第三十九話 ジュノ編 ~浪浪ゼディックの提案~

 ギャレットに連れられて村へと戻り彼と別れるなり、村の一角の広場まで来るとブレダはため息交じりに呟いた。




「はぁ……なんだか成り行きで、こんな村に三日間も滞在することになっちゃったわね……」




「ボクは好きだよ。静かだし、住んでる人も良さそうだし!」




「アンタって、つくづく能天気なやつよね。その図太さが羨ましいわ」




 ブレダは気怠そうに呟く。




 昼下がりの村中では村人らしき人々が忙しく行きかっており、時折リューザたちの方を物珍そうに見つめてくる人もいる。この村では余所者はよっぽど珍しいのだろうか、それともリューザたちの服装が奇怪な物に感じたのだろうか。




 広場から見える家々の前では幾人かの男たちが各々に槍や剣といった武器を手に取り、布で軽く切っ先を磨いている。村長のガストルが言っていた狼退治というものの準備だろうか。




 村の様子をこうして眺めているだけでも色々なことがリューザの頭の中に入ってくる。長閑な村でリューザは故郷のフエラ村を連想してしまうが、この村では狼の対立という大きな問題が発生している。一体なぜこの村がそんな状態になっているのか、今のリューザにはその理由を知る由もない。




 元居た世界とはなにもかもが違うのだ。ここまで来て、リューザはそれを痛いほど認識していたが未だ実感はわかない。雲に手を伸ばすような感覚だ。






「やあ、お二人さん」 




 村の様子を見渡しながら物思いに耽っていると突然リューザの背後から声がかかる。


 その聞き覚えのある声を聞いた途端、ブレダは自然と鳥肌が立ってしまう。そして、二人が振り向くとそこに立っていたのは今朝、二人が目撃したクレルと揉めていたあの青年だったのだ。




「えっと、ゼディックさんでしたっけ」




「ゼディックでいいよ、リューザ君」




 ゼディックの軽い態度にブレダは直ぐに噛みつきにかかっていく。




「アタシたちに何か用でもあるわけ? ないのなら邪魔だからどこかへ行ってくれるかしら?」




 嫌悪を示したブレダの棘のような言葉を意にも介さないような調子で、ゼディックはそんな彼女に返答していく。




「ブレダちゃんはそんなに牙を剥き出しにしないでくれよ。俺たち以外と仲良くやっていけそうじゃないか」




 ゼディックがにこやかにそう言うとブレダはとびっきりの反抗心で対応する。




「誰がアンタなんかと! アタシは間に合ってるわよ!」




「ああ、それもそうか。君たち、もうデキちゃってそうだからね」




 その言葉にリューザとブレダは何のことやらとぽかんと口を開けて首をかしげる。




「"君たち"って何よ?」




 ブレダがそう言うと、ゼディックは少し戸惑いを見せながら答える。




「そりゃ、リューザ君とブレダちゃんのことだけど? 恋人じゃないの?」




「「……?」」




 一瞬の間、沈黙が走ったがその直後二人はお互いの顔を見て同時に吹き出してしまう。




「アーハッハ! そんなわけ無いでしょ。アタシがこんな地味なのと付き合ってるわけないじゃない。どう見たらアタシたちが恋人に見えるわけぇ。アタシたちはただの幼馴染。こうして一緒に行動してるのは腐れ縁よ。同郷の誼ってやつね」




「そうだね。ブレダはボクの友達だよ。少なくとも恋愛の相手としてみたことは今までないかな……」




 リューザがそう言うと、途端にブレダは彼の方へと鋭い視線を送る。




「はぁ? 癇に障る言い方してんじゃないわよ! ……それにしても、アタシたちって傍から見れば恋人に思われてるのね。だとしたら気をつけないと。こんな未熟者が恋人だなんてアタシ自身の品格に関わるものね……」




「ひ、酷いよ、ブレダ……!」




 ブレダの言い分に文句を言おうとするリューザを無視してブレダは畳みかけて続ける。




「リューザ、いいこと? 今後、アタシとはある程度の距離をとるのよ。近寄ってきたら徹底的に追い払うから」




「寄ってきた虫を追い払うような言い草はやめてよ……」




 うなだれるリューザを一瞥すると、ブレダは今度はゼディックの方へと目を向ける。




「ところで、あの人たちは? 狼の退治を今すぐにでも始めようって感じだけど」




 ブレダは先ほどから視界に入っていた広場の周りで作業をしている人々を指す。




「あ、ああ。明日にも討伐を開始するそうだ。もちろん、俺も参加する」




 二人の様子に少し調子を狂わされていたゼディックもブレダの言葉で気を取り直す。




「何かボクに手伝えることはありますか?」




 そっとリューザが尋ねるとゼディックは少し考えるそぶりを見せる。




「そうだね……。なら、狼討伐に少し手を貸してくれないか? 実は武器もって狼と戦えるってやつの人数が足りてないもんでさあ。もし、戦えるっていうんだったら――」




「やらせてください!」




 リューザは前のめりになるようにしてゼディックの言いかけた言葉に対して勢いよく答える。




「ちょっと、何考えてんのよ! アンタ、野犬に襲われて大怪我したのをもう忘れたわけ!?」




「それでも、こうして困っている人を放ってなんて置けないよ!」




 ブレダはそう言うリューザから真直ぐとした瞳を向けられ戸惑いの表情を示してしまう。




 昔からずっと変わっていないのだ。ブレダが自分の欲のために行動する一方で、リューザは常に誰かのためと思って行動しているのだ。そこに恐らく理由はないし、何か見返りを求めようといった裏があるわけでもない。かと言って、何か上手い考えがあるのかと言えばそういうわけでもない。考え無しの身勝手な善行、そんな幼馴染の愚かともいえる姿を故郷の村にいたころのブレダは何度も見てきた。最初こそ理解できない物として拒絶していたものの気が付けば次第にではあるが受け入れるようになっていた。なにしろ、それを乗り越えて今の彼という人間がいる。そのことをブレダは深く心から実感していたのだ。




 今でもそんな彼の行動原理をブレダは理解したわけでも好むようになったわけでもない。しかしリューザはそう言う人間であるのだと、分かり合えなくともブレダは既にそのことを割り切っているのだ。




 今回もきっとそうなのだろう。困っている人や弱っている人を見れば放ってなんていられない。そんな彼の両義的な誠実さが芽生えてしまったのだ。




「わかったわ。もう、アンタの好きにすれば……」




 ブレダはため息交じりにそう言うと、その後一切口をつぐんでしまった。




「よし、決まりだ。それじゃあ、早速討伐隊の本部に行こうぜ。俺も丁度、用があるし狼討伐に参加してくれるのなら、討伐隊の隊長に話を付けておかなくちゃならないからな」

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