1章69 『不滅の願い』 ④

 ダンッと――



 強く地面を踏んでクルードの躰に当てた掌から打撃を徹す。



 人間や“屍人”が相手なら相手の躰が破裂して致命打となるのだが、相手は悪魔――



――よろめかすことすら出来ない。



 弥堂は慌ててクルードの懐の中から逃げることはせず、相手が反撃の予備動作を起こすまでジッと待ち、しっかり攻撃を振らせて退避する。



「ンだそりゃあ⁉ イキがって挑んできたわりになにも出来ねえのかァ! アァッ⁉」


「…………」



 挑発には何も返さず、弥堂は周囲をうろつくグールの群れの中へ飛び込む。



「逃げんなオラァ……!」



 それを追ってクルードも突っこんでくると、グールが何体かバラバラになりながら吹き飛んだ。


 グールを盾にしながら弥堂はどうにかクルードの猛威を凌いでいく。



「ジャマだゴミがァ……ッ!」



 苛立ったクルードが派手に腕を大振りすると周囲のグールが消し飛ぶ。


 その攻撃の終わりのタイミングで弥堂は飛び込んでいき、無駄だとわかりながら“零衝ぜっしょう”を打ち込んだ。



「効かねえってんだろ!」



 そして追撃をすることには拘らずにまた距離をとって、他のグールの群れへ走る。



 水無瀬がグールを片付けるまでの時間稼ぎとして、悪魔クルードと戦うことになった弥堂だが、当然勝てるとは考えていない。


 それどころか戦いになるとも思ってはいない。



 クルードが本気で殺すつもりで弥堂に向かってくれば、おそらく一撃も凌げずに立ちどころに殺害されるだろう。


 だが、現状そうはなっておらず――



(――今のところは思ったとおり……)



 思惑通りに時間を稼げていた。



 このクルードという悪魔にとって『戦い』とは目的を達するための手段ではなく、『戦い』そのものが目的なのだ。生業といってもいい。


 そこに何か大きな思惑などがあるわけではなく、ただどこまでも『好戦的』――彼という悪魔はそういう性質の存在なのだ。



 悪魔は動物の――特にニンゲンの感情を好む。


 正確には感情そのものではなく、感情が動いた時に発生する“ナニカ”を嗜好品として摂取するのだそうだ。


 ニンゲンである弥堂には理解出来ないが、悪魔とはその嗜好品に目が無い生き物らしい。



 その“ナニカ”は悪魔が生命を維持する為にどうしても必要なモノではないが、それを断つことは考えられないほどに彼らにとっては中毒性が高く、その欲求には決して抗えない。


 悪魔とは『世界』によってそういう風にデザインされた生き物なのだ。



 そしてどういった種類の感情を好むのかというのは悪魔によってそれぞれ好みが別れる。



 例えばボラフであれば、弥堂の予想ではおそらく『不快感』に類する悪感情だ。


 そしてこのクルードは、先程自分で言っていたことが嘘でないのなら、『闘争心』を好んでいるらしい。


 だから、挑発をされれば戦わないという選択肢は彼にはない。



 だが、そこで遮二無二になって何がなんでも最短で殺しにくる――とはならないのが、悪魔の面倒なところでもあり、弥堂にとっては付け入る隙となる点だ。



 このクルードは戦いを好む。


 スポーツのように全力を出して身体を動かして戦うこと自体が好き――自身の躰の、魂の裡から歓びが湧き上がる――というのも間違いがないだろう。


 だが、その相手がニンゲンとなると、“闘争心”を摂取せずにはいられなくなる。



 かといって、クルードが本気を出してしまえば戦いはあっという間に終わってしまう。


 すぐに殺してしまえば相手は“闘争心”を見せる間もないだろうし、なんなら“恐怖”するだけで終わってしまい、クルードにとっては何も得が無い。



 だから、ヤツは相手の強さに合わせて手加減して戦うのだ。



 短気で短慮で野蛮なように見えてその実、相手に合わせて戦う性質がある。


 それが悪魔クルードだ。


 そしてこの悪癖染みた美食に悪魔たちを駆り立てる、感情の動きから発生するモノを“不要な栄養リュクス・アーモンド”という。

 


 水無瀬から聞いた昨日と今日の戦っている時の様子からそう推測したのだが、正直なところ――



(運がよかったな)



――判断材料が少なかったので賭けに勝っただけのことだった。


 もしも外していたら秒で殺されてしまっていただろう。



 ともあれ――



(――せいぜい利用させてもらう)



 中途半端な逃げ方をする弥堂を追ってきたクルードにまたグールの集団が巻き添えで粉砕される。


 こうしてグールを減らしながら時間を稼ぐのが弥堂の狙いだ。



 だが、当然それだけでなく、



「ウオオォォ……ッ! ナメてんのかァッ!」



 すぐ目の前でクルードが大袈裟に両手を振り上げる。


 大きな隙だ。



「【falsoファルソ héroeエロエ】」



 自身の頭目掛けて落ちてくるハンマーナックルを視ながら、弥堂は『世界』から自分を剥がす。


 弥堂の視ている世界でクルードの腕が弥堂の身体を透り抜けて地面を砕いた。



『世界』に存在しないモノにはあらゆる霊子情報の伝達が出来ない。


 それは知覚が出来ないということであり、触れることも出来ない。


 そしてそれは弥堂の方からも同様だ。



 弥堂はクルードの背後へ回り、自身の“魂の設計図アニマグラム”を其処へ貼り付ける。


 手に握った聖剣の刃をクルードの背中へ突き立てた。



 だが、その切っ先は分厚い筋肉には刺さらずにギンッと蒼銀の光の刃は弾き返された。


 当然、“魂の設計図アニマグラム”にも届かない。



「チィ……」


「ア? テメェなんで後ろにいんだ? またやったな? なんだそれ?」



 激昂しかけていたクルードは、弥堂の使う謎の技法に興味が向いたことで気を落ち着ける。


 問いかけられるが弥堂は当然答えない。



(やはり徹らないか……)



 弥堂にとっては格上で、普通に攻撃を加えても通じない相手でも、大抵の敵なら聖剣エアリスフィールの“存在の強度”でその格の差を突破することが出来る。


 だが、このクルードは別格すぎて聖剣エアリスフィールの刃が徹らないようだ。


 これは聖剣の攻撃力が不足しているというよりは、それを使う弥堂の魂の格が低すぎて聖剣を以てしてもその差を埋めきることが出来ないというのが正確なところだ。



 基本的にこの『存在としての格の差』というものは覆らないものなのだ。


 誤差程度の格差ならばその限りでもないが、大悪魔とただの人間に毛が生えた程度の存在では覆すことは非常に困難だ。


 格差がありすぎる者同士では、ジャイアントキリングを起こすラッキーパンチなんてものは生じない。



 “存在”として格上の者は格下の者に大きな影響を与えることが出来て、逆に格下からの影響はほとんど受けない。


 それがこの『世界』の原則であり、この原則があるからこそ悪魔たちには『格上には逆らわない』というルールがある。


 そう決めて制定されたわけではなく、自然とそういうルールになってしまうのだ。



 もしも、これを覆して圧倒的格上のクルードに攻撃を徹すには――



(その存在の根幹を揺るがして“存在の強度”を下げるか――)



 弥堂はチラリと、離れた場所へ眼を遣る。



 そこでは空から光弾の爆撃を降らせてグールを次々に始末する水無瀬の姿が。



(力尽くで存在の格差の壁をぶち抜くか……)



 いずれにせよこのまま綱渡りを続けるしかない。



 怒らせ過ぎないように適度に挑発し、だが興味を失われてしまってもいけない。


 うっかりクルードに力が入り過ぎて殺されてしまうこともあるかもしれないし、うっかり弥堂の方がミスをして死んでしまうかもしれない。



 そんな綱渡りを――








「――あぁ、わかった。そっちも気をつけてな」



 短く答えて蛭子 蛮ひるこ ばんは電話を切る。



 島の中心地である屋敷の前庭に既に島を発った希咲以外の残ったメンバーが集まっていた。



「蛮。会長はなんだって?」



 電話が終わるのを待って声をかけてきた聖人へ、スマホを仕舞いながら蛭子は顔を向ける。



「……やっぱ向こうでも龍脈が暴走してる」


「……そうか」


「それだけじゃねェ。学園に“屍人”の群れが襲撃をかけてきたってよ」


「え⁉」


「ハッ、向こうは今ゾンビ映画状態だそうだ」


「こんな明るい内からそんな……」



 聖人は驚きを浮かべた後に心配げな顏になる。



「……待ってよ、学園がそんな状態ってことは街の人たちは……」

「あぁ。それが運がいいことによ、今美景市は『外出自粛令』とかってのが出されてるらしいんだ」


「なにそれ?」

「さぁ? なんでも大型の肉食獣が街に潜んでる可能性があるとかって……」


「そんな事件まで起きてたんだ」

「まぁ、さすがに今回の件とは関係ねェだろうがな。なんにせよ、それのおかげで外に出てる住民は少ねェだろうから……」


「ちょうどよかったってことか」

「そういうこった」


「七海、大丈夫かな……?」

「まぁ、心配ではあるが……、つーかオマエ、“屍人”ごときで七海がどうにかなると思うか?」


「思わ、ないけど……、でも蛮。“屍人”だけで済むと思う?」

「そいつはオレよりも――」



 言いながら蛭子が顔を横に向けると聖人もそれに倣った。


 二人の視線の先にいるのは、なにやら思案げな顔をした望莱だ。



「――みらい」


「……はい、なんでしょう?」


「今の話聞いてたか?」


「聞いてましたけど、ちゃんとわたしに向けても言ってください。女の子に手を抜くとモテないですよ?」


「オマエな……、いや、いい。オマエは今後どうなると思ってる?」



 望莱の軽口には乗らず蛭子は真剣な目で問いかける。



「う~ん……、どうなっちゃうんでしょう? 困りましたねー」


「……オマエ、昨夜よ。今日また龍脈が暴走するって言ったよな?」

「えー? 言いましたっけ?」


「なんでわかった?」

「なんででしょうね? 不思議ですねー」


「……マジメに聞いてんだ」

「なんか適当にそれっぽいこと言ったらたまたまホントになっちゃったんですよ」


「……本当か?」

「はい。元は七海ちゃんをここに引き留めたくって、なんかピンチっぽいこと仄めかしたんです。失敗しちゃいましたけど」


「…………わかった」



 蛭子は無理矢理納得することにして彼女を追及するのをやめた。



「それで? どうなると思う?」

「わかりません」


「なんかずっと考えてたろ」

「えー? 蛮くんったらわたしのこと見すぎー。そんなに好きなんです?」


「そういうのいらねンだよ」

「そうですねー。今わたしが言った『わからない』は『知らない』って意味です」


「ア?」

「では予測をしてみましょう」



 望莱は表情を真剣なものにすると全員を見回す。



「龍脈の暴走は二回目です。一回目はついこの間起きたばかり。そうですね?」


「うん、そうだねみらい」



 聖人が相槌をうった。



「犯人は同じ人――もしくは同じ組織。その可能性が高いし、そう考えるのが自然です。また、他の犯人や原因だった場合は今の事態に対処しながら見つけ出すことは困難ですし、探したり考えたりしている時間や余裕はない。よって、ここでは同一犯であると仮定します。いいですね?」


「うん」

「オレもそう思うぜ」


「では、二回目が起きた理由を考えましょう」


「理由……?」

「それがわかりゃあ――」


「――はい。苦労はしません。ですが、具体的な理由はともかく、犯人の心情は察することが出来ます」


「心情だと?」


「はい。何故こんな短期間に二回目が起きたか。言い換えると二回目を起こしたか。初回と違って警戒されていることはわかっているのに。その理由は簡単です」



 整然と話していく望莱の言葉に全員が聞き入る。


 望莱は人差し指を立てて解説を始めた。



「一回目では不十分だったからですよ」


「不十分って……、なにが?」


「さぁ? それはわかりません。ですが、考えてみてください兄さん。一回目で事足りたのなら二回目をする必要はありませんよね?」


「それは……、そう、なのかなぁ……?」


「そう、だとすると、二回目には一回目よりも大きな効果が求められます。つまり、わたしたちからすると二回目はもっとヒドイことになる――そう考えられますよね?」


「つまり、今回はもっとヤベエってことか」


「そのつもりでいた方がいいでしょうね。実際大したことなかったとしても、それはそれでわたしたちには別に損はないですし」



 その説明に各々納得の姿勢をみせた。


 すると、黙っていた天津が口を開く。



「それで、みらい。結局私は誰を斬ればいいのだ?」



 いつも通りの彼女の言葉に聖人は苦笑いを浮かべた。



「あのね、真刀錵。今のはそういう話じゃなくって――」


「――そうですねぇ……」



 聖人が逸る天津を宥めようとすると、望莱が口を挟んだ。



 望莱は薄く笑みを浮かべ、立てていた右手の人差し指を倒して突如横へ向けた。


 全員がその指に視線を釣られる。



 すると――



「――っな……⁉」

「――あれは⁉」



 示されたのは門の方。


 屋敷の敷地の入口だ。



 そちらを見た聖人と蛭子は驚きに目を開く。



 いつの間にかそこには人影が――



 それも一人や二人ではない。


 この無人島には現在自分たち以外の人間はいないはずだ。


 まさか陰陽府の監査人かと焦った二人が目を凝らすと、どうやらその正体は違うモノのようだ。



「あいつら、まさか――」


「真刀錵ちゃん」


「む?」



 望莱は天津ににっこりと微笑みかける。



「ゾンビ――なんて斬ってみてはいかがでしょう?」



 屋敷に突如押し寄せてきたのは、美景市同様に“屍人”だった。



 だが少々毛色が違うのは――



「――混ざりモノか……!」



 蛭子が彼らを睨む。



 ベースは人型が多い。


 だが所々別の生き物が混ざっているモノがほとんどだった。



 人間の二本の足。


 その上半身は魚のようで――



「え、絵に描いたみたいな半魚人だね……」


「ヘッ、随分キレイに混ざったモンだな」


「けっこうな年代モノっぽいですね。服装が昔の船乗りさんみたいです」


「ていうか、随分数が多くない?」


「こんなに近づかれるまで誰も気付かねェとは、オレらもマヌケだな」


「七海ちゃんがいないから、現在わたしたちの索敵はガバガバです」


「どれ、試しに斬ってみよう」



 暢気な会話をしていると、天津が門の方へ進んでいこうとする。


 そこでようやく危機的状況であることに気が付いた蛭子がハッとした。



「つーか、ヤベ。早く結界張んねえと……っ。ここに入られるわけには――」



 慌てて懐に手を入れるが、先に望莱が動く。



 門を指していた手をクルリと回すと、ネックレスのリングが淡く輝く。


 掌を上に向けた手の人差し指と中指には一枚の呪符が挟まれていた。



「【六根清浄ろっこんしょうじょう】【絶境穢退ぜっきょうあいたい】――“急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう”」



 唱えことばを口にすると呪符が白い焔で焼かれ、そして屋敷の敷地を囲うように結界の壁が創られる。


 その壁が迫り来る“屍人”の侵入を阻んだ。



「オ、オマエ、いつの間に術を使えるように……」


「春休み暇だったので、ちょっと覚えてみました」


「オ、オレは一年もかけて……」


「わたし、天才ですから」


「…………」



 蛭子の恨みがましい目を涼やかに受け止めながらみらいさんはドヤ顔をした。



「それより、どんどん集まってきてるね」


「ア?」



 聖人の指摘に再び門を見ると、森の中から続々と“屍人”が出てきていた。



「とりあえず減らしましょう」



 みらいさんは指を二本、口に咥えて「すひゅぅ~」と口笛を吹いた風な演出をする。


 すると――



「ゴアアァァーーッ!」



 ガサリと葉を鳴らして、“屍人”たちの背後から巨大な影が現れた。


 コディアックヒグマのペトロビッチくんだ。



「ペトロビッチくん、やっちゃってください」


「グアァァーッ!」



 体長3mほどの巨熊が腕を振るうと、半魚人たちの魚肉が宙を飛び交う。


 ペトロビッチくんは“屍人”の群れの中で大暴れし始めた。



「お、おぉ……、さすが最強のヒグマだぜ……」


「む、無双してるね……」


「ふむ。私も出よう」



 男子たちは獣が人のカタチをしたモノを襲う光景にドン引きしているが、天津は平然とした顔で参戦しに向かった。



「えっと、僕も行った方がいいかな?」


「いいえ」



 遅れて天津に続こうとする聖人を望莱が止める。



「兄さんは待機です」


「でも……」


「おそらく本命はこの後です。湖の方の『門』にそれが来る可能性があるので兄さんはそれまで温存します」


「湖って……、まさか……⁉」


「その『まさか』を起こされては困るので、それを想定しておくべきです」


「……わかった」


「まぁ、あっちは余裕だろ」



 天津とクマさんが半魚人を千切っては投げしている光景を見ながら、蛭子は肩を竦める。


 望莱は続いてマリア=リィーゼへ目を向けた。



「リィゼちゃん」


「なんですの」


「魔力は?」


「あと1時間もあれば……、ってところですわね」


「わかりました」



 端的に情報を交換し、再び兄へ言葉を向ける。



「1時間後に蛮くん以外の全員で湖に行きます」


「わかった。けど、蛮は?」


「蛮くんはここで暴走中の龍脈の対応です」


「まぁ、そうだな」



 頷く蛭子へ望莱は二枚の呪符を渡す。



「……ンだこれ?」


「一枚はこの屋敷の結界、もう一枚はこの島の他の主要拠点の結界、それの制御術式です」


「は……?」


「現在他の拠点でもここで張られた結界に連動して結界が発動しています。ここと各拠点を全部リンクさせて纏めて結界をコントロール出来る術をつくりました」


「な……ん……だ……と……?」



 蛭子は茫然と手の中の呪符を見る。



「オマエ……、こんなものいつ……」


「島に来てから暇だったので。やってみたら出来ちゃいました」


「……そうか」


「でも困りました……」



 才能の差に打ち拉がれる蛭子の前で、みらいさんは頬に手を当てて悩ましげに溜息を吐く。



「本当は大ピンチの時に急に覚醒した風な演出で披露して、感激した七海ちゃんに『しゅきぃ』ってなってもらう予定だったのですが……」


「ロクでもねェな」

「七海はそんなこと言わないと思うけどなぁ」


「じゃあ代わりに兄さんが『はへぇ、しゅきぃ』って言ってください」


「変わってんじゃねェか」

「勘弁してよ……」


「えー? 兄にガチ恋してくる妹が可愛くないんですか?」


「妹は可愛いけど、ガチ恋はダメだよ。兄妹なんだし」


「兄妹だからいいんじゃないですか」


「話が逸れていますわよ」


「おっと」



 マリア=リィーゼにシラっとした目を向けられて3人は軌道を修正する。



「というわけで、蛮くんは学園と連絡をとりつつ、第一に龍脈の暴走阻止、第二に拠点の防衛をお願いします」


「そのためのこの呪符ってことだな」


「はい。まぁ、今いらっしゃってる半魚さんたちくらいならほっといても結界は突破出来ないと思いますが念のため」


「で、僕たちは1時間後に湖に向かう?」


「はい。リィゼちゃんの魔力の回復を待ちつつ、これから何が起こるのかを様子見します。もしも1時間経つ前に大きなことが起これば時間を前倒して対応します」


「何も無くても1時間で一回湖の方を確認しに行くってことだね?」


「です。最長1時間、最短で30分後。それくらいで考えておいてください。リィゼちゃんもよろしくて?」


「よろしくてよ」



 王女さまは悠然と頷いた。



「ちなみに、30分で出る時はまた魔力ポットがぶ飲みで戦ってもらうって意味なんですけど、本当に大丈夫ですか?」


「わたくしイヤですわ!」



 しかし具体的なタスクを聞くと即座に前言を翻した。



「ダメです」

「なんでですの! わたくしもうあのクソマズイ汁を飲みたくありませんわ!」


「ダメです」

「それにあの半魚様方もなんかヌメヌメしてて臭そうですし、わたくし近寄りたくありませんわ!」


「ダメです。リィゼちゃんはまとめて敵をやっつけるしか能のない女です。それ以外では何の役にも立たない家畜以下のゴミ女です。収入もないですし、生きてる価値が無いんです」

「ど、どうしてそんなヒドイことを言うんですの……?」


「一体わたしにいくら借金があると思っているんです? このダメ王女。サブスク全部解約されたくなければ言われたとおりに動いてください。自分で考える頭がないんですから、リィゼちゃんは黙って人の言うことを聞いていればいいんです」

「あんまりですわー!」



 心無い言葉に傷ついた王女さまはワッと聖人に泣きつく。


 聖人は慣れた様子で彼女を慰め始めた。



「オマエよ、これからガチバトルだって時に仲間の心を折るんじゃあねェよ」


「そんなんじゃありません」



 蛭子からジト目で見られると、みらいさんはプイっとそっぽを向いた。


 先程の魔力回復薬をがぶ飲みすることで大量の魔石を献上した件で、七海ちゃんの好感度を大幅に稼いだと思われる王女さまに、みらいさんはガチ妬みをしていたのだ。


 みらいさんは隙あらば必ず報復をするタイプの女子なのである。



「じゃあ、オレは龍脈の方にとりかかるわ。聖人、結界もあるし真刀錵も行ってるから大丈夫だとは思うが、万一ここに入ってくるやつがいたら……」


「うん、わかった。さ、行くよ? リィゼ」


「あんまりですわぁ……」


「あ、みんなスマホはちゃんと持ってます? 以後はグループ通話で」



 言いながら望莱はどこからともなく取り出したスマホを蛭子へ投げ渡す。



「なんだこれ?」


「グループ通話用です。蛮くんのスマホは京子みやこちゃんとの連絡用にしてください」


「お、おう……、準備がいいな」


「七海ちゃんがいないと、わたしたちの報連相はガバガバのガバになっちゃいますからね」


「まるで七海がいなくなることを想定してたみてェだな?」


「んま。なんたる言い草。もしも七海ちゃんがいなくなったら――想像するだけでわたしゲロが出そうです」


「さっき吐いたばっかだろうが」



 蛭子は顔を顰めながらこの場を離れていく。


 聖人もマリア=リィーゼを連れて屋敷の裏手の見廻りに向かった。



 前庭に残った望莱は門の外で大暴れする一人と一匹を見る。


 真刀錵さんが振る段平によって続々と生産される魚肉ソーセージを、ペトロビッチくんが次々に平らげている。


 門の防衛は問題なさそうだ。



「……やはり、おかしいですね……」



 自分のスマホを取り出し時刻を表示させる。



「早すぎる」



 現在時刻はまだ15時少し前だ。



「七海ちゃんがここを出たのが13時過ぎ。いくら七海ちゃんでも1時間や2時間で美景に到着するはずがない。まだあと2、3時間はかかるはず……」



 彼女がまだ舞台に上がっていない。


 なのに、異変はもう始まってしまった。



「なにか起こるとしたら夕方頃だと思っていたんですが……」



 希咲の護衛のために港で待機させていたスタッフから、弥堂 優輝が港に現れたと報告があった。


 尾行させたところ新港近辺で見失ったようだ。


 そして暴走した美景の龍脈の魔力がその港の方に集まっているらしい。



 そこが事件の渦中なのは間違いないだろう。



「さて、これはどう読むべきでしょうか」



 スマホを仕舞い、昏い瞳で物事の流れの先を見る。


 都合のいい未来ハッピーエンドまでの道筋を照らす光は誰にも見えない。

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