1章58 『決着! 悪の幹部! ~さらばボラフ~』 ③

 弥堂は更なる変身を遂げた水無瀬の姿を眼に映し、不可解そうに眉間を歪めた。



「ここで遂に出すんッスね……、スプリントフォームを……っ!」



 何やら訳知りな態度でテンションを上げているネコに再度尋ねることにする。



「あれはなんなんだ?」

「スプリントフォームッス」


「それはなんだ?」

「はぁ? 見ればわかるだろッス」



 愛玩動物ごときの生意気な物言いが鼻についたが、弥堂は一応もう一度水無瀬の姿を注視することにした。



「……わからんが?」


「カァーッ! もう、ダメっ! オマエはホントにダメな?」



 再び自分へ視線を向けてきた弥堂に、メロは呆れ果てたと言わんばかりに大袈裟にジェスチャーしつつ、空中の水無瀬を肉球で指し示す。



「いいッスか? よく見ろッス」

「あぁ」


「まず半袖がノースリーブに変わっただろッス」

「変わったな」


「それからブラウスの裾が少し短くなっておヘソがチラリしてるッス。そしてポワポワ広がってたスカートも動きやすいように少しボリュームを抑えて、しかし2cmほど短くなっているのは一目瞭然ッスね?」

「は?」


「さらにニーソがルーズになって、ブーツもスニーカーに変えたことで活発さが伝わってくるッスね?」

「…………」


「あとこれはわかるヤツにはわかることなんッスけど、腰のリボンとか、ツインテのリボンとかが少し細長くなってるッスよね? これは動いた時にキレイに魅せるための工夫ッス。ま、ザコにはわからないことッスけど」

「……だから、結局それがなんだというんだ」



 何が言いたいのか理解出来ずに苛立ちを見せる弥堂に、メロが「チッチッチッ」と爪を振って見せる。



「つまり、速いんっす」


「なんでだよ」



 結局意味がわからずに問い返すことになる。



「なんでもなにも、魔法少女だからッスよ」

「……?」


「いいッスか? 最初のコスに比べて露出が増えてるッスよね?」

「そうだな」


「つまり、速いんッス」

「露出度と速度に何の因果があるんだよ」


「そんなの魔法少女だからに決まってるじゃねぇッスか」

「だからそれが意味がわからんと言っている」


「魔法少女は脱げば脱ぐほど速くなるんッスよ。そんなの当たり前だろッス」

「だったら最初から全裸で出てこい」



 やはり低能動物の話など真面目に聞くべきではなかったと弥堂はうんざりとする。


 そんな彼に対して、メロは左右の前足の肉球を空へ向けて、やれやれと肩を竦めた。



「カァー、オマエはわかってねェッスね。女の子は気分が大事なんッス。服を脱がすのはちゃんと気分を高めてくれてからじゃなきゃダメッス」


「ふざけるな。自分のメンタルくらい自分で面倒をみろ」


「あーもう、これだから男子はッス。それをやってくれる男子に『あ、この人ワタシのこと大事にしてくれてるかも……』って思って、『じゃ、じゃあ、ちょっとくらい見せてあげてもいいかな……?』ってなるんじゃないッスか」


「知るか。やるべきことを気分でやったりやらなかったりするようなクズは死ね。というか、結局気分次第なら服は関係ねえだろ」


「そんなことはねえッス。気分も大事だけどイメージも大事なんッス」


「イメージ?」


「『速い』というイメージを魔法で創ったコスで表現してるんッス。そういう服を着ればそういう気分がアガるんッス。女の子だから。例えば……、ほら、マナの靴下を見るッス」


「靴下だと……?」



 水無瀬の足回りへ眼を向ける。


 最初は膝上までを覆っていたソックスを履いていたが、今はひざ下をルーズソックスが包んでいる。



「あのルーズはきっとナナミをイメージしたんッス」

「希咲だと……? 何故あの女を?」


「ほら、ナナミって足速いじゃねッスか」

「……?」


「いいッスか? 『速い』→『ナナミ』→『ギャル』→『ルーズ』となって、つまり『速い=ルーズソックス』――そういうことになるッスね?」

「ならねえだろ。ふざけてんのか」


「まぁまぁ、そこはあくまでイメージで、あくまで気分ッス」

「…………」



 そういうものだからといった論調でネコ妖精がいい加減なことを語ってくるが、弥堂には到底納得がいかなかった。



「大体“スプリントフォーム”だったか? 俺は初めて見たが、これまでにあれを使ったことはあったのか? スピードが欲しい場面などいくらでもあっただろ」

「さぁ?」


「あ?」

「少なくとも、ジブンも初めて見たッスね」


「……じゃあ何故“スプリントフォーム”という名前がわかるんだ?」

「え? いや、なんとなく?」


「……どういうことだ?」

「なんかそんな感じかなって、テキトーにそれっぽいこと言っただけッス」


「………」

「あ、や、やめるッス! ヒゲを抜いちゃダメッス……!」



 適当に気分で生きているんだろうなというイメージの強い、妖精とかいういい加減な種族を、また一段と嫌いになった弥堂はその気分を暴力で表現することにした。




 一方で戦場の真ん中となる水無瀬とボラフとの間では、緊迫感が張り詰めていき決着の気運が高まっていた。



「真向勝負をするつもりかよ……ッ! 上等だッ!」


「私も負けないように、がんばります……っ!」


「ここはオレの領域テリトリーだッ!」



 突撃してくるボラフを水無瀬は迎え撃つ。


 攻防の構図としては先程と変わりはない。



 黒い糸の塊を飛ばしながらボラフが距離を詰め、水無瀬がそれを捌く。


 しかし、明確に変わったのは――



「――な、なんだと……ッ⁉」


「これなら、動ける……っ!」



 軽装にフォームチェンジした水無瀬は先程とは違い、速度を意識して急な回避をしても大きく動きすぎることはなく、急な方向転換や急停止の連続を実現できるようになっており、機動性が格段に向上していた。



「【光の種セミナーレ】ッ!」



 回避に関する懸念が解消され攻勢に出ようとするが――



「――効かねェって言ってんだろ……ッ!」



 魔法弾は変わらずボラフのボディに弾かれる。



 機動性は上がったが、攻撃力に関してはそのままのようだ。



「気分で運動性が上がるなら、気分で攻撃力も上げられないのか?」


「ハァ? そんなに何でも都合よく出来るわけねェだろッス。魔法の戦いを甘く考えるな、この素人めッス」


「……クソネコが」



 何となく思いついたことを魔法少女のお助けマスコットに尋ねてみたら厳しいディスを返され、弥堂は酷く納得のいかない心持ちとなった。



「この……ッ! チョコマカと……ッ!」


「くぅ……っ!」



 攻撃を完璧に回避されるせいで、ボラフの方も先程よりは余裕がなくなる。


 先までは水無瀬の魔法弾を避けられるものは避けていたが、耐久力に任せて喰らいながら、形振り構わずに真っ直ぐ突っ込んで行く。



 振られた漆黒の鎌足をギリギリ躱し、水無瀬は呻く。



「避けれるようになったけど、でも……っ」



 確かに小回りは効くようになって、このフィールドへの適応性は上がったが、攻撃を通せないのでは結局はジリ貧だ。



 では、どうする――



「――バスター……、チャージ……」


「させるかァ……ッ!」



 水無瀬は魔法のステッキの先端をボラフへ向けて魔力のチャージを開始する。


 ボラフはそれを阻止すべく全力で突撃した。



「【飛翔リアリー】ッ!」


「なにッ⁉」



 水無瀬はそれを細かく回避するのではなく、ボラフへステッキを向けたまま後ろ向きの状態で路地の道に沿って飛ぶことで距離を稼ごうとする。



「逃がすかァ……ッ!」



 ボラフは壁を走りながらそれを追う。



「――クソッ! 速ェ……ッ⁉」



 “軽装スプリントフォーム”になったことで、その最大速度も向上しているようで、簡単には距離を詰められない。



「このォ……ッ!」


「――っ⁉」



 ボラフは糸の砲弾をばら撒くことで少しでも水無瀬の妨害をしようとする。


 機動性が向上したとはいえ、まだそれに不慣れな水無瀬には制御と集中にストレスがかかる。


 どうにか速度を維持しながら、ギリギリのところで路地の角を曲がり砲弾を避けた。



 そのままより狭くなったビル群の中の路地を疾走していく。


 ボラフもそれを追った。



 速度が上がった分制御がナーバスになった飛行魔法を維持しながらボラフの攻撃も避けつつ、さらに狭い路地裏の道タフなコースを翔ぶ。


 それにかなりのリソースを持っていかれているのか、いつもよりも【ラクリマ・バスター】のチャージが進まない。


 しばらくは追ってくるボラフとのレースに興じる他ないようだ。






「ハッ――ジブンらも追うッスよ!」


「あぁ」



 水無瀬たちが消えた路地の角を茫然と見ていたメロは慌ててその後を追おうとする。


 しかし、返事はしたものの着いてくる気配のない弥堂を訝しんで振り返った。


 弥堂はビルとビルの隙間を覗いて、そこにある古びた非常階段を見上げていた。



「少年! なにしてんッスか! 置いてかれちまうッスよ!」


「あぁ」



 弥堂はメロに目もくれずに同じ返事をしながら非常階段へ近づいていく。


 そしてドクンと――一つ心臓を跳ねさせた後に飛び上がった。



「少年ッ⁉」



 驚くメロが見上げる先で、弥堂は金属階段の手摺りに飛び乗り、それを蹴ってさらに上階へと跳び上がっていく。器用にそれを続けながら黒い蜘蛛の巣の隙間を潜り、屋上の壁に手をかけてそこに上がった。



 そして響いてくる振動と音を探って眼を向ける。



「と、突然行動に移す前になんか言ってくれッス……。いきなり熟練の泥棒みたいなことされたらビックリするだろッス」



 ピューっとビルの下からネコ妖精が飛んでくる。



「走って追っても追い付くわけないだろ。言うまでもない」


「……ジブンはいいッスけど、でも、これ危なくないッスか?」


「ここらはビルの隙間が狭いものが多い。それを選んで飛び移って行けば、こちらの方が効率がいい」


「落ちても知らないッスからね……」



 若干の呆れを見せながらメロはイカ耳を展開しておヒゲをウニョウニョと動かし、弥堂と同じ方を向いた。



「んじゃ、ジブンが先行するからしっかり着いてくるッスよ!」



 水無瀬たちがいる方へ飛行を開始するメロに続いて、弥堂は心臓に火を入れて、ビルとビルの間を跳んだ。






「――ラクリマ……バスタァーーッ!」



 ボラフへ向けた魔法のステッキから魔法の光線が発射される。



 チャージが不充分なのか、いつもよりは威力・規模が小さい。



「当たりゃしねェよ……ッ!」



 ボラフは壁を蹴って地面へ向かって跳ぶ。


 ビームの射線の下に潜って躱すと、糸を射出し壁に貼り付けて自身の身を引き寄せ、そしてまた壁を走り出す。


 水無瀬は魔法の再チャージを開始した。



 その隙にボラフが距離を詰めてくる。



 激しいチェイスの後に時折デッドヒートが起こる。



 ボラフの振り下ろした鎌を水無瀬は僅かに進路を変えることで躱し、路地の角をまた一つ曲がって追撃から逃れる。


 追ってくるボラフが路地に入ってきたタイミングを狙って、進路に魔法の盾を置いていく。



「チィ……ッ!」



 毒づきながらボラフは小刻みにステップをし、盾を避けて追ってくる。


 それによりボラフの進路は限定される。



「――BASTAーッ!」



 水無瀬はそこを狙って砲撃の第二射を放った。



「やらせるかよッ!」



 ボラフは目の前の盾を鎌で切り裂いて強引に突破し光線を避ける。



「このままじゃ……っ!」



 そのうち追い付かれると、水無瀬は焦燥を浮かべる。



 とりあえず敵との距離が欲しくて開始した路地裏のレースだが、出来ればどこか広い場所に辿り着きたいところである。


 しかし水無瀬には土地勘がなく、出鱈目に何度も路地を曲がりながら翔んでいるのが現状だ。



(それに――)



 チラリと上へ目を遣る。



 ビルとビルの間の路地の上空は蜘蛛の巣のような網がかかり空を塞いでいる。


 最初に居た場所だけでなく、滅茶苦茶に移動をした先々も全てこのように黒い糸が張り巡らされていた。



 ここのビル群一帯を自分の領域にしたといったようなことをボラフは言っていた。


 もしかしたらこのまま飛び続けてもここからは出られないかもしれないし、下手をしたら行き止まりになっている場所に辿り着いてしまうかもしれない。



 勝負をかけるべきだと水無瀬は判断した。



「――がんばる……っ!」



 魔力砲のチャージにより多くの魔力を集中し、飛行魔法の速度も上げる。



「【光の種セミナーレ】ッ……!」



 そして弾幕を展開する。



「もっと……、たくさん……っ!」



 自分とボラフの間に魔法弾の壁を生み出すイメージで、地面から天井までをピンクの光球で埋め尽くした。



「――いって……っ!」


「効かねェっつってんだろォが……!」



 ボラフは自分へ殺到する光球の群れに突っ込む。


 鎌で切り払い、隙間があればそこへステップして躱し、弾幕の中を突っ切っていく。



 水無瀬は何度もその工程を繰り返すことで時間を稼ぎ、そしてフルチャージが完了した。



「――Lacrymaラクリマ BASTAバスターァァーーッ!」



 フルスペックの破壊光線が自身の生み出した魔法弾ごと呑み込んでボラフへと進む。


 ボラフは回避を選択しなかった。



 ビルとビルの間の空中に身を躍らせ、ボディの両側から生えた計8本の鎌足を伸ばし、両サイドの壁に突き刺して自身の身体を固定する。


 尻尾の触手をまた砲台にして、いくつかの魔法弾に撃たれながらも黒い魔力光をチャージし、それを撃ちだした。



 黒とピンクの光が狭い路地の中でぶつかり合い、そして押し合う。



「グゥゥゥッ……!」


「ぅぅぅ……、負けない……っ!」



 威力は水無瀬の方が上だ。



 徐々に黒い魔力光を押し返していく。



「もう、ちょっと……っ!」



 ピンクの光がボラフの目前まで進んだところで、躰の前面から生えた触手の口がニヤリと笑った。



「え――っ⁉」



 黒いボディからいくつもの触手が伸びる。


 その先端が裂けるように開き、貝のような平べったい口に為った。



 それらの触手は近づいてきた水無瀬の魔法光線に次々と口をつける。そうすると蛇の食事のように触手の幹がボコンボコンッと膨らむ。



「えっ……、まさか……っ⁉」



 水無瀬が感じた嫌な予感を肯定するように、彼女が撃ち出している魔力砲の威力は徐々に減衰していき、真逆にボラフの躰は肥大化していく。



「――魔力を吸ってる……っ⁉」



 ボラフの躰に変化が現れる。



 先程同様にボディに複数の口が開いてそこから廃熱が始まる。


 躰の中で吸い込んだ魔力が暴れているのか、ボディのあちこちが歪に膨れては縮む。


 やがて、尻尾がもう一本生えてくると、それは二本目の砲塔と為った。



「――返すぜェ……ッ! いっぺんテメェで喰らってみなァッ!」



 ボラフは二本目の砲塔からピンク色の魔力光を発射する。


 それは元の黒い魔力砲と合わさり、水無瀬が撃ち出す砲撃をあっさりと呑み込んで押し返した。



「きゃあぁぁぁーーーっ⁉」



 水無瀬とボラフ――その両方の魔力を内包した砲撃が直撃した。



 ただ、彼女の砲撃を受けたゴミクズーのように即座に蒸発するようなことはなく、悲鳴をあげながら吹き飛ばされ地面へ墜落する。



「ぅぐっ……!」



 アスファルトに叩きつけられ、そのままゴロゴロと転がり止まる。



 地面にうつ伏せに倒れる彼女のコスチュームからはブスブスと白い煙があがっていた。



「どうだ? キクだろ……?」


「あっ……、くぅ……っ」



 挑発的なボラフの声がどこか遠くに聴こえる。


 魔法少女としての戦闘で、彼女は初めてダメージらしいダメージを受けた。



「――マナァ……っ⁉」


「へぇ……」



 グルグルと路地の角を曲がり続けていたおかげでそれほど距離が離れていなかったのか、弥堂とメロが現場に追いつく。ビルの屋上から地面に倒れる彼女の窮地を見下ろした。


 悲痛な叫びをあげるメロの横で、弥堂は関心の声を漏らし、興味深げに細めた眼で水無瀬を視る。



「オレの勝ちだ……、ステラ・フィオーレ……ッ!」



 ボラフの方はまだ吸い込んだ魔力が残っているのか躰は肥大化したままだ。


 触手の砲塔を水無瀬の方へ向けると、ピンクの魔力をチャージし始める。



 水無瀬はまだ動けない。



「う……、立たなきゃ……っ」



 言葉に出すが身体はすぐに反応しない。



――…………れ……っ……



「……えっ?」



 絶体絶命のピンチの中、誰かの声が聴こえたような気がした。

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