1章69 『不滅の願い』 ②


 白い壁、白い部屋。



 白いカーテンが風に揺れる。



 白いシーツに女の子と黒猫が座っている。



 視線はテレビに向いていた。



「ねぇ、メロちゃん」



 女の子は黒猫に話しかける。



「どうしてプリメロは強いの?」



 二人が見ているのは魔法少女のアニメだ。



「魔法少女だからッスよ」



 黒猫は答えた。



「そうなんだ」



 再び二人はテレビを見る。



「ねぇ、メロちゃん」



 女の子は黒猫に話しかける。



「どうしてプリメロはがんばるの?」



 画面の中の魔法少女は敵との戦いでピンチに陥っている。



「魔法少女だからッスよ」



 黒猫は答えた。



「そうなんだ」



 女の子はテレビに視線を戻す。



 魔法少女は泣きながら立ち上がり、そしてまた敵へ向かっていく。



「ねぇ、メロちゃん」



 画面を見ながら黒猫に話しかけた。



「いつもぶたれたり、ひどいことされたり……、泣いてるのに、どうしてあんなにがんばれるのかなぁ……?」



 黒猫は女の子を見る。



「それは……、魔法少女だから、からッスかねぇ……?」


「そうなんだ……」



 女の子は俯く。



「わたしも、がんばったら魔法少女になれるのかな……?」


「それは……」


「それとも、魔法少女にならないと、がんばれないのかな……?」


「そ、そんなことないッスよ……! だいじょうぶッス……!」


「そうかなぁ……? わたし、こわくて……」



 テレビの音だけが鳴り続ける。



「そ、そうだ!」



 黒猫が顔を上げる。



「がんばればきっと、魔法少女が助けてくれるッスよ!」


「そうなの?」


「そうッス! それなら魔法少女じゃない人たちも、みんながんばれるじゃないッスか……!」


「そう、なんだ……」


「そうッス。魔法少女なんて、なるモンじゃねェッスよ……」



 見ていない間にテレビの中の魔法少女が敵をやっつけていた。



 世界はいつの間にか平和になっていた。



 白いカーテンが揺れて、外の世界を隠した。









――キンッと音を立てて、聖剣エアリスフィールに切断された鉄格子が地面に落ちた。


 切断の瞬間僅かに電気が奔ったような感覚があり、その手応えが残った手を弥堂は見下ろしている。



「お父さん! お母さん!」



 両親を外に出すため水無瀬が檻の中に潜った。


 だが、気を失って全身が脱力している大人を引っ張り出すのは、彼女の素の身体能力では難しいようで手間取っている。



 弥堂は「むーむー」唸っている彼女に嘆息し、手伝ってやることにした。



「ありがとう弥堂くんっ」


「あぁ」



 まだ気を失っている二人をそっと地面に寝かせ、水無瀬の礼に適当に答える。


 弥堂は立ち上がって視線を横に振る。



 少し距離は離したがグールの大軍はこちらへ迫っている。


 数分で接敵するだろう。



 グールの集団の真ん中にはポッカリ穴が空いていて、そこをクルードがニヤニヤしながら歩いている。


 ヤツとの戦闘も免れないだろう。



 水無瀬に両親の避難を促すべく顔を戻すと、彼女がジッと弥堂の手元を見ていることに気が付いた。


 手に握っているのは蒼銀の光で刃を顕現する聖剣だ。



「……どうした?」

「その剣スゴイね。かっこいいね」


「どう見てもチャチなナイフだろ」

「剣じゃないの?」



 コテンと首を傾げた彼女の鼻がクンクンと動く。



「……お前にはこれが剣に見えるのか?」

「え? うん。ちがうの? あれー?」


「いや、お前は賢いな」

「え?」



 水無瀬は尚も何かを言おうとしていたが、足元から男女の唸り声が聴こえてくる。


 両親が起きたのかとそちらへ目を向けるが、まだ眠っているようで、寝苦しそうに表情を歪めていた。



「お父さん……、お母さん……、だいじょうぶかな……」


「少し時間を稼いでやる」


「え?」



 心配そうに瞼を動かす水無瀬へ次のことを伝える。



「せっかく置き去りにした“屍人グール”どもが来ている。時間の猶予はあと何分もないぞ。両親を逃がすなら早く逃がせ」

「あ、そうだよね……」


「クルード――奴も来ている。戦いになったら両親を庇っている余裕などない。もう一度人質になったとしても俺はもう助けんぞ」

「う、うん……、ねぇ弥堂くん?」


「なんだ?」



 窺うように見上げてくる水無瀬を見下ろす。



「お外まで車で運べないかな?」


「無理だ」


「どうして?」



 弥堂は結界の穴を指差した。


 そこには街に出ようとするグールたちが群がっている。



「あのデカイ車輛じゃあの穴は通れない。あそこに車を停めて二人を降ろして外に運ぶなんて悠長なことをしていたら、あそこのグールどもが殺到してくるぞ」

「そ、そっか……。あ、じゃあ、弥堂くんはどこから入ってきたの?」


「俺は適当な場所に無理矢理穴を空けて入ってきた」

「そこから車で出られないかな?」


「お前や悪魔どものように正規の手段で入り口を開けたわけじゃなくて、壁をぶち破って入ってきたようなものだ。多分もう穴は閉じている」

「そうなんだ……」


「それに外から中へ入る時は境界を見つけやすいんだが、ここから外へ出る時はいまいち境界がどこにあるかわからないんだ。むしろお前が別のデカイ入り口を創れないのか?」



 弥堂のその要請に水無瀬は困ったように眉を下げて首を横に振った。



「ううん。あのね? 結界は私じゃなくて、この子がやってくれてるの」

「この子……?」



 弥堂は水無瀬が手に取って見せたペンダント――“Blue Wish”をジロリと視る。



「結界を創るのと消すのは出来るんだけど、出入り口を増やしたりとかそういうのはムリみたいなの……」

「あの穴は?」


「あれはアスさんが……」

「そうか」



 弥堂は少し考えて、すぐに口を開く。



「やはりあの穴から両親を出すしかないな」


「えっと、どうすればいいかな?」


「…………」



 少し瞳を輝かせて期待を寄せてくる水無瀬に弥堂は少し呆れ、少し辟易とした。


 だが、今言っても仕方ないと諦める。



「お前があの辺のゴミクズを一掃しろ」

「私が?」


「俺は一対一ならグール程度には勝てるが、あの数を一辺にどうにかするのは無理だ。お前の魔法が適任だ」

「わかった! 弥堂くんは?」


「俺はあっちの大軍をどうにかする」

「えっ?」



 弥堂は顎を振って元々弥堂たちを追ってきていた本隊とも謂えるグールの大軍を示した。



「で、でも、あっちの方がゾンビさんいっぱい居るのに……」

「あの工事車両でまた突っこむ。せいぜい派手に囮になってやるさ」


「あ、それに車を使うんだね」

「そういうことだ。それに一番厄介なのはクルードだろ? あいつを抑えといてやる」


「で、でも、すっごく強いよ……⁉ ゾンビさんだってたくさんなのに……っ」

「まともにやり合う気はない。いいか? お前は結界の出口付近のゾンビ……グールを片付けて両親を脱出させる。それが終わったら他のグールを皆殺しにしろ。クルードに邪魔さえされなければ、お前なら簡単に出来るだろ?」


「そ、そうだけど……っ」

「街にグールが次々に出て行く状況が続いたら、どうせお前はクルードとの戦いに集中できない。勝つ為にはこれがベターだ」


「そ、それはわかったけど、だけどそれじゃ弥堂くんが……」



 言うことは言ったと弥堂は動き出す。



「弥堂くん……っ!」

「時間が無い。俺はもうやることをやる。俺はそれをやると決めた。だから後は勝手にやる。お前は?」


「わ、私は……、もちろんやるけど……、だけど……っ!」

「それに――」


「え?」



 弥堂は口に出そうとした言葉を飲み込んだ。



「なんでもない。もうじきそいつら起きるぞ。さっさと動け」


「び、弥堂くん――」


「じゃあな」


「あっ――」



 弥堂はそれ以上取り合わずにバックホーに飛び乗り、運転席のドアを閉めた。


 エンジンをかけてすぐに走り出す。



 正面のガラスの向こうに広がるグールの軍勢へ進路をとる。


 サイドミラーに映る水無瀬親子の姿を一瞬見て、視線を敵へ向けた。



『それに――』



 先程自分で言いかけて、やめた言葉。



『言いかけたんなら言いなさいよ! あたしそういうの――』



 出来事に関係のない状況に紐づいた記憶の再生。



「……別れの言葉を交わす機会があるのは、とても運のいいことだ」



 誰の記憶にも残らない意味のない言葉。



 レバーを操作して車体を一度横に振ってから、グールの隊列に斜めに切りこむ。


 また最前列をなぞるようにグールを轢き潰して走りながら、出来るだけ多くの個体の注意を惹く。



 そして進路を曲げて軍勢の中へと突っ込んで行った。


 中心にいる強敵を目指して。





「び、弥堂く――」



 車輛に乗り込む弥堂を案じて、水無瀬が呼び止めようとすると――



「――あ……っ、うぅ……っ?」

「こ、ここは……?」



 背後から声が聴こえる。


 両親が目を醒ましたようだ。



「――っ」



 喜ばしい出来事のはずなのに、水無瀬は息を呑み身を竦ませる。


 自分が緊張していることを自覚した。


 生まれてからずっと共に過ごしてきた人たちなのに、育ててくれた人たちなのに、そんなのは変だと、そうも自覚していた。


 水無瀬は生まれて初めて、自分の父と母に“怖い”と感じた。



 だが、怖気づいて止まっているわけにもいかない。


 弥堂が言っていたとおり、早く行動を始めないとゾンビに襲われてしまうだろう。


 あれだけの大軍だ。


 いくら弥堂でも全てを抑えきれるわけがない。


 必ず何体かは漏れてこちらへ向かってくるはずだ。



 水無瀬は意を決して身体を振り向かせる。



「ここは……港……?」


「――あ、あの……っ」


「ん? キミは……」



 水無瀬が声をかけると、そこで両親の方も彼女の存在に気がついたようだ。


 彼らは支え合いながら立ち上がってきた。


 水無瀬の胸がキリッと痛みを感じる。



「キミは誰……?」


「あ……、ぅくっ……」



 胸の奥の痛みが重くなり咄嗟に手で押さえる。


 だが、言われるとわかっていたことだ。


 昨日とは違って準備は出来ている。


 だから耐えられる――



「おばさんたち急に知らない人に襲われて、気が付いたらここに……」

「もしかしてキミも攫われて……、って、どうしたんだい?」



――そのはずだった。



 水無瀬はまた過呼吸に陥り蹲ってしまう。



「大丈夫……⁉」

「どこか痛いのかい⁉」



 父と母だった人が駆け寄ってくるが答えることが出来ない。



 一度経験したからといって、両親から忘れられるということに慣れるはずがなかった。



 父と母に忘れられる。


 父と母ではなくなる。



 それは娘が――自分が居ないことになる。


 生まれなかったことになるのと同義だ。



 生命の根幹が、存在の定義が揺れる。


 自分というモノの在り方が崩れいく。



 その痛みが水無瀬を襲う。



「こ、困ったな……、救急車を呼ぶか……?」


「ここは何処なのかしら? どこかこの子を休ませられる場所を……、ヒッ――⁉」


「どうし――うわああぁぁぁっ⁉」



 辺りを見回した妻が急に声を引き攣らせたので、夫もそちらへ目を向け、そして目に映った異形たちの姿に悲鳴をあげた。



 もうかなり近い場所まで、数体のグールが近づいてきていた。



「あっ……、あぁ……⁉」



 そのことに気付いた水無瀬も立ち上がろうとするが身体がまだ動かせない。


 足に力を入れようとしたら胸に激痛が走り、立ち上がるどころか身体を丸めることになってしまった。



「な、なんだキミたちは……っ⁉」


「あ、あなた、これってゾンビ……⁉」


「そんなバカな……⁉」



 当然こういった存在のことを知らない両親はパニックに陥る。



(私がモタモタしてたせいで……っ!)



 弥堂からも急ぐように注意を受けていた。


 激しい後悔が水無瀬を襲う。



 だが、それも一瞬のこと、水無瀬は苦しむ身体に鞭を打って、無理矢理立ち上がった。


 変身ペンダントを手に握り、頼りない足取りで前に出る。



「キ、キミ……⁉」

「危ないわよ!」



 制止してくる両親に水無瀬は顔だけ振り向かせた。



「に、逃げてください……っ!」


「え……?」

「なにを言ってるの⁉」


「私なら大丈夫ですから……!」



 前を向きグールたちと対峙して、ペンダントに願いを込める。



 その刹那――



『この二人はアナタのご両親ですが、もうアナタのことを覚えてはいないのですよ?』



 先程のアスの言葉が脳裏を過ぎる。



『もしもアナタがこの二人を見殺しにしたところで、この夫婦は自分の娘に見捨てられたなんて思いませんよ。なにせ、自分たちに娘がいたことすら覚えていないのですから……』



 さらに――



『お前が魔法少女に為る前から、お前が戦わなくても、この世界の平和は保たれていた』



 つまり――



『必ずしもお前が戦う必要はないということだ』



 そもそも――



『お前を覚えている者はいないのに、何故それを守ろうと戦う?』



 弥堂もそんな風なことを言っていた。



 一瞬の内に駆け抜けたその言葉たちに迷いが生じ、手から力が抜けてしまう。


 手に握っていた“Blue Wish”を落としてしまった。



「あ――っ⁉」



 水無瀬は慌てて膝をつきそれを拾う。


 そしてすぐにもう一度立ち上がろうとしたが、やはり上手く身体が動かせなかった。



 そんな水無瀬の上に影がかかる。



 慌てて顔を上げると、もう目の前にグールが来ていた。


 グールは両手を伸ばしながら倒れるようにして襲いかかってくる。



「――っ⁉」



 水無瀬は思わず目を閉じてしまった。



 その時、僅かな水音とともに鈍い音が鳴る。



「え……?」



 異変を感じて瞼を開けると、目の前には引っ繰り返ったグールの靴の裏がこちらを向いていた。



「な、なに――」



『なにが起きたのか』



 その疑問の呟きを反射的に飲み込む。



 水無瀬とグールとの間に誰かが立った。



「ちっ、ちちちちち近寄るんじゃない……っ!」


「あ……っ」



 呆然と見上げた背中は――



――父の背中だった。



「い、いうこと聞かないと、ぶっ、ぶつぞぉ……っ!」



 その手には先ほど弥堂が切断した鉄格子が武器として握られていた。



「く、くるなくるな……、くるなよぉ……!」



 父は暴力を奮うような人間ではなかった。


 声を荒げたことすらほぼない。


 勇ましく前に出た、その膝が肩が手が、震えていた。



「さ、さぁ、立って……? 今のうちに逃げるのよ……!」



 水無瀬の身体を母が支えて立ち上がらせてくれる。


 母の身体もやはり、震えていた。



 父も母も普通の人間で、とても穏やかな性格で優しい人たちだ。


 ゴミクズーや悪魔を知らないどころか、人間を相手にさえ争いごととは無縁な人たちだ。



 だから、二人とも、怖いのだ。



「…………」



 水無瀬は目を丸くして、二人の姿を見た。



 身体の中心の重い痛みは軽くなっていき、締め付けられるようだった胸が和らいでいく。それと同時に全身に何かが行き渡っていく感覚が拡がっていった。



「なにしてるの⁉ はやく逃げて!」

「こ、ここはおじさんに任せて、はやく……っ!」



 心の――魂の綻びが繋がった。



(そうだ……、私、勘違いしてた……っ!)



 それを自覚すると、身体の自由が戻ってくる。



(記憶がなくても……、私のこと忘れちゃっても……)



 グッと、自分の足でしっかりと地面を踏みしめる。



(優しい二人は、優しい二人のまま……! お父さんとお母さんはなにも変わってない……っ!)



 瞳の中に魂の輝きが宿る。



「キミ……! 逃げなさい……っ!」


「……わたし、逃げません……っ!」


「えっ?」



 二人は驚いて水無瀬の顔を見る。



「な、なにを……」



 水無瀬は二人を安心させるようににっこりと笑ってみせた。



「――決めてたんです」



 迫りくるグールたちに慌てながら怪訝な顔をする父と母へ、はっきりと自分の考えを口にする。


 成長した自分を伝えるように。



「私がんばるって……、やるって決めて、それでここに来ました……!」


「や、やるって、なにを……」

「今はそんなこと――」


「誰も、私のことをわからなくなっちゃっても……、誰も私のことを知らなくったって……」



 水無瀬は歩き出し、父の前に出る。



「でも、私は知ってる……!」



 ギュッと強く“願いの花”――それを咲かせるための種を手に握り、



「みんなここに居て……、みんな生きてて、幸せに生活してること……っ!」



 グールたちに向けてペンダントを掲げる。



「みんな変わっちゃったって思ってた……、そんな風に勘違いしちゃってた……、変わっちゃったのは私の方で、みんなは何も変わってなんてなかった!」


「な、なにをしてるんだ……!」

「危ないわよ……!」


「みんな優しくって、素敵で、私の大好きなまま……! それはなにも変わってなんかない……! だから――」



 力強い意思のこもった言葉に応えて、手の中のペンダントが輝きだした。



「――だから! それを守りたいって私の願いも、変わることなんてない……!」



 水無瀬の放つ光と、その迫力に圧されて、両親は思わず後退る。



「お願いっ! Blue wish!」



 願いを言葉にする。



 父と母を守りたいと――




 ペンダントが放つ光がグールたちを後退させる。



amaアーマ i fioreフィオーレ!」



 願いに応えてペンダントの宝石の中の種が弾けた。


『世界』を願いが書き変える。



 水無瀬はブーケを投げるように手の中の輝きを『世界』へと放った。



「な、なんだ……⁉」

「きゃああ……っ⁉」



 周囲を飛び回る魔法のペンダントに両親も驚き頭を抱える。



 再び手の中に帰ってきたそれを水無瀬は堂々と掲げる。



Seedlingシードリング the Starletスターレット――Fullフル Bloomingブルーミン!!」



 光の柱が天へと立ち昇り、周囲へ花びらが舞い散る。



 瞬く間に世界に忘れられた女子高生は、魔法少女へと存在のカタチを変えた。



「水のない世界に愛の花を咲かせましょう。魔法少女ステラ・フィオーレ!」



 守るべき人たちを背中にしてこの『世界』に一人で立つ。



「みんなのねがいを咲かせて、絶対に笑顔を守る……っ!」



 その願いにもう迷いはなかった。




「ななななな……っ⁉」



 突然の衝撃映像に両親は気を動転させる。



 水無瀬は――ステラ・フィオーレは振り返って笑った。



「逃げてください!」


「え……?」


「私、魔法少女なんです! だからあなたたちのこと、絶対に守ってみせます……!」


「ま、まほうしょうじょ……? で、でも……」



 二人は困惑しながら辺りを見回す。



「にげるって……」

「一体どこに……」



 気付けば後続のグールたちも集まってきている。


 逃げ場などないように思えた。



「あっちに――」



 水無瀬は結界の穴を指差す。



「あそこから外に出られます!」


「そと……?」


「お家に帰れるってことです!」


「そ、そうなの……?」

「でも、あっちにも――」



 母が不安そうな顔をする。


 結界の穴にもグールの群れがいるからだ。



「大丈夫です! 私が――」


「――う、うわあああっ⁉ また来たぁっ!」



 グールたちがまた背後から襲いかかって来る。


 水無瀬は素早く振り返りながら魔法のステッキを振るった。



「【光の種セミナーレ】――」


「――え?」



 瞬時に生み出された魔法の弾丸がグールを撃ち抜く。


 躰に風穴を空けたグールは背中から倒れ、そしてそのカタチが砂のように崩れていった。



「――いっぱい……っ!」



 続けざまに上空に大量の魔法球を創り出す。


 そしてそれを一斉に地上へ降らせた。



「きゃあああっ⁉」

「うわわあああ⁉」



 それらは次々にグールを撃ち、砂煙を巻き上げる。


 まるで爆撃のような魔法の攻撃に両親は悲鳴を上げた。



「私が道を開けます! ゾンビさんたちがいなくなったら、穴に走ってください!」


「え?」


「外にもゾンビさんがいるから気をつけてくださいね!」


「あ、あの――」


「いきます――」



 水無瀬は結界の穴の方へ魔法のステッキを向ける。


 莫大な魔力を注ぎ込んだ。



Lacrymaラクリマァ……、BASTAバスターーーーッ!」



 強烈な光の奔流が発射される。


 その魔力砲は射線上のグールを一掃した。



「さぁ、はやく!」


「え? あ?」


「二人が外に出るまで私がちゃんと守りますから、だから……、走って……!」


「……あなた」

「っ、あぁ、いこう……!」



 顔を見合わせて二人は走る。


 水無瀬はその背中を見つめた。



 少し進んで二人は振り返る。



「ありがとう……っ!」

「あなたも気をつけて……!」



 水無瀬はただにっこりと、満面の笑みで答えた。



 再び前を向いた両親が離れて行く。



 二人を見守りながら結界の穴に近づこうとするグールを魔法弾で撃って、安全を確保した。



 どうやら二人は無事に辿りつけそうだ。



 あともう少しで出口へ着く。



 それを見る水無瀬の表情がくしゃっと歪んだ。



「……さよなら……、お父さん……、お母さん……っ」



 ポロポロと涙が、どんどんと溢れて零れ出して、止まらない。



「いままで……っ、ふたりとも……っ、育ててくれてありがとう……っ」



 震える声はきっと二人の背中には届かない。



「なのに……っ、いっぱい迷惑かけちゃったのに……! わたし、こんなになっちゃって……、ごめんなさい……っ、でも……っ!」



 それでもずっと目は逸らさず、愛する人たちを――大好きな父と母の姿を心に焼き付けた。



 きっと、これでもう最後だから――



「――でも、私……、ずっと願ってます……! どうかふたりとも……っ、これからは、ふたりで……っ! ずっと、しあわせに……っ」



 二人の姿が結界の穴の中へ消えた。



 水無瀬は魔法のステッキを振って、その穴を光の壁で塞ぐ。



「う……っ、うぅ……っ、うあああぁぁぁぁ……っ!」



 それから上を向いて、腹の底から嗚咽をあげた。


 誰の子でもない子が、父と母を想って子供のように泣いた。



 それもほんの少し――



 グイっと乱暴に手の甲で涙を拭って、勢いよく水無瀬――愛苗は振り返った。



「――まだ……、まだ、私なんにもやってない……! まだ何も終わってない……っ!」



 ゆらぁっと愛苗の身体から魔力がオーラのように漏れ出し、そして背後には大量の魔法弾が生成されていく。



「お父さんも、お母さんも、守る……! 街のみんなも、弥堂くんも……っ! ぜんぶぜんぶ守る……!」



 屍人の大軍を向こうにして強く誓う。



「私は絶対に負けない……っ!」



 ブーツに小さな光の羽が生えると宙へ浮かび上がりる。



 そして、愛苗は破壊の雨を降らせながら敵の大軍へと突撃していった。

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