4  消えた魔導樹

 マグノリアの木の下に全員が姿を現すと、アランがすかさず結界を張った。気配を部外者に検知されないためだ。校長不在でも、副校長レギリンスや、他の教授が校内に目を光らせている可能性がある。むしろそう考えたほうが正解だ。が、校長以外、アランの結界を見破れる魔導士はいない、とアランは踏んでいた。


 集まったのは、黄金こがね寮はアランを中心に、カトリスとグリン、そしてエンディーの四人、白金しろがね寮は寮長のサウズ、一年生でグリンの妹シャーン、赤金あかがね寮は寮長のカーラ、そしてアランの親友のデリス ―― 正式にはデリトーネデシルジブ ―― の二人、合計八人の『おしゃべりオウムの会』の正式メンバーだ。


 卒業年次生以外は、ここにはシャーンしか呼ばれていない。ほかに三年次生が五人、二年次生が三人、一年次生がシャーンと別に三人いるが、その全員を集められるほど、マグノリアの下のベンチのエリアは広くなかった。

「デリス、ダガンネジブ様から何か指示は?」

アランが親友に問う。


 アランとデリスは寮こそ違ったが、魔導士学校入学当初からなぜか気があった。打ち合わせをしたわけでもないのに、同じ講義を取っていたり、何しろ顔を合わせる事が多かった。更に正反対ともいえる二人の性格が、互いに相手を引き寄せたのだろう。


「それが、『ビルセゼルトの縄張りに立ち入れるか馬鹿者』と言われた」

 デリスが苦笑する。ダガンネジブは元南の魔女で前東の魔女ソラテシラの夫でデリスの伯父にあたる。


 年の離れた弟の忘れ形見のデリスを我が子のように可愛がっているダガンネジブは、デリスの母親も他界したのちに、デリスを自分の継承子と定めていた。ダガンネジブにはソラテシラとの間にできた娘ジョゼシラしかおらず、ジョゼシラはソラテシラを継承すると見越しての事だ。ジョゼシラはビルセゼルトの妻だ。


「ビルセゼルトの縄張りねぇ」

 アランが失笑する。自分たち学生が校長の持ち物のように言われた気がしたのだ。

「まぁ、そうは言ってもいざとなればビルセゼルトを無視するのがダガンネジブ様だ」

と、グリンはニヤリと笑った。


「あのビルセゼルトでさえも、ダガンネジブ様には頭が上がらない。少なくとも表面上はね」

「表面上? ビルセゼルトは妖幻の魔導士に逆らおうって思っている?」

「いや、逆らう気はないだろう。従えない時は従わないってことだ」


 グリンの言葉に、

「それを『逆らう』って言うんじゃなかった?」

とデリスが笑い、グリンがフンとデリスから顔を背ける。

「そんな細かい事で揉めるな」

アランが二人をたしなめる。他のメンバーが見て見ぬふりをする中、シャーンだけはグリンの腕にそっと手を置いてなだめている。


 グリンとデリスは仲が悪い。特に、ダガンネジブがビルセゼルトに、デリスの配偶者にシャーンを寄越せと言い出してから、グリンはあからさまにデリスを敵視している。もともと折り合いが悪い上に、ダガンネジブの威光を笠に配偶者を手に入れようというデリスが気に食わないグリンだ。しかもその相手が自分の妹となればなおさらだ。そして妹が返答を迷っているのも面白くない。妹を、忖度しなくてはならない状況に追いやった。グリンが憤るのも無理ない話だ。


 が、デリスとしても、自分が望んだわけではない、と自分に怒りを向けるグリンが面白くない。自分の伯父で後見のダガンネジブの勝手な企みも面白くない。そしてそんなグリンが自分の親友であるアランと仲がいい事も気に入らない。もっともそれはグリンとて同じだったが。


 グリンとデリスの争いを、さらりと無視したのがカーラだ。

「ダガンネジブ様の指示がないのなら、今回は我々の出る幕もないのでは?」

と、アランに言う。

「親愛なるサザナミインコちゃん。我らが首謀、ダガンネジブ様は以前からこうおっしゃっている。学生たちよ、己の信念を貫け」

「いいからアラン、普通に話せ」

サウズが苦情を口にする。エンディーがサウズに『アランの楽しみを取っちゃダメ』と、そっと耳打ちした。


 フン、と面白くなさそうな顔をしたアランだが、すぐに気を取り直す。

「問題は『犯人は学外』ってことだ。学生の悪戯なら、僕たちにできる事はない」

「学外ってことになると、学校に対しての攻撃なのか、教職員に対してか、あるいは学生かって事になる」


「グリン、考えすぎじゃないか? 植栽を枯らしただけだろう? 攻撃って程じゃないんじゃ?」

「そうだね、ここに大カエデを引き抜いたのもいるしね」

「やめろ、グリン。デリスもいい加減にしろ」

今度はカトリスが怒って声を大きくする。グリンとデリスが互いにソッポを向いた。


 アランがそれらを無視して話を続ける。

「それで、実際、植栽が枯れたって、どんな様子なんだい?」

「あぁ……それがね。枯れたって言うのとはちょっと違うのよね」

シャーンがサウズと頷きあった。


 発見したのは赤金寮の一年生だった。寮の周囲の植木が高木も低木も消えている。

「抜かれた?」

アランの質問に、

「抜かれたって言うより『消えた』だね。抜いたなら根っこの跡の穴がある」

答えたのが赤金寮のカーラだ。


「で、その一年生が談話室に戻ってきて、話を聞いた僕とデリスが見に行った。すると、木だけじゃなく、雑草すらない状態になってた」

「舗道以外は土がならされていたね」

カーラをデリスが補足する。


「白金寮も似たようなもんだったわ」

 そう言ったのはシャーンだった。

「ジェネイラとカラネルが顔色変えて談話室に戻ってきたの。木が一本もないって」


 談話室で報告を聞いたサウズが、そんな事はないだろう、と言い、ならば自分の目で確かめたら、とカラネルに言われる。ジェネイラとカラネルは白金寮の二年生だ。


 そこでその時、談話室にいた全員で見に行ったところ、確かに木は消えていて、それどころか、見る見るうちに生えていた草が片っ端から土の中に引き込まれて消えたという。


 どちらの寮も、すぐに校長を呼んだ。が、校長が来る頃には、辺り一面の花畑になっていたらしい。


 ここまでの話を聞いて、ついクスッと笑ったのはアランだ。経緯を聞いていると、たちの悪い悪戯にしか思えない。

「笑い事じゃないぞ、アラン」

「そうだね、グリン。消えた木は見つかってないんだろう? 特に白金寮付近には魔導樹が多く植えられていた」

「うん、ヘンなところに植え替えられてたら大騒ぎになるわね」

と心配顔はシャーンだ。アランがほんの少し笑みを見せる。それをグリンとデリスは見逃していない。だが、ここでそれを追及するのは拙い。外野が多すぎる。


「それでさ、なんでビルセゼルトは実行犯が『鳥』だと断定したんだい? 記憶の巻き戻しって校内で使えたっけ?」

 アランが赤金寮と白金寮の寮生に尋ねる。記憶の巻き戻し ―― この場合は大地の記憶の巻き戻し術を言っている。術が成功すれば、過去に起こったことが幻として再生される。


「ビルセゼルトは土をてのひらすくっていたわ」

 そう言ったのはシャーンだ。

「掌の掬った土をじっくり見ていたわね」


「こっちでは新しく生えてきた草を摘んだよ」

これはカーラだ。

「そしたら見る見る蕾がついて花を咲かせた。で、その花の匂いを嗅いでいた」

「魔導術のかかった花の匂いを嗅いだ? 危険じゃないの?」

母親が植物学者のシャーンが心配する。

「ビルセゼルトの毒耐性は完璧だ。だいたい毒性を確認してからじゃなきゃ摘まないはずだ」

と、言ったのはグリンだ。


「それでそのお花畑、今はどうなってる?」

 アランの問いに答えたのはサウズだ。

「放ってある。そのまま。片付けましょう、って言ったのに、校長、そのままでいいって」

少し不満そうだ。

「こっちも同じだ。この後どうなるか見物みものだ、って笑ってたよ」

カーラが言うと

「ビルセゼルトが笑ってるってことは、やっぱりそんなに心配ないんじゃないの?」

と、エンディーが言う。


 すると、

「そうか、判った。ターゲットはビルセゼルトか、そのほかの教職員だ。あるいは僕」

とアランが言った。

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