1章72 『火の粉は舞い、戦火は広がり、震える魂は』 ④


 普段は人が寄り付かない皐月こうづき組の屋敷の前の通りは混みあっていた。


 だが、その原因の半分以上は人ではなく、屍人によるものだ。


 戦いの騒ぎが伝わってか、続々とグールがこの通りに引き寄せられて来る。




「――アニキィ! コイツらいくらブン殴っても立ち上がってきますぜ!」


「泣き入れんなやリュージ! 喧嘩はナメられたらシメェなんじゃあ! 気合いみせェッ!」



 一向に収まらない敵の勢いに堪らず“暴発リュージ”がアニキに叫んだ。


 アニキは左右の手でそれぞれ掴んだゾンビの頭を壁に叩きつけながら叫び返す。



「だ、だけど、どんどん数も……、っ⁉ 危ねェアニキ!」


「アァ?」



 一人突出した位置で戦っていたアニキをゾンビたちが取り囲む。


 そしてアニキへと殺到してきた。



 アニキにピンチが訪れたその時――



 ゾンビたちが向かってくる方向から耳を突く甲高い排気音が近づいてくる。


 ゾンビたちを一間で追い抜きながら直管のコールで煽る。



 それは一台のバイクだ。



 そのバイクはアニキを囲むゾンビたちに減速なしで突っ込んだ。



 ガシャアと破滅的な音を鳴らしながらタンクがアスファルトに擦れてバイクが横滑りする。


 投げ出された運転手はゴロゴロと路面を転がった。



「アン? こりゃあ“ペケジェー”やんけ。懐かしいのぅ」


「よう! タツぅっ!」



 滑るバイクにアニキが目を細めると、ガバッと身を起こした運転手が気安く声をかけてきた。


 タンクトップにニッカポッカの男はアニキに駆け寄る。



「おぉ、オメェ、カンタじゃねえか! イイ歳こいて単車なんか転がしてなにやってんだよ」



 どうやら辰のアニキとは知り合いのようで、アニキの方もニコやかに挨拶を返す。


 カンタは後ろ頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。



「いやぁ参ったぜ。港の現場に行ったらよぉ、コイツらに襲われてよぉ……」


「そりゃあ災難じゃのぅ。港にルンペンどものヤサでもあるんかい」


「ルンペン? なに言ってんだタツ、コイツらどう見たって――」


「――アニキ! 門がっ!」



 リュージの声に皐月邸の門を見ると、そこには戦線を突破してきたゾンビたちが取りついていた。



「チッ! 門を守れェ! 人数かけろ! オヤジが療養しとんのじゃ! 絶対に突破されるなよ!」



 組の頭である親分をやられれば当然負けとなる。


 そしてそれだけでなく、屋敷の門の中には表を歩いていてゾンビに襲われたカタギの皆さんも保護して避難させているのだ。彼らにも歯を立てられることとなる。


 アニキの号令に従い構成員たちが門に集まる。


 しかし然程の人数は集まれない。ゾンビの方がまだ数の上で上回っていた。



「クソッ! 兵隊が足りねェ!」

「ウチの組も高齢化進んでっからな! 戦えるヤツがもういねェよ!」

「張り切って出て行こうとした源ジイも玄関で腰やっちまったしな!」



 愚痴を言いあいながらも三下ヤクザたちはゾンビたちに対抗する。



「ファニフィッ! ファッフィファラフォフィヤハッファッ!」



 その時、アンパン売りのヤスちゃんが警告を報せる鳴き声をあげる。


 ヤスちゃんは今ゾンビの大軍が攻めてきている方とは逆の方向を指差していた。


 これまで手薄だった通りの反対方向からも新たにゾンビたちが押し寄せてきたのだ。



「なんやヤスぅ、オドレ気合い入っとるやんけ。ぎょうさんブチのめしたらまたキャバクラおごったるさかいな。あんじょう気張れや!」


「ファーーッ⁉」



 しかし、ヤスちゃんは大好きなアンパンの食べ過ぎで前歯の本数が心許なくなっている為に、活舌に大変なハンデを背負っていた。


 それ故、せっかくの警告は何を言っているのかわからず、危険は誰にも伝わらなかった。



「フォ、フォウフフィフミィ、ファメンファアーーッ!」



 テンパったヤスちゃんはヤケクソになって新手のゾンビの群れに特攻する。


 武器はポン刀一本。


 あまりに無謀な突撃だと思われた。



 しかし、向かうゾンビの群れの向こうからファンファンファンッとサイレンの音が響いてきて、ヤスちゃんは足を止める。



 一体何がと色メガネの奥の目を細めたその時――



 暴走パトカーがゾンビたちを跳ね飛ばしながら突っ込んできた。



「ファーーッ⁉」



 ビックリ仰天したヤスちゃんは慌てて道の端に張り付く。


 タイヤとカウルの間に挟まったゾンビの身体がミンチになって降り注いだ。



 キキーッとブレーキ音を鳴らして車体を横に向けたパトカーが道を塞ぐ。


 ピピィーっと鳴るホイッスルとともに車の中から出てきたのは――



「――うーい、そこまでだぁ犯罪者どもぉ! 天下の往来でなぁにを騒いどんのじゃあ、このゴンタどもがぁっ!」


「全員動くなぁ!」



 ポンコツ警官コンビの山元巡査長と青芝巡査だ。


 彼らがここへ来た事情はよくわからないが、警官への反骨心からアニキはすかさず怒鳴り返す。



「なんじゃあオラァ! オマワリコラァッ!」


「じゃあしぃわヤクザがボケェッ!」



 山さんも負けじとがなり立てる。



「ルンペンどもがカチコミに来たんじゃあ! 正当防衛じゃボケェ! とっとと犬小屋にケェレや税金泥棒ッ!」


「どこにホームレスがおるんじゃアホンダラァ! 全員武器準備集合罪でおナワじゃウラァ! こんなとこで真剣抜きやがって、チャカ持っとるヤツもいるじゃねえか!」


「ルンペンならオドレが轢きまくってたやろがい! もう耄碌したんか山元ォ! オンドレぇ公僕のクセに市民轢いてええと思っとんのけェ⁉」


「アァン?」



 アニキの指摘に山さんはパトカーにこびり付いた血痕と肉片をジッと見る。


 そしてまた勢いよくアニキの方を向いた。



「知ったことかオゥルゥァッ! パトカーさまがサイレン鳴らしとんのじゃ! どかねェ奴は轢かれても文句は言えんだろうが!」


「ムチャクチャ抜かすなやボケェ!」


「それにどうせコイツら税金払ってねェだろ。納税してねえヤツは市民じゃねえんだよ」



 公には決して言ってはいけないことを叫んだ巡査長は部下の方を向く。



「それにしてもヒデェなこりゃあ。納税者様に迷惑かけやがってルンペンどもがァ。オイ! 青芝ァ!」


「ヘイ! 山さんッ!」



 覇気のある返事をした青芝巡査はキビキビとした動作で近くのゾンビに駆け寄る。


 そしてその腐った両手首に素早く手錠をかけた。



「ひとろくにーさん! 逮捕っ!」



 時刻を読み上げながら手錠の鎖をグイっと引いて被疑者を連行しようとする。


 しかし被疑者の躰は腐っていたので、ズルリと手首から先が捥げてしまった。



 青芝巡査は軽くなった手錠を目に映してパチパチとまばたきをする。


 そして――



「貴様ァ! 警察に抵抗をするのかぁ!」



 即座にブチギレて両手のなくなったゾンビさんを警棒で滅多打ちにし始めた。



 警察の横暴な振る舞いにヤクザ者たちがポカーンと呆気にとられているとパンパンッと乾いた破裂音が鳴る。


 そちらへ目を向ければ通りを塞いだパトカーを盾にして発砲をする山元巡査長だ。



「オ、オイ、山さんよ。アンタ勝手にハジいて大丈夫なんけ? 始末書じゃ済まんぞ」



 威嚇射撃なしでヘッドショットをキメる規格外の警官に、口の端をヒキつらせたアニキが言った。



「じゃかましゃあ。これはワシの正義の叫びじゃあ。それよりオメェらんとこにマグナムあんだろ? アレ撃たしてくれや。持ってんのやろ? 出せや」


「チィ、不良警官がよォ……」



 呆れ果てた気持ちになるがあまり彼らにも構っていられない。


 こうしている間にアニキ側の通りにもゾンビは増えている。


 背中を守ってくれるというのなら警察ほど心強い共闘相手はいない。



「どっしゃああぁぁぁっ!」



 建築現場から持ってきたハンマーをカンタがゾンビの頭に叩きつけた。



「頭だ! 頭を潰せばコイツら殺れるぜッ!」



 全体へ向けて大きな声で報せる。



「なんや? カンタ、ワレもやるんけ?」


「おう! 久しぶりに“不死身のタツ”と一緒の喧嘩だ! ケツまくってられっかよ!」


「かぁ~、せっかくカタギになれたっちゅーに、酔狂なやっちゃなぁ」


「コイツらどうせ人間じゃねえしな! ぶん殴ってもパクられやしねえよ!」



 その取り締まる側のお巡りさんが率先して銃弾をばら撒いているので妙に安心感があった。


 慣れ合った会話を交わしながら二人は敵の前に並ぶ。



「懐かしいのぅ。ガキん時はこうやってよく一緒に国道でケンカしたのぅ。オドレなまってへんやろな?」


「ッタリメェよ! こちとら現場で鍛えてんだ! それに、オレは『初代ドラゴンヘッド』のハタモチだぜ? 最初はバケモンにビビッちまったけどよ、慣れちまやなんてこたぁねぇや!」



 息巻くカンタはタンクトップを引き千切ると、ベッベッと両手に唾をかけてしっかりとハンマーを握る。


 露わになった胸には龍の頭の入れ墨が。



 ハッ――と嗤ってアニキは一歩前に出る。



「リュージィィィッ!」


「ヘイ! アニキィッ!」



 大声で呼びつけると同じ声量で返事をした子分が近くに寄る。


 アニキがスーツの上着を脱いでリュージに渡すと、彼はスっと一歩下がって頭を下げた。



 アニキはワインレッドのシャツのボタンを引き千切って脱ぎ捨てる。


 その背中には昇り龍、そして肩にはサツキの花の入れ墨が。



 無法者は襲い来る異形の怪物たちに怯むことなく向かっていった――








「――無断な抵抗を」



 人々の抵抗をアスは冷笑する。



「そうか? 言うほどは圧倒出来ていないように見えるが」


「それは確かにそう。ですが現在はグールの大半を美景台学園へ向かわせています。あそこを抑え終えれば他に回すことが出来ますし、さらに増産・強化することが可能になります。だから『時間の問題』だと言ったのですよ」


「……学園になにがある?」



 現状で災害クラスの魔物の暴走スタンピートを引き起こしている。


 その上で何故美景台学園を狙うのか、弥堂は鋭い眼をアスへ向ける。



「おや? 惚けているのですか?」


「何の話だ?」


「ふむ、本当に知らないのですか。あの学園にはこの地の龍脈の制御システムがあります。現在私が龍脈を暴走させて好き勝手にしているように見えているかもしれませんが、実は今もその制御システムを使って抵抗されているんですよ」


(龍脈……?)


「なので、魔物をそこへ踏み入らせて穢してやれば、龍脈は完全に制御を失い本当の暴走状態に入ります。そうすれば汲み上げた魔力を全てこちらの意のままに出来るというわけです」


(魔力を汲み上げる……? 儀式用の魔法陣に使われる魔力回路のようなものなのか……?)



 弥堂がボラフとの対決の際に空き地に設置していた簡易魔法陣。あれの究極発展形のようなものなのかと理解をする。しかし弥堂の使った物とは規模がまるで違う。


 これほどの広範囲に設置し、莫大な魔力を扱うものとなると例はそれほどなく、弥堂の記憶の中にも該当するものはたった一つだけだった。



(まさかな……)



 頭を振って思い付きを否定する。


 そんな素振りにはアスは気付かないまま、上機嫌に謳うように嘲った。



「本日は土曜日、学園は休日でしょう? 偶然人が集まっているということもない。そんな手薄な時にあの大軍に押し寄せられてはひとたまりもない。今頃はもう終わっているかもしれませんね」


「そうだといいな」


「フフフ、では見てみましょうか……」



 アスは学園を映す映像を強調する――







 私立美景台学園。



 その目の前には国道が走っておりその道の反対側には美景川が流れている。


 その川はかつての地震と津波によって窪地に溜まった海水と水死体を海へ流すために作られた川だ。



 その川からは現在“屍人グール”が続々と陸に這い出ている。


 かつての災害で亡くなった人々の無念だけが魂の欠片として残り続けたもの。それに龍脈から汲み上げた魔力を与えて無理矢理受肉させ、魔物とした存在たちだ。



 そのグールたちは川から這い出て目の前の土手を転がり落ち、国道を渡って学園の正門へ向かう。


 この地の龍脈の恩恵を最も受けている学園の豊潤な魔力に惹かれるように。



 国道にはすでに湧き出たグールたちがひしめいていた。


 移動速度が遅いために死体で渋滞が起きている。



 徐々に進んで正門へ近づくとそこには山が出来ていた。



 屍人の山――



「――なんです……?」



 その映像を観たアスの目が怪訝そうに細められる。



 それは正確には肉片の山だ。


 バラバラに破壊された無数のグールたちの死肉が積み重なっている。


 人体のパーツがどれが誰の物なのかわからないほど大量にぶち撒かれ、また新たにその上に散らばり勝手に山と為っている。


 山裾からは赤い体液が染み出て路面を赤く染めていた。



 それを作り出しているのは一つの人影。


 正門の前に立ちはだかり戦っている。



 映像に映ったのは、全身が返り血に染まった小さな鬼だ――




「――うきこちゃん⁉」



 その正体を見定めた愛苗が驚きに目を見開く。



 青い前髪が揺れると赤い血が滴り落ちる。


 純白のエプロンも血肉で汚れていた。


 彼女には負傷はなく、それらは全て殺した敵のしるし



 グールの大軍からたった一人で学園の門を守っているちびメイドは、ゆらぁと進み出る。


 彼女の動きに合わせて揺れたエプロンリボンがギュンっとグールの群れへと伸びた。



 唸りをあげて迫った可愛らしいポンポン飾りが衝突するとグールの躰が弾け飛ぶ。


 見た目は女児らしい飾りだがその中身は重さ50㎏の鉄球だ。


 左右の手でそれを一つずつ振り回し大軍の中に穴を抉り、近づかれたらその幼い容姿にそぐわぬ強力な腕力で捻り潰す。



 学園を害する賊どもに対して“うきこ”は圧倒的な強者として立ちはだかっていた。



「……あー……、きたない……」



 心なしかグールたちが攻めあぐねてジリッと血を踏んでいると、“うきこ”はポツリと呟く。


 その声だけでビリビリと空気が殺意で震え、屍人たちの足は止まる。



「きたないし、くさい……、ほんと、さいあく……」



 気怠く愚痴を溢すような言葉、しかしそれを読み上げる口調はどこか棒読みで。



「オトナが寄ってたかって、こんなにクッサイ汁かけてきて……、本当にさいあく……」



 非難と軽蔑を表すような文言を鈴の鳴るような可憐な声で詠む。


 やはりその言葉とは裏腹に、彼女の顏はどこか愉しそうだった。



 再び暴力を振るう。



 鉄球を振り回して有象無象を薙ぎ払い肉片に変える。



「あーくさいくさい……」



 と、思えば自ら敵中に飛び込んで屍人の上半身と下半身を引き千切る。



「ざこだし、オトナなのに、よわよわ……」



 左右のリボンを横に広げてその場でグルリと回れば、竜巻に巻き込まれたようにグールが空へと上がりながら辺りに血肉を撒き散らす。



「すぐ壊れるし、ダメなオモチャ……、でも――」



 それでも続々と集まって来て減らない新手の群れに赤く輝く瞳を向ける。



「――でも、減らないオモチャ……、ぜんぶ、私の……、ぜんぶ、壊す……!」



 そして彼女は突撃しては国道に血肉を撒き散らし、時折門に戻って溜まっていた敵を縊り殺して死肉の山に変える。



「キャハハハハハ――ッ!」



 その姿はまるで血を啜る無邪気な――






「――あれは、鬼……?」



 “うきこ”の存在は彼にとっても想定外だったのか、アスが驚きを露わにする。


 弥堂としても、アレがあそこまで強いとは知らなかったが、それをおくびにも出さずに静かな眼でアスを視る。



「確かにどちらかが根絶やしになるまでやったらお前らが勝つかもしれんが――」



 アスは敵意の籠った目で弥堂を見返す。



「――だが、助けが来るまでということなら、或いはやれるかもな」



 その言葉に不快感を示した。



「助け? なんですそれは? まだ何か戦力が隠されているんですか?」


「さぁな。俺はなにも知らんが、だがあるだろ? 偶然、たまたま、奇跡的に、突然現れた何者かが、都合よく助けてくれるってことが」


「奇跡……? 愚かな。そんな存在が何処にいると。一体何者のことを言っているんです?」


「何者? 決まってるだろ。正義の味方だよ」



 投げやりに答えられた弥堂の言葉にアスは嘲笑した。



「下らない。この期に及んでふざけているのですか?」


「いや? 俺は大真面目だぞ」


「馬鹿々々しい。正義の味方? アナタの口からそんな言葉を聞くと気持ち悪いですね。ヤケにでもなりましたか? そんなモノいませんよ」


「そうか? 割と身近に居るかもしれんぞ」


「なんですって……?」



 弥堂は目線を動かして別の映像を見る。


 そしてその眼に正義の味方を映した。



「たとえば。魔法少女とかな――」







――バチっと火が弾けるように愛苗の瞳に光が入った。



「――う、ぅぅうああああぁぁぁ……っ!」



 手と膝を地面につけて立ち上がろうとする。



「オマエ……」



 その姿にクルードは一瞬放心した。


 だが、すぐに歯を軋らせてから彼女を詰る。



「立ってどうしようってんだ? もう勝負はついただろ」



 愛苗はキッと彼を見上げる。


 強い意思の灯った瞳、身体から溢れる魔力、尽きない闘争心――



――その心は折れなかった。



「私……、間違ってた……、一人で頑張ってるって……、一人でも頑張らなきゃって……、でもそうじゃなかった……!」



 よろめきながらもしっかりと地を足で踏み、身体を起こしていく。



「みんなもがんばってる……、誰も負けてなんかない……っ。誰ひとり、まだあきらめてない……っ!」



 そして再びクルードの前に立った。



「だから私も負けられない……、私だけ一人で勝手に諦めたりしたら、みんなが困っちゃう……!」


「だからってそれだけじゃ強くなれねェってさっきわかっただろ! もう折れちまえよ! 受け入れろ……!」


「やだっ! だってプリメロはいつだって諦めたりしなかったもん……!」


「アァ?」



 子供のような口答えにクルードは眉を顰める。


 だが、裏腹に彼女から感じる圧迫感は秒ごとに増していた。



「プリメロだったらこんな時でも絶対に諦めたりなんかしない……! だって魔法少女だから!」


「魔法少女? たかが卵の分際で、それがなんだってんだァ!」


「魔法少女は負けないの……! 私が魔法少女だったらみんなが“しあわせ”になれる……! 今もいっしょうけんめいがんばってるみんなの願いを、叶えてあげたい……! 私が叶える……! だから――」



 胸に飾られた宝石の中、咲いた花が大きくなり輝きを放つ。



 ボロボロの身体、ボロボロのコスチューム。


 それでも心は折れずに敵の前に立った。



「――だからっ! 絶対に負けない……っ!」



 魂の輝きは彼女が纏う魔力オーラとなり空へと立ち昇る。



「だったらオレサマに勝ってみろやァ……ッ!」



 その抵抗に、反骨心に激昂したクルードも魔力を解放する。


 二人申し合わせるでもなく同時に空へと翔び上がった。



「あなたたちが何をしたいのかわからないけど! でも……! どんな理由があっても、その為に他の人を傷つけたり泣かせたりするのは、許せない……っ!」


「だったらその想いごと踏み躙ってやるよォ……ッ!」



 そして再びぶつかり合う。



「だから言っただろ。『時間の問題』だと」


「フン」



 意趣返しのようにアスが言った言葉を弥堂は口にする。


 アスはつまらさそうに鼻を鳴らした。



「しかし、まだ折れないのですか。なんてしぶとい。ですが、結局繰り返しです」


「…………」



 アスの言葉に弥堂は答えない。



「ククク、戦火の火の粉は海風が運び、陸に落ちてヒトの棲み処で燃え広がる……! この流れは止まらない。焼き尽くすまで終わらない……ッ!」


「気をつけた方がいいぞ」


「なんですって?」



 妖しく光る悪魔の瞳の赤い輝きに、弥堂は瞳に宿った蒼銀の光をぶつける。



「お前は地元じゃないから知らないのかもしれないが、この街では日中は海側から内陸へと風が吹く……」


「ハァ……?」



 まったく関係のない話をしだしたように聞こえ、アスは眉を顰める。


 弥堂は構わずに続けた。



「だが暗くなる頃には、今度は翌朝まで逆に山から海へと風が吹く。陸で燃えた炎はこちらへ広がってくるかもな……」


「……何が言いたい?」


「もうじき夕方だ。そろそろ風向きが変わるぞ――」



 弥堂は目線を空へと向け、愛苗の魂の放つ輝きを魔眼に映す。




「――グォ……ッ!」


「やぁぁぁっ!」



 確かにアスの言う通り、これまでと同じような展開。



 だが――




 クルードの攻撃を正面から受け止め、魔法球を先端に灯したステッキで愛苗が殴り返す。


 吹き飛ぶクルードへさらに魔法弾をバラ撒いた。



「ウオォォォッ! ふざけんなァ……ッ!」



 クルードはそれを拳で弾き、口から魔力砲を撃ち返す。


 愛苗はどうにかそれを躱すがその隙にクルードの接近を許してしまい、盾で打撃を受け止めた。



「――っ、くぅ……っ!」


「オレサマの方が強ェ……ッ!」



 今度はその盾を砕かれてしまい飛行魔法で距離をとる。


 しかし、追ってくるクルードに対して彼女も退かない。


 正面から撃ちあいにいく。



 同じような展開になると思われたがしかし、徐々にクルードと互角にやり合うところまで彼女は上がってきた。時折彼女の方が圧している瞬間もあるほどに。



「バカな……、素晴らしい……」



 その光景にアスは驚嘆と感激を同時に漏らす。



「もうここまでだと思ったのに、まだ……、まだ成長するのか……! ニンゲンのままでさらに昇り詰めるというのか……! 優秀な個体だとは思ったが一体彼女は何者なんですか……⁉」


「さぁな」



 感極まった様子で興奮を露わにする悪魔に適当に答えて、弥堂は眼を逸らす。


 その答えを持っていなかったからだ。



 先程はアスに対して“あぁ”は言ったものの、弥堂としてもまだ彼女がやれるとは思っていなかった。とうに限界だと考えていたのである。


 このままタダで殺されるのも芸がないので、とりあえず嫌がらせのつもりで煽っただけに過ぎない。



 しかし彼女は――水無瀬 愛苗は、まだ戦っている。


 これまで以上に、さらに強くなって。


 甘ったれた子供が、小さな身体で。


 決して諦めることなく、強大な敵と戦っている。



(確かに何者なんだろうな……)



 弥堂はピンク色の火花の散る空を見上げる。


 自分は地べたを這い、敗北を受け入れ、惨めにそれを見上げる。



 水無瀬 愛苗という少女を思う。




 傷つき、倒れて、心折れかけても、その度に立ち上がり、その度に強くなる。


 そして何度でも敵に立ち向かっていく。



 その姿はまるで――




『ようこそ✕✕✕✕――』



 記憶の中で、最も嫌いな相手の声が再生される。



 ベッと過去に唾を吐き捨て、弥堂は再び空を見上げた。



 トクン――と、心臓が一つ撥ねる。



 天上で瞬く光が、強い魂の輝きが、牢獄の空を――



 それを区切る檻を、囲う塀を――



 全てをぶち壊すような――



 そんな風に、気のせいをした。


 彼女の姿に、彼女という意味を知った。


 そんな気がした。



 いずれにせよこれが最終局面だ。


 多くの人々の命運が彼女の細い肩にかかっている。



 火の粉は舞い、戦火は広がり、震える魂。


 その意味は――不屈。

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