1章51 『死線上で揺蕩う窮余の一択』 ⑧


 動揺する希咲に、望莱は重ねて問いかける。



「――おかしくないですか? おかしいですよね? クラスの他の人たちはみんな『そう』なっているのに、なんで弥堂先輩だけ『そう』なっていないんですか?」


「そうだわ……っ、おかしい。なんで気付かなかったんだろ……」


「この七海ちゃんとのメッセのやりとりの途中で、弥堂先輩もまさに同じことを思ったはずです。『何故今まで気付かなかった』って」


「……長文のあと、ね」


「はい。イミフな長文で誤魔化して、七海ちゃんがバイバイしようとして、その後に『まて』と。ここですね。『なんでこの女は水無瀬を覚えているんだ』と疑問を感じて、そして一気に方針転換をしています」


「……方針って?」



 希咲は窺うような視線を向けて望莱に問う。



「はい。それを考えると『弥堂先輩が何者なのか』についても見えてきます」


「『何者』、か……」


「彼が曖昧な報告をしてきたのは『自分には他の人と同じ症状が出ていない』、これを隠したかったからです」


「どうして……?」


「その『どうして』が彼の正体に繋がります」


「教えて、みらい」



 弥堂については『ヘンなヤツ』だとは思っていた。


 しかし、『何者か』などと、そこまで考えたことがなかった希咲は、思いも寄らない展開に眼差しを強める。



「では、もう一度彼の視点に戻ってみましょう。周囲が何故か水無瀬先輩のことを忘れている時がある。彼女のことを意識しなくなっている。そして何故か自分はそうなっていない。そんな時、もしも彼がちょっと頭がおかしいだけの普通の人間だったらどう思います?」


「……混乱する……、それか不安になる?」


「両方とも正解ですね。いくら腕っぷしに自信があっても普通はそうですし、ちょっとばっかし鬼メンタルだったとしてもパニックになりますよ」


「……でも、あの子ちょっと変わってるし……」


「まぁ、本当に致命的なまでにメンタルが壊れてたら、それでも動じない可能性もありますね。でも、彼はそこまでではないと思います。そのレベルになると病室から出れないでしょうしね」


「……そうね」


「では、どうして彼が動じてないのか考えてみましょう」



 深刻な顏で考え込む希咲へ望莱は気楽に指を立てて見せる。



「周りが明らかにおかしい。しかも普通じゃ考えられないような不可思議な事態。そして自分はそうなっていない。このシチュエーションで動じないのはどういった理由が考えられますか?」


「……不可思議が不可思議じゃない、から?」


「いえす。正解です。彼には現在学園で起きてる異常がある程度理解出来ているんじゃないでしょうか?」


「それって……」


「いいえ。さっきも言いましたが彼が犯人――彼がこの異常を引き起こしているわけではないと思います」


「そっか……、そうだったら完全に惚けて嘘をつくもんね」


「そのとおりです。彼はどうともとれるような報告の仕方を最初から続けてましたよね。だけど、白ギャル先輩のイジメの可能性のような現実的な問題にはハッキリとした言葉で報告しているように見えます。なのに、この不思議現象についてはそうではない。そこには意図がある」


「意図……」


「さて、今度は普通の価値観で考えてみましょう」



 パンっと手を合わせて望莱は話を切り替える。



「普通の人の価値観で考えてください。周囲にわけのわからないことが起きている。だけど自分はなんともない。そんな中で自分と同じ境遇の人を見つける。普通の人はそんな時どうしますか?」


「えっと、相談……、はしないんだっけか。気のせいだって思うんだっけ?」


「いいえ。それは症状が出ている方の人間です。この事態を客観視させられている人は違います。自分と同じ人を見つけたら、普通は不安と違和感を共有しようとするはずです」


「でも、アイツはそうはしなかった」


「はい。自分のことは隠したままで探りを入れてきましたね。しかもそれによって自分のことがバレても構わないくらいに」


「……そう言われると、色々ヘンね、あいつ」


「そうなんです」



 希咲の疑心が一定まで深まったことを確認して、望莱はまた表情を真剣なものに戻す。



「ところで七海ちゃん。七海ちゃんはどうしてパニックになってないんですか?」


「え?」


「七海ちゃんの大事なお友達にわけのわからないことが起こっている。その現象はとても非現実的で不可思議なもの。原因はよくわからない。水無瀬先輩に関わることなのに、こんな状況で七海ちゃんは何故落ち着いて考えていられるんです? 七海ちゃんの価値観でお答えください」


「………不可思議が、不可思議じゃないから……」


「そうです。さらにズバリと聞いちゃいましょう。ある日突然に、周囲の人々が水無瀬先輩のことを忘れてしまう。そしてそのことに本人たちは違和感を持たない。こんな不思議現象、或いは怪奇現象。七海ちゃんはこんなことが起きるなんて、絶対にありえないと――そう思いますか?」


「思わないわ」



 確信に満ちた目で即答する希咲に望莱は笑顔を返す。



「それは何故か。まったく内容が一致した出来事は知らないけれど、でもこういう普通じゃ起こりえない出来事が世の中にはある。それを知っている、経験しているから――ですよね?」


「そうね」


「弥堂 優輝。彼も同じじゃないんですか?」


「アイツが……」



 驚きに目を開きながら希咲は彼との出来事を思い出し始める。



「彼がこの事態をどこまで掴んでいるかはわかりません。でも、そこに一定の理解がある。だから動じていない」


「動じない……」



 それは希咲自身も弥堂へ抱いた印象だ。


弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』との一件の時に、何があっても動じないのはスゴイなと感じたのはつい先週のことである。



「彼は現状を完全に理解しているわけではない。そして彼が犯人でもない。だけど、世の中こんなこともあるよなと受け入れてもいる。わたしたちとほぼ同じスタンスでいると、わたしはそう思います」


「なんで?」


「メッセです。『なんでコイツ忘れてないんだ』と気付いて、それから直接『覚えているのか』と聞いてきて、『水無瀬を忘れたり、意識から外れたりしたことはないか』とより正確な情報を開示してきて、そして『他のメンバーも同じか』と確認してきた。ここに彼の認識が見えます」


「それは?」


「はい。まず、今まで惚けていたのに急にそれを変えたのは、隠しても無駄だと考えたんでしょう」


「無駄って?」


「自分が今こうやって気付いたように、相手も『なんで弥堂先輩は忘れていないのか』に気付いている。そうじゃなくてもいずれすぐに気付く。だったらもう隠しても意味がない。多分そう考えたんだと思います」


「そもそも、なんで隠すのかしら?」


「当然疚しいことがあるからですよ。わたしたちと一緒です」


「ちょっと、ベツにやましくはないでしょ。悪いことはしてないんだし」



 眉を寄せて「あんたと一緒にするな」と希咲は視線で抗議する。



「そうですか? だって、七海ちゃん。この一年くらいで、『わたしたちの事情』それを正確に十全に他人に説明したことって何回あります?」


「ゔっ……⁉ えっと……、下手したら一回もないかも……? 都紀子ときこさんに軽く話したくらい?」


「あれ? “さーなちゃん”は? 話してないんですか?」


「ほら? うちのママ、ちょっとアレだし……」


「まぁ、確かに。なんにも気にしないでそのへんで誰にでも喋っちゃいそうですしね」


「そうそう」


「つまり。他人に知られるとデメリットがある。それは隠す理由になりますよね?」


「……そうね」



 してやったりと、望莱はほくそ笑む。



「普通の人に話したら到底理解を得られない。どころか頭おかしいのではと疑われる。普通じゃない業界の人に話したら警戒されるか敵意を持たれることの方が多い。じゃなければ利用される。明らかにメリットに比べて、デメリットが多いですよね」


「……あいつも同じ?」


「断定はできないですけどね。“業界”の人の可能性もあるし、七海ちゃんのバイト先の人たちと同じ可能性もあります。もちろんどっちとも違う可能性も」


「……都紀子さんの所の人たち、か。ねぇ? もしかしてこっちから声かけてあげた方がいいのかな?」


「んもぅ、七海ちゃんったら甘々ですね」


「チャカすな。だって、もしそうだったらカワイソウじゃん」


「んー、その必要はないんじゃないですかね。トキちゃんとこの人たちって、誰にも自分の“事情”を相談できなくて、行き場がなくなって迷子になっちゃった人たちですよね?」


「あいつ、ちょっとそんな感じするし……」


「無駄だと思いますよ?」


「なんでよ」


「だって、人通りの多い正門前で白昼堂々と不特定多数の女子のパンツをリスペクトしちゃうような人なんですよ? そんな他人の目を全く気にしないような人が隠していること、そう簡単には言わないと思います」


「ゔっ⁉ そう言われると説得力が……」


「多分必要性があるかないか。彼の基準はそこじゃないでしょうか。これはあくまで多分ですけど」


「……そんな感じかも」


「むしろ、逆に敵意をもたれる可能性の方が高いです」


「どうして?」


「それを説明する為に話を戻しましょう」



 望莱は座り直して、先程挙げたメッセのやりとりをスマホに表示させる。



「『お前は忘れてないのか』『お前の仲間はどうだ』これって、ほぼ宣戦布告なんですよ」


「えっ? なんでそうなるの?」


「だってあんな如何にも不審な人が隠してたんですよ? なのに、それを止めた。これは『来るなら来い』って意味にわたしには読めます」


「大袈裟じゃない?」


「そしてこれは同時に現在の異常事態の範囲を確認しようとしてます。水無瀬先輩の周辺、もしくは学園の周辺から離れた所にいるわたしたちにも影響が及んでいるかどうかを」


「…………」


「これを聞いたということは、彼は現在の不思議現象を完璧に理解しているわけではないから。それを理解する材料を増やすために聞いたんでしょうね。だけど、自分が影響を受けていないことには、その理由には確信的なものがきっとある。そして今考えていることでしょう。『美景から離れているから希咲たちは何ともないのか』それとも『希咲たちだから何ともないのか』。後者だった場合、あいつらは自分と同じような手合いに違いないと」


「……でもそれって、今の時点じゃあたしたち自身にもハッキリとはわかんないわよね」


「えぇ、そのとおりです。ですが、その『わかってない』ってことも彼にとってはわたしたちを探る情報になりますからね……、あ、スマホ返しますね」


「もういいの?」


「はい」



 望莱は希咲のスマホを本人に返し、続いて自分のスマホを手に取る。


 そしてペタペタと操作をしながら話を続ける。



「今まで誤魔化してた現状の正確な情報を開示して、隠していた自分のことをバラすような踏み込み方をして。それで七海ちゃんがどういう反応するのか試したんでしょう」


「でも、それであたしたちに何もなかったら、自分のこと怪しまれるだけでマル損じゃない?」


「それはそれでそれが確認できるから構わないと思っているんでしょうね。わたしたちが自分たちがこの件に関係ないってわかるのは、わたしたちが本人だからですし。弥堂先輩の方からではそれはわからないですよ」


「そっか……」


「もしも、実はわたしたちが黒幕でしたーって展開になっても、ここで自分のことをバラしておけば絶対に狙われるじゃないですか? 自分の生命や安全が脅かされればハッキリとするって考え方してますね」


「……それが効率がいいって、あいつなら考えそう」


「相当イカれてますねー。絶対普通の一般人じゃないですよ」


「……ねぇ、みらい。教えて。あいつの正体って……」


「弥堂先輩の正体……、それは――」



 スマホの画面上で動く指を止めて望莱は視線を上げる。


 そして真剣な表情でゴクリと息を呑む希咲としっかりと目を合わせると――



「――わかりません」


「はぁっ⁉」



 自信満々に言い切ってから表情を崩す彼女に希咲は素っ頓狂な声を出した。



「な、なによそれ! あんた如何にも全部わかってる風に喋ってたじゃん!」


「すみません。七海ちゃんがあまりに熱心にわたしの話を聞いてくれるものですから、ついイキって盛ってしまいました……」



 頬に手を当てて悩まし気な溜息をつく自称お嬢様に希咲は胡乱な瞳を向けた。



「……まさか、ここまでの話って全部テキトーに喋ってたんじゃないでしょうね?」


「それは誤解です。全部真面目ですよ。ただ、先輩の素性までは、今あるだけの情報じゃ断定するところまでは難しいってことです」


「あんた『正体』って言ってたじゃん……」


「七海ちゃんの気を惹きたくてつい……」


「結局全然わかんないってことね」


「いえ。そういうわけではありません」


「え?」


「あくまで断定は出来ないって意味です」


「それ教えて」


「そんなに難しくないですよ。先輩は普通の一般人じゃない。さらにわたしたちの業界に関係がありそう。これだけで大分絞れますよね」


「てことは、あいつ京都の人なの……?」


「んー……」



 希咲が表情を窺うように問うと、望莱はまたスマホに目を戻しながら少し考える。



「まだ断定はできないですけど、わたしの予想では多分違うと思います」


「どうして?」


「まず、わたしたち――というか、正確にはわたしのパパの実家の界隈ですね。そこに『弥堂』という家名の登録はありません。過去に存在したこともありません。もしもそっちの出なら偽名、もしくは雇われの鉄砲玉か工作員ってことになりますね」


「鉄砲玉とかあいつスッゴイ似合いそうだけど、でもそうじゃないのね?」


「はい。理由は後でまとめて話しますね。で、京都じゃないなら次の最有力は教会関係ですね。でも、あっちも違うと思うんですよ」


「なんで?」


「一応ではありますが、協定があります。京都の人たち&政府の人たちと、教会の間には協力関係と不可侵の約定が建前としては結ばれています。美景台学園はすごくおっきな括りでは京都の管轄ってことになってます。そこに教会関係者が入ってくるならきちんと正規の手順を踏んで正規の入り口から入ってくる必要があります。じゃないと最悪戦争になります。それほどのリスクを負ってでも美景に潜入するほどのメリットは今のところはないと、教会にはそう思われているはずです」


「そっか……、正規で入って来てるならあんたや蛮に知らされてないはずないもんね」


「そうですね。わたしたちにそれを隠して、それでうっかり真刀錵ちゃんや兄さんとそのお客さんが揉めたりしたらそれもそれで戦争です。もしも正規でこの国に入って来ていなくても、学園に入学している以上はその時に京子みやこちゃんたちが調べているはずです。調べてシロじゃなければ弾くはずですし。万が一それを掻い潜ったとしても先輩が学園に来てもう1年になりますよね? その期間ずっと御影の目を誤魔化し続けるのはなかなかに至難の業ですよ」


「確かに。でも、その理屈はわかるんだけど、あいつってば潜入とか工作員とかそういう犯罪的なの似合いすぎて、そっちだって言ってくれた方があたしナットクしちゃう……」



 眉間に寄った皺を揉み解す希咲の仕草を、望莱は微笑ましく見守る。



「もちろんその可能性は完全には否定できません。でも、学園に入ってからの弥堂先輩の行動を考えると、とてもそうだとは思えないんですよね」


「あいつの、行動……?」


「まず、去年の入学式が終わった翌月に編入してますよね? 時期がおかしくて怪しすぎます。普通そんな疑ってくれと言わんばかりの潜入の仕方しませんよね?」


「確かに」


「それにあの人めちゃくちゃ目立ってますよね。それも悪目立ち。色んな人に名前を知られて恨みまで買ってる。バレたら外交問題・戦争ってシチュで潜入してきた工作員が日常的にあんな振舞いしませんよね?」


「あー……、そうね。今じゃ学園で何か問題が起きたら真っ先に『どうせ弥堂だろ』って疑われるくらいに頭おかしいって、みんなに思われちゃってるもんね……。そんなおバカな工作員いるわけないか」


「まぁ、そのよっぽどのおバカが送り込まれてきたんだったら、こうして真面目に考察するだけ無駄なのでお手上げですけどね。その場合は教会じゃなくて京都の方でしょうね。閉塞的な界隈ですから碌に外部の伝手がなくてそんなポンコツしか雇えなかったとか、無くは無いですけど流石に……」


「雰囲気が犯罪者っぽいからそう見えちゃうだけで、ホントはあんまそういうのに向いてないのかしら」


「『すいません! バレちゃいました!』『なにぃ~? 何故だ⁉』『道行くJKのぱんつを無差別リスペクトしてたら捕まっちゃって、そっから身元割れました! てへっ』『ばっかもぉ~ん! 戦争だぁっ!』……、いくらなんでもこんな無能にこんなヤバイお仕事回ってこないと思うんですよね。こんなことになったら当然雇い主からも命狙われますし」


「無能……」


「七海ちゃん? どうかしましたか?」


「ううん……なんでも――あっ! そういえば!」



 何かを考えこもうとしていた希咲だったが、その過程で別のことに思い当たる。



「なにかありました?」


「そういえば、思い出したんだけど、あいつなんか『神様』がどうとかって言ってた」


「神様……?」



 その単語を聞き咎め、望莱は顔を上げて目を細める。



「教会関係ってことですか?」


「うーん……、どうだろ? でもキリスト教とはちょっと違う感じだったかも……。あたし詳しくないからなんともだけど」


「どんな宗教とか、どんな神様かとか、なにか言ってませんでしたか?」


「えっとね……、確か、『どこにでもある、どこにもいない神様』とかそんな感じのこと言ってた」


「それは確かに教会――キリスト教とは違いそうですね。そんな神様聞いたことないです。これはちょっと厄介かもですね……」


「ヤバいの?」


「例えば中東らへんとか。永遠に紛争し続けてる別の宗派とか、全く別のマイナーなカルト集団とか。そっちだともうゲリラやテロリストですからね。教会とは別の意味でヤバいです。だけど『どこにもいない神』……ですか。そんな宗教ありましたかねぇ。こんなこと言ったらどこでも異端認定されそうですけど……。どちらかというと神道に近いような。でもそれだったらもろに京都の界隈ですし……」



 望莱にしては珍しく本当に深刻そうな様子で考え込む。



「あ、でもでも、なんかね、シスターさんがいるみたい」


「シスター?」


「うん。あいつのお師匠さん? なんだけど、メイドシスターって言ってた」


「めいどしすたー?」



 続いて希咲から寄せられた情報に望莱は目を丸くした。



「なんですそれ? イメクラの話ですか?」


「いめくら……?」


「コスプレ風俗です」


「ちがうわよっ! なんかメイドでシスターなんだってさ」


「……ますますマンネリした風俗店のとりあえず混ぜとけばいいだろ的な投げやりイベントに聞こえます」


「マジメに言ってんの!」



 心外だと怒る希咲へみらいさんはふにゃっと眉を下げた。


 そして表情を改めて話を戻す。



「まぁ、キリスト教の中で枝分かれした宗派とか排斥されて拗らせちゃった人たちとかもいますから、似てる部分もあるかもですね」


「そういや、胸元で十字切ったりもしてた」


「そっち系だったらマジめんどいですけど……、でも、彼のキャラクター的にはそれが一番しっくりきますね」


「そうなの?」



 望莱は再び考え込みながら希咲の問いに答える。



「……狡猾ではあるんですけど、頭がいいわけではない。基本的に嘘つきですけど、嘘が上手なわけでもない。そしてそんな自分の能力を自覚している。だから嘘もバレてもいい、バレる前提で吐いている。それを想定しているからいきなり自分の身の安全を放り出すような思い切った選択肢をとれる。自分の生命の優先度を他のことの下に置ける。倫理観が欠如していて自分に価値を感じていない。だから他人にも価値を感じていなくて、酷いことをするのに躊躇がない。効率。多分目的を達することが重要。その為なら手段は選ばない。自分が死ぬことすらその手段の一つにできる……、おそらくそんな人間性パーソナリティ……」


「…………」



 希咲は言葉を返さない。


 否定できるポイントがなかったからだ。



『――俺は無能だ』



 そして、先程一度思い出そうとして届かなかった弥堂の言葉をここで思い出す。



 夕間暮れの桜並木。



 ほんの僅かな間の彼と二人きりになった時間。



 その時に彼が言っていたこと。



 おそらくつい漏らしてしまったいくつかの言葉たち。




「……こういうメンタリティの人って、テロリストとかに多いんですよね。使われる方の人。教義で洗脳されて死兵に仕立てられた人。もしくは、戦争に浸かりすぎて自分を諦めちゃった傭兵みたいな人。情報が足りないですけど、でも……」



 望莱も望莱で考え込んでおり、希咲が黙ってしまったことに気が付いていない。



 希咲が望莱へ渡していない弥堂 優輝の情報はまだいくつかある。



 弥堂の師は元恋人でもあり、エルフィーネという名前。シスターだけど怪しい拳法を使い多分弥堂よりも強い。


 彼の保護者をしていたルビアという女性は元娼婦で自警団のようなもののボスをしていた。そしてその彼女から流儀を教わった。


 カルトのテロリストっぽい、傭兵っぽい。もしかしたらそれは彼女たちの影響かもしれない。



 これはきっと望莱に渡した方がいい情報だ。



 しかし――



(……エルフィさんはメンヘラさんで菩薩さまみたいなひと。ルビアさんはお酒好きでいい加減なひと……)



 あの時彼が希咲の前で口にしたそれらの情報は、きっと嘘でもなければ駆け引き的に開示したものでもない。


 ついポロっと漏らしてしまった身の上話だ。



(それを、その日までトクベツ絡みもなかったあたしに漏らしちゃったのは……)



 そう考えてしまったら、これらの話を彼のいない所で他の人間に伝えることに酷く罪悪感を感じた。



 感じてしまった。



 希咲は思わず唇を堅く締めてしまう。




「……論理的にはそこまで可能性高いわけではないんですけど、イメージ的には一番しっくりきちゃうんですよね。潜入工作が目的でなく破壊活動……? それなら頭のネジがぶっ飛んでる人を捨て駒に送り付けてきても不思議はない……。でもこんな長期間潜伏させる意味は……? 命令系統は……」


「めいれい……」



 その言葉に紐づいて想起されるものもあった。




『俺は色々と上手くない』


『わかりやすく言えば無能だ』



 弥堂はそんなことを言っていた。


 いつもどおりの無表情で当たり前のことのように。



 そして、だからそんな自分の考えたことや思ったことには価値がなく、有能な上の人間の指示通りにしていれば、それが正解となる。



 そんなことを言っていた。



 自虐的なことを口にする時には何の感情も見せなかった彼だが、言い終わった後に後悔するような様子を見せた。


 言ってしまったことを後悔していた。



「なにか思い当たることありました?」


「えっ――⁉」



 物思いに耽っていたら突然望莱に声をかけられ、希咲は動揺する。



「えっ、えっと……、大したことじゃないかもなんだけど、なんか上司がいる……みたいな……?」


「おや。それは重要な情報ですね」



 だから彼の過去の話を口にするのは憚られ、代わりに現在の学園内でも確認のとれる内容を希咲は話してしまう。


 それはまるで誤魔化して話を逸らしたようで、そんな自身の不誠実さに今度は望莱に対して罪悪感を覚えた。

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