待望の夏休み 編

第31話 まるで天使だな

 終業式が終わり、人美ひとみたちにとって高校初めての夏休みが始まろうとしていた。


「はい、これで一学期は終了です。各教科で出された宿題はちゃんと中身を埋めて提出するように。忘れた人はやってないとみなして減点するのでそのつもりで」


 一年一組担任の女性教師は最後にそう釘を刺すと、一学期最後のホームルームが終わり、放課後になった。



「うへぇー宿題多いなぁー……」


 人美はプリントやワークの束を鞄に詰め込みながら、その量にため息をこぼす。覚悟はしていたが、高校生の宿題はやはり多いようだ。

 中学の頃に使っていた一日限定の延命手段『忘れたので明日持ってきます』を事前に封じられた以上、今年こそは早め早めに取り組まなければならない。


 そんな事を考えながらも人美は、宿題をできるだけ鞄の奥に押し込むという無駄な抵抗をしている。

 すると突然、教室のドアがガラリと音を立てて開いた。


「おーい、そらいるか?」

「あれ、ショーきちじゃん。そっちももう終わったんだ」


 一組にやって来たのは、隣の二組の天塚あまづかしょうだった。バドミントンで真季那まきなと共に死闘を繰り広げて以来、彼とよく話すようになった人美は、彼をショーきちと呼んでいる。


「ソラっちならホームルーム中からずっと寝てるけど」

「マジかよ、相変わらずだな」


 話を聞いてみるに、どうやら翔は今からゲーム屋に行ってゲーム機を買おうと思ったらしく、一人よりは二人と思って空を誘いにきたらしい。


「なにゆえゲーム機を?」

下界こっちでの長期休暇は初めてだから、暇すると思ってな」

「ああ、ショーきちって天使だっけ。夏休み初めてなんだ」


 思い出したように人美は呟いた。


 人美の言う通り、翔は天界からやってきた天使なのだ。彼自身が言うには、上の方の天使から『人間の勉強をしてこい』と言われて来たようなのだが、彼がやっている事といえば学校に通っているだけである。たくさんの人間が集まる場所ではあるし、勉強になるといえばなるのだろうが。


「そんでせっかくだし、この世界のゲームを遊ぼうと思ったんだよ」

「なるほどねぇ。確かにゲームっていろいろあるし、一人じゃ選びきれなさそう」


 人美もゲームはよくやったりするのだが、ビビッと来たものを適当に手に取るスタイルの人美は最近の流行りだとか話題の新作だとかは全然知らない。いい機会だしそういう物をいくつか見てみるのもいいだろう。


「それ、私もついてっていい?」

「もち構わねぇぜ。初心者の俺からすれば意見が多い方がありがたいしな」

「まあ私は別にアドバイスなんて出来るほどゲーマーでもないけどね」


 そう言いながら苦笑する人美は、教室の一画で荷物をまとめる真季那まきなを見つけ、声をかけた。


「マキもゲーム屋、一緒に行かない?」

「そうね……せっかくだけど遠慮させてもらうわ。博士にメンテナンスをするから早く帰るように言われているの」


 申し訳なさそうにそう断る真季那。


「そっかぁー残念。店内に並んでる見本のゲーム機とか遠隔操作して遊んで欲しかったんだけど、まあ仕方ないね」

「……人に何させるつもりだったのかしら」

「ンな事したら出禁だろ」


 真季那と翔からジト目を向けられて、人美はささっと目を逸らす。


「じゃあイノリんは……交通安全のボランティアで先帰っちゃったんだっけ」

「相変わらず人助けに熱心だよなぁアイツ。俺より天使向いてるだろ」

「それ自分で言っちゃうんだ」


 『善行を積めば神が導いてくれる』という言葉を信じて、人美と仲良くなるという密かな目的のために慈善事業にいそしんでいる少女、徒神とこう 一愛いのり

 そして人美とお近づきになれた後も、彼女は世のため人のためにボランティアを続けている。ちなみに人美と仲良くなるというかつての活動理由は、人美本人にはもちろん秘密である。


 そんな彼女は、毎週木曜日になると立哨の手伝いに行っているのだ。横断歩道の傍で黄色い旗を振るアレである。


「普段からああいう事やってるけど、しっかり息抜きしてるのかな」

「確かに、他人第一って感じだよなアイツ」

「イノリんと遊べるゲームも選ぼっか」


 今もどこかで旗を振っている友人を思い浮かべながら、今度遊びに誘おう、と決めた人美と翔だった。

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