1章53 『Water finds its worst level』 ⑳
希咲 七海は己の失策を認める。
最早自分自身でも“いつもの”と自覚してしまうようになった売り言葉に買い言葉の最中でのことではあったが、ついムキになりすぎてしまった。
この弥堂 優輝という男の子に対してこの手の煽りや脅しは無意味どころか完全に逆効果――それをすっかりと失念していたのだ。
このクズ男は目的の為ならば手段を選ばない。
そしてその手段がより効率的であるのならば、それを選んで実行することに一切の躊躇いはない。
彼はどんなことでもする。
例えばそれが教室でクラスメイトが見守る中、乳輪を露出して測定することであったとしても。
なにせ乳輪どころかもっとヤバイ部位ですら躊躇なくボロロォンっと露出した男なのだ。そんなイカレた男にとっては乳輪如きは全く重要な部位であろうはずがない。
『び、弥堂……っ、ゴメンっ、あたし言いすぎ――』
業腹ではあるものの、その怒り以上の危機感を膨らませた希咲はとりあえず謝ってでもこの後のヤツの行動を止めようとする。だが、一歩遅かった。
やると決めた以上は最早人の話になど聞く耳を持たない困ったヤツは、希咲の言葉の途中でフイっと視線を他所へ動かした。
その視線の先に居たのは鮫島くんや須藤くんと共にこちらを見ていた小鳥遊くんだ。
「おい、悪いんだが――」
弥堂が話し始めるとすぐに小鳥遊くんは掌を弥堂へ向けてきてその言葉を遮る。
反射的に弥堂が言葉を止めると、雰囲気イケメンはコクリと力強く頷いた。
そして彼は無言のまま近寄ってきた。
「これを使ってくれ。定規だ」
「あぁ。助かるぞ、小鳥遊君」
『こらぁーーっ!』
まさか変質者の変態行為を手助けする者が現れるとはと、七海ちゃんはびっくりする。
『そいつにヘンなことさせんじゃないわよっ!』
バカに余計な物を渡すバカに注意を与えるが、心の裡ではどうせムダだろうなとも思っている。
このクラスで新学期を始めてもう半月だ。そろそろわかっている。
注意を受けた小鳥遊くんは行動を止めるでもなく、ただギンギンに血走った目を希咲が映るスマホに向けてきた。
去年に自分に告白してきたことのある彼のそんな行動を希咲は予め読んでいたので、彼が弥堂の元へ着く前までには画面に自分の身体が一切写ることのないようカメラに顔を近付けていた。
下心に狂った男に軽蔑の目を返しながら、やはり強くそう思う。
(このクラス、バカばっか……っ!)
案の定、彼らは止まらない。
弥堂はネクタイを雑にグイっと緩めてからYシャツのボタンをザッと外し、そしてガバっと胸を開ける。
彼と対面をする希咲も小鳥遊くんもビクっとした。
希咲の見る画面の映像が一瞬カクンと揺れたので恐らく実際に彼の前に立つ水無瀬も同様のリアクションだったのだろう。
それも無理はない。
「…………」
公衆の面前で堂々と晒された漢の肌に彼をサポートに来たはずの小鳥遊くんも息を呑み、彼らを止めようとしていた希咲もその言葉を失くす。
「貸してくれ」
「……え? あ、あぁ……」
そんな小鳥遊くんに弥堂は掌を上に向けて腕を伸ばす。
定規の催促に小鳥遊くんは反射的にそれを渡しそうになり、寸でで止まる。
「……わりぃ。渡す前に、ひとつオマエに聞きてぇ……」
「なんだ」
目線の置き所を探していた小鳥遊くんはそこで弥堂の眼を見た。
「もしも……。仮にの話だ。今、お前の目の前にデッケェ生意気なケツがあったとする。そうしたら、お前はどうする……?」
「……? 当然引っ叩くが」
「――っ⁉ へへっ……、そうか……。そうかよ……」
「なんの問いだ?」
「いや、気にしねえでくれ。弥堂、俺たちはダチだ。さ、使ってくれ」
「……? あぁ……」
弥堂は怪訝に眉を寄せる。
人の目の前に尻を突き出すなどというのは侮辱行為に他ならない。
そのような真似をされれば、こちらとしては自分の名誉と尊厳を守る為にその尻を引っ叩くのは当然のことだ。
意味も目的もわからぬ問いであったが、なんにせよ自分の目的を果たす為に必要なブツを貰えるのならば文句はない。
弥堂は、将来的に『タカナシー・オシリスキー』という名でロシア国籍を取得することを画策している男から定規を受け取った。
そして右手で掴んだ定規を左乳輪に当てる。
「……見づらいな」
上から覗くといまいち自身の乳輪の始点と終点がわからず、上手く定規のメモリを合わせることが出来ない。
「貸してくれ。俺がやろう」
眼を細めて定規を睨む弥堂に小鳥遊君が親切に申し出る。
定規を返して貰った小鳥遊くんは、決して他の余計な部分は目に入れないように真剣な眼差しで弥堂の乳輪ただ一点に集中する。
そして左手を弥堂の鍛えられた胸板にあて、右手に構えた定規を床と平行になるよう慎重に支えながら目盛を読む。
『…………』
そんな男たちの行動を、希咲は少しの混乱の中茫然としたように見送ってしまった。
やがて――
「――3センチ…………、いや、2.7cmだ……っ!」
「ご苦労」
正確な数値の測定を終えたクラスメイトへ労いの言葉をかけると、彼はスッと素早い動作で立ち上がり、サッと速やかに所定の位置へ戻っていった。
弥堂はクルっと首を回して水無瀬の方を見て、彼女の手の中のスマホへキッと鋭い眼光を向けた。
「2.7だ」
『……その情報渡されてあたしどう思えばいいの……? どんなリアクションして欲しい?』
ドヤ顏で自分の乳輪の直径を申告してくる男に希咲は沈痛そうな面持ちで、反応に困っている旨を伝えた。
「お前が教えろと言ったんだろうが」
『言ってないし。や。確かにやってみろとか言っちゃったけど、だからって本当に…………、やっちゃうのよねあんたは……。意地張るとこ間違えてるわよ』
「それはキミの受け取り方次第だ」
『はいはい。あたしが悪かった。ゴメン』
「……どういうつもりだ?」
『なにが?』
何故か謝罪をしてくる彼女を訝しむも、当の本人からはキョトンとした目が返ってくるだけだ。
どこかに違和感を感じたような気がした弥堂だったが、気がしただけで気のせいだとし、先に進める。
「……まぁいい。そんなことより次はお前の番だ」
『やーよ。やんないし』
「なんだと? 貴様――」
『――ねー、そんなことよりそんなことよりなんだけど』
「……なんだよ」
『んっ』
「……?」
『んっ!』
「なんだよ?」
手に持つスマホを少し離し自身の胸の中心の少し上を指差しながら、希咲は何かを強調してくる。
その伝えられるべき強調されているものがよくわからず、弥堂は彼女が指差す箇所を眉を寄せて視る。
綺麗に爪を整えて色塗られた彼女の人差し指が触れている彼女の肌。
その指の先端の少し下には、寄せに寄せられ盛りに盛られたことで錬成された胸の谷間の入り口がある。
『あぁ、そういうことか』と察した弥堂は、彼女の求める言葉を伝えることにした。
「素晴らしい技術だな」
『は? なに? なんで今急にホメたの?』
「……なんでもない。今のはミスだ。忘れてくれ」
てっきり胸の大きさを偽装する技術を自慢してきたものだと思ったので、素直にその腕前への称賛を送ったのだが、どうやら違ったようだ。
即座に誤魔化したが画面に映る希咲の顏は見事なジト目になる。
あちらは正確に察したようだ。
『……ま、いいわ。今回は見逃したげる』
「一体なんなんだ」
『もう、いつまで裸なのって言ってんの。胸。しまったら?』
「ん? あぁ……」
彼女の言葉に釣られて思わず下を見て、なんだそんなことかと納得をする。
『ちゃんと待っててあげるから。ボタン閉めなさい。ね?』
「……ガキに言い聞かせるみたいな喋り方をやめろ。馬鹿にしてんのか」
『してないしっ。あーもう、しょうがないわね……、んんっ。ちょっと! 服くらいちゃんと着なさいよねっ、ばかっ。……これで、い?』
「チッ、ちょっと待ってろ」
『はいはい』
どうしようもない者を相手にするようで、どこか気遣わし気げな態度の彼女に不審さと苛立ちを感じながら、弥堂はとりあえずは従って服を着ることにした。
彼の動作を希咲と水無瀬は見守る。
「……ちょっとビックリしちゃったね、ななみちゃん」
『……そうね』
水無瀬からの控えめな声に希咲は短くそう答える。
自分でも少し驚いてしまったくらいだ。
水無瀬のように大人しくて平和に生きてる子ならそれも顕著なものになるだろう。
「やっぱり女の子と男の子って違うんだね」
『そうね…………、ん……?』
続く彼女からの言葉に同意をしてから違和感を持つ。
「私たちよりちっちゃくてかわいかったね。キレーだしっ」
『や。かわいくはないでしょ! あれをかわいーとか思っちゃダメっ』
「そ、そうだよね……、セクハラになっちゃうもんね……」
『そーゆーことじゃないんだけど……、まったくあんたはぁ……』
相変わらずの彼女のズレズレ具合に苦笑いを浮かべつつその裏で、彼女が“キレー”だと言ったその優しさの変わらなさに嬉しさを覚える。
「着替えたぞ」
『なにその報告? 子供みたい』
こっちもこっちでズレてんのよねと、再度苦笑い。
「誰が子供だ。ナメてんのか」
『行動で示しなさいよ。教室でいきなり裸になるんじゃないの……、っていうか、言い出したらその前の時点でもうアウトなんだけど』
「お前が脱げと言ったんだろうが」
『言ってないし、フツーは言われても脱がないの』
「そもそも体育の時にも教室で着替えるだろうが。何が違う」
『時と場合。体育ん時は女子と別れるでしょ? つか、お前らも更衣室使え。教室で着替えんな――ってのは置いといて。今は体育じゃないからそれもダメなの』
「チッ、うるせえな」
『すぐ逆ギレするし。そういうとこも審査すると、あんたウチの中学生の弟よりおばか。小学生の方の弟とおんなじくらいかも。あの子こないださ、学校で先生にお金くれとか言って怒られたのよ? あたし謝りに行ったんだけどさ、マジでハズかったわ』
「……なんの話をしてるんだ」
自由にお喋りを展開する希咲に眉を顰めていると、もう先程までの話は終わったと判断したのか、水無瀬も会話に参戦してくる。
「ななみちゃん、ちゃんとホメてあげないとかわいそうだよぉ。えへへ、お着替えできてエラいね? 弥堂くんっ」
「お前の方が馬鹿にしてんだよ。一番ガキのくせに」
ズレてはいるものの一応はフォローをしてくれた彼女に対して辛辣な言葉を吐く。
自覚のある八つ当たりだ。
『またあんたはぁー……、口と態度が悪すぎなのよ』
呆れたように咎めてくる希咲に不審さを感じ眉を顰め、そして同じだけ苛立ちを感じ腹の裡を澱ませる。
先程から希咲の態度がおかしい。
そう弥堂は感じていた。
『もっと楽しくお喋りすればいいじゃん。なんでそゆことばっかゆーの?』
そしてこの態度には覚えがあった。
記憶の中の記録を漁るまでもないほどに近しい過去。
そもそも、目の前で水無瀬にこのような言葉を吐きかけて、それで希咲が怒らないのがおかしい。
その前の服を脱いで乳輪のサイズを測った時も彼女の反応はいつもに比べれば薄いものだった。
どちらの場合も通常であれば即座に怒鳴り散らしてくるのが正しい希咲 七海の行動だ。
それが一応注意のようなものはしてきても、どこかこちらを気遣うような窺うような、そんな雰囲気が感じられた。
これを弥堂は一度だけ視たことがある。
これは先週の放課後、法廷院たちとのトラブルが終わり、その後彼女と一緒に下校した際の、学園の正門近くで会話をした時と同じだ。
あの時――
うっかり自分のことを少し彼女へ漏らしてしまって――
そうしたら彼女はこんな風になった。
まるで慮っているような、同情をしているような。
子供を相手にするように、何も出来ないと知っている者を相手にするように。
そんな風に自分に対して気を配る。
それが弥堂は酷く気に食わなかった。
だから、子ども扱いをされても仕方ないと自覚はありつつも、八つ当たりで悪態をつき暴言を吐く。
「うるさい黙れ」
『お喋りしてるんだから黙りませんよーだ』
「俺はそんなものをしているつもりはない」
『してんじゃん』
「してない」
『あたしがあんたに何か言って、あんたがそれに返す。お喋りしてんじゃん』
「……屁理屈を言うな」
だが、酷くやりづらさと居心地の悪さを感じ、全てを受け流されてしまう。
だから、相手のペースを乱す為に極端な言動をする。
「そんなことより、俺がやったんだからお前もやれよ」
『まーだ言ってんの?』
「お前が言い出したことだろ」
『や。確かにカッとなって言っちゃったけどさ。ゴメンて』
「謝ったな? 非を認めたのなら責任を果たせ」
『もぉー、すーぐそうやって大袈裟な話する。てゆーかさ? そんであたしがホントにしちゃったらどーすんの? みんなに見られたり知られたりしたらあたし絶対泣くわよ? いーの? あんた困るでしょ?』
「……泣かずに済ませろ」
『ムリゆーな。チョーワガママだし。ま、やんないけどさ』
「……クソが」
『もぉー、スネないでよ。バカにしてるわけじゃないんだってば』
「俺にやらせるだけやらせておいて、自分はやらないなどと通ると思うなよ」
『てか、あんたにやれって言っちゃったけど、そしたらあたしもするとは言ってないし。だからゴメンて。そんなに知りたいの? あたしの』
「……別に知りたくない」
『じゃあいいじゃん。もう許してよ。ね?』
クスクスと水無瀬の笑い声が聴こえる。
彼女も希咲も、言ったとおり馬鹿にしているわけでなく、ただの談笑のつもりなのだろう。
挑発をしても相手が乗ってこなければ意味を為さない。逆に諭されるだけでは無様の極みだ。
正しく言い返すことが出来なくなれば、あとはレッテルを貼り付け見苦しく言い張ることしか出来ない。
「卑怯者め」
『なんでよ』
「俺をハメたな」
『むぅーっ、まぁーだ言うかぁー。愛苗ぁー、この子すっごいガンコよー?』
「えっとね、弥堂くんは真面目だから」
『あんたと野崎さんのそれなんなの? あたしにはわかんない感覚なんだけど』
「あのね? 一生懸命なのっ」
『なんかー、マジメとか一生懸命とかってより融通が利かないってゆーか? あんたは自分でどう思ってんの? そのへん』
「……俺をお前らのゆるい談笑に組み込むな」
脱力させられ意気を削がれてしまえばいよいよ手詰まりだ。
『いーじゃん。ユルくって。会話はバトルじゃないのよ?』
「なんでも構わんが俺を巻き込むな」
『えー? あんたもさ、フツーにお喋りしてフツーに仲良くすればいいじゃん』
「結構だ」
『せっかく一緒のクラスになったんだからさ、仲良くなった方がいーじゃん。ヘンなことしたり悪いことしたりとかしなくたって、そうやってればどうでもいいことだって楽しくなるじゃんか。ねー? 愛苗ー』
「うんっ。私も仲良しがいいと思います! ななみちゃんは仲良しのプロフェッショナルだから、弥堂くんもななみちゃんと仲良しになればいいと思います!」
『えー? どうしよっかなぁー。あたし乱暴なヤツと悪いヤツとエッチなヤツはコワイなぁー』
「あわわ……、たいへんだぁ。あのね弥堂くん? ななみちゃん、やさしーのがいいんだって。私が弥堂くんは乱暴じゃないし悪くないって言ってあげるから、弥堂くんもななみちゃんにやさしくしてあげて? でもえっちなのはいけないと思います!」
「……勘弁してくれ」
『ぷぷっ、うける。怒られてやんのー』
「あのね? ななみちゃんね、えっちなのイヤみたいだからやめてあげてね? もしどうしてもオッパイとかお尻触りたくなっちゃったら、こないだみたいに私の触っていいから。私でガマンして? ね?」
『は? なにそれ知らない。おいこらクズやろー。今のどーゆーこと?』
もうすっかりと彼女たちのペースに組み込まれ、彼女たちの日常の流れに流されてしまい、これはもうこの場では抗うことは出来ないなと見限ることにする。
そうして弥堂が諦めようとした時、そんな彼に援軍が現れる。
『――絆されてはいけません! 諦めないでください、弥堂せんぱいっ!』
『は?』
その声は希咲が映るスマホのスピーカーから聴こえてきた。
恐らく先程同様、紅月の妹の望莱だろう。
『ちょっと! 今いい感じなんだからあんたは――』
『七海ちゃんの卑怯ものっ! そんな子に育てた覚えはありません!』
『育てられた覚えもねーわ。むしろあたしが育ててるし』
『詭弁はやめてくださいっ!』
『うっさいわね。なんなのよ?』
『せっかく弥堂せんぱいが身を切る想いで乳輪を解禁してくれたんです! ここは七海ちゃんも女として応えるべきでは?』
『べきじゃないってもう結論でてんの』
『いいえ。それは間違ってます。女としてちゃんと乳輪の直径を教えてあげるべきです』
『やーよ。つか、自分の知らないし。ムリ』
『ご安心を! ここはこのみらいちゃんにお任せください!』
『は? あんたに任せられることなんか――』
『――こんなこともあろうかとっ!』
『ぎゃあぁぁぁぁぁーーーっ⁉』
プツっと――そんな音が聴こえたような気がした瞬間、突如スマホから希咲の悲鳴が大音量で響き渡る。
アプリのボリュームのリミッターを容易に限界突破したその絶叫に、至近距離にいた弥堂と愛苗ちゃんのお耳がないなった。
『――こんなこともあろうかと! このみらいちゃん、なんとメジャーを持ってきていました!』
『あ、あああああ、あんた……っ! ブラっ! ブラ……ぁっ!』
『さぁ、今すぐに測って差し上げますので速やかに手ブラを解除してください。これは最後通牒です』
『まって! やめて! マジでシャレに……っ、ブラが、あたしのブラがぁーー――』
希咲の言葉がそこで途切れ、スマホからはツーツーと無情な音が鳴っている。
どうやら通話を強制終了させたようだ。
弥堂は自分の耳の調子を確かめながら、すぐ近くでお耳をキィーンっとしてお目めをグルグルしている水無瀬の背を支えてやる。
そうすると愛苗ちゃんはハッとした。
「電話っ、切れちゃった……」
「……そうだな」
「ななみちゃんどうしちゃったのかな?」
「大したことじゃないだろ。大丈夫だ」
「そっかぁ……、そういえばなんで電話してたんだったっけ?」
「……どうしてだろうな」
「もっかいかける?」
「いや、いい。大丈夫だ。今思い出したが、急に七海ちゃんといっぱいお喋りしたくなったから電話してもらったんだ。そしてもう十分だ」
「そっかー。えへへ、よかったね弥堂くん」
「…………もうじき授業が始まる。準備をするといい」
「あわわ……っ! たいへんだぁー」
屈辱を受け入れながら彼女を席に追いやり、しかし、本当に何であの女に電話をしたのかわからないままで終わるわけにもいかないので、弥堂はとりあえず実験動物どもに声をかける。
「おい、どうだ?」
弥堂が声をかけたのは鮫島くんたち三人組だ。
彼らは「なにが?」とは聞き返さずに瞑目し瞼の裏で何かを吟味したのちに目を開ける。
そして弥堂へ真剣な眼差しで答えた。
「アリだ」
「あぁ。糧になったぜ」
「今晩お世話になります」
彼らは動作を揃えて一礼をする。
普段彼らの様な者が絶対にしないだろう45度の角度まで腰を折った最敬礼だ。
彼らは最大限の敬意を示した後に自席へと戻っていく。
「…………」
当然そんな意味のわからないことが聞きたかったわけではなかったのだが、呼び止める気力が湧かなかったので弥堂は別の者へ目線を動かす。
「おい、俺の乳輪は2.7だ。どうだ?」
「……ごめん、弥堂くん。ののか修行が足りてなかったんだよ……。頑張って性癖拡げておくから次の機会にまたよろしくね?」
神妙そうな表情でそう言った早乙女はペコリと頭を下げる。
当然何を言っているのかわからなかったので、弥堂は次の者を選ぶ。
弥堂と水無瀬の席の間、その通路には早乙女の他にも女子がいる。
彼女たちの内の誰か一人。
ここは一番便利な女である野崎さんに聞くべきかと考えていると――
「――どいて。ブスども」
彼女らの誰でもないどこか無気力そうな声が、そんな既視感のある言葉を挿しこんできた。
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