5‐14 ウェルナー・パックス

「なんだ? あの音は…」


その雄叫びはディーク達がいるキャンプ場まで轟いていた。

ハンター達は震え上がった。彼等の中でそれが何であるのか知らないものはいない。

そう、それは仲間達を大勢殺し更には近辺の村をもほぼ壊滅させた、汚染された地球環境が生ませたモンスターであるのだ。


「奴だ、あいつが現れたんだ!」


「や、ヤベェぞ…」


「ダメだ…敵わねぇ…逃げろォ!!」


震え上がるハンター達。夜間ということもあってかキャンプ場は大混乱に陥ってしまう。

焚き火の火が蹴倒され、怒号や悲鳴で溢れ返る現状…現場は

そうなってしまうのも無理はなかった。彼等は数回にわたって黒い巨獣に蹂躙され全く敵わなかったからだ。

唯一無二の切り札であり希望でもあったガルガロンは既に無く、対抗策は殆ど無いと誰もが諦めていた。


「みんな、落ち着きな! 昼の内に罠は張っておいたじゃないか!!」


しかし、一部の者達が浮き足立つなかで事態の変動に冷静に対処しようと心構える者達も居た。

レイノアやディークを初めとした巨獣・ジャイアントグリズリーの対処に意欲的な者達である。

彼等は一部の者たちと組んで、着々と反撃の準備を進め備えていたのだ。


「センサーの反応を見るとあいつは北北西に現れたようだ!

ディークの奴がうまく誘導してくれるといいんだが…今はあいつに頼むしかない」


「よし、これから爆炎の魔女の本領発揮といこうじゃないか」


レイノアは疲労の色が濃い顔に不適な笑みを浮かばせた。彼女は既に策を考え、準備も終えていたのだ。

ジャイアントグリズリーは今までの傾向からして夜間にあいつに現れる可能性が高い。

それに狩りの周期は一定の間隔があり、付近の村が壊滅したいまとなっては餌を求める奴はここを襲うしかないのだ。

昨日の夜に現れないのは幸いだった。皆に作戦を伝達する前に襲われでもしたらそれこそ全滅の危険性があったのだ。

今こそ反撃開始の時だ。強大な野生の力を秘めた黒き悪魔の打倒に燃える者達も結束は固かった。


「よしっ。みんな頼んだよ!!」


「おうっ!!」


号令が力強く極寒の地に響き渡る。その声には勇ましさもあったが、多分に必死さも含めれていた。

この機会をしくじれば後は無い。武器や燃料、それに弾薬も既に尽きかけており士気も限界が近い。

失敗すれば、辛うじてまとまったハンター達の結束も乱れぐちゃぐちゃになってしまうだろう。

挽回の機会は二度と訪れない。これこそが、最後に残された彼らへのチャンスでもあるのだから。






「フン、馬鹿共め。金で釣ってやったら意図も簡単に集まりよったわ」


アイエンはベルリンの政府本部近くの豪勢な別荘でほくそ笑んでいた。

彼は金を使ってありったけのハンター達を集めさせ、ベルリンに向かわせる提案を政府内で提案した張本人だ。

確認例は希少だが海洋では潜む古代から蘇ったと言われる幻の王者メガロドン、巨大ウミサソリに並ぶとされる、超巨大指定変異種にして陸の王者ジャイアント・グリズリーの出現。

その出現に対しては以前より繋がりのあった『ある組織』からかなり前の時期より予告されており、村が数箇所壊滅するまでは彼自身が半信半疑だった。


(Aクラスのハンター共の存在…それは『あのお方』にとって計画を邪魔する目の上の瘤なのだよ)


ハンター達の存在意義は政府との契約によって、税金を原資として報酬を支払う事により人に仇をなす変異種を駆る事にある。

その名のとおり彼等は『狩る者達』という訳なのだが。政府のバックアップによって武器や税金の軽減措置または免除、他には能力次第で政府の人材として抜擢されたり、引退後の仕事も優先的に紹介してもらえる。

このように様々な優遇を受けられ、それは彼らが残した功績に基づいてクラスによって格付けされるのだ。

確かにカルスやダイキンのように素行の悪いハンター達も居るには居るが、彼等は決してAクラスのハンターには認定されない。

尤も、素行が悪かったり好ましくない噂が立っていてもナヴァルトやベノムのような例外はあるのだが、それはごく一握りの超人じみた者達だけだ。

優れたハンターになりうる人材。それは軍隊を持たない政府にとっても重要であり、確保しておくべき者達であるのだ。

ランクにもよるが税の一部免除、ハンター関連の公共施設は優先的に使用可能で、エクステンダーなどの購入代金も条件をクリアすれば一部補助金が出るなどといった様々な優遇措置は彼らを繋ぎ止めるための餌でもあり、有事の時は政府のために働いてもらう為の枷であるという事だ。

しかしそれは逆に言えば政府に従順な、そして強力な兵士であるという事への証明にもなる。


(そうだ、だからこそ…)


政府の人間であるはずのアイエン・ワイザード。彼は何故、ハンター達を敵視しているのだろうか?

それはアウターの盾にもなりうる彼等が邪魔な存在であるという一点に尽きる。

彼等は自分達の住む場所に有事があれば団結して外敵に立ち向かうだろう。そしてそれが『コロニー』であるとすれば尚更だ。

コロニーを何よりもアウターの人間は忌み嫌っている。彼等は前時代に汚染された大地に自分達を取り残し、外界の毒を完全に遮断する為にコロニーという隔離地区を建造し、鋼鉄によって覆われた外壁によって汚染された環境から逃れているのだ。

そして彼等は高度な科学と強大な武力をもって、『条約』という名の一方的な不平等をアウターに押し付け監視しているのだから。

アウターの人間にとってコロニーの連中は自分達だけ利益を享受する裏切り者であり、唾棄すべき存在という見解が一般的であるのだ。

だが、アウターで育ったアイエンはあるきっかけを境に悟ったのだ。もはや自分達は死に行く存在であり、コロニーこそが人類を破滅から救うゆりかごなのだと。そして、可能あらば己もその恩恵にあやかりたいのだと…

だからこそ彼は差し伸べられた誘いを跳ね除ける事は出来なかった。自分は他の人間より優れているとの過信はあった。


(そうだ、これからはあのお方こそに選ばれた人間こそが地球の支配層となるのだろう

そして私も、こんな砂にまみれた大地で死んでいい人間ではないのだ!)


彼も所詮はセルペンテらと同様、コロニーへの『移住権』という誘惑に屈してしまった人間と同列の存在なのかもしれない。

その為ならば共に苦心した仲間を売り渡すと決めた時点で、彼もまたコロニーの操り人形へと堕してしまったのだから。


「アイエン様…来客のようです」


「来客だと?今日は面会の予定は入っていない筈だが」


「いや…それがその…」


給仕服の女が歯切れが悪そうに言葉を選んでいるようだった。

それなりに利発で見た目が良かったから雇った人間だったが、彼女がこのような態度を取るのは珍しかった。

しかし、しどろもどろでなかなか言葉の出てこない彼女の困惑を断ち切る様にドアが勢いよくバタンと開かれ、給仕係は小さな悲鳴を上げる。


「アイエン・ワイザード。内通の容疑で貴方を逮捕します」


アイエンの目の前に現れたのは多数の兵士を引き連れたスーツ眼鏡の女…冷徹な美貌を纏うロゼータ・マクドナルであった。

知り合いであまり話したことはないがアイエンはこの女が苦手だった。彼女がウェルナーに近い人間だというのもあったが、得体の知れないところがあったからだ。


「ロゼータ・マクドナル秘書官だと!? 私を逮捕する?冗談にしては物騒な物言いだな!」


内心の動揺を仮面の奥に押し隠し、アイエンは崩れかけた威厳を取り返そうとするように憲兵達をけん制する。

目先に突きつけられた、黒光りする銃口は見ないようにした。ハンター時代で荒事には慣れている。


「大人しくして頂きたい。すでに反逆の証拠は押さえています

もし抵抗すれば射殺もやむなしとの指令が出ているのです」


ロゼータは冷徹な眼差しをアイエンに向けた。氷のような視線に気圧されうろたえるアイエン。


「まったく馬鹿げている。いったい何処のどいつがそんな頓珍漢な指令を出したのかね?

今までアウターに粉骨砕身して尽くしてきた私の功績が、貴様らに理解出来ないとは!」


猛るアイエン。企みが発覚するとは思っても見なかった。

政府内のかなり高い地位に就いている人間には、表立って協力する事は無くても今回の計画に賛同するものは何人か居たし、何人もの役人にも金を掴ませ女をあてがい、様々な工作を行わせたり口止めを強き、それでも歯向かう者はターロンとのコネクションを使って亡き者にした。

数年かけて仕込んできた計画がガラガラと崩れる音が聞こえる錯覚を覚える。しかし、形勢逆転の手段はまだ残されている。

自分は後は時間を待つだけでいい。『向こう』にはこちらが手薄である事を伝えているのだ。

つまり、この場を乗り切ってしまえば挽回のチャンスはあるという事。彼等が協力者たる自分を蔑ろにする訳は無い、そう思っている。


「やれやれ…お前は昔は無鉄砲で短慮だったが仲間想いな人間だったはずだ。だが、あろう事かコロニーに魂を売ってしまうとはな

移住権が欲しかったのか、それとも誰かにそそのかされ下らない野望に火をつけてしまったのか?」


病で老いて掠れながらも、穏かさと指導者としての品格を伴った老人の声。

アイエンはその声を知っていた。かつて尊敬し、目標と定め…今となっては踏みつけるべき障害である指導者の声を。


「ウェルナー・パックス…!」


「息子の親友だった男を、まさかこのような形で逮捕することになるとはな」


萎縮したアイエンの前に立つウェルナーは確かな存在感と厳かさを称えた風格を纏って、

それでいてかつて自分の下で手腕を振るいつつも、道をたがえ同胞を売り渡そうとしている男に憐れむ様な視線を突きつけていた。






「……」


白い吐息を吐きながら、彼女――――甲田怜はとある倉庫の前に立っていた。

あらゆる情報を手繰って、たどり着いた目的地であるその場所は事前に得ていた情報からすると多少風情が異なっているように見える。


『あの山を越えたところに、あんたの探す場所は見つかるだろうよ…』


付近の街にて襤褸を纏った乞食同然の男から伝わった情報。その男は怜に簡潔な位置情報を伝えるとそそくさと立ち去っていった。

男はまるで怜が来るのをあらかじめ知っているかのようだった。彼は一体何者なのか? その背後に潜む意思の損の目的は?

しかし、今はそんな事はどうでも良かった。コロニーに接触したターロンの幹部が目の前の倉庫に居るという事実が大事だった。

ようやく掴んだ手がかりを見逃すわけにはいかない。今はコロニーに潜入すること自体が目的なのだ。


(…静か過ぎる)


だが、目の前の分厚い隔壁で覆われた巨大倉庫からは大きな動きをうかがう事は出来ない。

前に潜入した数件の施設には多少なりとも警備の人間がいたというのに。この静寂はあまりにも不気味だ。

またあ、外れなのかも知れない。しかし、何かしらの手がかりは残っているかもしれない。

無駄足を踏んだとしても、念には念を入れ確かめたほうがいいのだろう。それにあの男が嘘を言っているとはどうしても思えなかった。


「…」


怜は躊躇う事も無く一歩を踏み出した。時間を無駄にする事は出来なかったからだ。





「これは…?」


無表情だった怜の横顔に驚きの色が混じった。なんと倉庫の中には多数の死体が散らばっていたのだ。

その様子は凄惨たる有様だった。薄暗い建物の中でもバラバラに切断されたターロン構成員達の死骸ははっきりと見て取れる。

むせ返るほど濃密な血臭。微かに残る空気の生暖かさからこの虐殺劇はそう遠くない時間に起きたのだと容易に推測が出来た。

怜は死骸の一部を手に取って見る。服や骨まで綺麗に切断された断面図…

一体誰がやったのかはわからない。しかし、それを行った人物を彼女は知っているような気がする。

証拠や情報なんて殆ど無く、まるで勘のような閃きであったがそれは間違っていなかった事はすぐに証明された。


「フフ…また会ったわね」


怜とは対照的な短く切られた黒髪を揺らして、彼女は闇の中から現れた。

纏わり付いた影のヴェールをゆっくりと拭い去るように、整った顔立ちが明らかになる。

白い顔に、血で化粧でも施したかのような紅い唇。彼女の顔を怜は知っている。

月の光照らす、ノエルの家の部屋。突然の接吻に首に感じた微かな痛み…何故かは知らないがあれから妙に力が湧いてくる様な気がする。


「…お前は」


「名乗るほどのものはないわ…と言っても穏便に済ませてくれそうに無いわね」


静かに殺気を漂わせる怜に対して、女はまるで臆していないかのように妖艶な微笑を浮かべた。

怜は腰のアークブレードに手を添えて、女が間合いに入ってくるのを待った。何時でも斬りつけられる様に…

しばしの間、場に沈黙が降りた。両者とも均衡状態にあったが先にそれを崩したのは女のほうだった。


「貴女の知りたい事に少しだけ答えてあげる。此方としても塵掃除の後で肩が凝っているし、今の貴女とやりあう気は無いから」


「…この場所はコロニーと関係しているのか?」


「さぁ、直接と言うほどではないのだけれども、此処にはコロニーから運び出されたある物が保管されてるわ」


「それは?」


「エクステンダーよ。それも【シール・ザ・ゲイト】から摂取した技術を使った試作型のね…」


「あの男…ジルベルに何か関係していた…?」


「ええ、彼はコロニーのある一派と繋がっていたわ。彼は名を捨てて、顔も変えてイディオ家に潜り込んでいたのよ

ある男の忠実な部下としてね…そして、彼の主人が貴女が探しているかもしれない人間と関わりが深いのは確かなようね」


「…」


「さぁ、私が提示できる情報はここまで。後は貴女の決断次第だけど、どうするの?」


形の良い女の唇が、まるで誘惑するような妖艶な笑みの形を作る。

それはまるで、怜に選択を迫っているかのようだった。


「……」


怜は答えない。決して、得体の知れない女の提案に臆した訳でも躊躇ったわけでもないのだ。

そもそも迷うまでの事ではなく、彼女の中で答えなど既に決まっている。

コロニーへ向かう。そして 『あの男』に復讐を果たし、家族と彼女自身の仇を討つ事に迷いなど無い。


「私なら、あなたを導く事が出来る。さぁ、一緒にいきましょう…」


グローブに包まれた手が差しのべられた。

しかし、怜にとってそれが天使のいざないでも、悪魔からの誘惑でも関係がなかった。

復讐の為ならば、神の定めた理ごと世界と相対する覚悟はあるし、悪魔ですら屈服させ協力させて見せる。

怜にはその気概があった。確実にあの男の元へとたどり着けるなら、過程など二の次に考えれば良いのだ。

仇を殺すという結果があれば、何も望むものは無いのだから。


「…あいつを殺せるなら私はどんな事でもしてやる」


少しの間を置いた後、噛み締めるように怜は言った。その赤みがが入った黒い瞳には憎悪の光が煌いている。

怜を動かす動機は復讐であった。家族を奪った男に対する深い深い恨みの念が体を通して出る力となって発散されているようにも見える。

彼女は女の手を取った。彼女の言葉に偽りは無い、何故なら以前力を授かった事があるのだから。


「ふふ…では、最初にシャオが受け取ったと言われる兵器を有効活用しましょうか」


怪訝そうな目を向ける怜に向かって。彼女は妖艶に微笑んだのであった。

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