研修とクルクルと恋心

挿話01 ロゼッタの研修

「シーくん、ばいばーい!ぜったいにまた会おうね!楽しみにしてる!」

「ロゼッタ!また、会おう、必ず!」


手を振るシーくんがやがて見えなくなる。遠ざかっていくコーダエの街。記憶を失っていた私をキースさんやマリーさん、チャドさんがコーダエに連れてきてくれたこの街で3年過ごした。


3年間、孤児院での私の思い出は、シーくんで彩られていた。


「シーくん、また会おうね…」


大大大好きなシーくん。そのシーくんと別れてハンター協会の事務として働くという選択を私は、今でも後悔してないでもない。


「でも、シーくんに釣り合う女になるんだ!」


シーくんに一緒にハンターをやろう?と誘われたとき、ものすごくときめいたし、事務の仕事を蹴ろうかと何度も思った。


でもシーくんについていったら、絶対に私、シーくんに優しくされるがままになって、ダメな女になりそうな気がする。


腕には、シーくんに別れ際に貰った魔法道具マギーツールのブレスレット。シーくんはエッチだけど、鈍いところがあって、女の子にアクセサリーを贈ることの意味を、わかってない気がする。


「『』って意味なんだぞ…」


思わず、膨れた顔をついしてしまう。シーくんはそんなとき「怒った顔のロゼッタも可愛い」とか、何でも褒めて甘やかしてきた。


私が料理を失敗しても、ニコニコ笑顔で、美味しい美味しい言って食べちゃう。


変なやつに街で絡まれたら、無言で追い払ってくれる。


あんなときも、こんなときも、3年間。シーくんの側でどっぷり甘やかされてしまった。


ずるい。


私の気持ちばっかり持っていく癖に、シーくんったら、女の子から声を掛けられまくって、その度にエッチな目でチラチラ見ていた。


「絶対にいい女になってやる!」


受付嬢は、人気の仕事だ。その代わり、いろいろなことが求められるエリートでもある。給料は高いし、何よりのだ。


まずは、ブキョウ博国につくまで、いろいろ予習をしておかないとね。カバンに入れていた、モンスターの生態に関する本を取り出す。


「あ…この本もシーくんに貰ったやつだ…」


別れてまで甘やかすなんて、ずるいよ、シーくん。


※※※※※※


3か月ほどの旅を経て、私はブキョウ博国の首都モンカアについた。ここには世界最大の図書館があり、世界最大のアカデミーがあり、学問の聖地としても知られる。


ハンター協会本部もこのモンカアにある。


地面はキレイな模様みたいに敷き詰められた石畳。建物はみんな模様みたいになってる煉瓦積み。


「コーダエとは全然違う…」


感心して見上げていると、ゆっくり気味に動いていた馬車がついに止まった。前の席から御者のオジサンが中を覗き込んできた。


「ほら、嬢ちゃん、到着だぜ。ここがハンター協会本部、いわゆる総本部ってヤツだ」


目的地に到着したらしい。御者のおじさんにお礼を行ってから降りる。


目の前には、コーダエでは絶対に見たことがない…途中通った、ロクフケイのハンター協会よりも立派な…建物があった。


お城みたいな、とにかく立派な石造りの建物は、何階立てなんだろう?思わず、ポケーっと見上げちゃった。


「田舎者が、本部の立派さに呆然として…恥ずかしいことですわね」


トゲのある言葉には私は思わず、声の方を見た。頭の髪の毛をすごいグルグル巻いて、絵本で見たお姫様みたいな髪型をした只人族ヒュームの女の子が立っていた。


何だかずっと、こちらを睨んで見ているけど、何か用事なのかな?


「あの何か?私に用事ですか?」

「あなたみたいな田舎者は、私みたいな上品な女を見習って精進してくださいな。でないとハンターの方が可哀想ですわ」

「ええと?なんの話でしょう?」

「貴女、ハンター事務員の2級の受験生でなくて?」


ハンター事務員には、1級と2級がある。1級は幹部候補、2級は一般職員だ。今の時期、1級は合格発表が終わった直後で、2級はこれからだが、私はそもそも受験生ですらない。


何せ、私は、マーリネ農業国本部からの「特待生」。採用が確定している。だから試験の時期よりも後に、こちらに来たんだ。


「私は受験生ではなく、特待生です」

「あなたみたいな田舎者が特待生!?毎年たった1人しかない貴重な枠じゃないですの!?嘘をおっしゃい!」


そんなこと言われても困るなぁ。実際にそうなんだし。うん。この人の相手しなくてもいっか。シーくんもよく言ってた「面倒くさかったら相手をしないで無視すればいい」って。


よし。無視して受付に行こう。説明してこの子にわかってもらう意味ないもんね。私はグルグル髪の女の子の横を無視して通り抜けた。


「え?ちょっと貴女!?なんで無視するの?」


私は、人気の受付嬢になって、シーくんと劇的な再会をして、シーくんから恋人になって欲しい!って言わせるんだ。もちろん最後はシーくんと結婚する。


だからよくわかんない人と、話してる時間なんかないんだ。


何かまだ喚いているグルグル髪を無視して、ズンズン進み、協会本部の建物に入る。中は広くて、がらんどうとしていた。さて、どこに行けばいいのかな。


状況観察サーベイ


うん。1番右の受付に行けば良さそう。近づくと確かに庶務総務受付と書いてあった。受付にはとてもキレイなお姉さんが、シャンとした姿勢で座っていた。


「すみません。こちら、お願いします」


キレイなお姉さんに、コーダエの支部長から渡された書類を見せると、少し驚いたような顔をしてから書類を受け取る。


「あなたが、噂の今年の特待生枠ね。高レベルのギフト持ちで、すでにかなり高レベルの数学も収めてると…ってあれ?おかしいわね…ちゃんと入口のところに連絡役を待たせたんだけど、会わなかった?」

「入口ですか?何か変な人に『嘘つき』と絡まれたくらいです」

「………その子、髪の毛くるくる巻じゃなかった?」

「くるくる巻きでした」

「あんのバカ…」


あの人、連絡役だったの…そういうときは疑ってもまずは普通、書類とかで確認したりとかしない?


「ゴメンね。あの子、研修生なんだ。研修生は、講義だけじゃなくて実地も試験としてやっているんだけどね…」


研修生なのか…よく試験を通ったなぁ…ちょっとあの子がもし受付だったら、無理だろうなぁ。あんな子を受付に立たせたらハンターたち、怒っちゃいそうだもん。


「でも、あの子、トナミ貴族連盟の公爵家の娘なのよね…面倒くさい…あ、ごめんなさい。貴女には関係ないものね…」

「大丈夫です。犬に噛まれた、とでも思っておきます」

「犬…ふふふ、貴女強いわね…公爵家の娘を犬って」

「私は目標があるので、公爵家だろうが、王家だろうが、どうでもいいだけです」


シーくんと結婚する。私の目標はそれだけだ。その途中に、公爵家の娘が転がっていても、私は無視するだけ。


「特待生は、配属の希望がある程度できることになっているの…その説明をさせてもらって良いかしら?」


予習はしているので、大体はわかっているが、確認として聞いておいた方がいいと思う。私は、はい、と頷いた。


「うん。ちゃんと人の話を聞けるタイプね。さすが特待生、と言ったところかしら?」


ああ、すでにもうここから、どういう人間かを見られていたんだ。いま見せてるお姉さんのニッコリは額面通りに信用しないようにしないと。


「あら?警戒させちゃったかしら?」

「いえ。そんなことは…」

「ふふふ。いいのよ。ええと、部署の説明よね…部署は大きく、管理運営、総務庶務、渉外営業、諜報調査、現場受付の5つね、この5つは…」


管理運営はそのまんま。「協会長」などと呼ばれるのはだいたいこの部署の人だ。総務庶務は大きな協会でないといろいろな部署の人が兼務するが、文字通り、細かい諸業務の進行などをする。


涉外営業は、協会のある領地との折衝窓口役。諜報調査は、業務の割り振りなどに必要なモンスターの情報、ハンターの情報などを調査する。


最後の現場受付が、私が成りたい、いわゆる「受付嬢」のこと。ハンターへの説明、業務報告の審査、ほか、ハンターとのやり取りに関する事務作業全般を請け負うため、かなり幅広い能力を求められる。


「私としては特待生であり、貴女みたいな美人にはぜひ現場受付をお願いしたいけど、どう?」

「はい。私もそのつもりで来ています」

「そう!それはよかったわ!じゃあ、やりたいことってもしかして、ハンターと結婚でもすること?」

「似てはいますが違います」


現場受付で、玉の輿を狙う女の子は山ほどいる。しかし、求められる能力水準がかなり高いため、そうそう成れるものではないのだ。


「結婚したいハンターがいるんです」

「青春だなぁ…でもそれって、片想いってこと?貴女ほどの美人が?」

「とっても微妙なところです」


シーくんは私のことを嫌ってはいないはず。でもすごく気が多くて、どこまで本気なのかわからない。私は思わずシーくんがくれたブレスレットを見た。


「それ…その彼から貰ったやつ?」

「あ…はい」

「じゃあ、両想いなんじゃないの?」

「その…多分、彼は、意味をわかって贈ってないので…」

「なるほど…それは前途多難だ」 


お姉さんも、同意してくれた。

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