12  チョコレートは冷めないうちに

 アランの誰何すいかに答える声はない。

「デーツの木にもたれてこちらを見ているね。この学校の学生ではなさそうだ」

アランの指摘に、相手が少したじろいだ気配をアランが検知する。そして小さな声が聞こえた。

「不見術が効いているはずなのに……」


「なんだ、姿を消しているんだ? あいにく僕は目が見えない。気配を検知したんだよ」

ひとりごとに返事をされて、相手は怒りを感じたようだ。

「ふーーん、目が見えないのに高位魔導士? ヘンなの」

「目が見えなくても、魔導士にはあまり関係ないかもしれないね。ま、星見は無理そうだけど。星は遠すぎて、検知術とか遠見術とか適応外」


 デーツの下の人物はじろじろアランを見ているようだ。

「その髪の色は? 薄いエメラルドグリーン? 珍しいわね。しかもぼんやり光ってる……」

「キミの髪は栗色だね。そして瞳は赤鳶色。年のころは、僕と同じくらいか少し下 ―― どうだい、違っているかい?」

「見えてるの?」

デーツの木の下の誰かが息を飲む。

「見えてないって嘘ね?」

更に怒りの波動をアランが感じる。


 と、アランがにわかに緊張する。それはデーツの下の人物も同じだった。


「校長……」

 校長ビルセゼルトがいきなりアランの横に姿を現した。

「今いたのは?」

デーツの下の気配は消えている。新たな人物の登場を察知して、さっさと逃げたと見える。

「さぁ……名を聞きそびれました。でも、女性かと」

「うん……そろそろキミがパロットに来たかと思ってのぞいてみたら、見慣れない魔女がキミの近くにいた。慌てて来てみたが、逃げ足が随分と早い魔女だったようだ」

ビルセゼルトが苦笑する。


「危険な感じはありませんでした。栗色の髪に赤鳶色の瞳……美しい容姿をしていました ―― 捕らえた方がよかったですか?」

「麗しの姫君と髪と瞳の色が一致している。下手に捕らえるもの問題が起きそうだな」

「難しい相手に見込まれたものです」

 ビルセゼルトが苦笑いする。


「情報を集めてみたんだが、ジュライモニアは北の魔女の城の魔導士たちにことごとくフラれたらしいよ」

「へぇ……あんな美人なのに? よっぽど性格に問題があるのでしょうね」

「アラン、救いの手を差し伸べてみるかい?」

「校長もご冗談がお好きな」


 アランがビルセゼルトを無視してパロットに向かって歩き出す。そんなアランをビルセゼルトは面白そうな顔で見たが、アランを追わずデーツの木の下に移動した。


 そんなビルセゼルトに気が付いていたがアランは気にせず喫茶室パロットを目指し、到着するとその扉を開けた。すると中には既にビルセゼルトの姿があった。移動術を使って先回りしたのだろう。


 インコたちが『アラン』『アラン』と騒ぎ立て、アランの肩に留まっては挨拶して元の場所に戻っていく。

「随分と人気者だね」

ビルセゼルトが微笑んで見ていると、『アイシテルヨ』と、一羽のインコがアランの肩で囁いて、アランの頬が赤く染まる。


 ここのインコたちは世話係のアランの言葉しか覚えない。アランが教えたか、アランがいつも口にしている言葉だという事がすぐ判る。


 アランの羞恥に気が付かないふりをしてビルセゼルトが腰掛け、

「チョコレートでもいかがかな? いやと言われても予約をしてしまったのだが」

と、アランに聞いた。いただきます、とアランも校長の対面に腰かける。


「それで、反省文はできたかね?」

「はい、ここに」


 アランがひょいっとてのひらを返し、宙から数葉のレポート紙を取り出してテーブルに置く。それを手にして、目を通しながらビルセゼルトが問う。

「相変わらず美しい文字だ。どうやって書いた?」

「自動筆記ペンで」

「これはアランの筆跡に見えるが?」

「ペンに僕の筆跡を覚えさせています」

「なるほど……ペンに魔導術を上乗せか。考えたね」

ビルセゼルトが満足そうに笑んだ。


 読み終わるとレポート紙を整えて、テーブルに置き、

「ところで、アラン。キミは自分の短所を理解しているかね?」

と聞いてきた。


「体力は地上の月のお陰で充分な改善が見込まれました。父ほど短気ではありませんが、熟考は苦手です。答えを急ぎすぎるきらいがあるかと、自分では思えます」

「そうだね、今も即答している。多くの学生が同じ質問に少しばかり考えてから返答をするものだ。だが、それは短所なのかな? キミの利発さゆえの事だと私には思える。ほかに短所は?」

「……頑固なことでしょうか。一度言い出したら、なかなか意思を変えません。それと自信家に見せかけているくせに気が小さい。落ち着いているふりをして内心、いつもビクビクしている。それに、なかなかコンプレックスを克服できません。背が低い事、身体が細い事、それに髪の色。どうにもならないことなのに、畏れを抱いています」

「畏れ? なぜそれらを怖がる? 体格や髪の色は個人差のある物だし、なぜ怖がるのだろう?」

「校長、他者と大きく違う事を怖がるのが判りませんか? 他者と比較しても意味がないと、理屈では理解していても、感情は理解してくれません」

「ふむ……そうだね、コンプレックスとはそんなものかも知れないね」


 ここで奥からチョコレートが湯気を立ててフラフラと近づいてくる。

「代金はあとで校長室に」

つぶやいてビルセゼルトがゴブレットを二つ、受け取った。


「営業時間外だと、喫茶室は有料になるらしい。この学校に学生時代も含めて三十年近くいるけれど、今回、やっと知ったよ」

とビルセゼルトが笑った。


「代金を支払えば、時間外でも利用できるのですか?」

 アランの質問に、

「事前予約が必要だそうだ」

ゴブレットを一つ、アランの前に置きながらビルセゼルトが答える。

「使いたいのかね? 飲み物の提供だけだと言っていたな」

「場所を利用するだけ、と言うのはいかがですか?」

「アランはインコたちの世話をしているのだから、どうにでもなりそうだが?」

ニヤリとビルセゼルトが笑った。管理者の許可を取らずにキミは入室できると知っているよ、と言われたとアランは思った。


「アラン、キミの最大の短所は『先を読み過ぎる』事だと私は感じている」

「先を読み過ぎる?」

「うん。この反省文は何を考えて書いたのかね?」

「え……それは ―― 」

「反省文がギルドに提出されることを見据え、学校の立場、校長及び教職員の立場、そんなものを守りつつ、自分にも非がない事を暗に示唆している ―― これでは反省文とは言えないね、アラン」


「では、校長はどんな反省文を僕にお望みでしたか?」

「キミの部屋で珈琲コーヒーをいただいた時、キミは素直に反省していた。あのままで良かったと私は思うが?」

「僕は自分の保身を考えたわけではありません。僕が非難されれば、学校や先生がたのお立場も苦しいものになるかと思ったんです」

「アラン、それはキミが考える事ではないのだよ」

「あ……」


「先に先にと考えが回る。それは悪い事ではない、むしろ長所だ。だが、目の前をすっ飛ばしては短所に変わってしまう。アラン、今、キミは自分の保身を考えたわけではないと言った。なぜ我が身を考えない? それこそ一番に考える事ではないのかね? 自分を守りつつ、周囲を守る。順番が違うのだよ、アラン」


 ビルセゼルトはテーブルに置いたアランの反省文に手をかざし宙に消すと、

「まぁ、これはこれで受け取っておこう。キミが言いたいことはよく書けている。充分反省してると多くの者が受け止めるだろう」

そう言って立ち上がる。


「アラン、将来をあれこれ考えるのもいい。だが、目の前にある大切なものを見落としてはいけないよ。その目の前のものが、結局 将来に続いているのだという事も忘れないように ―― 冷めないうちにチョコレートを楽しんでくれたまえ。では、わたしは失礼する」

ビルセゼルトの姿が消えた。


 アランの肩に留まったままでいたマメルリハが『アイシテルヨ』とアランの耳元でささやくのが聞こえたが、アランは答えようとはしなかった。

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