1章48 『周到な執着』 ⑦





(――そういえば、こいつはなんで……)



『まて』



 退室しようとする希咲を引き留める。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ん?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:まだなんかあった?』


『お前はみなせを覚えているのか』



 弥堂がそうなっていないことに気付かれたくないと考えたことで、そこに思い至った。



(むしろ何故今まで疑問に思わなかった)



 己の無能さに苛立つ。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたなにいってんの?』


『彼女を忘れたこと、意識から外れたことはないか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いみわかんない』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そんなことあるわけないでしょ』



 恐らく惚けているわけではない。



 現在水無瀬の周囲で起こっているこの謎を、ほんの一歩答えに進められそうな気がした。



『それはお前の仲間たちも同じか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:それってマサトとかマドカたちのこと?』


『そうだ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あいつらがなんの関係あんの?』


『今すぐ確認してこい』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:え? ちょっと……』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:マジなやつ?』


『そうだ』

『みなせまなを知っているかと聞いて即答できるかどうか見極めてこい』

『はやくしろ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんなの!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あたしあんたの彼女じゃないんだから』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:めーれーすんなってゆったじゃん!』


『うるさい黙れ』

『俺もお前の男じゃないんだから』

『余計な手間をかけさせるな』

『早くしろ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:もうっ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょっとまってて!』



 弥堂は自覚はないが、若干メッセの打ち込みスキルが上達した。



 10秒ほど待って彼女から返信が来ないことを確認すると、弥堂はスマホから一時眼を離す。



 希咲からの返答次第で何かわかるかもしれない。



 とりあえず、自分のことは一旦例外にしておくことにして、学園やこの街から離れた場所にいる希咲たちにも同じことが起こっているのか、それとも何も起こっていないのか。


 その情報はこの事件に対するなにか取っ掛かりになるかもしれない。


 弥堂はそう考えた。



 間もなくして、再びスマホに着信が入る。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:きいてきた!』


『結果は』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:別にフツーだし』


『ふつうとは』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:みんなちゃんと覚えてたけど』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つか アタリマエでしょ!』


『みんなとは誰だ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:もーっ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:めんどいやつ!』


『はやくしろ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うっさい ばかっ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:マドカとみらいとマサトにバンとリィゼ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ、リィゼはマリア=リィーゼね』


『聞かれた時のようすは』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だからフツーだってば』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つーか!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あたしがヘンな風に見られたじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかやろー』


『全員そくとうか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ 即答ね』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:即答よ』


『なにか表情を変えたやつは』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だからあたしがヘンに思われたってゆったじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:みらいとリィゼにめっちゃムカつく顔された!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたのせいだからね!』


『そうか』



 どうやら嘘ではないということに一旦しておく。



 希咲たち一行には今クラス内で起こっていることの影響はない。



 それは、場所が離れているから何も影響がないのか。



 それとも、彼女たちだから影響がないのか。



 このどちらかで何かがわかるし、このどちらでも何かがわかる。



(ここらが潮時か)



 これ以上踏み込むと向こうにも自分に対して同じ疑問を持たれるかもしれない。


 希咲はどうだかわからないが、少なくとも紅月・天津・蛭子の三家にそれを知られるわけにはいかない。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ねぇ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょっとゴメンなんだけど』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ここまでで終わってい?』


『かまわんが』



(勘づかれたか……?)



 眼を細める。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そ?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あたしから聞いたのにごめんね』



 急にしおらしくなったように見える希咲の態度を弥堂は怪しむ。


 今ほど危惧したことがもうバレてしまったのかもしれない。



 弥堂程度でも気付けることだ。


 ならあちらに出来ない道理がない。



 それならばいっそここでもう敵対してみるかと思いつく。


 その方が効率がよさそうだと思えた。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:急に忙しくなっちゃって』



(ふん、白々しい)



 彼女の返答を鼻で嘲笑う。


 そしてはっきりと敵意を告げる挑発文を作成していると――



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょっとクマにエサあげなきゃなの』



――指が止まる。



 そしてスッと身体に漲っていた敵意という名の活力が消え失せる。



『おまえふざけてんのか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ふざけてないし』


『もう少しまともな言い訳を考えたらどうだ』

『それでこの俺がだませるとでも』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:はぁ?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにイイワケって』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だますとかいみわかんない』



 彼女は過剰な反応を見せた。



 一瞬そうも思ったが、よく考えたら普段からこの女はこんな感じだった。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんであたしがあんたにイイワケするわけ⁉』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:気つかってごめんねしてあげただけじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ベツにあんたとずっとメッセしてなきゃいけないギムとかないし!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:くそきも!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:くそうざ!』


『言うに事欠いてくまだと』

『もっとましなうそをつかえ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそじゃねーし!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょっと事情があって』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:クマさんを殺すか殺さないかって』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:モメてたの!』


『みえすいたことを』

『くまをどうこうする相談をする高校生がいるか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そうだけど!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:それは反論できないけど!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:でもホントなんだからしょうがないじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばか!』



 こうして弥堂と希咲にとってはいつも通りの口論に発展しそうになった瞬間――



――弥堂に閃くものがあった。



(いや、待て。熊……だと……?)



 すぐに切り替えて作成中の暴言を消して文章を打ち直す。



『お前のところに熊がいるのか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そう!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:信じらんないかもだけど』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:クマさんいるの!』



 弥堂が現在抱えている別件にそのことが繋がった。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やば』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ごめん』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:これナイショにしといて』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やばやばかもしんない!』


『お前今どこにいる』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:旅行にきまってんでしょ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なに? いまさら』


『それはどこだ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんでそんなこと聞いてくんの?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:きもいんだけど』


『言えないような場所にいるのか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:や』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:確かに言えないってゆーか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:言ってもわからないとゆーか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:セツメーできないとこってゆーか』


『なるほどな』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なるほどじゃねーだろ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あたしが言うのもだけど』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:これでなるほどするヤツいないでしょ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんなの?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そっちから聞いといてテキトーに答えんな!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばか!』



 ツラツラと重ねられてくる自分への悪口を弥堂は視て流す。


 確信を得た。



『おい』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なによ』


『お前佐々木さんとこの家畜をやったな』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:佐々木さん?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:かちく?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにいってんの?』


『昨日の家畜殺害は貴様らの仕業だな』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:え?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だから殺すかどうかモメて』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そんで殺さなかったんだってば』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だからクマさんにエサあげるってゆってんの!』


『意味のわからんことを』

『そのくまさんをけしかけて牛さんや豚さんを殺させたのはお前だな』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:マジでいみわかんない!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたがクマさんとかゆーな!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ぜんっぜんカワイクない!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:キモい!』


『お前今美景にいるだろ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いねーし!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:こちとら無人島よ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:食料ピンチだわ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:たすけて!』



 支離滅裂な文章が送られてきて弥堂は眉を顰める。


 もしかしたら家畜殺害の件の犯人は彼女たちではないのかもしれない。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:てゆーか!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あたし忙しいってゆったのに!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんでしつこくすんの!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そんなにあたしにかまってほしいの?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:どんだけヒマなのよ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:バーカ!』



 弥堂はカチンときた。



『忙しいところ相手してやってんのは俺だ』

『ふざけんなよ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ヒマじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いみわかんないことばっか言って!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにしてたか言ってみろ!』


『仕事だ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつき!』


『うそじゃねえよ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:じゃあ何してたか言えるでしょ!』


『空き地に穴掘ってた』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:小学生か!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんでそんなことすんの⁉』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:メーワクだからやめなさいよ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:マジでバカなんじゃないの!』


『うるさい黙れ』



 結局いつもの意味のない口論となってしまった。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つーか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ねぇ?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたトモダチいないから』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いつもそんな遊び一人でしてんの?』


『そんなわけあるか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:もう夜だよ?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:こんな時間に一人でそんなこと』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたごはんは?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんとたべたの?』


『うるせえ』

『お前はかあちゃんか』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちがうし!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたが子供みたいなことしてんのがワルイんでしょ!』



 なにか本気で同情や心配をされているようで、それが癪に障った。


 これもここまでに何度かあったパターンだった。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょっとまってて』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:こっちの家事片付けたら』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:少しだけだけどかまってあげる』



 ビキっと弥堂のコメカミに青筋が浮かぶ。



『いらねえよ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なによ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょっとだけガマンしてってゆってるだけじゃん』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そんなさみしーの?』


『ちげえよ』

『むしろ連絡してくんな』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにそのいいかた』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんかカワイソーだからかまってあげようと思ったのに!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:でも通話はヤダからね』


『たのんでねえよ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにそのいいかた』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:てゆーか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんた愛苗とID交換した?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:22時までなら愛苗とメッセしていーよ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:トクベツにゆるしたげる』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つーか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんと交換したの⁉』


『するなんていってねーだろ』

『なにさまだ』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いちいちナマイキ!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:した方がいーってゆってんじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんで言うこときかないわけ⁉』


『しつこいぞ』

『とっとと熊の餌になって死ね』


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:牛さんにハネられておまえがしね!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばかばーか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:へんたい』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちかん』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ぶたどろぼー』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ぱんつどろぼー』



「うるせえ!」



 怒りを吐き出しながら『他人を激怒させるスタンプ』を投げつけてスマホを懐に仕舞う。


 もうなんの話をしていたのかも忘れてしまうほど苛ついていたので、勢いのまま家に帰ることにする。



 ガンっと積まれた木材を蹴りつけて弥堂は空き地を後にした。



 スタンプ貼り付けからの逃亡で、今回の口喧嘩は弥堂の判定負けとなった。

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