第13話・落ちていた大将首

 そのあたりに大将首が落ちていたのは、果たして本当に偶然だったのだろうか?


 クィネ達からしてみれば事実、偶然によって出会したのは間違いない。しかし、“彼”が現れたのは偶然ではなく、彼自身の行動による。


 時は少しだけ遡る。


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 木の板を軽く打ち合わせたかのような音が耳に入り、クィネの茫洋とした顔が喜色に満ちた。

 それはホエスが仕込んでいた、設置魔法が発動した音。



「……音がしたな」

術者でも辛うじて聞こえた音が良く聞こえるな。まぁアレは本当に鳴るだけで敵とはまだ……っておい!」



 ホエスの言葉が終わらぬ内にクィネは地を蹴っていた。

 行動した理由は簡単簡潔。敵なら斬る。味方なら斬らない。ならば相手が何者かを見に行かなければ……それのみだ。



「この間抜けがっ! 本当に敵だったらどうする気だ!」



 敵がどういった規模なのかまで判断できる機能は設置された魔術には無い。それはホエスの術者としての限界でもあるし、そんな大規模な術は例え使えようとも“転ばぬ先の杖”としては割りにあっていない。


 慌てて後を追うホエス。

 彼がどこまで陰険を気取ろうとも、根っ子は普通の人間の範疇に留まる。だから追う。仲良く無くとも傭兵仲間であるから。


 敵が1人か2人ならば、まぁいいだろう。だが多勢ならば? 強敵であるのならば? 死にに行くようなものであり、ホエスの心配は実に真っ当なものだった。


 だからホエスの心ではクィネを理解することはできない。

 敵が強くて多いならばどうするか? 敵が弱くて数が少ないから?

 ……クィネはどちらだろうと構わない。どちらも尊い・・敵なのだから、付いてくる要素がなんであれ歓迎すべきである。そして、首を刎ねるか、刎ねられるまで続けるだけだ。

 

 元剣聖の身体能力は極まっていた。

 地を蹴るというが、走るというよりは飛んでいるに近い。あっという間にホエスの視界から消え去った。


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 息を荒げて、寂しい木立の間を抜けて走る男がいた。


 見る目があるものがいれば、身につけている鎧からトリドの騎士だと判断ができるだろう。鶏のトサカのような飾りが付いた鉄兜が身分の高さを主張している。


 今、その騎士は一人きりだった。

 身分の象徴からすれば有り得ないことである。随伴する兵がいて当然。さもなければ身の回りの世話をする者の1人ぐらいは連れていて当然だろう。

 それが馬も無く、徒士で1人。敵に占領されてしばらく経つ地を走っていた。


 実際に彼は、少し前までは幾らかの部隊を引き連れていた。指揮する立場にあるものだからだ。


 ……トリドの民達は先祖の残した家船が焼かれてから決起した。

 徴兵された者だけでなく、男手は皆剣を持った。いや、女に子供達も決心あるものならば皆だ。


 列国の中でも珍しく、単独行できるように造られた帝国の軍団制度であっても、幾らかは現地徴発を期待している面が残っている。

 民達は知り尽くした地に潜み、少人数で行動する敵達を狩ることで強大な帝国に対抗した。しかしいくら地の利があり、覚悟があろうともその技は未熟だ。


 ゆえにトリド王国は彼らを指導する、実力派の兵や騎士を送り出している。今走る男もそうした1人だ。だったというべきか。もう彼が育てた義憤の兵達はいないのだから。

 

 装飾が施された兜を付けたままなのは、身を潜むことよりもトリドが民兵達を見捨てていないことを示すのを重視したためだ。悪く言えば、さらに立ち上がる者が増えることを煽るためである。


 もちろんのこと、トリド首脳陣からしても苦渋の決断である。人として他者を利用することへの罪悪感もあるが、それは二の次である。

 トリド王国は兵だけで成り立つ国ではない。農業が生活の根幹にあるどこにでもある国だ。


 民達が決起したのは戦力としてはありがたくとも、来年以降の生産活動に与える影響は計り知れない。民兵達は本来は剣ではなく、鍬と鋤でトリドを支えているのだ。彼らが人を相手にした狩りをしている間は、農作業の手は当然止まる。予測される損失は目を覆いたくなるだろう。


 王を初めとした権力側から見れば、国あっての民である。来年がどうなろうと、まずは今を生き延びると涙をのんで・・・・・決めたのだった。


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 トサカ兜の騎士は指導役の中でも、見込みがある者達を鍛える役を担っていた。

 人魔戦争が終わってまだ間もない時代であるゆえに、剣を全く見たことがない……というような男がいないことも幸いだった。彼が指導した部隊は「それなりの」戦士に育ってくれた。


 短期間としては充分過ぎる程に磨かれたために、自分の部隊を使い捨てではなく徴募兵に合流させることにした騎士だったが、一つだけ問題が残っていた。

 実戦経験の不足である。


 捕らえた帝国兵を嬲った後に、戦わせるというようなことはした。しかし相手が弱っていない状態での戦いを経験させていない。


 トリドの騎士は正直なところ、気が進まなかった。

 指揮下にある民兵達は彼の功績を示す作品である。いくら必要な試練といっても相手が帝国兵となれば、少数を狙っても死者ゼロとは行くまいから、彼の成果物が目減りしてしまう。


 慎重に合流地へと進む間にも、まだ決心がつかない。

 そこで彼は偶然、見つけた。丁度いい獲物を見つけてしまったのだ。

 

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 結果を見れば間違いなく、手を出すべきではなかった。

 彼らが襲ったのは帝国の黒い軽装歩兵達……に見えた。いずれにせよ10人しかいないところもそそった。体つきが遠目にも華奢な者さえ混ざっており、さして重要ではない任務に当てられた分隊にしか見えない。


 騎士の配下は30人。相手が帝国の看板通りの強さを持っていたとしても、まず負けない。負けるはずは無かった。


 そして、騎士は無様に追われて走っていた。

 騎士と配下が襲った兵たちは異常な強さだった。それを知っている者がもしいたならば、異常な敵兵から逃げおおせた騎士を賞賛すらしてくれたかもしれない。


 だが、作品は失われ成果もなくなった。

 弱き民達さえもが必死で戦う相手から逃げ出した男。そんな不名誉な称号を得ることになるだろうが、構いはしない。あの連中から距離を離さなければ、その思いだけだ。

 愛馬を盾に、一目散に逃げ出した哀れな敗残者。


 彼にとって、偶然に音鳴りの魔法陣を踏んだのは救いだったのかもしれない。



「……貴方1人か。見ればトリドの装束。首を貰おう」



 敬意を持って敵を切り倒す、凶刃が来訪したのだから。


/


 トサカ兜の騎士は安堵した。

 邂逅した敵が帝国の正規装備でないためだった。鎖帷子などから見れば傭兵の類だと、歴戦の経験から見抜いた。


 後ろから先の連中が追ってきているとも考えられる状況。

 ならば早々に決着をつけるのが最良である。しかしながら相手が傭兵ならば戦慣れしているはずであるから、手は抜かず本気の一撃を見舞うのみ。


 本来の得物である槍は木立を抜けるため、少しでも速く逃げるために捨ててきている。

 騎士は手に持ったままの剣で一撃を繰り出した。


 突然現れた敵に対して、見事な一撃だと言える。力も速さも十二分で、実力派の看板は伊達ではないと賞賛されて然るべき。


 戦闘不能にすべく、騎士が狙ったのは胴。

 首を狙うよりも当てやすく、鎖帷子では騎士の豪剣は防ぎきれない。また、傭兵が大剣を携えていることから、剣速でも騎士に分がある。

 命があっても、追ってくることはできなくなる。実戦経験に支えられた一瞬の判断は見事であった。



「……っ!?」


 ……相手がただの傭兵であるならば。


 流れた血は騎士からだった。……何をされたのか理解ができないまま、剣を持ったままの腕が宙に飛んだ。



「ぐぉおおお!」



 それでも残った腕の篭手に隠されていたナイフを飛び出させて、敵の眼窩を狙う。激痛に耐える胆力、咄嗟の切り替え。

 一流である。



「きひっ。見事な思い切りだ。……堪能させてもらった・・・・



 しかし、それほどの練達も奇怪な傭兵には届かない。

 胴体から離れて地面へと…落ちる前に騎士は賛辞を聞いた。



「お前……あの赤目ど……も……間……か……」



 執念で首だけの男は途切れ途切れの疑問を口にした。


/

 


「……? 赤目?」



 クィネは素晴らしき敵の残した言葉に首を傾げた。

 思えば、この敵には奇妙なところが多い。これほどの覚悟がある男が何から逃げ出していたというのか?


 あずかり知らぬ強者がこの地にいるのか。それは果たして敵だろうか? 味方だろうか?

 さて、喜んでいいやら悪いやら?敵の方が味方の場合より少し嬉しいかもしれない。

 

 首の前で考え込むクィネだったが、ホエスの怒った声が聞こえてきたために思索は後回しにすることにした。

 戦利品である強者の首をかかげて、仲間に手を振った。

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