閑話 父は新人VTuber
「むむぅ」
私の名前は
この春から都内の高校に通う新入生だ。
小学校、中学校と地元の学校に通っていた私はいま、受験勉強という長期間に及ぶ苦難に打ち勝ち、憧れの都会で学生生活を満喫している。
流石に独り暮らしする勇気はないから、電車通学で毎日都会と田舎を反復横飛びしてるけどね。
高校に入学してからのこの1ヶ月は新しいことの連続だった。
これまでずっと田舎で暮らしてきた私にとっては、目に写る全ての光景が目新しく写っていた。
周りを見れば人、人、人。田んぼもなければ、土すら見えず、地面はほとんど灰色のアスファルトに覆われている。
少し歩けばコンビニや飲食店があり、最寄りの駅には何でも揃う百貨店。
辺りが暗くなれば、お店のネオンで幻想的な空間に早変わり。
学校帰りには新しくできた友達とスイーツ巡りに食べ歩き、休みの日には買い物にカラオケ。
私はいま、とても充実した学生生活を送れている。
でも──
「うーん」
──最近、ちょっと不満がある。
「どうかしたの? あかねちゃん? さっきからうんうん唸ってるみたいだけど?」
声がかかった。
そちらに顔を向けると、こちらを覗きこむ小顔があった。
彼女の名前は
小学校、中学校の同級生であり、同じ高校にも通うことになった私の親友だ。性別がどちらか違っていたら結婚しているまである。わりと本気で。
今日はゴールデンウィーク明けの月曜日。時刻は夕方の6時ごろ。学校の授業が終わり、素直に家に帰らずに寄り道をしているところだ。ここはとある喫茶店のボックス席のひとつ。
大通りから少しだけ外れたところにあるこのお店は、穴場スポットとして個人的にすごく気に入っている。人の出入りが少なく、落ち着いた雰囲気も魅力的。
だからこそ、小さな声なら誰にも聞かれないと思い、碧の問いに答えることにした。
「これ見て?」
「うーん? なになに? あー、なるほどぉ」
碧に見せたのは、とあるスレッドの一部分。
ーーーーーーーーーー
869:名無しのV好きさん
そういえば最近アキラっち見てないね
870:名無しのV好きさん
アキラっち?
誰だっけ?
871:名無しのV好きさん
あー、あれ
なんだっけ?
872:名無しのV好きさん
あれでしょ?
不倫したとかいうVTuber
873:名無しのV好きさん
あーそれだ
一時期話題担ってたけど最近どうなん?
874:名無しのV好きさん
今でもまだ活動してるよ
いまちょうど配信してる
同接2桁くらいだけどwww
875:名無しのV好きさん
草ぁ
876:名無しのV好きさん
ww
誰か見に行ってやれよw
877:名無しのV好きさん
前に荒らしたろと思って見に行ったことあるけど
普通につまんなかったからそのまま無言で去ったわ
878:名無しのV好きさん
ほら言ったろ?
もう少しすれば誰も話題に
879:名無しのV好きさん
どうせすぐやめるだろ?
それより昨日のカサちゃんとむじなちゃんのコラボ見た?
880:名無しのV好きさん
見た見た
あれよかったわマジで
ーーーーーーーーーー
「コイツらほんとにムカつくんだけどどうすれば黙らせられると思う?」
スマホの画面を見せながら碧にそう言うと、すべてを察したかのように碧がふっと笑った。
「ふふ、あかねちゃんって本当に『ふぁざこん』だねぇ」
「ちょっ、違うって!?」
な、何を言うのかなこの子は。誰がファザコンか。
「声が大きいよ? そんなに必死になって否定しなくてもいいのに。自慢のお父さんでしょう?」
「……そりゃあ、そう……なんだけどね。最近またちょっと大変そうでさ」
私の父は『指宿アキラ』という名前で活動していた元ゲーム実況者だ。1年間の活動休止期間を経て、いまでは新人VTuberとして茨の道を歩んでいる。
親友である碧は家族がらみで付き合いがあるため、私の父がワオチューブで配信していることを知る数少ない友人のひとりだ。
「最近は……うん。この人たちみたいにVTuber活動を始めてから変に嫌ってる人が増えちゃったみたいだし、すごく大変そうだなってわたしも見てて思うよ」
「うん。お父さんもお父さんで、早く誤解を解けばいいのに、もういいなんて言うからさ。こういうコメントを見るとイライラが……」
1年ほど前のゲーム実況者として活動していた頃の父は、母の誕生日を忘れるくらい周囲が見えなくなっていた。だから「いい加減にして!!」と怒ったんだけれども、私もまさか1年もの間活動休止をすることになるとは思っていなかった。
父が家族のために頑張っていたのは知っている。そのために、あらゆる時間を犠牲にしていたのも、知っている。
本人には直接言ったことがないけど、本当に尊敬している自慢のお父さんだ。
だから、やめてとも言いづらくて、あのタイミングでしか、怒ることができなかった。ちょっと怒った時の言い方がキツかったかもしれない。
でも、活動休止していた1年の間に、父は昔の優しい父に戻っていた。家族との時間を優先してくれるようになったし、ここ数年家族で出掛けられていなかったのが嘘のように一緒に外出することが増えた。
この1年は父にとっても、私と母にとっても有意義な1年間だったと思う。
そんな父は今年の春、私が高校に入学するタイミングと同じ時に、VTuberデビューをした。
背中を押したのは、私たち家族だ。
「アキラさんは『不倫した』っていう誤解はもう解かないの?」
「うん、そうみたい。あれ以上の説明をしようとするとお母さんと私の個人情報を話さないといけなくなるからって……そのくらい別にいいのに」
「まぁ、インターネットって一度情報が出回ったら取り返しがつかなくなることもあるから、アキラさんがそういうところを気にするのも分かるけどねぇ?」
「そりゃあそうなんだけどさ」
でも、そんな父を待ち受けていたのは、突然の活動休止によってインターネット上で広がった誤解からのバッシングだった。
そんな誤解を解こうとした父の初配信は、結局誤解を解けずにむしろ疑惑を増すような形で終了した。
活動開始から1ヶ月たったいまでも他のVとコラボ配信ができていないのは、そういった誤解からくるマイナス要素を払拭できていないからだと思う。
「何か、私にできることってないのかなぁ?」
Vになればいいんじゃない?
深く考えずに父にそう提案したのは私だ。
それがまた父を苦しめてるんじゃないか。そう思うと、ただ傍観しているだけじゃダメだと思った。
誤解を解くことができないとしても、それなら他にやりようはないのか。そう思って、碧に相談してみる。
「うーん、それならさ『切り抜き動画』を作ってみる、とかはどう?」
「切り抜き動画?」
「ほら? VTuberって切り抜き動画っていう特殊な文化があるじゃない? わたし、VTuberの生配信はちょっと長くてあんまり見ようとは思わないけど、切り抜き動画みたいに短時間に面白いところを切り貼りした動画は良く見るから。アキラさんの切り抜き動画を作ってみたら、少しは人気回復に貢献できるんじゃないかな? 何かアキラさんのためにやりたいっていうなら、そういう方法もあると思うよ」
なるほど。
いいアイデアかもしれないと思い、ワオチューブで検索をかけてみる。
『指宿アキラ』、『切り抜き』。
喜ぶべきか悲しむべきか。該当動画は、ひとつもなかった。
「そうか、切り抜き動画か。うん、やってみようと思う。碧、いつもありがとね」
「なんのなんの。親友が悩んでるんだから、これくらい当たり前だよ」
父の背中を見てきたんだ。動画編集のやり方は、ある程度わかってるつもりだ。
これまで、父にたくさん守られてきた。
今度は私が、恩返しする番だ。
帰ったら、母に相談してみよう。
父には内緒にする。うん、それがいいね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます