第5話 いつもと違う

 おやすみのスタンプを原さんに送ったものの僕は結局起きていすに座っている。基礎数学の問題を間違えてたことにベッドに潜ってから気づいて、なんだかモヤモヤしたままなのも嫌だから、起き上がって上着を羽織って書き直していたのだ。それで、おそらく正解というところまでたどりつけたから今度こそ寝ればいいんだけど、眠気は不思議と感じなかった。そろそろ一時になるけれどよく考えれば明日の授業は午後からだから僕は早起きする必要がない。

 それにしてもなんで眠くないんだろう。今日は授業がミクロ、基礎数学、英語入門と三コマもあって疲れてるはずなのに。棚に並んだ教科書をぼおっと見ながらそう考えていると、清々しい青色が目に飛び込んできた。まだ一か月も使ってないその姿は新品同様。そっか。今日ジョギングしてないんだ。原さんとラインしていて忘れていたのか。んー、ジョギング行こうかな。一時前か。時間的には明らかに遅いけどうち、そういうのは緩いからなあ。それにもう今はみんな寝てるから咎められることもない。よし行くか。こういう衝動は抑え込んでいてもいいことはない。人に迷惑をかけない限りしたいことをすればいいんだ。自分の人生。

 いすから下りてクローゼットを開ける。ポリエステルでできたスポーツ向きの上を着る。下はこのジャージでいっか。あとは机の上から鍵の入った財布を取って、と。そして忘れちゃいけないのがこいつ。電気スタンドの横に置いてある時計。これがなきゃ始まらない。左腕につけて部屋を出る。最近は腕が細くなったのか一番きつい穴でベルトがぴったりだ。廊下に出て本当にみんなが寝ていることを他の部屋の電気から確認して玄関に出る。あ、お母さんもう靴仕舞っちゃってる。音を立てないように靴箱をの扉を開けて黒色の靴を取り出し紐をほどいて履いて結びなおす。

 チェーンを外し内鍵を開けて外に出ると一気に冷気が僕を包んだ。ひやっとしてやっぱりやめようかと思ったけれど、次の瞬間には体が不思議と慣れた。鍵が閉まったことを確認して一度屈伸して腕時計のボタンを押す。画面が切り替わって準備中の表示。安心感があるな、なんか。初めてまだ一か月も経っていないのに不思議な気分だ。いつもよりも時間が遅いからいつもよりもっと足音を立てないようにその辺を小刻みなテンポでうろうろする。時間が遅いからコースも考えた方がいいな。頭の中で地図を思い浮かべる。そういえば原さんとかりんたろうくんとかって家、どこなんだろう。大学の近くかな。それとも宅通?


 ピピピ ピピピ


 あ、ルートを決めないと。人が少ないとこ、民家が少ないとこと言えば―—あの大きな公園の周りを走ることにしよう。いつもよりもっと暗くて息をひそめた世界が僕には真新しかった。

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