『一円。』(2)
当時はまだ、企業のVTuberなんて業界全体で100人もいなかった時代。
世間的な認知度が低く、ボーカロイドのパクりだと言われ、VTuberという異形の存在に対する風当たりが強かった頃。
『メタ園サキの二番煎じ』
『こいつも発音ミカのパクり』
『ただの絵』
当然、デビューしたあたしへの風当たりも強かった。
でも──。
『声可愛いね!!』
『耳が幸せになる』
『この声好きだなぁ』
『一生聞いてられるわ』
それ以上に自分の声を評価してくれることが嬉しかった。
デビューした後は動画用にゲームをプレイして、編集して、投稿を繰り返し。
生配信が主流の今と違って、当時は生配信なんてせずに編集した動画をアップするのが一般的だったから、編集のやり方も運営側から教わって自分でやった。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月……。
いままで嫌いだった自分の声が、やっと通用して、認められるようになって、ちょっとずつ嫌いじゃなくなっていった。
でも──。
自分の声が評価されて、注目を浴びるごとに、自分に対する風当たりもどんどん強くなっていく。
どんどん日増しに増えていく不快なコメントに、ちょっとずつ心を磨り減らすようになって。
自分の声を評価される喜びよりも、マイナスな気持ちの割合が大きくなっていく感覚。
そしてデビューから1年を過ぎた頃。
とある疑惑がネット上で話題になった。
『猫又イスナはうまい人の動画に声をあててるだけ』
ゲームをしている人と声をあててる人が違うんじゃないか、と。
この疑惑を聞いたとき、心に亀裂が入ったのを感じた。
弱みを見せれば、アンチは嬉々としてそこをついてくる。
だからできるだけ気をつけて動画を投稿していたつもりだった。
慎重に、言葉を選んで、編集にも気を使って。
でも、声に違和感を覚えて『他人のプレイ動画に声をあててる』なんて批判が来るとは思ってなかった。
良いプレイを厳選して動画化していたのが悪かったのか、それともあたしの声が悪かったのか。
また、あたしの声か。
こんな思いがずっと続くんだろうか。
ふと、そう思った。
声は、変えられない。
生まれてから何度も願って、決して叶わなかったこと。
このまま活動を続けていったら、一生こんなことを言われ続けるのか。
そう思ったら、立ち上がる気力が薄れていくのを感じた。
批判の声がどんどん大きくなっていって、擁護の声が小さくなっていく。
積み上げてきた登録者も減っていって、周りのすべてが敵に見えた。
あぁ──
──もう、だめだ。
あたしは『猫又イスナ』じゃいられなくなった。
◆◆◆
あたしは自分の声がまだ嫌いだ。
嫌いじゃなくなってきたのも確かだけど、やっぱりあたしはまだ、自分の声が嫌いなままだった。
『Met a Live』を辞めてから、1ヶ月が過ぎた。
猫又イスナが引退したことはネット上で少し衝撃をもって受け止められていた。
その頃になってようやく、あたしを擁護する声が出てきたけど、もう遅い。
あたしはもう戻らないし、戻れない。
契約ももう、解除してしまったから。
『Met a Live』からは、契約解除の時にお詫びをされた。
『守れなくて申し訳ない』って。
あたしは正直、なんとも思わなかった。
なんとかしようとしてたのは知ってる。
守ろうとしてくれたのも、分かってる。
でももう、なにも感じなかった。
あたしの心はもうそこにはなくて、ぽっかりと穴が空いたみたいだった。
あたしがやめてしばらく経って。
そのあたりからだ。
VTuberという業界全体が盛り上がり始めたのは。
企業勢に勝るとも劣らないクオリティのアバターが次々に現れて、それを提供するサービスもどんどん増えていって。
それを見る人たち、利用しようとする人たち、参加する人たち、サポートする人たち。
どんどん、どんどん増えていって。
あたしがいなくなった後の方が『Met a Live』も大きくなっていって。
あたしのことなんかみんな忘れていった。
あたしなんて、何の価値もなかったんだぁって……。
自分のちっぽけさを知った。
小さくて、軽くて。
お金で例えたら1円玉みたい。
学歴は高卒。
声優学校で培った経験は、本物には通用しないって気付いた。
天職だと思ったVTuberも自分の声が足を引っ張る。
心にぽっかり空いた穴はそう簡単には塞がりそうになかった。
とりあえず、貯金だけは結構ある。
なんだかんだでファンも多かったから。
その分、アンチも多かったけどね。
動画の広告収入とお詫びも込めた退職金で、当分は仕事しなくてもいいくらいには貯金が貯まっていた。
だから、しばらく休むことにした。
この心の穴が小さくなるまでは。
◆◆◆
休んでいる間、巡りめぐって思い出すのは結局『Met a Live』で活動した日々。
サポートしてくれた会社の人たち。
共に活動した同期たち。
コラボしてくれたVTuberたち。
嫌いだったあたしの声を評価してくれたファンたち。
いろんな人に支えてもらった。
なんだかんだ言って、活動していた頃は楽しかった。
またVTuberやってみたいなんて、心のどこかで叫んでる。
でも、あの日々を思い出すたびに批判の声も思い出して、自分の心を蝕んでいく。
なんで、あんなに批判されたんだろう。
もしあたしがこんな声じゃなかったらあんな批判も来なかったのかな。
この声じゃなかったら、あたしは人気になれたんだろうか。
そんなことを考えてしまう。
◆◆◆
ある日、とあるVTuberの動画が目に留まった。
その動画には可愛い女の子のキャラクターが映っていた。
だが、動画から聞こえてきた声はそのキャラクターから発せられたとは考えにくい男の人の声だった。
『バーチャル美少女受肉』という言葉を、その時初めて知った。
略してバ美肉。
バーチャルの世界で美少女の姿を纏うことを指す言葉。
その姿と声のギャップが人気を博していた。
その時、気付いた。
そうか。
ボイスチェンジャーで声を変えればいいのかって。
この声じゃなかったら、あたしは普通になれる。
この声じゃなかったら、批判を受けずに済むかもしれない。
人気者にならなくたっていい。
有名になることよりも、普通がいい。
この声よりも、あたしを見て欲しい。
普通のあたしを見つけて欲しい。
あたしは声じゃない。
あたしはあたしなんだって。
◆◆◆
これがあたしの新しい名前。
赤髪ポニーテールの元気そうな女の子。
これがあたしの新しい体。
ボイスチェンジャーを使って、配信に載る声は完全にあたしの声とは別物になった。
これがあたしの新しい声。
もう、猫又イスナには戻れない。
だからこそ、VTuberとして活動するための新しい姿を手に入れた。
これならもう、あたしの声が注目されない。
これで人気が出るのなら、それはあたしの実力だ。
あたしの価値が声だけだったのか。
声以外にあたしの価値があったのか。
この活動を通じて確かめる。
なんなら、しゃべり方も変えてみよう。
元気いっぱい、ハキハキと。
あの声のせいで、いままで表に出さなかったけど、心の中ではずっとおしゃべりだったから。
「いちえんじゃないよ、『いちまどか』だよっ!!」
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