1章54 『drift to the DEAD BLUE』 ②


「――まずは昨夜起きたこの島の異常に関する報告からだ」



 蛭子 蛮ひるこ ばんは金髪ヤンキーの風貌に似つかわしくない真剣な眼差しと声音で仲間たちに告げる。


 しかし、見渡したメンバーの表情は自分とは打って変わって暢気なものだった。



「あぁ……、うん」と、そんなことあったっけ?と言わんばかりの生返事が返ってくる。


 真面目な視線を返してくるのは、ギャルでありながらこのコミュニティの唯一の良心となっている希咲 七海きさき ななみだけであった。



 蛭子はヒクっと頬を引き攣らせる。



「え? なんなのオマエら、その薄いリアクション。事の重大さわかってんのか? オレ完徹だぜ? 今がどんだけヤベェか言ってみろよ」



 その抗議なのか質問なのかわからない蛭子の言葉を聞いたメンバーたちの反応は様々だ。



 まるで興味がなさそうにスマホを弄っている紅月 望莱あかつき みらいに、その彼女の頬をつねりながらこちらへ同情の目を向けてくる希咲 七海。


 近くにいるメンバーに紅月 聖人あかつき まさとが気まずげに目線で問うと、天津 真刀錵あまつ まどかが凛々しい表情でコクリと頷き、最後にマリア=リィーゼが高慢な仕草で「よきに」とだけ応えた。



 ガックシと項垂れる聖人だったが諦めもついたのか、意を決したように顔をあげて蛭子へと笑顔を向ける。



「あはは。お疲れさま、蛮。肉食べる?」


「時間使ったわりに軽ィな! そういうの求めてねェんだよ!」



 蛭子は「肉は食うけどよ!」と聖人の手から串焼きだけを奪い取り、親友からの労いの言葉は振り払う。


 聖人が浮かべている笑顔の種類が曖昧な苦笑いで、彼がこういった表情をする時は大抵気まずさを誤魔化そうとしている時だということが長年の付き合いでよくわかっているからだ。



 蛭子は肉を一切れ齧ると、様々な共有を図る。



「おーっし、わかった! じゃあまずはお浚いからだ。オイ、聖人。ここはどういう場所だ?」


「えっと……、災厄を封じてる場所……?」


「おう、そうだな。で? オレたちはここに何しに来てる?」


「あれ? また僕?」


「たりめーだろ。他のヤツに聞いたってマトモな答えが返ってくるわけねェだろが」


「そ、それは……、あ、でも、それじゃ七海は?」


「……あのな? 七海は本来無関係だ。手伝いで着いてきてくれてるだけだっての忘れんなよ? つーか、むしろ七海の方がオマエらよりわかってっからな? コイツに答えてもらったらオマエらのテストになんねェんだよ」


「あ、あはは」



 胡乱な蛭子の目から逃げるように目線を逸らし、聖人はまた苦笑いをした。



「んで? こんくらいは答えられるだろ?」


「あぁ、うん。蛮たちはここに封印のメンテナンス……? をしに来たんだよね?」


「まぁ、そうな。そうだけどよ、何で主語がオレなんだよ? 七海ならともかくなんでオマエが他人事なん? このイベント、オマエ主導だからな?」


「えぇっ⁉ そ、そうだったの……?」


「そこからかよ……、コイツ、マジか……」



 蛭子は処置無しと額を押さえて項垂れる。



 希咲はそんな男子たちに呆れたように鼻から細く嘆息を漏らす。


 その仕草に気付いたみらいさんがチュチュッと唇を鳴らして求愛行動をしてきたので、希咲は彼女の上下の唇を摘まんでおしおきをした。



 そんな女子たちに呆れた目を向けてから蛭子は話を再開する。



「あのよ、マサト」

「なに? 蛮」


「確かにな、ここの保全と守護はオレと真刀錵――正確には蛭子家と天津家の仕事だ」

「そうだよね。昔からずっとなんでしょ?」


「そうだな。何百年って話だ。で、その仕事をウチにやらせてんのはダレだ?」

「え? 京都の人たちじゃないの?」


「違う」

「え? 違うの?」


「あのな……、つーか、そうか。オマエの自覚の無さはここがわかってねェせいか……」



 蛭子にとってはあまりに基本的で当たり前の常識を、聖人はまるで初めて聞いたことのように目を丸くして驚く。


 そんな彼にジロリと目線を遣り、先を続ける。



「いいか? ここでの作業はウチの仕事だが、オレらの家はそれを役目として京都――陰陽府から授かってるわけじゃあねェ」


「うん……? どういうこと?」



 理解が及ばず首を傾げる姿にさらに溜息が出る。



「アホが。その役目を授かってるのはオマエんとこ――つまり紅月家だ」

「え? マジで?」


「マジだ」

「そ、そうだったんだ……」


「役目を持ってるのは紅月家。その紅月に仕事としてここの作業を振られてるのが蛭子と天津だ。正確にはほとんど蛭子だがな。言っとくけどこの話すんの今日が初めてじゃねェからな?」

「う~ん……、いつ聞いても難しくてさ……」


「兄さん兄さん。要はウチはパブリッシャーで蛮くんたちのお家がデベロッパーなんですよ」


「え? なんか余計意味が……」


「外注先とか下請けさんってことです。でも作った物を売る時は紅月の名前で販売してるんですよ」


「あぁ、なるほどね。そういうことか。ありがとう、みらい」


「いや、そういうことじゃねェよ。千年以上続く土地の守護をソシャゲと一緒にすんじゃねェよ」



 横から口を挟んできた望莱の注釈によって生まれた間違った理解を蛭子は即座に否定した。



「こらっ、ジャマしないのっ」と希咲にほっぺをグニグニされて恍惚の笑みを浮かべるみらいさんを迷惑そうに一瞥してから、再び聖人に向きなおる。



「じゃあ、どういうことなの?」

「……まぁ、半分はあってる。案件ごとにやったりやらなかったりとかよ、単発で仕事をもらってんならそういう理解でもいいかもしんねェけど、オレらの家の関係はそうじゃねェだろ?」


「親戚みたいなものでしょ?」

「フツーの家ならな。だがオレらんとこはそうじゃあねェ。きっちり上下関係がある」


「上下関係って、そんなイマドキ……」

「流行り廃りじゃ済まねェし、それに流されないのがオレらの業界だ。蛭子と天津は美景の土地に長く根を下ろしてきた一族だが、その二家を美景に置いたのは京都に本拠地がある紅月っていう有力な一族だ。蛭子と天津は紅月の傘下にあるし、オレと真刀錵はオマエの配下なんだよ」


「配下なんて言い方はやめろって言っただろ、蛮。僕は――」

「――だぁーーっ! ウゼェっ! 急にマジになんじゃねェよ! オレだってオメェのことはダチだと思ってんよ。でもよ、陰陽府が管理して国に提出してる系譜だとか家系図だとかではそういうことになってんだよ! これも前に言っただろうが! いい加減割り切れよ。ガキじゃねェんだからよ」



 曖昧な苦笑いから表情を真剣なものにして突っかかってくる聖人を蛭子はうんざりしながら諭す。


 言い合いをしているようにも傍からは見えるが、大事のケンカには発展しないとわかっているので希咲はいつものこととして『こういうとこはコイツらもフツーの男子っぽいわねー』とのんびりとした感想を持つ。


 すると、そんな自分を望莱がじーっと見ていることに気付いた。



「あんたはちゃんとわかってんの?」

「もちろんです。ただ、わたしはわかった上で全て無視して好き放題しています」


「余計ダメじゃん。てか、ホンキでややこしいわよね。あんたたち」

「ふふ。本当に複雑になるのはそういう家系図があるってことを前提にしたその先ですよ?」


「えぇー? あたし今の話だけでもう頭痛いんだけど。たぶんちゃんとはわかってないし」

「まぁ、簡単に言うと『紅月一家 蛭子組』って感じです」


「ヤクザみたいにゆーな」

「えー?」



 ちょうど聖人を宥めることに成功した蛭子が彼女らの会話の最後の部分を拾う。



「いや、あながちそうでもねェ」


「蛮?」


「わりと合ってるな。正確にはヤクザがオレらんとこの業界に似てるって言った方がいいか。歴史的にはこっちの業界の方が長いからよ、ヤクザがこっち参考にしたんじゃね?」


「えぇ……」


「ジッサイやってることは大して変わんねェとこあっしよ。地回りしてそれぞれの土地を守るけど、代わりに表に出せねェことはいくつか見逃せって」


「……言い方って大事よね」


「だな。んで、内輪で上下関係があって独自で自治をしてる」


「自浄があるかは神のみぞが知ります」


「うるせェよ。チャチャ入れんな、みらい」


「じゃあ効いてるんですか?」


「そりゃ神さんにでも聞いてくれ」



 またも口を挟んできた望莱を咎めた蛭子だったが、聞かれたことは否定せず肩を竦めて流した。


 その仕草に、希咲は『そういうのが当たり前になってる業界なのね』と心中で一つ理解を増やした。



「つーことで納得したな? マサト」


「う~ん……、大体はわかったけど……」


「なんだよ。これわかってくんねェと先に進めねェんだが」


「でもさ、蛮。それだったらここの仕事とか本家の人がやるもんじゃないの? 京都の紅月の」


「……あー、それな……」



 聖人からの新たな疑問に蛭子は露骨に顔を顰める。



「言いたいことはわかる。けどよ、そこは仕方ねェだろ?」


「え? なんで?」


「……オレぁよ、オマエがなんで『なんで?』とか言うのか聞きてぇわ……。自分ん家のことだろ……」


「え、えっと……、あはは……」


「オヤジさんが不憫だぜ……」



 曖昧な苦笑いを浮かべる聖人に胡乱な瞳を向け、蛭子はここには居ない聖人の父に心から同情した。



「いいか、マサト。オマエのオヤジさんは紅月本家の長男だ」

「うん。それくらいは僕でも知ってるよ」


「あぁ。だが、オヤジさんはオレらくらいの歳の時に資格なしと烙印を押されて跡目から外されてる。その後本家を出奔した」

「そうだね。それで外に出て一人で会社立ち上げて今ではあんなに大きく成長させて。すごいよね」


「他人事かよ! 本気で尊敬してんならもう少し実家とか会社のことに興味持ってやれよ……」

「あはは……」



 気まずげな聖人の誤魔化し笑いを見て、希咲は『きっとこの先も彼が家や会社のことに興味を持つことはないんだろうな』とぼんやりと思った。


 聖人は継がないし、継げない。そしてきっとその方が色んな人たちにとって『いいこと』だと、そう評する。



 能力がないわけではない。


 だが、彼の気性、性分、性根――そういったものが徹底的に向いていない。


 希咲の知る紅月 聖人とはそういう人物だ。


 彼の身一つと少数だけど本当の意味で仲間と云える人たち――それくらいの規模感で動ける集団でならきっと上手くやっていける。


 だが、それが国とまではいかなくても一族全体、会社全体と規模が大きくなり関わる人や巻き込む人が増えていった場合、きっと酷いことになる。


 希咲はそう直感していた。



 これまで彼のやらかしたトラブルやその後始末に散々苦労してきた。


 だが、もしもそういうことになった時は自分ではもう手に負えなくなると、希咲は彼らと共に成長し身を置く社会を拡げていく中で、そう感じていた。



 ここに来てからのだらしない生活態度や、自身の家の事情に疎い無頓着さなどに呆れはするものの、その反面、きっと彼はそのままの方がいいとも思っていた。


 あの昼行燈のような情けない表情が真剣なものに変わった時、いつも大事に発展する。


 年令を重ねるに連れ、身体が大きくなるに連れ、関わる人が増えるに連れ、起きる出来事も大きくなっている。



 ただ、その時その時の彼の目的自体はいつも正しいことだ。


 しかしその分、そこが難しいと希咲は考えていた。



 このまま彼の置かれる環境が大きくなり、立場が重要になれば、一体どういったことが起こってしまうのか。



 きっと仲間たちには「考え過ぎだ」と笑われるのだろうが、希咲はそのことを想像するととても恐ろしかった。



 彼らの会話の合間にそんなことを考え、僅かに睫毛を震わせる。


 そうすると、それを受けたわけではないが、タイミングよく彼らの話が再開された。



「つーわけでだ。現在の紅月の当主はオマエのオヤジさんの弟だ。後見人は先代、つまりオマエらのジイサンだ」

「そうだね。僕あの叔父さん苦手なんだよなぁ……」


「じゃあ、次は?」

「つぎ?」


「その苦手な叔父さんの跡は誰が継ぐんだ?」

「え? 息子さんじゃないの? 二人居たよね確か」


「あぁ、居る。だが、そいつが跡目で安泰かは確定じゃねェ」

「なんで? だって他にいなくない?」


「……アホ。オマエがいんだろが」

「えぇっ⁉」



 親友から「お前が跡取りだ!」と衝撃の事実を告げられ聖人はびっくりする。



「な、なんで? 僕本家に行ったことすらほとんどないんだけど……」

「オマエのオヤジさんは何故跡目から外された?」


「えっと、資格なし……だっけ?」

「そうだ。つまり能力で査定されることになる。仮にあっちの長男よりオマエの方が優れてると判断されればそれもありえるわけだ」


「ど、どうして……」

「当たり前ェだろ。本来はオマエが本家筋のど真ん中なんだ」


「で、でもさ。父さんはもう家を出ちゃった……、というか、元々追い出されたようなものじゃないか。それなのに今更……」

「それがそうもいかねェんだわ……」



 ガシガシと乱暴に頭を掻きながら、蛭子は至極面倒そうに表情を浮かべる。



「オマエの言うとおりオヤジさんは追い出された。だが記録上ではオヤジさんが勝手に出奔したことになってる」

「なにか違いがあるの?」


「大ありだ。出奔ってのは裏切りだからな。今回みたいに次の跡目をとる資格をオヤジさんの筋から剥奪する為にそういうことにしたんだ。それを仕込んだのは現当主だ」

「ひ、ひどいなぁ……。でもそれならそれで僕らにとっても都合がいいし、向こうも同じなんじゃないの?」


「まぁ、オマエもオマエのオヤジさんも紅月の家に興味ねェし、本当ならそうだったんだが、ここ数年でその風向きが変わった」

「え? ば、蛮、それって一体……」


「あぁ」



 少し真剣味の増した表情で真意を問う聖人に、『なんでテメェが知らねェんだよ』とブン殴りたい気持ちを抑えながら蛭子も真剣な表情で頷いた。



「――原因は本家の財政難だ」


「……? お金?」


「そうだ」



 不思議そうに首を傾げる聖人に蛭子は重ねて頷く。



 口を挟まずに二人の会話を見守るだけになっている希咲は、こういう時にすぐに飽きてしまって邪魔をし始める困った子をあやしている。


 少し前からみらいさんがソワソワし始めたので、彼女に自分の片手を貸してやり、綺麗に仕上げることに成功したネイルを触らせてやることで大人しくさせていた。



「――まぁ、これは紅月家だけじゃなくってよ。オレらの業界、特に京都に居座ってる連中な。どいつもこいつも選民思想拗らせてイキってっけどよ。完全に時代に取り残されて漏れなく商売下手じゃん?」


「そうなの?」


「オマエもかよ……。実はかなりの部分が国の補助金頼りになってんだけど、未だに浮世離れ気取ってっからその金が何処からきてんのかすらわかってねェ」


「あぁ。なんかあるよね。あの業界の人たち。お金とか現代のことに順応するとカッコ悪いみたいな価値観」


「気持ちはわからないでもねェけどよ、今はもうそれじゃやってけねェよな……。ウチの神社も他人のことあんま言えねェし。去年の台風が結構痛くてよ……」


「鳥居が壊れちゃったんだっけ?」


「いや、そっちは夜中に七海にこっそり直してもらったんだけどよ。問題は本殿の雨漏りだよ。いくらなんでもこっちを七海に頼むわけにはいかねえからよ、業者に頼んだんだが……」


「大変だったんだね……」



 かかった費用のことを考えガタイのいい身体を縮めるヤンキー男を見て、聖人が気づかわしげな目で肩に触れる。



「それはいいとして。紅月本家も金がねェ。そこで資金繰りに目を付けたのが――」

「うちのお金ってこと?」


「そうだ。だが金を貸してくれなんて話じゃあねェ。会社ごと何もかも差し出せって話だ」

「そんな無茶な……」


「その為にオヤジさんが出奔したって記録をなかったことにしようとしてやがる。元々紅月本家の事業として外に出て経済活動をしていた。だからその資産は全て本家のものだってな」

「いくらなんでもそれは勝手が過ぎるよ」


「だがその勝手を押し通してきたのがあの業界だし、そんな業界でハバきかせてきたのが紅月家だ」

「そうだとしても許されることじゃないだろ?」


「それこそそうだとしてもだ。業界全体を仕切ってる陰陽府としてもその方が都合がいい。その陰陽府がケチをつけないんだったら誰がそれを咎められる? これが一般の話だったら裁判するなり、SNSに晒して世論を味方に付けたりとか出来るんだろうが、そもそも業界自体表に出せねェんだ。世間から閉鎖された業界では、許される・許されないじゃない、やるか・やられるか、だ」

「そんなこと――」


「――落ち着けよ。今話してるのはその問題じゃなくって、跡目のことだ」

「え? うん。そういえばそうだったね。その話が跡継ぎにどう関係するの?」



 熱くなりかけた聖人を宥めて、蛭子は話を本筋に戻す。


 それを見ていた希咲は『危なかった』と安堵する。



 今、一瞬聖人のスイッチが入りかけた。


 しかし、そこは蛭子も慣れたもので完全に火が入る前に止めたことに、内心で『ぐっじょぶ』を送った。



 ネイルチップに飾ったキラキラストーンを爪でカリカリし始めたみらいさんを牽制しながら、引き続き二人の会話を見守ろうとする。


 するが、老いた組織、老いた人、そんな怪物たちの利権争いの話など聞いていてもややこしくて頭が痛くなるし、人の世の闇を知ってしまうようで正直全く聞きたくない。


 蛭子の言ったとおり希咲は本来そういった話には無関係だ。


 一般の家庭で生まれ育ち、その過程で一般でない彼らと友達になりなんやかんやとその縁が続く内に少しずつ彼らの事情が見えてきて、そんな彼らが一般社会との摩擦で起こす騒動を何とかしようとして何とか出来てきてしまったが為に今日まで惰性で関係が続き、縁は腐れ縁に為り変わってしまった。



 希咲としては将来的に彼らの業界に入るつもりはないし、今やっているようなことを一生続けていくつもりもない。


 だが、気が付いたらこのコミュニティ内でも下手をしたら一番発言権が強くなってしまったこともあり、じゃあ今日から抜けますとも簡単に言えず、なんとなくダラダラと現状維持を続けてしまっている。



 今ここで蛭子が聖人に聞かせている話も希咲自身にはやはり関係なく、聞きたくないのなら聞かなくても誰にも咎められたりはしない。


 しかし、当の本人たちがいい加減なため、ここでちゃんと聞いておかないと後々に自分が困ることになると、そんな危機感から希咲は自分自身にスルーを選ぶことを許せない。



 彼らはよく『あの業界はおかしい』といった風に話すが、希咲からしてみるとそう揶揄している彼らを見て『こういう適当なメンタルじゃないとやってけない業界なのね』と思っている。



『やだなー』『聞きたくないなー』と脳内で愚痴を零しながら重く溜息を吐き、八つ当たりに希咲の爪を弄る望莱の手の甲を軽く抓りながら、引き続き彼らの話に耳を傾けた。

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