幕間 ライバル宣言

「起きなさい龍斗!」


「うーんもうちょっと……昨日は徹夜でゲームしてたから眠いんだ」


「良いから起きろー!」


 私の名前は上田冬香。中学一年生、訳あってコイツの護衛兼世話係みたいなことをさせられている。


 私は尚も布団にくるまって二度寝しようとする龍斗を無理やり起こし、朝ご飯を食べさせて龍斗の支度が終わると、遅刻ギリギリの時間になっていたので急いで龍斗の家を出た。


「本当にアイツ、足だけは速いのよね……」


 同時に出たにも関わらず、おいて行かれた私は全速力で龍斗を追いかけていたが、龍斗が道端で立ち止まりクラスメイトに話しかけている龍斗を見つける。


「全く、しっかりしなよ。夏休み明けだからって、僕でさえ通学路忘れたりなんかしないよ?」


 その言葉が聞こえた瞬間。私は起こして朝食まで作ってやったにも関わらず、私の事を置いて行った挙句、人に偉そうに説教している龍斗に向かって飛び蹴りをした。


「アンタが言うなぁぁ!」


 その後私達のやり取りを変な目で見てくる、龍斗以上にだらしがないクラスメイトを無視し、学校へと急いだ。




 なんとか間に合い、先生が出席を取っている最中。実は先ほどのクラスメイトが記憶喪失であることがわかり、私は罪悪感を抱いた。


 次の休み時間。記憶喪失だという事で自己紹介をし、その後謝罪をしていた。


「さっき通学路が分からなかったのって、そういう事だったんだね。ごめん」


「いや、いいっていいって。俺も夏休み明けに通学路が分からないなんて言う馬鹿が居たら、絶対笑ってただろうし」


「その、私もごめん。てっきりただのだらしがない奴だと思って無視しちゃって……」


「だから気にすんなって」


 そう言って鈴木は笑うが、私の気分は晴れない。


「でも……」


 すると、鈴木は校舎の案内をしてくれと頼んできた。


 ――それくらいお安い御用よ!




 そうして私と龍斗が校舎を案内し終えると、今度は帰り道が分からないから教えてくれないかと言われた。


 ――ま、それくらいいいか。


 そう思い帰り道を教えて別れた直後。わきの道から手が伸びて来て、私の口を塞いだ。


「ンー! ンー!」


「ちょ、大人しくしてくれ! 師匠にお前を連れてくるように言われたんだ」


 私が抵抗しようとすると史郎さんの声が聞こえたので暴れても無駄な事を悟り、せめてもの抵抗として力をぬいて運びづらいようにしてやった。


「それで? 今回は何なんですか?」


「んー、例の龍斗君のご先祖様が眠るお墓の警護」


「なんで……いや、いいです。で、何故そんなところの警護を?」


「あそこには悪用すれば世界を滅ぼしかねない武具が眠っているらしいんだ」


「……ハア。わかりました」


 そして店に着いた後、師匠に抗議したけど逆に私は言いくるめられ、師匠が持ち場を発表している時、おかしなことを言い始める。


「それでは割り当てを発表する! 私は山の北側、史郎は西、冬香は南、そして柱に隠れているお前、お前は東だ」


 ーー……へ?


「なに言ってるんですか? 師匠、まさかお酒の飲みすぎで……」


 私は本気で心配した、一昨日もスピリタスとか言うお酒をお友達と一気飲みしているのを見かけたからだ。


 すると師匠は柱の陰に行き、誰かを引っ張り出して来た。


「鈴木!? 何でここに!」


「い、いや。てっきりお前が誘拐されたもんだと……」


 完全に史郎さんのせいである。私は思いっ切り史郎さんを睨みつけた。


 私が連れてこられた時の絵面を想像して爆笑している師匠に抗議をしたが、なんと先日起きた事件を解決して邪神教団の幹部を倒したのは鈴木だと言う。


 そして、鈴木の参加が決定した。




 鈴木がご家族に連絡を入れ終わった後、師匠達が自己紹介した後それとなく鈴木に質問してみた。


「私は自己紹介する必要ないわよね、昼間クラスの皆が自己紹介した時に一回したし。それにしても驚いた、鈴木があの邪神教団の幹部を倒したなんて。強かったんだ、鈴木」


「いや、それは違う。たまたまだったんだ。もしアイツが本当に全力でかかってきていれば、多分死んでたのは俺だ」


「ふーん、俺が倒した! って言わないんだ。それでも充分凄いと思うけど」


 ――同学年の男子って自慢ばっかりしてくるけど、コイツは違うんだ……。


 私は少し、鈴木を見直した。




「暇、ね」


 私は現在途轍もなく暇をしている。


「出来たー、スカイハイ擬きー……ハァ」


 私がそこらへんで拾った木の棒で地面に絵を描いていると、周りの空気が変わった。


「何!?」


 私が剣を抜き、周りを見渡しているとライカンスロープがこちらに向かってきた。


 何回か爪が掠ったがライカンスロープの攻撃をいなし、反撃しようとしたその時、闇夜の中からもう二体ライカンスロープが飛び出して来る。


「キャッ!?」


 なんとか避けたものの、少し肩をひっかかれてしまう。


 そこから先は攻撃どころでは無くなってしまった。

 辛うじて一体のライカンスロープの攻撃を避けても二体が待ち構えて攻撃を加えてくる。

 だんだんと私は傷ついていき、いよいよ避けられないと悟り身構えたその時。


 鈴木が私とライカンスロープの間に私を庇うように現れ、隙のない動きでライカンスロープを切り捨てた。


「大丈夫か?」


 鈴木はライカンスロープをけん制しながら、少し私をを見て言った。


「う、うん。大丈夫……」


 その時、私は間抜けな顔をしていたと思う。

 勿論攻撃に身構えていたのに来なかった驚きもある、だけど大部分の理由は違う。

 私はその瞬間何故か、鈴木のその月明かりに照らされた背中に見惚れていたのだ。


 その後残りのライカンスロープを分担して倒して鈴木にお礼を言った後、何か凄まじい音が鳴った。


 私が音に驚いていると、鈴木が私を無理やり抱えて後退する。


 ――えっ!? これお姫様抱っこってやつじゃ……。


 状況を把握出来ていない私は見当違いなことを考えていたが、先ほどまで居た場所に攻撃が降り注いだことで状況を把握できた。


 その直後サモナーの男と、Aランクエンフォーサー以下のエンフォーサーが選ぶ、ダンジョン内で会いたくないモンスター第一位『凶兆』ベヒーモスが私たちの前に立ちはだかった。




「ッ散開!」

 

 鈴木が叫んだのを聞いて、私も後ろに跳んだが風圧で少しよろけてしまった。


 ――これがベヒーモス。噂通りヤバいわね。


 そんな事を考えていると、鈴木の声がする。


「取り敢えず当たらないようにだけ動け! お前の師匠が来るまでの少しだけ時間を稼げばいい!」


「わ、わかった」


 そう私が返事をした瞬間、そう言った本人がベヒーモスに突撃した。


「ちょ! 鈴木!?」


 ベヒーモスも突撃して来て、あわや鈴木がひき殺されるかと思った瞬間、鈴木はまるで先が見えているのかと思うような無駄のない、洗練された動きでベヒーモスの突進を避け、そのままベヒーモスを切りつけた。


 ――凄い。


 そこから先は凄まじかった。まるで予定された演武のように華麗な動きでベヒーモスを翻弄しながら攻撃を当て続ける鈴木。


 気がつけば私は見惚れていた。


 しかし、そんな私の意識は突如として響いた咆哮によって現実に引き戻される。


 ベヒーモスの目が急に赤くなると、段々と鈴木が押され始めているように見えた私が加勢しようとしたその時。


「来るな!」


 そう言われ私は立ち止まったが私に気を取られている隙に、鈴木は後ろから突如として現れたライカンスロープに嚙みつかれ、そのままベヒーモスの攻撃を喰らってしまう。


 私はそれを見て来るなと言われたにも関わらず、気がつけば鈴木の元へ駆け寄っていた。


 ふらつく鈴木を支えながら、私は問いかけた。


「鈴木、無事!?」


「あー、なんとか」


 鈴木はそう強がるが、もう既にボロボロだ。


 私は謝った、私が注意さえ逸らさなければきっと……


「ごめん、私がアンタの注意を逸らしたせいで」


 しかし、鈴木はなんともないと言う。


「いや、ありゃ関係ねぇよ。どっちみちライカンスロープの奇襲を喰らってた」


 罪悪感と無力感に駆られて役に立たないとわかっていても、庇われるだけの現状が嫌で鈴木に聞いた。


「ねぇ……私にも出来ること、ある?」


「悪い、ここから先は俺一人でやる」


 ――やっぱり、か。私コイツの足かせになってるだけだ……。


「うん、ごめん。邪魔になっちゃうもんね、わかった……」


 しかし、鈴木はそんな私を元気づけるように言った。


「勘違いすんじゃねぇよ、お前が力不足なんじゃなくて俺が偶々適任だっただけだ。心配すんな」


 ーー自分の方が満身創痍で今にも倒れちゃいそうなのに、どうしてコイツは私に気なんか使うの!?


 そして、鈴木は私を後ろに下がらせ前に出た。


 ――どうか神様、アイツにご加護を……。


 私が祈っていると、鈴木はベヒーモスの攻撃を避け続けて遂にベヒーモスにダメージを与える。


 剣を金色に光らせ決死の表情で、自分よりも強い敵に一矢報いる姿はまるで物語に出てくるヒーローだった。

 

 そして鈴木はそのまま体を立て直してサモナーの男に切りかかったが、力が残っていなかったのかそのまま倒れてしまう。

 尚も立ち上がろうと藻掻く鈴木に私は駆け寄った。


「ダメだ……逃げろ……!」


「置いてなんか……! 置いてなんか行けるわけないじゃない! 絶対にアンタを連れて……」


 その時、後ろから瀕死になったベヒーモスの怒り狂った声が聞こえてきた。


「逃げろ冬香!」


「イヤ! 絶対に置いてなんか行かない!」


 ――嫌だ! 絶対に見捨てたりなんかしない! そんな事出来る訳ないじゃない!


 しかし無情にも、立ち上がった男はもう一体ベヒーモスを呼び出す。



「行け冬香。俺が一緒だとお前は逃げ切れねぇだろうが、お前一人なら逃げるだけなら何とかなんだろ。俺が少しだけ時間を稼ぐ! さっさと行け!」


 そして、庇おうと覆いかぶさった私を横に突き飛ばして鈴木はベヒーモスに特攻しようとした。


「ダメぇ!!」


 ――私アンタにまだ言いたいことが沢山ある! それに……それに私……!


 だけど、鈴木は私の方を見ようともせずに剣を構えたその時。


「無事……とは言えないようだな、遅くなって悪かった。もう大丈夫だ、よく私の弟子を守ってくれた。心からの感謝を」


 師匠が駆けつけて来てくれた。


 鈴木はそのあとも戦おうとしたらしいが、師匠にわきで見ているように指示されて、こちらによろけながら移動してくる。


「大丈夫!?」


「あ、ああ。大丈夫だ」


「心配かけさせんな馬鹿ぁ……!」


 私は鈴木に縋り付いて泣いた。新しく芽生えてきたこの気持ちが、コイツを死なせたくないと叫んでいるのだ。私はそのことを今、泣きながら自覚した。





 その後色々な裏工作をし終えて、私はアイツの病室へと向かっていた。


 一体どのタイミングでアイツの事がその……好きになったのだろうか? ライカンスロープから守ってくれた時? ベヒーモス相手に奮戦していた時? それとも……なんの役にも立たなかった私を気遣ってくれた時? それとも……。


 ――身の周りにあのデリカシーゼロ龍斗しかいなかったからなぁ。抵抗力なんてないもん私! だからコロッと惚れてもしょうがない! というか昨日の私の立場だったら誰だってそうなるよね!? ズタボロになっても自分の事庇ってくれる上に優しくて頼りになるなら惚れないわけがない! ウン!


 なんて自分に様々な言い訳をしているうちに、病室までたどり着いてしまう。


「失礼します……まさに重傷って感じね」


「ほっとけ」


 ――あぁぁぁ! 違うでしょう? もっと他に何か無かったの!? 私!?


 私は内心で泣き叫びながらも表に出さないように会話を続けた。


「ゴメンゴメン。お見舞いのフルーツ、ここに置いていくね」


「ん? あぁ、助かる」


 その後私はコイツに話さなきゃいけない事は全て伝え終え、いよいよ私にとっての本題に入る。


「あいよ」


「それと……助けてくれてありがとう。後何も出来なくってゴメン」


「良いって、気にすんなよ」


「ありがとう……」


「そ、その……あの時のアンタはすっごくカッコよかった!」


「え。お、おう……」


 ――第一段階はクリア! 頑張れ私! 私の決意を! 『アナタの事が好きです。庇われるだけじゃなくて、もしアナタの……悠馬の隣に立てるくらいに強くなったら、私をずっと悠馬の傍に置いてくれませんか!』 っていうのよ!


 「だから、私はアンタの……悠馬の隣に立って一緒に戦えるように強くなりたい! あれ? だから……だから……その、えっと。今日から私と悠馬はライバル同士よ!」


「お、おう?」


 ――……なに言っちゃってるのよ私ー!???


 実際私のセリフを聞いて、悠馬はポカンとしていた。それはそうだ、私自身今自分が何を言いたくてその結果、何を言ったのかわからないしわかりたくもない。


「ああもう私の馬鹿……」


 殴りたい、三秒前の私を。


「なんか言った?」


 ――私は恥ずかしすぎて、まともに顔を合わせずに帰ることを伝えた。


「と、兎も角早く良くなるといいわね! それじゃあ!」


「なんだったんだ? 一体……」


 悠馬も訳が分からなさ過ぎて声が出てしまったのだろうか? ポツリと悠馬が零した言葉に、私は内心で私にもわからないです……と返し、いつかリベンジする事を誓った。


 ――……いつかよ、いつか。私なら出来る、ハズ。



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