通話
『……なに?』
『っ!!』
やや不機嫌そうな、中性的な声。
井川君だ。
ド平日の昼間にコールをかけ続けた俺に対して怒っているのか、はたまた別の要因があったのかはわからないが、とにかく彼は少しイラついている様子だった。
その声に若干気圧されてしまい、話そうとしていた言葉を飲み込んでしまう。
『……』
少し変な間が空いたせいか、それともばつが悪くなったのか、井川君が先に口を開いた。
『……まぁなんとなく察しはつくけど』
呆れているのか、怒っているのか。
先ほどよりかは、やや声の圧力が下がっていた。
そのまま彼は言葉を紡ぐ。
『……どうせ、ミサキに続けてボクの炎上にも首を突っ込もうとしてるんでしょ?』
花丸満点。
ばちこり当たっている。
昨夜、ミサキさんにも見透かされていたことだが。
『……正解。そんなにわかりやすいかなぁ、俺って』
『ふっ……アキラはお人好しだから……まだ1回しかコラボしてないけど、なんとなくわかる』
俺の思惑を看破したことが嬉しかったのか、さらに態度が柔らかくなったように感じる。
感情の起伏が大きい。
コントロールが上手くできていないのか?
もしかしたら、相当なストレスを抱えているのかも知れない。悩んでいるのかもしれない。
こういった場合は、何かのきっかけで自ら気持ちを打ち明けてくれる可能性が高い。
このままスムーズな流れで会話を続けて様子をみてみよう。
とりあえず、こんな時間に連絡したことは謝っておこうか。
『こんな時間に急に連絡してごめんね』
『……別にいい。……ちょうど暇だったし』
『そっか』
何で暇なのか。
それを聞くのはまだ早いか。
いきなり不登校やらなんやらを聞く前に、違う話題から話してみる。
『昨日の俺の配信は見てくれた?』
『……見た』
短い返答があったあと、井川君は感謝の言葉を口にした。
『……ミサキを助けてくれてありがとう』
『っ、まさかお礼を言われるとは思わなかったな……』
『……あれのせいで、ミサキには迷惑をかけたから。……でも、ボクじゃ見ていることしかできなかった。……だからありがとう』
やはりそうか。
井川君の今の発言で、疑惑が確信に変わった。
昨日、ミサキさんから聞いた話はどうやら本当みたいだ。
本当はもっと後で聞くつもりだったが、このタイミングで切り込むことにする。
『あのネット記事、井川君が書いたってミサキさんから聞いたけど本当なの?』
アイキュー部全員のことが書かれた例のネット記事。
それを書いたのが井川君だと、昨夜ミサキさんから聞いた。
それを聞いた時、正直言って信じられなかったが、不思議と納得がいったのも事実だった。
それは、あのネット記事の持ついくつかの違和感。
井川君の配信からあまり時間が経っていなかったにも関わらずコラムがやたら詳しかった点、当の本人が自分で書いたのなら納得がいった。
『……そうだよ』
思っていたよりもあっさりと、彼はその事実を認めた。
書いた理由と流れも、昨日のうちに聞いていた。
『記事を書いたのは円さんの転生疑惑を他の話題で希釈するため、だっけ?』
ことの発端は、円さんの配信事故だった。
『……そう。……マドカがボイチェン外れて事故った配信をした日には、もう猫又イスナと関連付ける呟きがSNS上で広がってて、記事化するのは時間の問題だった』
『井川君とミサキさんは、円さんの過去を本人から聞いてたんだよね?』
『……うん。……それと、イスナだった頃を、ネットの悪意に晒された恐怖を忘れようとしてることも』
その配信を見たアイキュー部のメンバーであるミサキさんと井川君は、先手を打つためにとある奇策を思い付いた。
『……だから、あのままだとマズイって思って、ボクとミサキの話題とセットで記事を自分で書くことにしたんだ』
それは自分たちをわざと巻き込ませることで、マドカさん1人にかかる負担を分散させようとすることだった。
『……少しでも、マドカにかかる負担を軽減できるように。……自分で書く記事ならある程度話題の方向性を制御できるし』
だから、本来記事化されなければそれほど問題視されなかったであろうミサキさんのゴースティング疑惑をあえてコラムにした。
『……ミサキだけに負担をかけさせるわけにいかないから、自分の配信でわざとボロを出して、その内容を記事に書いた。……ミサキも了承はしてたけど、あの記事のせいでコラボの予定がキャンセルされたりして迷惑はかかってる。……だから、ミサキを救ってくれてありがとう、アキラ』
再度、感謝の言葉を口にした井川君。
そんな彼に、俺は疑問を投げ掛ける。
『なんで、君たちはそこまでできるんだ?』
なぜ?
赤の他人に、なぜそこまでできるのか。
自分が炎上するリスクまで背負って。
昨夜、ミサキさんに聞いた質問を井川君にも尋ねてみる。
すると、返ってきた答えはミサキさんと同じだった。
『……楽しかったから。……ネット上で初めてできた友達で、その繋がりを大切にしたいと思ったから。……マドカの前世が猫又イスナだとかは関係なくて「一円。」が好きだから、助けてあげたいってそう思った』。……それだけ
……っていうか、ミサキを助けたアキラがそれを聞くの?
井川君の言葉に、言われてみればそうだったと気がつく。
俺も、自身の炎上を省みずにミサキさんとコラボしたんだった。
俺の理由は単純明快、君たちにスパチャを送るくらいのファンだから。
推しに笑顔になって欲しいから。
ただそれだけだ。
『……だからアキラ、今一番困ってるのはボクじゃない、マドカだ。……ボクを助けてる暇があったら、先にマドカを救ってあげて。……ボクの問題はボクひとりで解決できる』
そう言う井川君は、やはり孤独に見えた。
自分よりも円さんを優先しろと言う。
たぶん、本気で言っているのだろう。
『確かに、今一番苦しんでるのは円さんなのかもしれない』
円さんは今、過去のトラウマと向き合わされている。
配信も停止しており、再開の目処は不明だ。
『……そう。だから──』
『──でも、君も同じくらい苦しんでるようにみえるけどね』
『……っ』
でも、だからといって今対峙している相手から目を反らすようなことはしない。
俺がそう言うと、少し驚いたような反応が返ってきた。
俺は、彼のことをまだちゃんと理解できていない。
本当に中学生なのか。本当に学校へ行っていないのか。
本人から話を聞かないことには何も始まらない。
誤った認識のままだと、間違った解決方向へ向かってしまう。
だからこそ──。
『君の話を聞かせて欲しい』
俺はそう問いかけた。
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