1章44 『Lacryma BASTA!』 ②


 目の前で起きたことが受けいれられず、橋の手前で地面にペタンと座ったまま水無瀬は茫然とする。



「弥堂くんっ……!」



 彼の名前を呼ぶ叫び声にハッとなり、遅れてそれが自分の声だということに気が付いた。



「助けなきゃ……っ!」



 図らずもそのことで正気にかえり、水無瀬は急いで立ち上がる。



 しかし――



「でもっ……、どうやって……っ⁉」



 触手の海のようなアイヴィ=ミザリィの体内に呑み込まれていってしまった弥堂を早急に救け出さなければならない。


 それはわかっている。



 だが、その方法が水無瀬にはすぐには思いつかない。



「マナッ……!」


「メロちゃんっ、弥堂くんが……っ!」



 魔法少女のお助けマスコットであるネコ妖精のメロが駆けつけてきた。



「まずは離れるッス! ここに居ちゃ危ないッス!」



 メロの警告どおりいくつかの触手が水無瀬の方にも近寄ってきている。


 慌てて飛行魔法を発動し、空へと逃れた。



「どうしよう……、メロちゃん」


「とりあえず外側を削ってみるしかないッス。まだ生きてるかわかんねえッスけど」


「そんな……っ⁉」



 顔を青褪めさせながら水無瀬は魔法球をいくつか創り出す。



「【光の種セミナーレ】ッ!」



 それらは弥堂が呑み込まれた場所の周辺に当たり、僅かに体表を傷つける。



「マナッ! 威力が足りねえッス!」


「で、でも……、強く撃ちすぎちゃって弥堂くんにも当たっちゃったら……」


「言ってる場合じゃねえッスよ! 普通はもう死んでるッス!」


「……っ! 【光の種セミナーレ】ッ!」



 威力を上げた魔法の光球を撃ち込むと今度は先程よりも深くゴミクズーの躰が抉れる。


 しかし弥堂の姿は見つからず、また今の攻撃でアイヴィ=ミザリィの敵意が水無瀬の方へも向いた。



「……イタイ」「……ヒドイ」「……カラダ」「……カエシテ」「……タスケテ」



 まとまりのない怨みを吐きながら多くの触手が襲ってくる。



 水無瀬はそれを躱していく。


 回避は特に危なげなく成功させているが、しかし少しずつ距離を離されてしまい焦りばかりが募ってしまう。



(これじゃあ、さっきまでと一緒だ……っ!)



 どうしていいかわからないと逡巡し、決断をしないでいる内に状況はどんどんと悪くなっていく。


 こうしている間にもアイヴィ=ミザリィの触手が川から大量の水を吸い上げ、魔法で削られた躰を修復してしまった。



「フローラル・バスターを撃つッスよ! 一気に削らないとキリがねえッス!」


「だけど、弥堂くんが……っ!」



 尚も迷う水無瀬にメロは意を決したように切り出す。



「……マナッ、逃げよう」


「また……っ。メロちゃんこんな時にふざけるのは――」


「――冗談なんかじゃねえッス」


「えっ……?」



 驚く水無瀬から今度は目を逸らさずにメロは訴えかける。



「少年は……、自己責任ッスよ。あんなのに正面から殴りかかっていくなんて、フツーはやらねえッス」


「メロちゃん、だけど……っ」


「マナっ、聞くッス。あれは助けられねえッス。自分から死にに行くようなヤツのことまで、マナが責任感じる必要はないッスよ……!」


「…………」


「アイツはイカレてんッスよ……! マナは悪くないッス!」


「…………」


「このままじゃマナも戦いづらいだろうし、ここは一回逃げて――」


「――メロちゃん」



 メロの説得に俯き黙りこんでしまったように見えた水無瀬はここで静かに顔を上げる。


 怒っているわけでもメロを責めるわけでもなく、ただその瞳には確かな強さがあり、メロはその光に怯み言葉を止めてしまった。



「メロちゃん。弥堂くんはそういうのじゃないよ」


「…………」


「弥堂君はね、やっぱり真面目なんだよ」


「マナ、それは……」



 叱られた子供のように顔色を伺いながら反論しようとするメロに、水無瀬は安心させるように笑ってみせ、そして首を横に振った。



「私だってふざけて言ってるわけじゃないよ? 弥堂くん言ってたもん。やるって決めたらやるって。痛くても恐くても、絶対に逃げたりなんかしないんだ」


「…………」


「それってやっぱり真面目だから出来ることだと思うし、それにとっても勇気がいることだと思う。だから弥堂くんは真面目でいっしょうけんめいな、すごい子だと思うの」



 メロは水無瀬の言うことにはとても同意も共感も出来なかったが、彼女の有無を言わせぬ雰囲気に反論が出来なかった。


 普段優しく、他人に何かを強要したり自分の意見を押し付けたりすることのない彼女だが、こうと思ったら突き進んでしまい、そしてそれを止めることは難しいことをメロはよく知っていた。



「でも、これって本当は私がやらなきゃいけないことで、それに私はもうずっと前に『やる』って決めた……」


「マナ……」


「だから、私も勇気を出さなきゃ……っ!」



 水無瀬は強く魔法のステッキを握りしめる。



「だけどマナ、どうやって……⁉」


「……遠くから強い魔法を撃ったら、弥堂くんを巻き込んじゃう。見つけられても魔法を止められないかもしれない」



 アイヴィ=ミザリィの巨体に目を向けて、その躰の中心に視線を固定する。



「だったら――」



 ゆらりと水無瀬の身体から漏れ出た魔力がゆらめく。


 その力強さにメロは気圧されて思わず後退った。



 水無瀬は身体の周囲に4つの魔法の盾を創り出し菱形のように配置する。


 そしてさらにその外側に魔法の光球を複数展開させた。



「――だったら、私が近づけばいい……っ!」


「マナ……? まさか――っ⁉」


「――いきますっ!」



 メロが何かを察した瞬間、止める間もなく水無瀬はアイヴィ=ミザリィへ向けて突撃した。



 飛行魔法を最大出力に。


 ショートブーツに顕れた羽が一層強く光輝き、水無瀬は加速する。



「おいおいおい……、マジかよ……っ⁉」



 驚いたようなボラフの言葉とほぼ同時、アイヴィ=ミザリィも面を喰らったのか、闇雲に触手を水無瀬へと向かわせた。



 水無瀬はそれを避けようともせず、盾で受け止め光球で焼き切りながら一直線に突っ込んでいく。


 消耗した盾は魔力を注ぎ込んで無理やり修復し、消費した光球は次々と補充する。



 そして間もなく、ゴミクズーの巨体にぶつかった。



 削岩機に削られたように肉が裂け髪が千切れ、アイヴィ=ミザリィの躰が抉られる。



「正気かよ……っ⁉ エグイことしやがって……!」



 水無瀬が魔法の出力頼みでアイヴィ=ミザリィの躰の中へ潜っていくと、ボラフは驚愕に目を剥いた。


 今日までの関りの中で、多少脳筋な気質が彼女にはあると思っていたが、ここまで過激なことをするとは思ってもみなかったからだ。



「……ぅっ! 弥堂くん……、どこ……っ⁉」



 肉塊の海を泳ぎながら目を凝らすも彼の姿は見えない。


 こんな恐ろしいところに生身で呑まれてしまってはもう――嫌な想像が脳裏を過るが、頭を振って魔力を集中させる。



 周囲を回転する光球が肉を抉り、噴き出した血のような赤い液体がベチャリと盾を汚す。


 その光景だけで遠のきそうになる意識を強く保った。



「ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ーーッ!」



 体内に這入り込んだ異物感に堪りかねたアイヴィ=ミザリィが絶叫を上げる。


 半狂乱で触手で自らの躰を掻き毟り、やがてそれを躰に突き刺し始める。



「え――っ⁉」



 その行動を予想もしていなかった水無瀬は対外へと弾きだされてしまう。


 再び宙へと戻った彼女へ向けて矢鱈めったらと触手と水砲が撃ち出された。



「わっ、わわ……っ⁉」



 処理しきれないほどの数に被弾を覚悟した水無瀬だったが、自分でも不思議なことに何となくそれらの軌道を感覚で把握でき、回避に成功した。



「そうか……っ、キラキラ……、ずっと、今も……、ここにいる……っ!」



 昨日の戦いでアスに魔法のレクチャーのようなものを受けた時のことを思い出し、その時の感覚が蘇ってくる。



「……わかる。メロちゃんも、ボラフさんも、あの子たちも……」



 ピンク色の瞳を見開く。全部が見えるような気がした。



「弥堂くんは……どこ……? わかるはず……! 見つけられる……っ!」



 クンクンと鼻を鳴らす。


 その瞬間、水無瀬の目がアイヴィ=ミザリィの躰の一点――再生しながら埋まりゆく肉塊の奥を捉えた。



「――見つけた……っ!」



 彼女の身体を覆う魔力のオーラが輝きを強めた。



 それに反応したのか、アイヴィ=ミザリィが叫びをあげ、また無数の触手と水砲を放つ。



「邪魔を……、しないでっ……!」



 水無瀬が気を発すると同時に、上空に無数の魔法の光球が生まれる。



「【光の種セミナーレ】……いっぱいっ!」



 空を埋め尽くすほどの魔法の光球が一斉に撃ち降ろされる。


 破壊の雨が降り注ぐ。


 それらは闇雲に放たれたものではなく、正確にゴミクズーの攻撃を迎撃していく。



「――もう一回っ!」



 水無瀬は再び突撃をした。


 一直線にゴミクズーの体内へと飛び込んでいく。




 迷わずその場所へ向けて突き進んだ。



 肉の壁を掻き分けていくとやがてぽっかりと空いた空間のような場所へ出る。



 その空間の中、水無瀬の視線の先に居たのは――



「――弥堂くんっ!」



 気を失っているのかもしれない。


 グッタリと力なく、髪の毛に拘束されて吊るされていた。



 水無瀬は迷わず彼の方へと加速し、手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る