第10話:バカンス!?②
ここに来てちょうど五日程経った。いつまでここに居る気なのだろうか?他のご令嬢の兄弟姉妹なんかもちょろちょろやって来ているしもしかして休暇中ずっとここで過ごすのかと少し憂鬱になってきた。
今皆は別荘地の奥にあるテニスコートにこぞって行っている。私は丁重にお断りしたが。
そろそろ波を聞きながらの読書も飽きてきたので私は一人ビーチにいた。先ほどまでは砂山を作って一人で棒倒しなどをしていたが今はぼーっと海を眺めているだけだ。時折魚が跳ねるのが見えるとちょっとテンションが上がる。
「あー、退屈だなぁ…」
パタンと後ろに寝転んで空を仰ぐ。そろそろ日も傾いてくる頃だろうか。
「ん?」
流れる雲をただただ眺めていると、ばちゃん、と大きく水が跳ねる音がした。もしかしてイルカとかスナメリか!?なんて、あり得ない期待を抱き起き上がる。
「え、あれ人じゃない!?」
イルカでもスナメリでもなくどう見ても人が溺れているようにしか見えない。誰か助けを、と思ったが今周りに誰もいないことに気がつく。助けを呼びに使用人を探していたら間に合わないかもしれない。
私は迷わずワンピースを脱いで薄手のノースリーブシャツとドロワーズ姿になった。ドロワーズも今日は膝上だしこれぐらいならギリギリ泳げるだろう。
ばちゃばちゃと海に入っていく。水温は低くないし大丈夫そうだ。
(日本の水泳教育なめんな!)
幸い波は穏やかだからスピードをあげて溺れている人の方に向かった、はずなのに。
「あ、あれ?」
溺れてた人が忽然と消えてしまった。
もしかしてもう沈んでしまったのではないかと焦って平泳ぎでその辺りをうろうろするが見当たらない。
「嘘でしょ!?めっちゃ寝覚め悪いわ!」
とにかくもう日も落ちてくるし自分が危なくなってしまったら意味がないと浜に向かって泳ごうとした時だった。
「っ…!?」
グッと足を引っ張られる感覚。
(足つった!?)
いや違う、そんなもんじゃない、確実に引っ張られてる!
必死に足を動かして蹴ろうとするが敵わない程強い力で握られている。
「ごぼっ…!」
ヤバイ、大量に水を飲んでしまった。
息ができない、どうやっても振り切れない!
(あ、死ぬかも…)
今度は溺死かー、なんてふと思ったところで私の意識は切れてしまった。
「ゴホッ…!は、ぁ」
「ティナ!!」
「はぁ…はぁっ…」
大量の水を吐いた後、呼吸が上手くできなくて盛大にむせた。苦しんでいると背中を大きな手でさすられる。
「吐けるだけ吐け!」
「は、ゴホッ…!」
ひとしきり海水を吐いて呼吸がやっと整った時ぎゅっと抱きしめられた。
「何で!海になんかっ、いや、良かった…」
「…リクハルド、さま」
「良い…無理に話さなくて良い」
「ん…」
(リクハルド様、震えてるな…)
前にもこんなことあったし、また心配かけてるな…とぼんやり思う。リクハルド様が周りに指示を出す声を聞きながら目を閉じる。呼吸もしやすくなったしこのまま眠っても良いだろう、そう思って私は意識を手放した。
**
「ん…」
「お姉さま!!」
「…ユーリア?」
目を開けると涙をポロポロ流すユーリアがぎゅっと抱きついてきた。その幸せな重さに自分が助かったのだと実感する。
「良かった、本当にっ」
「心配かけてごめんね」
よしよし、とユーリアが落ち着くまで背中を撫でる。チラリと見えた時計は午後10時を過ぎていた。おそらくずっと居てくれたのだろう。
「ユーリア、ありがとう。もう大丈夫だから安心してあなたも休んで」
「…はい。お休みなさい」
「スレヴィ、ユーリア嬢を。あと皆にも無事だと伝言を頼む」
「うん。ユーリア嬢おいで」
「…はい」
ユーリアの後ろに控えていたリクハルド様が指示を出すとスレヴィ様がユーリアを連れて部屋を出ていった。
それを見届けたリクハルド様はベッド横に置いてある椅子に腰掛けるといつかのように手をぎゅっと握ってくれる。
「リクハルド様、ごめんなさい…」
「まぁ言いたいことはたくさんあるが無事で良かった」
ちょうどテニスコートから帰って来て部屋に戻った時、窓から私が溺れているのが見えたらしい。リクハルド様も泳げたのか、さすが王子様。
「まぁ俺の人工呼吸と心臓マッサージのおかげだな!」
「え、リクハルド様がやったんですか?」
ということは知らない間に口づけされて知らない間に胸の辺り触られてたと。いや、人命救助だから仕方がないか。
「ノーカウントで」
「何でだよ!!そこはちょっと赤くなるとこだろうが!」
「タスケテイタダイテアリガトウゴザイマシタ」
「棒読み!」
はぁ、とリクハルド様がため息をつく。
そして優しく頬を撫でてくれた。心配と安堵が混じった表情。ちょっと頭が弱いがつくづく優しい人だと思う。
「何があったんだ?」
そう尋ねられたタイミングでスレヴィ様が戻ってきた。
「誰かが溺れてたから助けに行ったんです」
「…溺れてた?」
コクリ、と頷く。
溺れてたから助けに行ったのに忽然とその人は消えて、その後足を引っ張られた。
そう告げると二人は神妙な顔で考え込んだ。
「ここは王家所有のプライベートビーチだから入ってこれないはずだよ。招待した人はティナ以外皆テニスコートにいたし」
「陸からは入ってこれないし考えられるとしたら海からだ。でも相当な距離を泳がないとここまでは来れないな」
「…でも確かにいたはずなんです。ねぇ、本当に溺れてた人はいないのかな?」
「大丈夫だと思うけど…一応調べさせるよ」
溺れてる人がいないと言うなら、もしかして海坊主!?そういえば今って日本ならお盆くらいの時期だ!こっわ!!どんなジャンルの本も読むがホラーだけは大嫌いだ。
「それにしてもティナは泳げたんだね」
「あ、うん…」
「近々泳いだことはあったの?」
そう問われて記憶を辿る。
「そういえば何年か前に領地内の川で子犬が流されてて泳いで助けたことがあったかな」
「またそんな危ないことを…」
「なるほどなるほど」
呆れるリクハルド様に、何かを納得するスレヴィ様。
「ティナ、顔色悪い。もう寝た方が良いよ」
「ああ、今日は俺が一緒に寝てやるからな!」
「え、結構です」
「何でだよ!?不安だろ!?」
「全然」
そのやり取りにスレヴィ様がクスクス笑う。相変わらずだと思われているのだろう。
「容態が急変することだってあるから今日は兄さんに一緒に居てもらった方が僕らも安心なんだけど」
「えー、じゃああっちのすみっこの床で寝てくださいね」
「俺の扱い雑すぎるだろ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人に笑いながらもスレヴィ様は部屋を出ていった。
「さて…犯人はいったい誰かな?」
部屋を出た瞬間に怖い顔に変わったスレヴィ様がそう呟いたことを、私は知るよしもなかった。
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