『井川#111』
「……うん」
お昼を回っているにも関わらず、カーテンを締め切っているせいか部屋の中は真っ暗だ。
暗闇を照らすのは、カーテンからわずかに漏れる太陽の光と、パソコンとモニターの光だけだった。
画面の中では、昨日急遽行われたとあるVTuberたちのコラボ動画が映っていた。
Vすきアキラと伊崎ミサキ。
2人の動画だ。
どちらも良く知っている。
そしてどちらも、楽しそうな声を上げている。
とても炎上に巻き込まれていたなんて思えないほどだ。
ぼくも炎上はしてるけど、ミサキと違って事実だし、こればっかりはしょうがない。
なんとかしないといけないけど……。
「……ミサキはなんとかなりそう……だね。よかった」
心配してたけど大丈夫みたいだ。
アキラが気を利かせてくれたのだろう。
さすがは大人。
ぼくにできなかったことを簡単にやってのける。
本当にさすがだ。
「……っふ」
天井を見上げ、自嘲した笑みを浮かべる。
普通の学生なら学校にいるはずの時間に、自分の部屋にいる。
こんな生活は3ヶ月くらい前、4月頃から続いていた。
VTuberとして活動を始めたのはもっと前からだけど、4月までは学業とワオチューブでの活動は両立させていた。
けど、いまはそうじゃない。
平日にも関わらず、こうやって自分の部屋でパソコンを眺めている。
なぜぼくがVTuberになったのか?
それは、
それは……
なんでだっけ?
◇◇◇
ぼくは、人と会話するのが苦手だ。
自分の発言を、相手がどう受けとるのかをいつも考えてしまう。
不快な思いをさせていないか。間違った受け答えになっていないか。
一度思考を挟んでから、言葉を口にする。
だから、発言の前に間が空いてしまう。
「……」
会話のテンポが遅いと思われていないだろうか。
そう考えて、また思考の時間が延びてしまう。
悪循環。
同級生の男子も女子も、ぼくと会話するときは何か話しづらそうだった。
なんでこんなにも考えてしまうのかと、自分自身で一度考えたことがある。
結論を先に言えば、自分に自信がないからだ。
ぼくは昔から『女の子みたいだね』と言われながら育った。
もちろん、ぼくはれっきとした男だ。
でも、声も顔も体型も、全然男らしくなかった。
それは自分でも自覚している。
声変わりもまだだし、中性的と言われる顔もいつまで経っても髭が生えたりしないしぷよぷよのままだった。
同級生の男子と比べて見ても、やっぱりぼくは……。
だからぼくは、自分に自信が持てないでいる。
このままでいいのか?
何か変わらないといけないんじゃないのか?
そう思っても何も変わらない。変えることができない。
なぜならそれは、自分の身体的特徴に対するコンプレックスだから。
整形やらなんやらするか、身体の成長を待つ以外にできることはなかった。
さすがに整形するほど悩んでいる訳じゃない。
でも、成長を待つには我慢が足りなかった。
そんな時だ。
VTuberという存在に出会ったのは。
彼らは仮初めの身体、理想の身体を纏って、思い思いの言葉を何も考えずに口にする。
無責任という言葉がそのまま形になったような存在に見えた。
もちろん、そんな無責任な存在はあまりこの業界にはいないということは、今ではぼくは知っている。
でも、ぼくが最初に見たVTuberは正しく無責任を体現していた。
そんな姿に、ぼくはほんの少しの憧れを抱いてしまった。
身体的なコンプレックスを解消するのは諦めた。時間に身を任せるしかないから。
でも、あんな風に言葉をつっかえずにスラスラと言えるようになれたら、少しは自分の容姿を気にしなくて済むようになるのだろうか?
少なくとも、人と話す苦手を克服することはできるはずだと、そう思った。
ゲームをして虚空に向かってしゃべるだけなら、ぼくにも出来そうだと思った。
だからぼくはVTuberになった。
今やAIが絵を描く時代。
いろんなアプリを駆使すれば、それなりのアバターなら簡単に作れた。
もちろん、お金をかけてプロが作るアバターには届きもしないクオリティだけど今のぼくには十分だった。
ゲームをするためにパソコン周りはちゃんとしたものを持っていたから、さほどお金をかけずに配信する環境は整った。
それでも、毎年貯めてたお年玉はなくなったけどね。
そうして『井川#111』のVTuberとしての活動がスタートした。
数ヶ月後、ぼくは学校に行くのを止めた。
◇◇◇
「……そうだ、思い出した……」
ぼくは、苦手を克服するためにVTuberになったんだった。
他人との会話がうまくできるように。つっかえたりしないように。
そのために、VTuberになったはずだった。
でもいまではそんなことも忘れて、学校に行くのも止めて、こうして自室に引きこもってる。
発言前の間はいつまで経っても直らないし、こうして引きこもってること自体、状況が悪化してるように思える。
「……何やってんだろ」
ぼくに両親はいない。小学生の頃に交通事故で亡くなったから。
それはおじいちゃん家に家族3人で車で向かってる最中のことだった。
高速道路で渋滞に差し掛かる直前、後ろの車からの玉突き事故にあって、父と母は亡くなった。
当時寝ていたぼくは何が起こったのかわからなかった。
気づけば、病院のベッドの上にいたし体中が痛かった。
医者や、病院に駆けつけてくれたおじいちゃんから両親が亡くなったことを聞いても、当時小学生だったぼくには理解が追い付かなかった。
そんな境遇だからだろうか。
おじいちゃんは、ぼくのことを大層可愛がってくれる。可愛がり過ぎるほどに。
まるで、壊れやすいガラス細工を扱うかのように。
学校に行きたくないと言った時も、おじいちゃんはぼくの意思を尊重すると言ってくれた。
ぼくは、それに甘えることにした。
そして甘えた現状が、今だ。
「……ごめんね、おじいちゃん。……でも、もうちょっとだけ甘えさせて」
ぼくに、両親はもういない。
自分のことは自分で決めるしかない。
生き方だって、自分で決める。
おじいちゃんだって、言い方悪くなるけどぼくの意思を尊重するだけ。
頼れる大人はひとりもいない。
だから、今回の炎上もぼくがひとりで解決しないといけない。
ぼくが、ひとりで──
ピコンッ!!
『Vすきアキラが通話を開始しました』
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