1章50 『神なる意を執り行う者』 ④


 無言で睨み合う水無瀬とボラフ。



 その様子を弥堂は見守る。



 魔法少女として確かな成長を見せている水無瀬と、腐っても悪の幹部を名乗るほどの存在であるボラフ。


 その両者の対決がどのような結果になるのかに関心があった。



 計4匹のゴミクズーを瞬殺した水無瀬に慄いていたボラフであったが、それは決してそのまま彼女の実力に対して恐れをなしたわけではないと弥堂は考えていた。


 恐らく、やろうと思えばボラフにも同じことは出来る。


 ヤツが驚愕したのは、水無瀬がその域にまで成長しているとは想定していなかったからだ。


 そのように弥堂は見立てていた。



 ボラフが散々口にしていた、力関係で上下関係が決まるといった闇の組織の特性を考慮すれば、ボラフの実力は上司であるアスよりは下で、巨大な怪物にまで為ったアイヴィ=ミザリィよりは上――そういうことになる。



 弥堂自身、ボラフとは何度か戦ったが、ヤツは腕を鎌に変化させるくらいのことしかしてきておらず、ほぼ人間同士の戦いと変わらぬ戦い方しか見せていない。


 アスは様々な魔法を使っていたし、手下のゴミクズーどももそれぞれの異形の特徴を持っていて、人間には不可能な戦闘手段・戦闘能力を発揮していた。


 このボラフにも、まだ見せていない異形としての、人外としての特性が何かしらあるはずだと想定しておくべきだ。



 また、もしもそれが無いのであれば、あの鎌の腕だけでアイヴィ=ミザリィを上回ることが出来るということになる。


 その場合のヤツの戦闘スタイルは――



(――高速機動と鋭さ。それによる近接戦闘)



 あの縦横無尽に襲い来る髪の毛に摑まらずに接近し、あの巨体をバラバラに斬り刻んで殺し切ることが出来ることになる。



 戦ってみた感じ、そこまでのことが出来るようには感じられなかったが、しかし弥堂程度には底を測れるだけの力も見せてはいなかっただろう。


 それを加味したとしても弥堂の師であるエルフィーネの方が遥かに強い。


 彼女であればアスを相手にしたとしても負ける姿が想像できないが、とはいえ今ここに居ない女を当にしても仕方がない。



 戦うのは水無瀬だ。



 彼女には十分に勝機があると弥堂は見ている。



 まず、彼女には相手を滅ぼせる手段がある。


 当たれば必殺に足る魔法がある。


 問題は当たるか――だ。



 基本的に水無瀬の魔法は、ある程度サイズのあるゴミクズーとの戦闘の中で培われてきたものだ。


 彼女が【光の種セミナーレ】と呼ぶ魔法の弾は割と取り回しの良い攻撃だが、ボラフはあれを喰らっても一撃で滅びるようなことはなく、また鎌で斬り払ったりもしていた。



 アイヴィ=ミザリィとの戦闘で編み出したLacrymaラクリマ BASTAバスターの方はまんま大砲だ。当たれば必殺だが、発射までに溜めが必要となる。


 撃てばどこかに当たるようなデカブツには非常に有効な技だが、小型でしかも機動力の高い相手には頗る相性が悪い。



 だが、ボラフの方にも明確な弱点がある。


 それはメンタルだ。あの気性の荒さは付け入る隙となる。



 ヤツの鎌の攻撃を魔法の盾でしっかりと防ぎ、光弾で少しずつ削っていけば、恐らくキレて勝手に自滅する。



 水無瀬が反応できないほどの速度、もしくはまだ見せていない隠し玉。


 それらには注意を払う必要があるが、基本的な方針としてはそれで勝てるだろう。



 弥堂はそれを伝えようとして水無瀬の背中を見て、そして止める。



 意味がないからだ。



 戦場では素人の助言などなんの役にも立たない。



 この戦場に於いてはきっと自分の方が素人なのだ。




「――いくぜぇッ!」



 ボラフが動き出す。



 両腕を鎌に変え真っ直ぐに突撃してくる。



(――速い、が)



 水無瀬が反応出来ない程ではない。



 弥堂がそう考えたところで、



「【光の盾スクード】ッ!」



 準備は出来ていたようで水無瀬が防御のための魔法を唱える。


 防御魔法を覚えたのはつい最近のことだが、既に慣れた手際で正面に盾を展開する。


 基本的な対応だが、しかしこの後彼女は意外な行動に出る。



「――アァ?」



 ボラフが驚愕の――というよりは困惑の声をあげる。



 自分とボラフとの間に盾を展開しておいて、彼女はすぐに盾の後ろから横に飛び出す。


 これでは何のために盾を出したのかわからない。



 ボラフもそう考えたようで水無瀬の真意が読めず、すぐに彼女を追うという決断ができなかった。


 ほんの一瞬の逡巡の間に盾の方が先に動き出す。



「――んなッ⁉」



 水無瀬が置いて行った盾の方からボラフへと迫ってきた。


 慌ててその盾を避けてしまうと完全に突撃の勢いは無くなる。


 その間にまた新たな盾がパッパッパッと次々に創られた。



「なんだそりゃ……?」



 その盾は水無瀬の元でもボラフの近くでもなく、少し離れた場所にいる弥堂の周囲を囲うように出現した。



(庇われたか)



 どうやら背後に居た弥堂を巻き込まないように配慮して大きく横に移動し、手厚い置き土産まで置いていってくれたようだ。



 そしてその水無瀬本人はその間に空へ翔んでおり魔法弾を展開済みだ。



(やるじゃねえか)



 見事な手際だと弥堂は素直に称賛した。声には出さないが。



「クソがッ! 飛べば手ェ出せねえと思うなよッ……!」



 気合を吐き、ボラフは水無瀬目掛けて跳ぶ。



「【光の種セミナーレ】ッ!」



 水無瀬は迎撃の魔法を撃ち出した。



 水無瀬の魔法よりも速く弾丸のように跳び上がったボラフは、向かって来る魔法弾を或いは斬り払い或いは潜り抜け、水無瀬へと肉薄する。



「【光の盾スクード】ッ!」



 振り下ろされる鎌を水無瀬は魔法の盾で受け止める。


 ギィィンッと音を鳴らし、盾はその一撃に耐えた。



 水無瀬は新たに魔法弾を撃ち出し牽制しながら距離を取ろうとする。


 ボラフは小さな足場のようなものを魔法で創り出すと、それを蹴って加速し逃げる魔法少女を追った。



「――っ! 一つは残して……」



 三発ずつ魔法弾を創り出し二発を撃ち出す。


 追ってくるボラフを先に撃ちだした魔法弾で妨害し、近付かれる直前に残した一発を撃って勢いを削ぎ、その隙に盾を創り出す。


 盾で攻撃を確実に受け止めてまた距離を取り、同様の行程を繰り返しながら徹底して接近戦には持ち込ませない。



 水無瀬はきちんと自分の得意なことと、相手の得意なことを理解していた。



「ムダだッ! 逃げ続けられると思うなよッ!」



 ボラフもボラフで被弾することなく、円を描くように動く水無瀬を追い続ける。



「そんなこと……、思ってませんっ! だから――っ!」



 ここで変化が起こる。



「――アッ?」



 旋回する軌道で翔んでいた水無瀬は元の位置にまで戻ってきていた。



 先ほどまでと同様に魔法弾が撃ちだされる。


 しかしそこには先程には無かったものが在った。



 逃げながら置いていった魔法の盾である。



 先程の地上での攻防の時に見せたように、魔法の盾がボラフへ迫りその動きを妨害する。



「チッ、クソッタレが!」



 ボラフは水無瀬やアスのように空中を魔法で自由自在に翔んでいるわけではない。


 細かく足場を形成してはそれを蹴って跳んでを繰り返している。


 一度跳べば次に足場に足を乗せるまでは急な軌道の変更は難しかった。



 正面から迫る魔法弾を避けようとするのを、横から迫った魔法の盾に進路を妨害され、仕方なくその盾を足場に高度を保ちながら魔法弾を切り払う。


 被弾までには至らなかったが、明らかに防御に割くリソースが増大し追う足が遅くなった。



「【光の盾スクード】ッ!」



 そこに水無瀬は新たに盾を増やす。


 自分の正面ではなく魔法弾の対処を終えて、こちらへ跳び出そうとしていたボラフの真ん前に。



「グッ……⁉ ちくしょうっ!」



 寸でのところでその盾に突っ込むのを堪えたボラフはバランスを崩し高度を落とすことになる。


 すぐに自前で足場を創りなおし再度跳び上がろうとするが、そこへ魔法弾が殺到する。



 水無瀬を負うことは諦め大きく横方向へ回避をすると、そこには先に置いてあった魔法の盾がすでに迫っていた。


 盾も一つではなく逃げる方向を誘導するように時間差でいくつも迫り、大きく逃げようとすると魔法弾の群れに狙われる。



 そう時間はかからずに、ボラフは被弾し始めた。



 二発・三発と撃たれバランスを失い足場を踏み外して地上へと落下する。



 どうにか空中で身を回して姿勢を制御して着地に備える。


 着地には難なく成功した。



 だが――



「――ア……?」



 周囲には魔法の盾。



 グルリと首を回して弥堂の方を見る。



「……ヤツを囲っていた盾が無い……っ⁉」



 落ちてきた自分の四方を囲むために動かしたのでは間に合わない。


 まるで用意してあった箱の中に落とされたようではないかとボラフは直感する。


 慌てて宙に居る魔法少女を見上げようとすると――



「……は?」



 パッと、蓋を閉じるように上方に新たな盾が出現して完全に箱の中に閉じ込められた。



 ボラフは自身の鎌の腕を見る。



 ここまでの戦いで一度たりとも彼女の盾を斬り裂くことは出来ていない。



 呆然と自らを閉じ込める蓋に目を戻すと、その向こう側の上空には杖を構える魔法少女が居た。



 その杖の先には膨大な魔力が集中し球体を形成していっている。



「ウソだろ……?」



 勝負にすらならない。


 あっという間に詰まされた。



 ボラフは己を灼くであろう破滅の光を呆然と見上げた。

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