部下に指示し、その媒体をカーゴへと運ぶ。


「ありがとうございます、カイアさん。助かります」

『……』


 またしばし考え込むカイア型。すると今度は彼女が、


『私はお前達の我々に対する調査目的を聴取する必要がある。ミニャール・メリテ・ミーヴィの情報提供の代償として、お前達の私に対する調査目的を開示せよ』

「わかりました、いいですよ。というか、ざっくばらんにお互い質問し合いましょう。私達もできる限り貴方の質問にお答えします」

『了解したタザリア……訂正、ニホンジン・ツキオカ・カズキ』


    *    *


 キャッスル・アンノウン下層階のガッソー・ガトラン上級曹長達は、執拗に襲ってくるヂラール幼生の大群をドローン・ドロイド兵器で押し返しつつ、この幼生型が発生する巣のような場所を探査していた。


『ベータ、状況は!?』

『は、敵の攻撃は変わらず、とめどがありませんが、ドローン・ドロイドの投入で我が軍が押しています。それと敵の発生源も絞れてきています』

『わかった。そのまま連中の巣の探索を続けろ。何か状況が変わったら報告しろ』


 ドローン・ドロイドとコマンドトルーパー部隊を前面に押し出して機甲戦術的進撃を続けるガトラン達。だが、基本この都市型要塞のような場所での戦闘である。市街戦闘と、屋内戦闘の中間のような戦いを強いられるわけで、そのコンバットスタイルの切り替えがこれまでになく大変である。

 小猿のようにすばしこいヂラール幼生体の機動力の対応に手こずって、やっと慣れたかと思えば、今度はヂラール戦車型や兵隊型が待ち構えていた。

 ここで心配なのは、リバイタ型が出てこられたら現在の戦力では対抗できないので撤退やむなしになるのは間違いない。

 ドローン・ドロイド兵器は恐れを知らないので、銃を構え、砲を構え、確実に前進し、ヂラールを排除しながら拠点を構築していく。

 コマンドローダーの部隊は、取り逃したヂラールの追撃と、完全に援護へ回っていた。

 そんな戦闘状態の中、ガトランの参謀が、


『上級曹長殿、ベリロス副長からです』


 と通信を彼に回す。ガトランの展開するVMCモニターに、ベースキャンプで指揮を執るベリロスの顔が映る。


『副長、なんでしょうか』

『上級曹長、状況は把握している。今いいか?』

『は、問題ありません。戦闘は続行中ですが、危急の状態は脱しましたので』

『うん……で、先ほどケラー・ツキオカとの通信が回復した』

『おお、本当ですか。で、彼らの状況は?』

『負傷者が一名出て、緊急で転送回収されたが、それ以外は問題ない。それどころかとんでもない大物が釣れたぞ』

『と、言いますと……』

『ペルロード人の遺した、生きたトーラルシステムを発見したそうだ。それと戦闘状態になったらしいが、なんとか今は話し合いを持てている状況だ』

『なんと。あのいきなり通信が途絶した状態から、そのようなことになっていたでありますか……しかしトーラルシステムと戦闘とは。偉く物騒な話ですな』


 彼らの感覚からすれば、トーラルとは、ティ連人との文明の相棒である。そういった行為事態が経験のないことである。


『そこのところは時系列でのリアルタイム情報データを見ていたが、色々複雑な事情がありそうだ。今後のペルロードの研究にも役立ちそうだ……ん、何だ?』


 と、そんな話をしていると、モニターの端からベリロスの部下が顔を出し、メモ用のVMCパッドを渡している


『これは……ふーむ』

『如何なさいましたか副長』

『うむ……』とベリロスが改まった顔になり、『上級曹長、今から送る地点へ向かって進撃してくれ』


 とベリロスはいうと、ガトランのPVMCGに先程のパッドのデータを送ってきた。


『君達が侵攻中に各箇所へ走査ビーコンを設置してもらっているが、そのビーコンの集合情報を分析したデータが今上がってきてな。その送ったデータに示した箇所が少しおかしいという分析班の話なんだ……』


 何でも、その示した箇所が、他の戦闘状況にある場所と比較して、ヂラールの反応が全く検出できない箇所であると。その図面に訝しがるガトラン。


『確かに不自然ですな。このような周囲にヂラールの出現反応があって、この場所のみ、あの……なんと言いましたかな、ログマ艦長の好きなハルマの食べ物の』

『ドーナツだろ?』

『ああ、そうそうそれです。ぽっかり空洞が空いているような状態ですな……なるほどこれは行ってみる必要がありますな。了解です。この箇所を探索してみます副長』

『宜しく頼む。何か発見するか、状況に変化があったら、オープンで構わん、報告してくれ』


 と、新たな任務を受領するガトラン。現在、ガトラン達はヂラールの拠点らしい場所をほぼ見つけつつあり、部隊を方々へ散らして包囲しつつある状況にあったのだが……


(待てよ……このあたりというと……)


 現在の戦況図と照らし合わせて、未来予想図と比較してみる。


『なるほど、そういうことか……』


 指定された目的地から少し離れた場所に、ガトラン達が予想するヂラールの巣があるのではと、そんな予想を立てていたのだ。

 VMCパッドを握りつぶすように霧散させると、気を引き締めて部下を呼ぶ。


『よし、軍曹!』

『はっ!』

『俺達の小隊は、副長に指定された地点を調査にいく。この後の作戦遂行は任せる』

『了解いたしました!』

『野郎ども、少々中央突破になるが、この“どーなつ”の中へ突っ込むぞ。準備しろ!』


    *    *


『理解した。データとして記録する……ではお前達の質問に回答する』


 カイア10986型と会話する月丘達。紆余曲折あったが、脅し透かししながらもなんとかこの偏屈トーラルシステムを懐柔させることに成功した彼らである。

 そこでカイア型はカイア型で、色々情報を取得したいようで、そこらあたりでなんとか取引が成立した感じの月丘和輝である。


 まず月丘側から色々確認したいこともあるわけで、以前ダストール星のマルセアから聞いた、ヂラール発祥の理由。つまりペルロード人が母星圏内で生存の危機に瀕した時、軍部の生体兵器開発をベースに、トーラルの最高システムとなるトーラルが、勝手に行ったペルロード人の生体改造がヂラールの原点であるという事。


『その通りである。第一階層のマスタートーラルが、独自の判断で行った……時の惑星ペルドリアの生存環境、また考えられる将来的な種の生存率を考慮した場合、適切な処置であったと判断している』


 そ、そんな感じであるが、ここでクロードがボソっと「もっとマシな方法はなかったのか」と呟いたが、その音声をカイア型は拾って……まあカイアが反論したのは、「金星みたいな環境になろうかとしていた母星の状況では最も適切な処置」とまで言われたら、あのリバイタ型の姿も、多少は納得してやれないこともなかったりする。

 まあしかしそういうのも今更な話で、彼らがどうこう言っても仕方ない事なので、次にこの『キャッスル・アンノウン』の事を問いただす。


『この航宙移民船の正式名称は、ゲルベラールという』

「ゲルベラール……言葉の意味は?」

『セルメニアの神の名称である』


 つまり固有名詞らしい。地球風に言えば、天照大神か、サンダルフォンか、そんな意味だろう。

 ちなみに、すでに『セルメニア』の意味もわかっており、所謂彼らの信仰する宗教の名称で、『セルメニア教』というそうだ。最高神セルメニアをトップに据える多神教系の宗教だそうな。

 このあたりは月丘がダストールにいた時、まだマルセアからは聞き出せていなかったが、そこまで突っ込んだ内容を話する余裕もなかったことであるし、恐らく今のゼスタール駐留の研究者達は、もう既に知っているだろう。


「ではこの……宇宙船ですか、まあその宇宙船の目的は何だったのですか?」

『惑星ペルロードからの脱出、そして新天地への移民である』

「移民船、ですか……」


 ここもマルセアの証言と一致する。ペルロード本星のトーラルシステムが暴走し、自ら手の届くペルロード人を片っ端からヂラール化し始めた頃、同時にこの危機を察した数少ないペルロード人は、母星を脱出した者もいたという証言である。

 その一人がミニャールであり、マルセアであった。

 残念ながらミニャールはヂラール処置を受けてしまっており、自らその生命を絶ったが。


『第三階層のペルロード人を乗せたこの船の搭乗員は、マスターヂラールのコントロールに私が支配されないように、量子ネットワークから切り離し、マスターヂラールのネットワーク再構築処理を阻むために可能な限り時空間移動を繰り返し、アテのない時空の放浪を続けた。だがその途中、ある時点で次元断層を突破できず、この宇宙船は致命的な損傷を負い、この時空間へ転移した。損害は極めて甚大で、乗員の一〇パーセントを維持する生命維持能力しか残っておらず、私は乗員に強化措置を受けるか、安楽死を行うかの選択を提案した』

「そんなことが……」


 なんだか壮絶な話である。その強化措置というものは、いわずもがなヂラール化の事である。人でなくなる道を選ばなくてはならない選択だ。

 だが、ここで重要になってくるのは、この国は宗教国家である。即ちその強化措置を選ぶにしても、『神の崇高な戦士』『神の守り人』という名目で名誉をもって進んでそれを受け入れる者達も大勢いたのである。

 月丘は地球のそういった類の原理主義者の例を見ても、そんな話はあるだろうと、このペルロードに対しては思っていた。


『強化措置をうけたセルメニアルトは、その世代を積み重ね、強化人類として「ヨツイセルメニアルト」としてこの船で生きているが、強化措置を受けなかったセルメニアルトは生体停止処置を受けて、仮死状態の状況で、事態が改善する機会を待った……だが、船の機能は一向に改善せず、次々とセルメニアルトは死亡していき、わずかながらの人数しか残らなかった』


 その言葉に月丘は「ちょっとまて!」と目の色を変える。


「ち、ちょっとまってください! じ、じゃあ、この船には仮死状態で、生命活動が可能なペルロード人さんがいらっしゃるのですか!?」

『その通りだ』


 その言葉で、一同全員、「おいおいおいおい」という表情に変わっていく。


「その場所はどこですか!? 私達が可能であれば保護しますよ!」

『……』

「お願いします、教えてください。あなた達とは倫理観が違うかもしれませんけど、人道上からの話でも、保護しないと! 今のこのキャッスル、あいえ、ゲルベラールの状態では、今後の事態の好転も期待できませんし」

『……』


 カイアはしばらく考え込んだが……


『お前達の軍隊のいち部隊が現在進行している方向に、生命維持室がある。そこに……』


    *    *


 トラップのように襲ってくるヂラールを排除しながら、不審な目的地に進むガトラン上級曹長達小隊。

 彼らはティ連でも精鋭の小隊ゆえ、まあこの程度のヂラールであれば、害獣駆除のレベルである。どうということはない。

 だが、そこは彼らも戦闘のプロであるからして、慎重に進んでいくのは間違いないところではある。

 そんな現在、彼のPVMCGに通信が入る。


『月丘です、チーフ。他のみなさんも通信開いてますか?』


 どうやら月丘はオープンで通信しているようだ。


『こちらベリロスだ。見ているよ』

『ログマだ。どうしたケラー、なんか血相変えてるな』

『あいえ、この連絡自体はチーフに聞いてもらいたいのですけど、他のみなさんは対応の準備をお願いします』


 その月丘の慌てぶりに、三人共どうしたんだという表情で、まず尋ねるは名指しされたチーフ(上級曹長)・ガトラン。


『今の状況の自分が言うのもなんですが、まあ落ち着いて、ケラー』

『はは、すみません、とんでもない情報を、このトーラルさんから教えてもらったもので……で、チーフ、今あなたはこの地点にむかってますよね?』


 と、VMCモニターの端っこにミニマップを表示して、その場所を点滅させる。


『はい、そうですが……まだケラー達はご存知ないはずでは』

『こちらのトーラルが教えてくれましてね。で、落ち着いて聞いてくださいよ。その場所には、生体機能停止措置を受けたペルロード人、つまり、生きたペルロード人が二人、安置されているそうです。で、至急で保護をお願いします!』


 その言葉を聞いて、


『な、なんですと!!』と静粛侵入しようとしていたのに大声出すガトラン。

『本当かケラー!』とVMC画面にアップで顔を映すベリロス副長。

『なんてこった……単なる遺跡調査感覚だったか、どえらいことになったな』と、制帽をかぶり直すログマ艦長。


『とはいえ、今のコウズシマでは、恐らく相当な長期間の生体機能停止措置を受けた知的生命体を蘇生する医療機器なんてないからな』


 と、ログマが頭をかくと、


『艦長、確かエルミナスには、ヂラール研究のために、軍の科学調査艦がいるはずです。あの艦なら並の病院艦よりも、研究用ですが、医療機器は充実しているはずです。あれを至急で呼び寄せましょう』

『わかった副長。そっちは俺にまかせてくれ。で、作戦変更だ。ヂラールの殲滅は後回しでいい。もうかなり状況は落ち着いてきてるんだろ?』

『ええ、こっちもかなり片付けましたから、連中も種切れのところはあります。戦闘はかなり散発的にはなってきていますね』

『よし、ではそのペルロード人の保護を最優先だ……ガトラン上級曹長、頼むぞ』

『はっ、お任せください』


 今までちょっと状況静観で暇してたログマが張り切りだす。というか、それだけ部下を信頼しているということでもあるが。


    *    *



『お手柄だな、ケラー。これはすごい成果だ。さすがソウチョウタイのエージェントだ』

「いえ、艦長。みんなの協力の賜ですよ。それに、こちらのカイア・トーラルさんがご協力していただいたのも大きいです」

『そうか……できればそのトーラルシステムも確保したいが……』

「ええ、それも今から交渉しようと思っています」

『ではペルロードさんの保護はこっちに任せてくれ』

「よろしくお願いします」


 VMCを閉じる月丘。


「ということですカイアさん。もし我々の部隊が目的地についたら……」

『その場合は私がすべて誘導し、オペレートする。施設の解錠、移送処置はまかせておけばよい』

「わかりました。転送移送しても問題ないですよね?」

『問題ない』


 このキャッスル、いや、ゲルベラールでの任務。当初はどの程度の情報収集ができるか、月丘の本音を言うと、正直考古学調査レベルのデータ収集、即ち推測や予想に基づくレベルの調査結果程度だろうかと思っていたが、まさかここまで生の現物を発見できるとは思わなかったわけで、ここ最近で言えば最も充実した調査が行えたと感じる彼であった。即ち惑星ゼスタールでのマルセア達の会話をきっかけにここへ来ることが最適ではないかと思いたったあのときの決断が、正解だったわけである。


 で、それからガトラン達が保護対象を探索している間、もう少し聞きたいことを尋ねる月丘。


「……では、次の質問ですけど、今までの話を総合して予想するに、あのエルミナス人、あなた方の言う“エラミナルス人”が、あなた方と交戦した理由は?」

『エラミナルス人は、今、お前達に保護を行ってもらうセルメニアの生命維持室に侵入しようとしたため、排除した』

「私達と同じというわけですか」

『いや、お前達は私と接触し、多少の齟齬はあったが交渉が成立している。だが、エラミナルス人は私との交渉がなかった。当然それは領域への無断侵入と判断する。従って排除は当然だ』

「それは確かに……で、そのエルミナス人をあなたは一切構うことなくヂラール、あいや、“ヨツイセルメニアルト(ヂラール)”に襲われて、ほうほうのていで逃げていったと」

『その通りだ』

「その時、ヨツイセルメニアルトの一体を捕獲して、逃げていったのはご存知で?」

『把握している』

「その後、エルミナスはそれを兵器に転用して滅んだことも?」

『把握している』


 恐らく、彼らの日本語の情報を収集できるぐらいだから、エルミナスから発せられる通信などを傍受していたのだろう。こういったあたりは流石トーラルシステムである。


「で、その点、どう思われます? 感想をどうぞ」

『だから、タザリアの芥なのだ』

「はぁ……確かにおっしゃる通りで」


    *    *


 それから後、しばし休憩。

 カイア型トーラルも落ち着きを見せ、それからは特にトラブルもなく月丘達を観察しているようである。瞳状のVMCモニター群を左右に動かし、そのVMCモニター一つ一つに、何かを計算しているようなグラフや数式に図形が映る。

 ネメアもコアのパワーを自力回復できたようで、プリルのコマンドローダーから分離し、毎度のエロいボディのヒューマノイド体に戻った。

 シビアが月丘に、


『ツキオカ生体。ペルロード生体を保護した後、その後はどうする?』

「そうですね、できればカイアさんも回収したいですね、けどカイアさん、相当大型のシステムだもんなぁ……これはコウズシマ一隻でどうにかなるようなものでは……」


 その通りである。まあこれはカイア型に限らず、エルドレアルラロウ・マルセア型もそうだが、例えるなら神戸のどっかのスパコンセンター並の規模の施設である。これをごっそりともっていくとなると、施設艦並の規模の船が必要になる。

 そこんとこどうするかだが、プリルが今、タリアと一緒にカイア型のメインフレームの近くに行って、なにやら調査しているようであるが……

 それでも、メインフレームまで調査させてくれるようになるとは、彼らもかなりカイア型の信用を得たようである。そこは評価していいところだ。


 数十分後、ガトラン達が生命維持室の前に到着したようだ。オープンのVMCモニターが立ち上がる。ガトラン達の行動は、みんなへ中継されている。


『こちらガトラン。指定の地点へ到着した。大きな扉がある。開けてくれるのか?』


 その言葉にすかさずカイア型が反応し、


『解錠する』


 フォンと音がなると、自動扉が開く。幾重にも重ねられた装甲板のような扉が開き、中へ入れと言わんばかりにパワーと光が灯る……が、パワーは何となく弱々しい。


『部屋の中へ入った……かなり広いな……集団病棟のような衛生カプセルが何百も通路のように並べられている……その殆どは空だ』


 するとカイア型は、


『そこにかつては、セルメニアルト達が眠っていた。だが、生命維持が効かなくなり、ほとんどが死亡した。従って私がその死体を船外へ埋葬した』


 なんとも言葉が出ない諸氏。感情のない人工頭脳がそこまでするとはと、なんとも言えない気分になる。

 そして……


『ここだな……パワーが集中している衛生カプセルを発見した……強力なシールドが張られてる。接近できない。解除を要請する』


 その要請に答えて、カイア型はシールドのパワーをオフにする。


『シールド解除確認。接近する……と、これは……』



 他の朽ちかけている衛生カプセルとは比較にならないパワーの通った衛生カプセルの中に……




『保護対象のペルロード人を二人発見。形状から男性型と女性型だ。』


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