5‐3 ロゼータ・マクドナル
ディーク・シルヴァはベルリンにあるハンター本部に呼び出されていた。理由について特に言及はなかったがディークは心当たりがあった。
ホバーバイクで向かって数時間。コヨーテが出ないルートを遠回りしたので時間がかかってしまう。そして辿り着いた本部の建物は市部のそれと違って、立派な作りになっていた。
ベルリンと言えば政府の本拠地も存在する場所で、建物一つとってもその国や都市の雰囲気がわかる。
ディーク・シルヴァは本部にやって来たことを少し後悔していた。本部は実力派のハンターたちが集まる場所だ。
門の前には銃を持った門番がいたし、中に入れば神経質そうな眼鏡の男がこちらに視線を向けてきた。
自分もそう何度も訪れた場所ではないが、ここ最近は奇妙な出来事に連続して巻き込まれているのでそこまでの驚きはない。
緊張を紛らわせるためにスゥーっと深呼吸する。どうやら、本部も忙しいらしくひっきりなしに人が動き回っているだった。
(やれやれ、忙しいのはどこも同じだな)
ディークは受付に向かうことにした。呼び出しの手紙は持っているのでこれが紹介状代わりになるはずだ。
受付の窓口は人が多い。そもそも変異種にから被害を受ける人間なんて大なり小なり毎日百何十件以上も発生しているのだ。
支部でも受け付けは行っているが、コネを持っている場合は本部に出向いて相談した方がより早期にハンターを派遣してもらえる確率は高い。
と言っても高ランクのハンター達は大型や危険指定を受けている変異種の討伐に駆り出されていることが多く、そうしたハンターに依頼を受けてもらうには金を積んで直に相談した方が早くなる。
しかし、それを許してしまえば公共の組織であるハンター協会の存在意義が脅かされてしまうことになるので法律で厳しく規制されている。
だが、そうは言っても法の抜け穴をかいくぐって仕事を取るハンターも大勢いる。本部はそういった調査も行い、対策を政府に提案する機関が存在する。
受付の窓口で中年の男どもに交じって若く可愛らしい女性が分厚い資料を前にひっきりなしにノートに筆を走らせていた。
そこにディークは少し目を取られていると、いきなり声をかけられたのである。
「ディーク・シルヴァ様ですね。お待ちしておりました」
ハスキーな声が耳に心地よく響いた。顔を向けると声の主はアーリア系の美女であった。
歳は30前後くらいだろうか?濃い化粧がなければもっと若くみえるかもしれない。シニヨンにまとめた髪に眼鏡。耳に金の菱形のピアスがかかっており、冷たいが知的な印象を受ける女性だ。
人種はアーリア系に見えるが、アジア系の血も入っているかもしれない。更にヒールを履いているせいかディークよりも背丈が高い。
スーツの上でもわかるグラマラスな体つきはそれだけなら多くの男の視線を魅了するかもしれないが、彼女が醸し出す冷たい空気がそうはさせななかった。
正直に言って美人だろうがディークはこの手の女は苦手だった。理由は簡単、この彼女は政府の人間だからだ。
そんな彼の緊張を和らげようとしたのか、女はにっこりと濃いルージュを引いた唇に笑みを浮かべて言った。
「私はロゼータ・マクドナルと申します」
ロゼータ、その名前は聞いたことがある。確かウェルナー・パックスに近しい元ハンターの政府高官がそんな名前だと記憶していた。
「それでは、後に付いて来てください」
ロゼータ・マクドナルの眼鏡の奥に秘めた眼差しはディークを探る様に観察しているようだった。
通された部屋は会議室のようだった。二人でいるには広すぎる空間にポツンと座り心地が悪そうなソファが二つ向かい合って置かれている。
「ディーク様。お時間を取らせるのも申し訳ないので単刀直入に言います。先日、貴方が連れていかれた場所なのですが絶対に他言しないようにしてください」
「シール・ザ・ゲイトの事か…」
そう言いかけるとロゼータは唇にそっと人差し指を当てた。つまり、そういうことなのだろう。
シール・ザ・ゲイトはコロニーからしてもデリケートな『触れてはいけない』扱いなのは向こうの騒動で身に染みていた。
「それさえ守っていただければ我々は貴方とご家族を保護する事をお約束します」
「…!?」
一瞬、頭が混乱した。それは一体どういうことなのだろうか?アーリア系特有の整いすぎた顔には相手の動揺など知らぬ存ぜぬといった表情だ。
ディークとて、常に緊張感を持ちながらハンター稼業をしている。そんな自分がこんなにもペースを乱されたのは初めてかもしれない。
ここで一つディークは疑問を抱いた。恐らくアウター側の…少なくともウェルナーにかなり近い人間は『シール・ザ・ゲイト』の情報を得ているのかもしれないと。
ハンターの誰かが言っていた気がするが実はアウター政府とコロニーは対立しているように見せて繋がっているという噂は聞いたことがある。
「俺がここでべらべらとあの施設の事を話したらどうする?」
「そこまで愚かではないでしょう?」
見透かしたようにロゼータが告げるが、眼鏡の奥の瞳は相変わらずディークを観察するように見つめている。
なるほど、とディークは納得する。つまりここは試されているのだろう。あるいは情報を得てしまうことによってアウター側に不利益を生じるようなものではないかどうか、それを見極めているに違いない。
正直、ここまで一方的に試されるのは癪に障るがそんな感情はおくびにも出さずに答えることにした。
「わかった。アウターを敵に回すわけにもいかないし、あんたの言うとおりにするよ」
「わかっていただいて結構です」
ロゼータは計算通りといった感じで頷き、更に言った。
「それと、貴方には任務についてもらいます。困難なものになると思いますが、達成できることを祈っております」
「任務って…変異種の討伐か?」
「その時になればわかります」
ロゼータは相変わらず意味深な笑みを浮かべて答える。ここで話は終わりだとばかりに彼女は立ち上がった。
同時に、スーツのポケットから取り出した機械でどこかに連絡を入れると、もう帰っていいとディークに告げる。
その後すぐに身なりの良い紳士がノックと共に部屋に入ってくるとロゼータが彼になにやら耳打ちし、ディークは外に出た。
彼女と男は何か会話しているようだったが、流石にディークはそこで聞き耳を立てるようなことはしなかった。
「いいのディーク? あなたには十分に支えてもらっているのに…」
数日後、ディークは金貨の詰まった袋をノエルの前にゆっくり置いた。これは彼が今まで散々やりくりして捻出した『貯金』である。
いうまでもなく『情報屋』として得た報酬と、あのセルペンテから渡された金の約半分であった。
しかも殆どがアウター政府お墨付きの【ゴルド金貨】、物々交換も行われる事が少なくないアウターの中でも、
ある程度の価値が保障され、一部の地域を除いては広く使用できる硬貨でもある。
無駄遣いせず、必要最低限の物だけを揃えて蓄えてきたお金を、ノエルに渡すとは一体どういうつもりなのだろうか?
「この前、とんでもない額の臨時収入が入ってさ。俺が持ってても仕方ないだろうと思って少しだけ分けに着たのさ」
「本当にいいの? 確かにお金には少し苦労しているけど、そこまでは・・
それに、かなり苦労したはずでしょう? あなたにはいつも心配をかけてばかりで…」
「いいって。俺の方が昔から世話になってたから恩返しってヤツだよ
それにさ、孤児院のガキ共だって食べ盛りだろ? ホリスやミシェイルなんか食べないと大きくならないし
腹が減った状態だといつまでたっても勉強に集中できないだろ? 復興のための人材を育てるんだから
ガキ共には俺達大人が環境くらいちゃんと用意してやらないとな。俺だって姉さんのお陰で色々学べたんだし」
「ごめんなさい・・・いつもいつも、気を使ってもらって」
ノエルは礼儀正しく頭を下げるのを見てディークはむず痒く感じてしまう。
確かに、憧れの女性に礼を言われて嬉しく感じないはずはないのだが、彼女にそれを言わせるために態々、孤児院の運営費を渡したわけではないのだ。
このアウターはハンター評議会統治下の政府が治安を守っている。しかし、万全というわけではないのだ。
半分無法に手を染めた元ハンターやグレーゾーンに染まっている者達や、アジアンマフィア【ターロン】の所業で治安はお世辞にもいいとは言えない。
どの家庭も多かれ少なかれ武装して、身を守る術を心得ている。自分の身は自分で守るのは当たり前の事だ。
「これ、あまり量は多くないけど私が作ったものだから持って行って」
ノエルは包みを差し出した。此処に来た時に渡される弁当のようだが、いつもより大きい気がする。
「ああ、ありがとう姉さん」
「ねぇ・・あなたまた無茶なこと考えてない?」
義理の姉は綺麗なエメラルド色の瞳に憂いの影を忍ばせてディークを見つめる。
「・・・・・」
「この前の件のことだけど、やっぱり話せない理由でもあるのかしら?」
「ごめん・・・・ハンターって割と恨まれる仕事だからさ、迂闊に口にできないんだ」
「・・・・・そう、分かったわ。あなたがそう言うのであれば私は聞かないことにします」
(姉さん。もし、俺に何かあったとしたらその時は・・・・)
ディークは心の中で彼女に謝っていた。満身創痍な怜との会合、そして彼女が気絶した自分とイディオを此処まで連れてきた事。
それにいくつかつながりを見せる糸が見えていたとしても、ノエルは身を引くのだ。
血は繋がらないが姉に負担をかけている自分がある。孤児院の維持費をあらかじめ渡しておいたのは万が一の為だ。
ジルベルの裏に潜む連中は、怜に関心を持っている。そして自分は彼女と接点があり注目されている事は明らかだ。
自分の実力をディークは弁えている。ターロンとは比べ物にならない力を持つ彼等から、いつ『消されても』おかしくは無いのだから。
「ノエル姉、ディークをあまり甘やかしたら駄目だよ!!
この前だって急にいなくなったわけだし、裏できっと何かして儲けてるんだよ」
いきなり会話に割り込んだリベアに対して、きょとんと顔を見合わせる二人。
会話が途絶し、十秒ほど時が止まってしまう。その張本人に向かってディークは口を開いた。
「リベア・・・。どうしてここに?」
「姉さん。この馬鹿が中々顔を見せないし事務所にも帰ってこないから、私が出向いてきたのよ」
その突然の闖入者――――リベア・ゾイローズは両腰に手をやり、ずかずかと男のようにディークに迫って苛烈な視線を加えるのであった。
ゲイル曰く『黙ってさえいれば妻に生き写し』と揶揄されるを持つ彼女だが、眉を吊り上げ三白眼でディークに詰め寄る雄々しい様は、
気の弱い男ならば悲鳴を上げて逃げ出してしまいそうな剣幕を誇っているが、生憎とディークは怒る彼女に慣れていた。
「あのね、これ親父からあんたに渡すように言われてたんだけど…いつまで無視するつもり?」
「あっ、すまねぇ。お前の事すっかり忘れてた」
謝罪しながら、リベアから銃のようなものを受け取るディーク。ゲイルが言っていた『発明品』なのだろうか?
ゲイルは片手間に何かこしらえてはディークに物を押し付けてくるのだ。これもその一つなのだろう。
変異種用に電撃を放射するスタンロッド、煙幕を発射するスモークディスチャージャー、そして水源地探索用の磁器を使用した発見器…
この前のホバーバイクに装備された加速装置以外はたいていろくに使えずに、たまに来たサウロがパーティグッズの玩具代わりに遊んでいくのが関の山で実践で使用する事は無いのだが…
「うるさい! とにかくハンターっていつ死ぬかわからないようなおっかない事ばかりやってるんでしょ?
あんたも早くあくどい事止めてウチを継ぎな。オヤジもそう望んでるんだからさ!」
リベアは反論も許さないといった風にがなり立てるが、ディークはどこ吹く風といった風に首を傾げる。
彼女の激昂には子供の世話の如く、慣れているといわんばかりの対応に短気なリベアの脳内は更に沸騰するのであった。
「リベア・・・でもやっぱり本人の自由にさせておいたほうがいいと思うの
それにゲイルさんだって、レオスさんの修行を受けた上でハンターになるという事は認めていたわけだし」
ノエルに諭され流石のリベアも閉口するが、それで黙っている彼女ではなく負けじと食い下がる。
「・・・・でも、この前ディークは二週間も行方をくらませてたんだ。こんな事今まで無かったはずなのに!
きっと危険なことやってるんだよ。私やノエル、オヤジやレオスさんに黙って色々と・・・・」
「ようするに、ディークの事が心配なのね?」
そういうとノエルは穏やかに笑った。面白いようにリベアの顔が真っ赤に染まっていく。
「・・・違うよッ! 誰がこんなヤツなんかの事心配するのよ!」
「ま、そんなにカッカするなよリベア。お前は黙ってさえいれば・・・・」
リベアの顔の横に血管が浮かび上がったのを見てディークはいったん言葉を切った。
昔から、彼女が「爆発」するときの前兆である。ノエルは覚悟していたのかすでに身構えていたが。
「う る さ い ! だまれだまれだまれッ! ディークの癖にッ!! あたしはもう知らないよ!!!」
散々喚き立てた後に肩をぷりぷりと怒らせて、リベアは家から出て行った。
呆けた顔で
「なぁ、何なんだあいつ? ひょっとしてあれの周期が短いのか?」
「さぁ・・・それは私にはわからないけど」
呆れるディークに、苦笑気味に微笑むノエルの二人はまるで本当の姉と弟のように仲睦まじく見えなくもなかった。
それでも彼はこの口うるさいが面倒見の言い義理の妹に感謝していた。彼女が辛気臭い雰囲気を打破してくれたおかげで、
今こうして自分達は笑っていられるのだ。例え、次の瞬間には痛みや苦悩で顔がゆがんでいたとしても、
最後のそのときまで出来るだけ多くの人と笑って行きたい。それこそがディークの願いでもあるのだから。
「くそぅ…酷ぇ。これじゃあ生き残っている連中はいねぇか……」
砂漠化が地球全土で進んでいるこの時代。ここ北の大地シベリアではかつての自然の面影の色が濃くあった。
不毛をもたらす砂色の侵食は、ヨーロッパの一部の地域でも順調に進行している。水源地の干上がりによって年々水の値段は上昇し、
幾多のハンターを擁する政府が抑えてはいるものの、【ターロン】など非合法勢力が発端となった局地的な紛争は各地で拡大する一方である。
そして、この荒れた情勢の中でもシベリア中部のこの場所は山が近く、水源地もあり人々も穏やかで比較的平和であったはずだった。
その砂漠の侵食が少ないシベリアのとある集落。そこはハリケーンが吹き去った後のように廃墟の町と化していた。
木々は薙ぎ倒され、木造の建屋は大概が中の家具ごと引き裂かれて、衣服や道具などあらゆるものがぶちまけら周囲に散乱していた。
死臭も少なくない、一言で説明すれば死体が散らばっている。まるで屍の山としか言いようがなかった。
だが、その惨状は言葉を性格に重ねれば重ねるほどに残酷な殺され方をしていて列挙すると限りが無い。
頭を失った子供の血濡れた死体があった。上半身を引き裂かれ苦悶の表情を浮かべつつ蝿が集る臓物を晒す死体があった。
顔の半分を引き裂かれ、眼球がはみ出し白い頭蓋を剥き出しにした死体があった。傷だらけの手首だけ残った死体が――――ー
主を失った家畜は哀れな泣き声を上げながら彷徨い。枯れ木の中を迷子のようにうろついている。
「ああ、考えたくは無いが…生存者を望むのは絶望的か」
「こいつは、人間がやったものだとは考えたくねぇな…」
アウターの自警団とも呼べるハンター達。その一人ニックスはただひたすらに悔しい思いを噛み締めていた。
変異種や悪質な武装盗賊団から住民を守るためにアウター評議会政府によって収集された彼らであったが、
この虐殺に対して何事も出来なかったのは、無力感に打ち据えられるようなものだった。
そう、だからこそそれ故にこうまで徹底的な破壊と殺戮が行われた後では生きているものは居ないと思われたが…
「おーい! こっちに生存者が居るぞ!!」
ハンターの仲間の一人がようやく見つけた生き残りに声を上げてニックス達に手を貸すよう呼びかけた。
それを聞いて、朗報と歓喜する仲間達。絶望の渦中にようやく差し込めた希望の光がそこにある。
何にせよ救助は一刻を争う、即座に発見者の元に集うハンター達ではあるが手元に持った銃で周囲の警戒は怠らない。
村をこのような惨劇に貶めた『黒幕』がまだ周囲に潜んでいる可能性もあるからだ。
「本当か!? 早く救助しないと!」
「なんだか助かったみてぇだ! 唯一の生存者ってワケか…」
「無傷だと? それまたどうして…だが、助かった事に異論は無いな」
三人のハンターはようやく見つけた生存者を救助するために駆け足で現場に向かうのであった。
その時点では確かに男は生きていた。しかし、それだけであるとしか言いようが無い。
見るからに男は重症で、わき腹の辺りからは血が滲み、右手は肘の辺りから消失していて傷の辺りからは激しい。
それに顔には横一文字に刻むように、大きな傷が顔を横切っていて両目を抉っていた。他には白い頭蓋が見えるほど深いものもある。
男が助からないのは誰の目にも明白だった。それでも駆けつけたハンター達は彼に声をかけることをやめなかった。
「う・・・ううっ・・・・・化け・・・物・・・」
「おい、大丈夫か? く、これは・・・・酷い」
「しっかりしやがれ! お前さんを待っている奴が居るんだ」
「奴は・・・・・もう・・去った・・・・・のか?」
「そうだ、お前さんは俺達が救助した。もう安心していいぜ!」
「・・・俺は・・・・・・助かった・・・んだな・・・・」
「ああ、お前さんや他の連中を襲った奴はもういねぇよ!」
息も絶え絶えの青年の声は震えていたが、励ますニックスの声を聞いて声に安堵の色が混じった。
口元に安心の笑みが浮かぶ、しかしハンター達はそうではなかった。
彼らはもう男の死が見えていたのだ。だからこそ今際の時くらいは安心させてやろうと思ったのだ。
「良かった・・・アンナ・・・・・すぐに・・・・も・・・・・・」
ニックスは既に焦点も覚束無いであろう青年のそれを握り締めていた。
徐々に小さくなる声は彼の命を現しているようで既に助からない、残酷な事実を指すものに他ならない。
アンナとは、青年の家族なのだろうか? それとも恋人なのだろうか? ただ、大切な人には違いないだろう。
今の自分に可能なのが、ただ手を握る事しか出来ない事がニックスは悲しかった。
仮に自身が医療の知識や技術を有していたとしても、この青年はもう助からないのだろう。
だから、せめて今際の時だけは休ませてやりたかった。気休めの言葉が偽善に塗れたものだったとしても…
「ああ、そのアンナって奴もお前さんの帰りを待ってる。だからここから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
既に、男は安らかな寝顔を浮かべ何も言わなくなっていた。体中傷だらけで慢心創意なのに、顔はまるで母の傍で幼子のように安らかだ。
ハンター達は一様に拳を振るわせた。自分達の無力さ、男を守れなかった悔しさ、そして・・・ここの破壊をもたらした何者かに対しての怒り。
生まれも故郷も歳も違う彼らの気持ちは、今や一つだった。村を襲った巨大変異種・ジャイアントグリズリーの討伐への誓い。
「……安心して眠ってくれ。お前さんの仇は必ず取ってやるからな!」
ニックス達一同は村を壊滅させ多くの命を奪った憎き敵に対して、戦意の炎を燃え上がらせるのであった。
「お前さ、そろそろ此処を引き払うんだって?」
事務所の中を少し片付けている間に我が物顔でソファに座りながらサウロが聞いてきた。
片手にはカップ。勿論来客用のお茶だ、しかも彼は今日五杯目のおかわりを要求してきたばかりだ。
「ああ、そろそろ引越し時だと思ってな」
荷物を箱に押し込みながら、ディークが告げるがその手はまったく止まる様子を見せない。
「リベアちゃんに会えなくなるぞ?」
それを決めて、ようやくディークは手を止めた。しばらくボーッと天井を見た後に答える。
「あいつなら、上手くやっていけるだろうから…」
「お前さ…そんな適当に考えて良いのかよ。あの子少し気が強いかもしれないけどさ、女の子だぜ?」
「あいつだって一人の人間だ。メカの修理の腕なら親父さんにも負けないだろうしな…」
サウロがため息を吐きつつ告げる。言外に勿体無いとでも言わんばかりである。
自分の友人が、世界の終わりとでも言わんばかりの悲嘆振りに、ディークも尋ねずに入られなかった。
確かにリベアのことは心配だったが、彼女はもう立派に自立している。自分なんかよりゲイルの後釜を継ぐのに相応しい程度には。
だからもう自分がやってやれる事なんて何も無い。離れても大丈夫だろうと思っていた。
「あーあ、何であの子もこんなバカに惚れちまったのかねぇ・・・俺なら寂しい思いさせないのにな……」
「・・・何か言ったか?」
「いーんや、なーんにも」
サウロは誤魔化す様に笑ったが、ディークはそんな彼に少し怪訝な視線を向けるだけだ。
彼が意味深な軽口を叩くのだって何時もの事なのだ。付き合いが長くなった今では別段気にすることも無いだろう。
「お前さ、もしかしてゲイなんじゃなぇの?」
「いや、それは無いな」
真っ先に否定するディーク。その手合いとは数ヶ月前に会っていて、誘いも受けている。
同性愛者に対してはあまり良い感情を持たないディークであったが、あの男は何故か嫌いに慣れなかった覚えがある。
セルペンテと名乗った彼は、今如何しているのだろうか少し気になったが、何故か二度と会わないような気がした。
そう感じた明確な理由は分からない。まぁ、直感のようなものだと思う。
知り合いのハンターだっていつの間に死んでいることもよくある話で、この業界では珍しくもない。
「あっ、そう。つまらねぇな・・・」
何故かサウロが退屈そうに溜息を吐いたのが、ディークは気になった。
そして直後にドアの開く音と共に、カランと鈴の音が鳴っているのに気付く。
二人とも振り返って来訪者を見るが、その反応は違った。ディークは驚いた様子ではあったが、サウロの顔は緩んでいた。
それもその筈、事務所を訪れた人間は皮のジャケットを着て耳に大き目のピアスを付けた短髪の女性だったからだ。
「ディーク、あんた今は大きな仕事とか抱えてないかい?」
艶やかで厚めの唇が紡ぐ言葉は意外と低く、はっきりと聞こえるものだった。
「え、まさか…レイノアさん? お久しぶりです、何のご用件でしょうか?」
サウロはディークが敬語を使った事に驚いているようだった。そうして目の前の自分より背の高い美女をまじまじと見上げる。
「あるツテからちょいと頼まれたんだよ。人手が要るって
もちろんアウター政府直属の依頼で報酬も弾むみたい」
言った後にレイノア・ミアスは少し癖があるが、全体的に整った顔に豪快な笑顔を浮かべた。
弾むようなレイノアの声に反比例してディークの顔は暗くなった。
(これが『任務』か…)
ロゼータ・マクドナルの仮面の様な笑みが脳裏に過ぎっていた。
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