1章56 『Away Dove Alley』 ③
背後に立っていたのは数人の不良たちだ。
それぞれの身に着けている物の何処かに“赤い髑髏”のプリントがある。
どうやら表の商店街から戻ってきた巡回部隊の内の一つのようだった。
「なんだオマエら。ここが何処だかわかってんのか?」
モっちゃんは仲間たちに大人しくしているよう目配せをしてから答える。
「も、もちろんわかってる。スカルズのシマだろ?」
「あ? それがわかってて、じゃあ何してやがんだ?」
「なにってほどのことじゃないんだけどよ。ちょっと探し物してたら迷っちまって。ほら、アンタらがおっかねえからこの辺には滅多に来ないもんでよ。気付いたらここまで入っちまってたんだよ」
「別に用はねえってのか?」
「そういう言い方すっとカドが立つけどよ。むしろ帰り道を教えてほしいくらいなんだ」
「へぇ……」
話しかけてきたスカルズの男は品定めをするようにモっちゃんたちを見る。
「ま、いっか。オレらが来た方を辿ってけよ。そしたら戻れる」
「あ、ありがとう。悪いな。助かったぜ……」
「今日はヒマじゃねえから見逃してやるが、ヨソのヤツらがこの辺来んなよ」
「あ、あぁ……、おい、行くぞっ」
モっちゃんはスカルズたちに卑屈に頭を下げてから自分の仲間たちを促して、足早にこの場を立ち去ろうとする。
しかし――
「――待て」
「――っ⁉」
今話していたのとは別の男に呼び止められる。
「オマエ、メンドくせえからって簡単に行かせんなよ」
「ん? なんか問題あんのか?」
「コイツらの制服……」
「あ? あぁ……、そっか……」
(制服……?)
彼らの会話を聞いて内心で訝しみ立ち去る機会を逸してしまうと、モっちゃんたちにとってさらに状況が悪化する。
「おーい、オマエらなにしてんの? まさかサボってねえよなぁ?」
背後――元々監視していたビルの方からさらに何人かの男たちが近づいてくる。
モっちゃん越しにその姿を見た巡回部隊のメンバーたちは途端に背筋を伸ばしてから頭を下げ始めた。
「ち、チィーッス! おつかれっす!」
「おつかれっす、ヤマトくん……っ!」
「オ、オレらサボってないッス……!」
(ヤマト……?)
聞き覚えのない名前もそうだが、それ以上に彼らの畏まった態度にモっちゃんたちの緊張感が増す。
「ホントかぁ? オマエら前に見廻りサボってナンパしてジュンペーにシバかれてたヤツらだろ? ねぇ、ジュンペー?」
「あー、ま、そッスね」
「す、すんませんっした……!」
「きょ、今日はマジメにやってるって!」
「ふぅん、まぁいいけど。んで? なにしてんの? モメごと?」
「あ、いや……、見慣れねえヤツらがいて……」
巡回部隊の男が示唆すると、ヤマトやジュンペーたちもモっちゃんたちに注意を向ける。
「誰? オマエら?」
「…………っ!」
声をかけてきたヤマトよりも、その隣でジロリと睨みをきかせたジュンペーの威圧感に身を強張らせる。
すると、サトルくんが声を潜めた。
「……モっちゃん。アイツ……、あの坊主頭。瀬能だぜ……! “カゲニシ”の……っ!」
「瀬能……? アイツが……」
美景西高校の二年、“RAIZIN”の瀬能 盾兵。
不良たちの間では知られた名だった。
当然この場でやり合って勝てる相手ではない。
「ねぇー? 聞いてんの?」
「あ、あぁ……。ちょ、ちょっとビビっちまってよ……、わかるだろ? 悪気はねえんだ。ゴメンな?」
「……それあっさり自分で言っちゃうの? だっさ……」
目深に被ったパーカーフードから露出している口が思わず呆れてあんぐりと開かれた。
内心で焦りを浮かべつつモっちゃんはその男のことを考察する。
今ここに居る連中の中では一番背が低く線も細い。喋り方にも威圧感がない。
だが、この数秒ほどの彼らのやりとりを見ただけでもわかるくらいに、明確にこのフードを被った男が一番“上”だ。
(誰なんだ、コイツ……⁉)
恐れ警戒するモっちゃんにヤマトはあくまで軽い調子で話しかける。
「で? お兄さんたち誰よ? もう一回シカトしたら流石にオレも怒っちゃうよ?」
「あ、あぁ……。誰ってほどのモンでもねえんだが、ちょっと道に迷っちまってさ。困ってたんだ。そしたらオタクの兵隊さんたちが助けてくれてよ……」
「へぇ? オマエらホント?」
「は、はいっ。助けたってーとちょっと違う気もすっけど、オレら見廻りから戻ってきたらコイツらが居て、何してんのか聞いたら探し物してて迷ったって……」
「ふぅん……?」
報告を大して信用していないようで、ヤマトはモっちゃんたちをジロジロと眺める。
「でもさ、コイツら“ダイコー”じゃん? オマエらロクに調べもせずに帰そうなんてしてないよな?」
「そ、それは……っ⁉」
「こ、これからシボろうと……!」
「あ、あの、横からすまねえ。ちょっと聞いてもいいッスか?」
彼らの会話にまた違和感を覚え、モっちゃんはビクビクしながら質問をする。
「なに?」
「あの、さっきもそいつら……、その人たちが言ってたんスけど、ウチらのガッコがなんか……?」
「それはトボけてんの?」
「い、いや、マジでわかんなくって……。オレらのガッコでスカルズとモメたって聞いたことなかったから……!」
「へぇ……」
ヤマトは少し考えてから、彼の質問に答えることにした。
「最近さぁ、オマエらの学校のヤツがここいらで暴れまわってるみたいなんだけどさ。オマエら知らない?」
「へ?」
それは本当に覚えのない話だったのでモっちゃんは一瞬呆気にとられる。
「スカルズのシマに殴り込みって、そ、そんな気合入ったヤツいんのか……? サトル、オマエなんか知ってるか?」
「い、いや、そんな話聞いたことねぇよモっちゃん……」
「だよなぁ……。やるにしても、そんなことすんの佐城くらいしか思い当たらねェし……」
「あー、確かにその佐城くんとは別件でもモメてるし容疑者の筆頭だね。でも佐城くんの顏はこっちも知ってるし、なんか見覚えのないヤツが色んな“ダイコー”の人の名前出して、一週間前くらいから手あたり次第にウチの兵隊さんに襲いかかってきてるみたいなのよ」
「ひ、一人でか……?」
「それはまだわかんないけど、今のところ襲われたヤツの証言で聞く犯人は同じ特徴だね。マジで一人でやってんなら相当頭おかしいでしょ、そいつ」
(――ビトーくんだ……っ!)
今聞いた話で確証となるものは何もないが、モっちゃんたちは直感的にそう確信した。
美景台学園にも名のある不良は何人かおれど、そんな頭のイカレた人物は弥堂 優輝しかいない。
「というわけで、オレたちはその犯人をシメなきゃなんないってわけ。キミたち知らない?」
「……わ、悪い。オレらなんにも知らねえ。そんなことになってるってのも今初めて聞いたぜ……」
「ふぅん、そっか」
「どうする? ヤマトくん」
「う~ん……」
ジュンペーに問われるとヤマトはわざとらしく考える仕草を見せた。
「キミらさ、佐城の手下? そうだったら別の話を聞く必要があるかもなんだけど」
「い、いや、オレらは佐城とは関係ねえ……っ」
「ふぅん、“佐城”、ね。じゃあ、もう一個の……、なんだっけ? “ダイコー”って二つに割れてんだよね? ジュンペー、もう片方はなんだったっけ? 皐月組の方の」
「山南派、だ」
「あー、そうそう。キミらそっち?」
「いや、山南さんの仲間ってわけでもねえ。オレらバイク買いたくてバイトばっかしてたから、別にどこの派閥ともツルんでねえんだ」
「なに? 暴走族ってやつ? イマドキ?」
「チーム作ろうだなんて考えるほどじゃ……。でも、それで言うなら、学園内の不良よりもオレらは“
「なにそれ? 媚びてるつもり?」
「そ、そういうハナシじゃあねえっ! 気を悪くしないでくれ」
「冗談だよ。アイツらもうバイク乗ってないしね」
聴取をして興味を失くしたのか、ヤマトの態度がぞんざいなものになっていく。
「一応攫っとくか?」
「――っ⁉」
弛緩していたような空気はジュンペーのその一言で一気にまた張り詰めた。
「う~ん、ちっと待って……」
ヤマトは曖昧な返事をしつつ、首から提げたナイトスコープを自身の目の前に持って行った。
「……ザコっ、……ゴミっ、……クズっ、……そんで……」
スコープごしに覗きこんで美景台学園の制服を着た生徒を一人一人指差して罵倒していき、最後にモっちゃんに指先を向ける。
「……う~ん……、ちょっと惜しいけどコイツも雑魚だね」
「見逃していいってことか?」
「だね。暇な時なら遊んでもよかったけど、今日はタイミングが悪いや」
「ッス」
彼らの言っていることも、今自分たちが何をされたのかも理解出来なかったが、どうやら見逃してもらえるようだとひとまず安堵する。
「ところでさぁ――」
スコープを下ろしたヤマトは彼らの気の緩みを見抜き、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「――探し物ってなに?」
「――えっ……?」
何を訊かれたかわからないと、モっちゃんが呆ける。
「自分で言ったんだろ? 忘れたのかよ? オマエらは何を探してここまで来たのかって聞いてんの」
「あ、あぁ……っ」
先程並べ立てた適当な言い訳だが、そこまで細かい設定を考えていたわけではなかったので、モっちゃんは目を泳がせる。
すると、背後から自分の足元を通り抜け、対面にいるヤマトたちも追い越して向こう側へ歩いていく“あるもの”が目に入った。
「――ね、猫だ……っ!」
「はぁ?」
ヤマトはフードの中で片眉を上げる。
「け、結婚して家出てった姉ちゃんがよ、旅行するから預かってくれって猫連れて来たんだ。それを弟がよ、犬みてぇに散歩させるっつって逃がしちまったんだよ……」
「それを探してると。でもさ、逃げた猫なんて素人に見つけられるもんなの?」
「それがよ――」
モっちゃんがヤマトの背後を指差すと全員の視線がそこに集中した。
「――ニャッ?」
その視線を感じたからかは不明だが、トコトコと歩いていた黒猫が振り返って立ち止まった。
「あん? 黒猫……? 野良猫指して適当なこと言ってんじゃねえだろうな?」
「マ、マジだって……! ほら、首輪してんだろ? 逃げねえし」
さらに注目が集まると黒猫はファンサのつもりなのか、後ろ足を使って顎を掻いたり、地面を這うようにして上体を伸ばしながら尻を天に突き上げたりする。
「ふぅん、まいっか。じゃあ頑張って捕まえなよ」
「あ、あぁ……っ」
「はぁはぁ……っ、男が……、たくさんの男たちがジブンを見てるッス……! ジブン、ネコさんなのに……、完全にメスとして見てるッス……!」
ニャーニャー鳴きながら地面をコロコロし始めた黒猫からヤマトは興味を失くし、歩き出す。
「おい、行くぞ」
「ッス」
「オマエら、リスト持ってんだろ? 一応コイツら名前確認しとけ」
「わかりました!」
ヤマトやジュンペーたちが立ち去っていくとモっちゃんたちは安堵する。
代わりに巡回部隊の男が近寄ってきた。
「オマエら確認するぞ」
「確認たって、オレらベツに大したモンじゃ……」
「さっきヤマトくんが言ってただろ? オマエらんとこのヤツが色々名前出してやがるって。ま、いいや、こっちで勝手に読み上げるわ……」
巡回部隊の男はスマホに視線を落とす。
早く脱出したいとモっちゃんたちは気が逸るが、自分たちはそもそも名がある不良でもなんでもないので、修羅場はもう抜けたと安心もしていた。
「……佐城に、山南……、まぁ、このへんは違うわな。えぇっと、ヒルコにアカツキ……、矢島、猿渡……」
「は?」
途中までは問題なかったが急に出てくる名前の知名度が下がり、どういうことだと怪訝な顔になる。
それからいくつか名前が読まれ、そして――
「――佐川……」
「えっ⁉」
「ん?」
思わず過剰な反応をしてしまうと、ジロリと睨まれた。
「い、今、なんて……?」
「佐川だ。サガワ モスケ」
「な、なんで……」
何故スカルズに自分の名前が知られているのかと愕然としてしまう。
それは隠しようもなく表情に出てしまっていた。
「……おい、オマエ名前は?」
「モっちゃん……!」
「や、やばいぜ……!」
仲間たちが不安そうに目を向けてくる。
俯くモっちゃんにスカルズの男は圧をかける。
「オイ、言えねえのか? 生徒手帳出せよ。無いんなら財布とケータイ寄こせ」
「…………に」
「に?」
「――逃げろおぉぉぉっ!」
モっちゃんが叫びながら走り出すと同時に仲間たちも猛ダッシュを開始する。
「――あっ⁉」
スカルズのメンバーたちも一瞬呆けた後に、猛然と追いかけ始めた。
「――ニャニャニャッ⁉」
自分たちの方へ全力で走ってくるニンゲンの集団にビックリしたネコさんも泡を食って走り出す。
「オイコラァっ! テメェら待ちやがれ……っ!」
「ジブンネコさんなんッスよ⁉ こんな人数に犯されたらどうかなっちゃうッス……!」
「ち、ちくしょう……っ!」
何故かニャーニャー鳴きながら猫が先頭を走っているが、そんなことを気にする余裕もなくモっちゃんたちは必死に足を動かしながら、どうしてこうなったと嘆いた。
学園の制服を着て、店の外に居るだけなら安全だと弥堂から聞かされていたはずなのに。
「――話が違うぜっ! ビトーくーん……っ!」
路地裏でカオスな逃走劇が始まった。
「――俺は蛭子 蛮だ」
適当に知っている名を名乗りながら、弥堂はまた一つスカルズのグループを殴り倒す。
気絶して逃げ遅れた者たちを雑に物陰に放り捨てて、スマホを確認しようとするとその前に通信が入る。
『
「なんだと?」
眉を顰めてアプリを起動すると白い光点が4つ、MAP上で動いていた。
歩行するよりは速いその移動速度から考察すると、恐らくスカルズに見つかって逃走しているのだろうと予測をした。
それは弥堂にとっては想定内というより、むしろ望ましい展開だったので、彼らを助けに行くことはしない。
それよりも、次はどっちに向かおうかと考える。
今のところ、弥堂の方も成果はない。
いくつかのグループを襲撃し尋問をしたが、未だにWIZの売人には当たっていなかった。
そうして路地で立ち止まっていると、少し先の角から新たなグループが出てきた。
探す手間が省けて効率がいいと、彼らの方へ向かおうとして、すぐにその足を止める。
数人で構成された不良の男どものグループに異質な存在が混ざっていた。
「あれは……」
弥堂は咄嗟に物陰に身を潜める。
「……水無瀬か」
眼を細めてあちらを視ると、スカルズの男たちに連れられているのは水無瀬 愛苗で間違いがないようだった。
(来るなと言っただろうが……)
内心で毒づく。
様子を見るに無理矢理攫われているわけではなく、普通に連れ立って歩いていて、それどころか時折水無瀬の方から彼らへにこやかに話しかけているくらいだ。
どうせ簡単に騙されたのだろうと予想する。
彼らがどんな目的で水無瀬を連れているのかは想像がつく。
あれが水無瀬以外のクラスメイトの女子ならば弥堂にとって都合もいいのだが、彼女は駄目だ。
最強の魔法少女にこの戦場に介入されるのは非常に不都合だからだ。
面倒なことになる前にあの男たちを撃退して、適当に騙して彼女を帰すべきかと考えたところでまた通信が入る。
『――
弥堂は素早く“M.N.S”のアプリを起動しMAPを確認する。
画面に向ける眼を一瞬細め、そしてすぐにスマホをしまって物陰から身を踊り出した。
水無瀬のいる方向とは逆の方向へ迷わず歩いていく。
(ようやく尻尾を捕まえたぞ)
この作戦でもっとも優先順位の高い目標。
それを仕留めに足を速めた。
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