1章54 『drift to the DEAD BLUE』 ⑭


「――“まきえ”の報告では、妖は最終的に6体になったらしい」


「それを弥堂が……?」



 聖人の問いに蛭子は頷く。



「“うきこ”の話ではそうだが、その現場は誰も見ていない」


「……最初は妖は一体で弥堂が戦ってたって言ったよね? 一対一でピンチだったところに“うきこ”が助けに入って、それで弥堂が人質にされて“うきこ”は敗走……?」


「あぁ。なのに、6体にまで増えた妖を、タイマンでも勝てなかった弥堂が皆殺しにしたって話だ」


「全体的に話がおかしいですね。蛮くんが言った通り辻褄が合ってないです」



 聖人と蛭子のやりとりに望莱も所感を述べた。


 黙ってそれを聞いていた希咲も同意見だった。


 視線でそれを伝えると蛭子はまたひとつ頷き、スマホに表示させた報告文を読む。



「当日の出来事を時系列順に言ってくぜ? まず、敵の潜入タイミングだが――不明だ。いつの間にか這入りこまれていて寝込みを襲われて“まきえ”は沈黙。派手な破壊音が断続的に鳴っていることで“うきこ”が襲撃を受けていることに気が付いて出動……」


「は? なにそれ……?」



 不可解そうに眉を寄せる希咲の顔をチラリと見て蛭子は続ける。



「……音を頼りに現場へ“うきこ”が到着すると何故か弥堂が妖一体と交戦中。ただし今にも弥堂が敗北寸前だったので急いで救けに入ったそうだ」


「すでにツッコミどころ満載ですが、まだまだ出てきそうで面白いので一旦最後まで聞きましょうか」



 言葉どおり楽し気に言う望莱に従うわけではないが、蛭子もとりあえず最後まで話してしまうことに決めた。



「弥堂は無事に救助出来たが、その妖との戦闘の中で弥堂を人質にとられた。“うきこ”は衣服がボロボロになるまで頑張ったそうだが敗走を余儀なくされた」


「……随分強かったんだね、その妖。人質がいたとはいえ“うきこ”を倒すなんて……」


「……その後――これは“まきえ”の方の話だが――妖が6体にまで増えて、ようやく拘束から逃れた“まきえ”も現場へ急行しようとしたら、時計塔と校舎がまとめて吹き飛ばされて妖が全滅したそうだ。1、2体は逃げたかもしれないが、宿直していた警備スタッフの安否確認を優先したからそこははっきりとはわからないらしい」


「ん? 妖がガッコ壊したんじゃないの?」


「……弥堂が妖を仕留めたらソイツが爆発して校舎がぶっ壊れたんだとよ――これは“うきこ”の話だ――んで、その余波で学園の認識阻害の結界も壊れて警察や消防呼ばれちまって、“うきこ”はその対応、“まきえ”は要救助者の捜索と学園の修復。これが当日の経緯だ」


「ふふふ、これはツッツキ甲斐がありますねぇ」



 ニッコニコのみらいさんに蛭子も今しがた自分の話の不備は痛いほど自覚しているので、嘆息して肩を竦めた。



「……まぁ、ツッコまれるのは仕方ねェ。オラ、言えよ」


「そうですね……、それでは ➀敵の潜入時 ➁弥堂先輩救出戦 ➂弥堂先輩VS妖6体の決戦 ➃は➁と➂の間 ➄事後処理の時のこと――こうやって分けて聴取していきましょうか」


「構わねェけど、聴取って言われてもオレは当事者じゃあねェんだよなぁ……」


「では、まず➀敵が潜入してきた時のことについて。七海ちゃんお願いします」


「え? あたし?」


「はい。さっき言いかけてたので」


「ん」



 希咲は喉を整えてから蛭子へ顔を向ける。



「じゃ。“まきえ”が寝込みを襲われたって話だけど、誰に? 寝込みってことは部屋で寝てるとこを……ってことよね? そこまで誰も気が付かなかったの?」


「……それだけか?」


「や。まだある。けど、とりあえず今聞いたことから」


「オケ。まず誰に、だが――妖にだそうだ」


「……ヘンじゃない? その後の話で拘束されてたってサラっと言ってたわよね? おかしいじゃん。寝てるとこをいちいち攻撃してから拘束したの? 沈黙って言ってたけど気絶かなんかさせられたの? 寝てたのに? そのまんま拘束すればよくない? つか、拘束ってなにされたわけ?」


「……寝てるとこを殴られて気絶して、その、なんだ……? 布団で簀巻きにされて窓から吊るされてたらしい……」


「はぁ? いやいや……、え? そんなことある? 妖でしょ? 寝てる時に襲われたんなら殺されちゃうんじゃないの……? なんの妖だったの?」


「ネコつってたな……」


「えぇ……? ネコの妖が寝てる女の子殴ってから布団でグルグルにしたの……? そんな細かいこと出来るの? てゆーか、寝てる間に気絶させられたのにどうやってネコだって確認したわけ?」


「……わかんね」



 自分の仕出かしたことではないが、希咲にザクザクと的確に不審点を指摘され、蛭子は何故か苦しくなる。



「答えてないところもありますね。何故気付かなかったのか。その点についてはどうでしょう?」


「…………」



 追撃の追及をしかけてくる望莱へ一度恨めしそうな目を向けてから回答する。



「……それもわからん。気付かなかったらしい」


「それはおかしいですよね。学園には3つの警備システムがあります。1つは普通の民間の警備会社の警備システム。2つめは天才ロリ謹製の警備ドローンによる監視システム。それと3つめに術式的な侵入感知と探査。3つめのは“まきえ”ちゃんと繋がってるから、寝てたから気付かなかったって言い訳が通用しますが、他の2つはどうしたんですか?」


「……それがよ、両方とも無効化されたそうだ」


「無効化……ですか?」


「あぁ。通常の警備もドローンも止められてたらしい」


「ねぇ、蛮。止められたって壊されたってこと? 警備の人も宿直してたんでしょ? 気付かなかったの?」


「いや、それがその日に限って警備のシフトに入れるスタッフがいなくてチビどもだけだったらしい。だが、居たとしても気付いたか怪しい」


「どういうこと?」


「カメラだのセンサーだのを壊されたわけじゃなくて、ハッキングされて一時的にシステムを乗っ取られてた形跡があるらしい。ご丁寧にダミーの録画映像を監視映像に流されてたみてェで、警備員が居ても気づかなかった可能性が高いってよ。おまけに、だ。ドローンが何台かパクられたってよ」


「はっ? 絶対誰か人間居たでしょ! 妖がハッキングしてドローン盗むとかありえないじゃん!」


「……オレもそう思う」



 蛭子くんは何故か自身の犯行を認めるような心持ちになりながら、希咲と望莱に反論がない旨を伝える。



「ふふふ。面白くなってきましたね。兄さんも何か聞きたいことはないですか?」


「いや……、うん。僕はいいよ。気になったことがあれば言うから。とりあえず二人に任せる」


「そうですか。では、任されちゃったので厳しく追及していくとしましょう。覚悟はいいですか? 蛮くん」


「……言っとくけどオレが作った報告書じゃねェぞ?」


「わかってますよ。では、ようやく彼のことに触れられますね。➁弥堂先輩発見時のことについて聞いていきましょうか」



 望莱が向けてくる嗜虐的な瞳に晒され、蛭子は何故自分が不出来な報告書を作成した者たちの代わりに釈明をさせられなければならないのかと、理不尽さにキュッと胃を締め付けられた。




「弥堂先輩はどこで発見されたんですか?」


「中庭あたりだ」


「彼は理事長か京子ちゃんに依頼かなにかをされて、最初から学園内に居たんですか?」


「いや……、少なくとも依頼はされてないはずだ」


「ということは、彼が学園に居たことも不測の事態だったんですね」


「そうだ。“まきえ”も“うきこ”も把握していなかった」


「なんで学園に居たんですか?」


「……わからねェ」


「彼に聴取はしていないんですか?」


「“うきこ”は『自分に会いに来た』と言ってて、“まきえ”は『学園のピンチを救いに来てくれた』と言ってる」


「見事に食い違ってますね」


「だな……」



 不可解な話にニマニマとする望莱に蛭子は嫌そうな顔をする。



「まぁ、あのガキんちょどもの言うことだしな……」


「それもそうなんですが……、ふむ。それだけじゃないようなニオイもしますね……」


「横からゴメン。あたしも聞いていい?」


「あぁ、構わねェぞ」


「どぞどぞ」



 二人が悩む様子を見せたので希咲が発言の許可を窺うと望莱が喜んで譲ってくれたが、蛭子くんはやはり嫌そうだった。



「そんな顔しないの。ベツにあんたを責めてないから」


「分かってるけどよぉ……、それよりなんだ?」


「ん。弥堂はさ、なにと戦ってたの?」


「……ネコだ」


「やっぱおかしいじゃん。遠くの破壊音を聞いて“うきこ”が様子を見に行ったのよね? 断続的ってことはそれなりの時間やりあってたってことになるけど、順番合わなくない? さっきの話だと“まきえ”がやられて、その後に外の異変に気付いたみたいに聞こえたけど、それだと“まきえ”と弥堂の間にかなり時間空くことになんない? その間“うきこ”はなにしてたの?」


「ちなみに、“まきえ”ちゃんと“うきこ”ちゃんは同じ部屋で寝ていたはずです」


「ほらぁー、絶対ヘンよ。襲撃者に人が誰かいたんじゃない? そいつが警備をどうにかしてから“まきえ”を無力化。“まきえ”が沈黙すればその術の警備?もダメになっちゃうんでしょ? それやってからネコの妖を外で暴れさせて、それを弥堂が倒しにきたって話ならわかんなくもないけど……」


「……おっしゃるとおりだ。オレもそう思う」



 自分も感じていた違和感を女子二人がかりで適格に言語化されると、改めておかしいなと共感する。



「あ、でも、それだと“まきえ”が襲われてるのに“うきこ”が気付かないことは説明できないか……。辻褄あわなすぎっ」


「……あのチビども、見た通りガキだから言ってることがワケわかんねェのは普段からまぁ、あることだ」


「それにしたってちょっと……」


「擁護ではないんですが、一応あの子たちは主人である京子ちゃんに『本当のことを言え』と言われれば絶対に嘘は言わない。それは間違いないです」


「京子がオレらにウソつくわけもねェしなぁ……」



『う~ん』と揃って唸ってしまう。



「これに関してはここで考えてもわからないですね。先に他のツッコミどころに触れておきましょうか。ね? 蛮くん?」


「……休憩は?」


「したばっかでしょ。ほら、はやく」


「……お手柔らかにな」



 報告を受け取り、それをここに居る全員に説明する立場上仕方ないのだが、やはり自分が責められているように感じられてしまう。


 自分より頭のいい女子二人を相手にするのはツライなと、蛭子はやはり理不尽さを感じた。

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