4‐3 定期連絡


リベアが砂漠を挟んだ隣町にあるディークの住居を兼ねる事務所を訪れたの一週間後だ。

ノエルに保存の利く干し肉などの作り方を教わりながら一種にこしらえたものを差し入れとして持ってきたのである。


「あの…」


「ん? 君もしかしてディークの彼女? 悪いけどあいつはまだ帰ってきてないよ」


彼女の前に現れたのはサウロだ。専ら暇つぶしにディークの所へ遊びに来たのだろうか?

彼とリベアはそれほど親しいとは言えず、知り合いと呼ぶにも希薄な関係で2、3度ばかり会った事があるだけだ。

尤もサウロは会う度にリベアのことをディークの「彼女」とか言ってくるので印象は最悪だったが。


「じゃあ…ハンターとしての仕事…?」


リベアがあからさまに顔を曇らせた。ハンター全般を快く思わない彼女からすれば、


「いや、あいつはそんなタマじゃない。長期の狩りに出向くときはドアのノブに何かかけているからな

それが無いってことは、あいつは愛人の所に言っているか…それとも駆け落ちで愛の逃避行か…?」


「……ディークがそんな事するはず無いよ」


「…という冗談は置いといて、事件にも巻き込まれたのかねぇ…ま、すぐ帰ってくると思うぜ」


リベアがサウロを険しい目つきで睨みつけてきた為に、彼は半笑いで自分の言ったことを取り消した。

彼からすれば、ディークとこのようなジョークを交わす事は日常茶飯事でもはや習慣としていたのだが、リベアは違うようだ。

この後よければ彼女を誘ってみたかったのだが諦める事にした。下手に触ると火傷するかも知れない。


(あの時の事も謝っておきたかったのに…ホント、どこ行ったのかな…アイツ)


リベアは事務所のみすぼらしい建物に視線を投げる。下手をすればゲイルが改装した自宅の倉庫より貧弱かもしれない。

はぁ、と一息ため息を吐く。もし彼が帰ってきたのなら軽く拳骨を見舞ってやろうと心に誓う。

その後に手料理でもご馳走してやろうと思う。最近の自分はどこかカリカリしている。

苛立ち易いのだろうか? そういえば近辺で「コロニー」の空挺が飛んでいるのを目撃するのだ。

父のゲイルはなにやらパーツが落ちていないかと、よく砂漠に出向くのだがそれにもリベアは頭を悩ませている。

何回も止める様に口を酸っぱくしている物の、ゲイルはのらりくらりと交わしているのだ。

昔は彼女が涙を流せばゲイルもディークも一応は折れてくれたのだが、大人になった今となってはそういうみっともない事は出来ないし、

何よりも女々しい。ノエルみたいな女性になりたいとも思って憧れているがなかなかそうはならない。

彼もまた隠れて酒を飲んだりしているのだろう。ゲイルの酒好きは凄いものだ、昔はレオスを連れて一晩中飲んでいた事もあった。

自分のリベアの周りには本当に世話の焼ける人間が多すぎて頭を抱えそうになる。


「あーあ、嫌になっちゃう…」


「ええっ! 嫌って何が? もしかして君、ストレス溜まってるの?

へへへ…ならさ、良かったら俺と遊びに行かない? きっと気分転換できるよ!」


「あんた、うるさいよ!」


「ぐふっ…!」


喜色満面で下心丸見えで近づいてきたサウロにリベアは軽く肘鉄を当てたのだった。

軽く悶絶するサウロを尻目にリベアは少し乱れた髪をかき上げてディークの無事な帰還を祈った。


(ディーク。無事に帰ってきなさいよ…)








砂漠の一帯はどういう訳か謎の電磁障害が起きている。砂に含まれた磁器のせいなのか、

それとも汚染された大気が電波を飛ばしにくくなっているのか、あるいはいずれかの理由を内包するのかよく分からない

当然ながら、電波を飛ばす無線の使用にも支障が出来てしまい。アウターでは手紙による情報伝達が行われているところもある。


(ま、ここなら人目に付かない…か)


東の暗黒街にいたときと違い全身を砂色のフードで覆った「獅子の片割れ」を自称するリオン・ヴィクトレイは銀色の通信端末を取り出した。

流石に自分の大柄な体躯が目立つ事は分かっている。それに都合がいいことにこの町の連中は素性に付いて詮索するような事はしない。

要はトラブルには巻き込まれたくないのだろう、得体のしれない人間に無用に関わって命を落とす…なんてことは珍しくないからだ。

近年の空挺調査部隊の派遣増加に神経が高ぶっている連中もいるようだが、彼等に歯向かえば無駄に詮索され家を荒らされるへまになることも後押ししているのかもしれない。


端末と取ったのはヨーロッパ支部のブリテン・コロニーから派遣され、この町にも数名紛れ込んでいる工作員と連絡を取るためだ。

コロニー製の通信機はアウターで使われている物より数段性能は良い。だが、流石に磁器の影響を全く受けない訳にもいかず、

こうして晴れた日の砂嵐が起きていない日に数箇所の中継地点を利用する必要があるのだ。


「俺は【獅子の片割れ】だ。これから定期連絡を行う」


砂漠の乾期で乾いた厚めの唇を舐める。この地方の酒はうまいがどうにも水が少なくて喉が渇いてしまう。

いや、ハンター評議会が発行している硬貨は十二分に手の内にあるのだが必要なとき意外使いたくなかったのだ。

計画が順調に進めばあと1年以内にうまい酒が飲めるかもしれない。一連が片付いたら自分で作ってみるのも一興だろう。

彼は昔からあの事故があるまで器用だった。反面、兄と違って感情が顔に出易い為、政治的な活動には向かなかった。

尤も、そんな暇なんて後何十年先になるか分からなかったのではあるが…


『評議会の中に入り込んでいる者からの報告では、アウターにはハッキングに必要な量子コンピュータの類は見当たりませんでした』


「まぁ…だろうな。やはり人工衛星エレオス・ソイルにハッキングを仕掛けた連中はアウターの奴等じゃないって事か…」


『アウターで無いとすると?』


「いや、まだ分からん。個人単位でそういった事を【趣味】にしている連中もいるかもしれん。特に北京閥の連中はな…

特に我等の痕跡を嗅ぎ回っているスカベンジャー共には趣味でエクステンダーの建造を行っている程の技術力がある奴らもいるらしい」


『ならば、調べ上げて吐かせますか?』


「いや、その必要は無い。俺の見立てだと連中にも流石に量子コンピュータを組み上げるような連中はいねぇよ

それにスカベンジャーもといジャンク屋の連中は意外と人脈が広い。お前達を使って拉致するのは簡単だが、強引な手段を取りすぎると狭い業界だ。地元の連中から恨みを買うかもしれん。今はリスクを負うべきではないな、あまり連中を過敏に駆り立てる事は無い」


『【計画】は慎重に段取りを済ませないといけませんからな』


「いや、下手をすると大幅に予定を短縮できるかもしれん。場合によっては老人共の寿命が尽きるのを待つ必要も無いと言う事だ」


リオンは口元に凄絶な笑みを浮かべる。これから起きるであろう【何か】の予兆を感じ取ってたのだ。


『セブンズも一枚岩ではないというのは惜しいですな。それにあのお方の子息であるノルヴァーク家の次期当主…

意外と切れ者と存じております。もしかすると病床で動けない父親に代わり、我等の動きを感知し…既に手を打っているかもしれませんぞ?』


その男の顔を思い浮かべる。端正で表情の読めない顔―――『あのお方』と同じように高貴な身分に生まれ渡り合う程の気迫を備えた賢者と呼ぶに相応しい人間


「さぁな、そこら辺の事情は頭の悪い俺には解らん。政治的な事は兄貴とあの御方に任せるとするさ

そして空挺部隊に武装の準備をさせろ。まぁ、そこまでやる必要は無いかもしれんが程々にな」


『は…ですがよろしいので?』


「多少事情を明らかにすればハンター評議会会長のウェルナー・パックスも納得するしかない。

あの男は有能で馬鹿じゃない、それ故に理屈を並べれば話は通じるだろう。こういう時こそヤツの協調路線が生きてくると言うわけだ」


『ふ…貴方様も中々の政治家ですな。兄上と同じようにセブンズの一員も勤まるのでは?』


「くだらん世辞はいい、それより我等も準備を始めるぞ。この件、本国に伝えるようにな」


『ははっ、了解いたしました【獅子の片割れ】殿…』


恭しく頭を下げる男の姿がまざまざと見えるようでリオンは思わず、合金製の通信機を握りつぶしたくなる衝動を抑えた。

通信の主の強さは認めているが、あからさまに媚びた姿勢は気に入らなかった。

昔から骨身に染みていることではあるが、そういう連中こそ媚びる対象が不利となれば真っ先に手のひらを返して牙を向いてくるものだ。

自分を助けてくれた人間は兄とあのお方しかいない、この世は力が正義だった。力無い者は強者に喰われるしかない。

和平や平穏など下らない概念でしかない。人間の本質が現れるとすればそれは暴力によるところが大きい。

そういった意味でアウターは理想郷といえた。純粋な力によって形作られる秩序というものは無駄がなく美しい。

そんな環境で生き延びるために牙を研ぎ澄ませるアウターの人間の生き方をリオンは尊敬すらしていた。


(だからこそアウターの人間を使う事はあのお方の計画を早期に成就する足掛かりになるのだ)


その点でアウターでセルペンテを殺した女は好感が持てる。

何者にも媚びず自分を確立して困難に立ち向かっていく姿勢は美しく、惹きつけるものがある

あの剣の持ち主はすぐに捕えろと言われているが、そうはしなかった。だから順当に試練を与えてやった。強くする為に…

神だけが知っている運命の道が交わるとすれば、あの女は必ずリオンの前に立ち殺気と共に苛烈な視線を向けてくるだろう

そのときが今は酒よりも楽しみだった。強者との戦いはある意味では【計画】以上にリオンの生きがいであったのだ

流石にあの女は『兄』やあのお方の快刀…外周出身のいけ好かないガキだが―――ほど強くはないだろうが、今後は分からない

奴に殺されたセルペンテの腕前はリオンすらも認めるほど殺しの技術に長けていたからだ。一度瀕死に追いやられながらも短期間で力をつけ倒したあの女のポテンシャルは計り知れない。美味い豚は適度に太らせて食うに限る


(さぁて、デカイ祭りが始まるぜ。これからなぁ…ククク)


これから楽しい祭りが始まる。数年かかるはずの計画が短縮される、遅くても一年後…早くても数ヵ月後に。

リオンはその事を想像し、まるで牙を剥く野獣のように歯をむき出し笑ったのだった

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