1章59 『最期の夜』 ⑥


 クラクラと眩暈を感じながら耳鳴りが過ぎるのを待っている間にも、耳から離したスマホがまだ何かを喚いている。



『――おいこら! シカトすんな!』



 弥堂は舌を打って再びスマホを耳につける。



「してねえよ。お前の声がうるさすぎて耳がおかしくなったんだ」

『は? そんなわけないでしょ』


「そんなわけある。電話でいきなり怒鳴るな。常識がないのか? このクソギャルが」

『そんなわけないし! ジョーシキあるし! あとギャルじゃないし! つか、あんたがジョーシキないしっ!』


「うるさい黙れ」

『それからシカトは電話のことじゃないし!』


「なにをまた意味のわからんことを……」

『わかるし! つか、耳くっつけないで! キモいっ!』


「は? 電話しているんだから当たり前だろうが」

『画面っ! よく見ろっ! ばかっ!』



 弥堂は眉を顰めて一旦スマホを離す。



『耳の中とか見せてくんな! キモいしセクハラだから!』



 そういえばこうして聴こえる彼女の声の聴こえ方もおかしいと感じてもいた。


 その違和感は覚えのあるもので、今朝も体感したことを思い出す。



 答えはもうほぼほぼわかってはいるので、弥堂の顏には不快感が表れる。



 先延ばしにしても仕方がないのでスマホへ眼を遣ろうとすると、その前にこちらを凝視している女児に気が付いた。



「う、うわぁ、女の子の声だぁ……、しかもチョー気が強そう……」



 ギロリと睨みつけると、少女はパっと手で口を塞いだ。



 そういう意図ではなかったのだが『しかし、そうだな……』と考えを巡らせながら弥堂はスマホの画面を顏の前に持ってくる。


 そこに映っていたのは予想どおりの答え。


 希咲 七海の顏があった。




 するとギロリと不機嫌そうな目に睨みつけられる。



 少し切れ長なアーモンド型のネコ目。


 自分に向けられる時はそれが平時よりも細められることが多く、今はさらに細まっていた。



 夜闇で光るスマホの灯りは彼女の顔を鮮明にこの眼に映す。


 なのに、その光は彼女自身を照らすものではなく、普段は陽の光を反射し虹のような多彩な煌めきを放つ美しい瞳は少し昏く視えた。



 どこか暗い室内に居るのであろう彼女の唇が動く。



『あによ』



 その唇にほんの僅かに遅れて勝気な声が届き、声はやけに反響をした。



 弥堂はとりあえず「はぁ」と深く溜め息を吐く。


 その仕草に画面の中の彼女がさらにムッとした。



 正直、彼女の顔を視た瞬間に怒鳴りつけてやりたくなるような衝動が強く湧いた。


『ここでも俺の前に立ちはだかり邪魔をするのか』と。



 しかし、これ以上の失点を防ぐ方が先決だと、ギリギリのところで理性が働いた。



 チラリと視線を僅かに動かす。



「わわわ……っ、カノジョ……っ⁉ こんなダメ男にまさかのカノジョ……⁉」



 何やら小声でコショコショと漏らしながらキラキラと期待をするような目でこちらを観察している女児を視て、クソ女をヘコませるにはその前に適切な処置を行うべきだと判断した。



「ふぅ……」ともう一度息を吐き、自身の記憶に記録された過去の屈辱リストを参照する。


 任務で下手を打って捕まり奴隷として売られた時のことを思い出す。そして、自分を少女として扱うよう強要してきた金持ちの変態ババアのオモチャをしていた時のマインドを喚び起こす。



『ちょっと。あんたいつもさぁ、人の顏見てわざと溜め息吐くのやめなさいよね。マジシツレーなんだ……け、ど……――っ⁉』



 弥堂の態度に小言を言おうとした画面の中の彼女の目がギョッと開かれる。


 すぐそこで女児もギョッとしていた。



「それはキミのせいだ」


『は、は……?』



 ニッコリと――満面の笑みを浮かべた弥堂の顔を見て、希咲は言葉が出てこない。


 彼という人間が一度も見せたことのない笑顔、それも似合わない爽やかな笑顔。


 柔らかな表情、柔らかな声音で、弥堂はツラツラと続ける。



「キミがあまりにも美しいから、つい溜息が漏れてしまったんだ。イケナイ子だな、キミは」


『ひっ、ひぃぃぃ……』


「はしたない声を出すものじゃない。一体どうしたんだ」



 思わず悲鳴を漏らした希咲を眼に映すため、細められていた弥堂の瞼が開く。



『――っ⁉』



 微笑みを浮かべて甘い声を囁いているが、その瞼の中の瞳はいつも通りで、全く笑ってなどいない色のない黒だった。


 プツ、プツ――と、希咲の首筋に鳥肌が浮かんで全身に伝播するように拡がっていく。



「でも嬉しいよ。キミの顏が見れて」

『やぁぁぁぁぁ……っ⁉ コワイコワイコワイコワイ……っ!』


「あぁ、ボクも恐いくらいに高揚している。きっとキミの可愛い声を聴いてしまったせいだ」

『ぎゃぁぁぁぁっ! キモイキモイキモイキモイ……っ!』



 弥堂 優輝という人間が絶対にしないであろう表情と声で、絶対に言わないであろう台詞を囁かれ希咲は一瞬で生理的嫌悪感が沸騰しパニックに陥った。



『ちょ……⁉ はっ⁉ えっ……⁉ なんなの⁉ 新手の嫌がらせなの⁉』

「嫌がらせ? ボクが? 心外だな。大切なキミにそんなことをするわけがないじゃないか」


『ボッボボボボボボクッ⁉ ボクはやめて! マジキモイ! マジムリだから……っ!』

「まったく、キミはいつも元気だな。でもそんなキミにいつも元気をもらってるよ。本当にいつもありがとう」


『ぅぎゃあぁぁぁぁぁっ⁉ やだやだやだやめて……! ホントにやだっ!』

「なにが嫌なんだい?」


『キモイ! コワイ! ムリ! ホントにムリっ!』

「相変わらずキミはワガママだなぁ。でもそんなところが可愛いっていつも思ってるよ。ほら、どうして欲しいか言ってごらん。なんでも叶えてあげるよ」


『ひぎっ、ぅぇっ……、やだっ! やだって、やめてって言ってんじゃん……! ぅ、ぅぇぇ……っ』



 執拗に甘い言葉をかけ続けると七海ちゃんのお目めに涙が浮かび始める。いまだかつて感じたことのない気持ちの悪さに泣きが入ってしまったのだ。



「いきなりビデオ通話をかけてはダメと自分で言ってたくせに、こうやってかけてくるなんて、七海は悪い子だな」

『や、やぁっ! 名前ダメっ! 勝手によぶな……っ! きもい!』


「でも、怒ってないよ。キミの顔が見たくて、声が聞きたくて、気が狂いそうだったんだ」

『いやぁぁぁっ! 頭おかしくなるぅっ! まじむりっ! まじやだっ! なんでいうこときかないのっ⁉』


「キミが勝手に遠くに行ってしまうから、こうやってボクもイジワルをしたくなるんだ。早くキミに逢いたいよ、七海」

『ぎゃぁぁぁっ⁉ ぅぐっ……、ぉぇっ……』


「好きだよ、七海。次に逢ったらもう二度と何処にも行かせない……」

『ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……っ⁉』



 言葉にならない叫びをあげる希咲からジロリと目玉を動かす。



「ぅわぁ……ぅわぁっ……ぅわ――あっ⁉」



 何やらドン引きした様子で感嘆していた女児は弥堂と目が合うとハッとした。


 そして、何やら気まずげにキョドキョドと視線を彷徨わせる。



「あ、あの……、アタシまたにするねっ! 今度会ったら慰めてあげるからね……っ!」



 励ましなのかなんなのかわからないことを口にしながら、そそくさと立ち去っていった。


 弥堂はその後ろ姿が視えなくなるまでジッと見送る。



 少女が角を曲がって消えると、スンっと表情をいつもの無表情に戻した。


「ふぅ……」と疲労感を吐き出す。


 そしてスマホの画面に眼を戻すと――



『――ひっ……、ぅくっ、ぅぇぇ……っ、やだってゆったのに……』



 キモさが臨界点を超えてしまった希咲がポロポロと涙を溢していた。



「なに泣いてんだお前。バカじゃねえのか」


『ばかはあんた、でしょ……っ! ぅっ、きもいのやなの……っ! こわいのむりなの……っ! ホラーきらいなの……っ!』


「ホラー? 何言ってんだお前」


『ホラーじゃんっ! すきってゆった……! きもいじゃん! こわいじゃん……っ! ひっ、ぅぐっ……、ぅぇぇぇぇぇぇぇぇっ……!』


「お、おい……」



 ついに本格的に泣き出した希咲に弥堂は顔色を変えるがもう遅かった。


 クラスメイトの女子に告白したら『キモくてコワイ』とギャン泣きさせてしまった弱者男性は思わず茫然とする。



 しかし、『女が泣いたら自分が悪い』と魂の設計図に刻みつけられているので、一応弁明を図ろうとする。



「おいまて希咲、誤解だ」

『……ぅぁぅぇっ? ご、ごかい……? でもすきってゆった……、かってにななみってゆった……、ぅ、ぅぁぁぁ……っ!』


「好き? 嘘に決まってんだろ馬鹿が」

『ふっ、ぅぁっ……⁉ くずじゃん、きもいじゃぁん……、ぅぇぇぇぇ、こわいぃぃぃ……っ!』


「……結局なんでもダメじゃねえか。クソが」



 どうやら何を言っても余計に泣くモードに入っていたようだったので、仕方なく弥堂は彼女が落ち着くのを待った。





『――てめーマジでしねよこのクソクズやろー』



 数分経って泣き止んだ希咲に開口一番口汚く罵倒される。


 言った本人である七海ちゃんも、自分の口から出た声が思っていたよりも低くてちょっとビックリする。しかし絶対に自分は悪くないという確信があったのでキッとクズ男を睨みつけた。



『あんたマジなんなの? なんでいきなり告ってくるわけ?』

「告ってねえよ」


『好きって言ったじゃん!』

「だから嘘だって言ってんだろ」


『なんで嘘で告るわけ⁉ やっていいことと悪いこと少しはわかれ!』

「本気にする方がどうかしてるだろ」


『してないし! するわけないでしょ!』

「じゃあいいだろ」


『よくないわよ! 嘘で告るとかサイテーじゃん!』

「嘘だとわかってんなら問題ないだろ」


『そういう問題じゃないの!』

「チッ、めんどくせえな」



 おそらく人類史が始まって以来最も最低な男に違いないクズ男(七海調べ)が、全く悪びれもせずに悪態をついたので、希咲の怒りは余計に膨らむ。


 そして今回も順調に最初の用件を忘れた。



『だいたいなんでいきなりそういうさ、わけわかんないことすんの⁉』

理由わけはある」


『なによ⁉』

「別に」


『言いなさいよ!』

「チッ、野良猫を追い払ったんだ」


『ウソつきっ!』

「嘘じゃねえよ」


『絶対ウソじゃん! なんでネコ追い払うのに、あたしに告る必要あんの⁉ ぜんっぜんいみわかんないっ!』

「それはお前がバカだからだ」


『バカはあんたでしょ⁉ ばーかばーかっ!』

「お前ほんとにうるせえな……」



 微妙にリバーブのかかったキンキン声に弥堂は盛大に顔を顰めた。



『なんなのその顏⁉ あんたが悪いから怒られてんじゃん! なんで態度わるいの⁉』


「うるさい。大体、告白なんかしょっちゅうされてるんだろ? いちいち騒ぐな。処女か」

『は、はぁっ⁉ ちっ、ちちちちがうしっ⁉ あたしモテるから!』


「じゃあ慣れてんだろ。告白されるたびにキモイだのコワイだの喚いて泣いてんのか? この地雷女が」

『そんなわけないでしょ! あんたのは完全にベツモノだし! あんなホラーな告白初めてだから!』


「告白がホラー? 意味のわからないことを言うな」

『わかるし! 見れば絶対にわかるから! 全身鳥肌よ! マジこわすぎっ! いっぺん自分で見てみなさいよ!』


「無茶を言うな。鏡を見て自分に向って愛を囁けとでも言うのか? それこそホラーだろ」

『……それはちょっと見てみたいかも。面白そう』


「面白くねえよ。とにかく、実現不可能なことを押し付けようとするな」

『ベツに不可能じゃないけど?』


「なんだと?」



 若干落ち着きを取り戻してきた希咲の言葉に引っ掛かる。


 これまでの経験上、喚いている内に気が晴れてきたのだなと判断は出来たが、意味深な彼女の言葉には不審を感じた。



『見る?』

「……なにをだ?」


『や、だからさっきの』

「さっき?」


『だーかーらっ、さっきのあんたのキモ告』

「おかしな言葉を造るな。それは無理だと言ったばかりだろ」


『ムリじゃないし。録ったし』

「なに……?」



 途轍もなく嫌な予感を膨らませる弥堂に、希咲は何故かドヤ顏をしてきた。



『や、だからさ、さっきの録画したの。つか、今も録ってるし』

「なんだと……?」


『あんたなんかにビデオ通話したら、どうせまたえっちなことされるだろうなと思って。いざという時の証拠確保の為に最初から録画してたのよ』

「き、きさま……」



 弥堂は内心動揺する。


 日常生活を常に犯罪と隣り合わせで生きている男は、どんな形であれ自身の行動の痕跡が残ることに生理的な嫌悪感を抱くのだ。



 そして希咲 七海への脅威を膨らませる。


 何かにつけて記録を残そうとする女は高確率でメンヘラ地雷だからだ。



「……どういうつもりだ貴様」

『は? だから証拠保全だってゆってんじゃん』


「俺をハメたな」

『や、あんたが勝手にハマったんだし。悪いこととかヘンタイなことばっかするからいけないんでしょ!』


「いくら欲しいんだ?」

『は? それやめろって言ったじゃん! いらないし。それより動画送るから』


「いらねえよ」

『ダメだから。絶対観せるし。あ、でも待って。やっぱ一緒に観た方がおもろいかも。一人で観たらたぶんまた泣いちゃうけど、あんたの嫌がる顏見ながらだったら乗り越えられるわ。帰ったら一緒にみよーね?』


「ふざけるな」

『ふざけてんのはあんたでしょ! どんな顔してあんなキモいこと言ってたか観てみなさいよ! マジきもいから! あたしの苦しみを思い知れ!』


「冗談じゃない。嘘でもお前なんかに愛を囁いてる映像など観られるか。反吐が出る」

『あたしだって吐きそうだったし! クソきもいんだよヘンタイやろーっ!』


「うるさい! 俺の方がキモイ!」

『あたしの方がキモイからっ!』



 夜の寂れた住宅街で『俺だあたしだきもいきもいきもい』と怒鳴り合う。



 やがて申し合わせるでもなく、お互いに不毛さを感じとり語気を弱めた。



『――まったく、なんであんたいっつもそうなの?』

「こっちの台詞だ」


『たまにはフツーにお喋り始めらんないわけ?』

「それもこっちの台詞だ」


『はぁ? なんなの⁉ てゆーか、あたしまだごめんなさいしてもらってないんだからね!』

「なんで謝らなきゃなんねえんだよ」


『ウソの告白してあたしのこと泣かしたじゃん!』

「……それだけ聞くと随分と最低だな。恣意的な切り取り方をするな」


『全部繋げてもどっか一部でも余すことなくサイテーだから! クソキモいウソ告白してごめんなさい七海さまって言え!』

「クソキモいウソ告白してごめんなさい七海さま」


『はぁ? 勝手に名前呼びしないでってゆったじゃん! きんもぉ、しねっ!』

「こ、このクソアマ……」



 男子に告白されたら『キモすぎてコワイから死ね』などと言う傲慢な女子を弥堂は心底軽蔑する。


 彼は上級者ではないので、決して“理不尽カワイイ”などとは思わない。



『てゆーか、何の用なわけ? あたし忙しいんだけど?』

「テメェがかけてきたんだろうが」


『はぁ? あんたそうやってまた……、って、そうだった。あたしがしたんだった。ごめんごめん。ふふっ……、うける』

「一つも笑えねえよ、クソ女が。さっさと用件を言え。だいたい――」



 早く通話を終了させたいので弥堂は彼女へ用件を聞こうとするが、画面の中の彼女がブルリと震える。


 そしてキョドキョドとお目めを彷徨わせてお口をもにょもにょさせた。



『――あっ……』

「あ?」


『えっと、ゴメン。ちょっと待って』

「は?」


『ちょっとその、どしよ……、いいや、ちょっと席外すからそのまま待ってて』

「あ? なんだと? 何言ってんだお前」



 怒り狂っていたと思ったらギャン泣きし、口汚く罵倒していたと思ったら急に可笑しそうに笑い、そして今度は困り顔で意味のわからないことを言い出す。


 コロコロと変わる彼女の表情に着いていけずに弥堂は困惑した。



『だからっ! あたしちょっと居なくなるけど、ちょっとこのまま待っててって言ってんの!』

「だからそれが意味わからねえって言ってんだ。電話放置して何処に行くつもりだ」


『えと、だから……、あぁーーっ! もぅっ! トイレ! おトイレいきたいの!』

「はぁ? なんで電話中にションベンすんだよ」


『ション……って言うな! あと電話持ってかないし!』

「なんだ、またクソか。ふざけんなよお前」


『違うしっ! またってなによ⁉ あたしがしょっちゅうしてるみたいに言わないで!』

「うるせえな。クソでもションベンでも一緒だろうが。なんで電話置いてくんだよ。切れよ」


『それはダメ!』

「はぁ?」



 理解に苦しむ言い分に弥堂は呆けそうになる。



『だって一回切ったらあんた絶対そのまま電源切るでしょ!』

「切らねえよ」



 もちろん切るつもりだったが、弥堂は嘘を吐いた。



『ウソつき! 絶対切るから。あんたそういうヤツだから』

「うるせえな。というか、そもそも済ませてから掛けてこいよ。バカじゃねえのかションベン女」


『誰がションベン女だクソ男っ! あんたのせいだから!』

「俺がいつお前の排尿を促した。ふざけんなよ」


『キモい言い方すんなヘンタイ! あんたがキモ告したせいでコワすぎておしっこ漏れそうになったんだから! あんたが悪い!』

「もっとマシな言いがかりはないのか」


『言いがかりじゃないから! マジでホラーだったから! 告られてコワすぎて泣くことがあるとか、あたし想像したこともなかったし!』

「10億歩譲ってそうだとしても、先に済ませておかなかったお前の落ち度だ。責任転嫁をするな」


『済ませてたし! それもあんたが悪い!』

「なんでだよ」


『あんたが中々電話出なかったのが悪い! 何回もかけたのにずっと話し中だし! 折り返してこないし!』

「知るか。仕事中だったんだ」


『うるさぁーいっ! ってゆうか……、あっ、ちょっと……、マジ、ヤバ……』

「おい……」



 段々と洒落にならないことになってきたのか、画面の中の彼女の姿がソワソワと左右に揺れる。



『ちゃんと待ってなさいよ!』

「待て、貴様ふざけ――」


『――すぐっ! 1分だけ……、2分とか……、たぶん3分くらいで戻るから大人しく待ってなさいよ……っ⁉』

「どんどん増えてんじゃねえか」



 言い返しつつも、もうさっさと行かせてしまってすぐに電話を切ってしまえばいいかと思いつく。



 しかし――



『もしも――』



 スマホに映る瞳の光沢が一瞬消える。



『――勝手に通話切ったら、明日の朝あんたがスマホの電源入れた時に一瞬で充電切れるくらい大量にメッセ送りつけるから……』


「――っ⁉」



 プツプツ――と、弥堂の首筋に鳥肌が浮かんで全身に伝播するように拡がっていく。



 そうして気圧された隙に彼女の姿が画面から居なくなる。



『もれるぅ~』という情けない声が遠く聴こえ、やがてそれも消える。



 上に向けて置かれた彼女のスマホが、弥堂の手の中の画面に天上ライトを映して送信し続けている。



 怒り、屈辱、何故という疑問。



 そういったあらゆるものを生み出す己という存在をひたすら殺し続けながら、弥堂は10分ほど画面の中の光を死んだ眼で見続けていた。

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