第44話 ハンターデビュー戦・後

「喰らえっ!!」


至近距離、わずか5メートルほどの距離からの全力投擲。リーゼは右、左と連続で投げつける…というよりぶつけた。


ドゴッドゴンッ、と投擲斧トマホーク同族食らいカルニバルにぶつかり、重い音がする。


同族食らいカルニバルの頸部に2本の投擲斧トマホークが刃の根元までめり込んで、血が噴水のように吹き出した。


「よし!これなら致命傷でしょ!」


ガッツポーズをするリーゼ。しかし、普通ならこれだけで、動けなくようなダメージを受けたにも関わらず、同族食らいカルニバルは暴れまわるのを止めるどころか、勢いが弱まる気配すらない。


「うっそでしょ!?効いてないの!?」

「効いてはいるだろうが、動きにはほとんど影響がないだろうな。ヤツは痛覚がないと話しただろ?やつは物理的に動けなくなるように破壊しないと止まらない!」


この出血だ。放っておけば、そのうち死にはするだろう。しかし、生命力20倍のやつがいつ死ぬかまではわからない。力尽きるまでにこっちが殺されかねないのだ。


「直接殴ってやる!!」

「リーゼ!?無理するなよっ!!」

「気をつけるよっ!」


背中にあるストックから新しい投擲斧トマホークを取り出したリーゼ。今度は直接、斬りかかっていく。


リーゼは同族食らいカルニバルを、両手に持った2本の投擲斧トマホークで、次々と切り刻んでいった。同族食らいカルニバルが反撃しようと首を振るが、空振りばかりだ。リーゼのとんでもない早さを、全く捉えられないらしい。


リーゼの連続攻撃に、あたりには血の海が出来ていくが、同族食らいカルニバルの暴れる勢いは目に見えてる範囲では、衰えることがない。


とは言え、同族食らいカルニバルに、ダメージが蓄積していることも、間違いないだろう。重なるダメージで、身体が言うことを聞かなくなれば、痛覚がなかろうが関係なくなる。


「意外だな…このまま、勝っちまうか?」


あ、言ってから気づいたが、これフラグってやつになっちまうかな?そう思った直後、同族食らいカルニバルは、突然、暴れるのを止めた。


「え?なに?」


急な停止に、リーゼが戸惑いの声を上げるや否や


「ヴァァァァァァァァ!!!!!」


同族食らいカルニバルが、全身が震えるような大声で絶叫した。不意打ちで爆音をぶつけられたリーゼは、反射的に身体を丸め、手で耳を塞いでしまう。


「まずいッ!」


そう叫んだが、遅かった。ブン、と同族食らいカルニバルが頭部を振り、怯んでいるリーゼを突き飛ばした。巨大な質量の暴力に、小柄なリーゼは、踏ん張る暇さえなく、地面と水平に吹っ飛んでいった。


「リーゼ!?」


グシャ、と不吉過ぎる音がして、リーゼが後ろにある壁にぶつかる。そのまま壁をずり落ち、地面に力なく横たわったリーゼは、頭からぶつかったのだろう。首があらぬ方向を向いていた。紛うことなき致命傷だ。


やばい!治療しないとリーゼが死ぬ。しかしここを離れたら同族食らいカルニバルにかけている束縛ホールドが解けちまう…!


逡巡は一瞬。


いくらなんでも命には代えられない。俺は束縛ホールドが解けるのを無視して、リーゼに駆け寄った。


快癒の新葉ハイキュアリーフ!!」


手を翳すと、リーゼをフワっと淡い光が包む。首が正しい位置に戻り、ほかの負傷も一瞬にして治った。


「ゲホッゲホッ、え…あれ?」


首の骨が繋がった影響か、急に呼吸ができるようになったリーゼがむせた。重体からのいきなりの復帰だから、もう少し優しくしてあげたいところだが、いまはそうもいかない。


「リーゼ、戦闘中だ、呆けてる暇はねーぞ!」

「あ!?うん」


リーゼが答えと同時に、俺の束縛ホールドから逃れた同族食らいカルニバルが突進をしかけてくるのが見えた。


巨大質量が突撃してくる迫力に、思わず腰が引けてしまう。踏み切りに取り残されて、迫りくる電車と相対してるような気分だ。


少しでも突進のスピードを落とすために、正面に10本の苗木の根ルートを垂直に出して壁にしつつ、横に避ける。


後ろにいたリーゼもギリギリ立ち上がるのが間に合い、横に避けて突進を避けた。避けながら、ゴロンと前転して、その勢いですぐに立ち上がれるのは、流石の運動神経だ。


一方で、超重量級の同族食らいカルニバルは、方向転換が苦手なのだろう。リーゼの後ろにある石壁に思いっきりぶつかった。


ドゴン、と同族食らいカルニバルが鈍くぶつかり、弾けた石壁の破片がバラバラと降ってきた。


「リーゼ!後ろ脚だ!…束縛ホールド

「おっけー!」


石壁にぶつかり、動きが止まるタイミングを見計らい声をかける。リーゼは俺が言うのとほぼ同時に投擲斧トマホークを取り出して投げつけた。俺は避けて倒れた姿勢のまま、僅かでも動きを止めるために後ろ脚に束縛ホールドをかける。


束縛ホールドはすぐに振り払われた。が、リーゼの投擲斧トマホークは、同族食らいカルニバルの右後ろ脚に深々と突き刺さる。


それでも同族食らいカルニバルは少しも怯まない。体の向きを変えて、再度、突進を仕掛けてくる。


しかし、俺とリーゼは逆方向に逃げたので、同族食らいカルニバルは、同時に二人には仕掛けられない。となると…次の突進の標的は…俺でした。


そりゃあ、そうだ。リーゼは避けてすぐに立ち上がったが、俺はさっき避けて転んだ体勢から起き上がれてねぇからな!


何とか起き上がって避けようとするが、どう考えても完全に避けるのは難しいタイミングのようだ。


「やべぇ…」


かなりのダメージと、何とか致命傷だけは避けようと覚悟したそのとき、突如『ボコォッ』と土が大きく崩れるような音がした。


直後、同族食らいカルニバルの姿勢が僅かにだが崩れた。姿勢が崩れたことで、突進の速度も少しだけだが、落ちる。


「くっ!?」


そのスキを逃さず、ギリギリで起き上がり、また倒れ込むように横へ逃げるのに間に合わせることができた。


右脚を掠ったが、同族食らいカルニバルの先程の僅かな遅れのお陰で、辛うじて致命傷を避けることができた。


しかし掠っただけなのに、右脚の骨は間違いなく粉々だ。この突進の威力、ヤバすぎる。


リーゼも、先程は突進ではない、頭を振るだけの攻撃で、致命傷を受けた。もし、この同族食らいカルニバルの突進が直撃したら、俺もリーゼも間違いなく即死だろう。


「シダン!?大丈夫?」

「何とか生きてるよ…快癒の新葉ハイキュアリーフ


すぐに自分の傷を治す。これだけの回復力があっても、即死したらどうにもならない。


今度の突進先には壁がないためか、同族食らいカルニバルは、20メートルほど向こうに走り過ぎている。自重がすごいので、ブレーキも大変なのだろう。こちらは、立ちあがる余裕ができた。


しかしこの突進で、一時的に遠くに離れた同族食らいカルニバルの全身が視界に入ってきて、その目を疑う姿に、思わず2度見をする。


「おい、まじかよ、もう血が止まってるぞ!?あんだけ深く刺さってた投擲斧トマホークも抜けてるし」

「えええ!?ホントだ!?ずるいーー!!」


そうか、生命力が高いと、タフなだけでなくて、回復力も高いのか。自分自身、ギフトのお陰で生命力へのブーストがあるが、怪我しても快癒の新葉ハイキュアリーフで治してたから、意識したことなかった。


「出血多量による判定勝ちは難しそうだな…」

「ハンテイガチってよく意味わからないけど、このままでは、こっちがジリ貧かもね」


同族食らいカルニバル異常狂化マキシマムベルセルクの効果で、苦しいとすら感じず、命切れるまで、スタミナが続くだろう。しかし、こっちはヤバい。すでに全力で10分ほど戦っていて、肩で息をし始めている。


長期戦を想定してスタミナの配分を考えれば、何時間か戦うことももちろんできる。しかし、格上の同族食らいカルニバル相手にそんな余裕はなかった。


同族食らいカルニバルがこちらに向きを変えて、三度目の突進を仕掛けてきた。


この突進は、まだ距離があるから、と同族食らいカルニバルを、よく観察しようとして…。


「シダン!避けて!!!」


リーゼの声で気づいた。


正面から、太い樹が、横向きに、ふっ飛んできたのだ。高さは俺の腰ほど。しゃがんで避けるのは難しいだろう。かと言って、敏捷力や筋力にブーストがない俺では、飛び越えるのも無理!


「がアッ!?」


辛うじて全身に地下茎ルートを纏わせて、防御だけは間に合った。後ろになぎ倒されたお陰で、本体の突進には巻き込まれなかったのは、不幸中の幸いだったが。


「ガフッ」


腹を強く打たれたせいで、口から胃の中のものが逆流してきた。内蔵に響き渡るようなダメージに、起き上がろうとする意思の命令を、体が全く聞いてくれない。


「くそっ!前の突進で折った樹を巻き込んで突進して来やがった!」


とんでもないほどの無茶苦茶なパワーだ。伊達に20倍じゃねーな。本体の質量が高い上に、倍率をかける元の筋力も高いのだろう。リーゼだって筋力には19という倍率はあるが、いくらなんでも突進で丸太を吹き飛ばすなんてことは出来ない。


今度は壁にぶつかった同族食らいカルニバルがすぐに方向転換してくる。あー。もう流石に次は間に合わねぇ。身体がまだ言うことを聞いてくれないから、二つ前の突進よりも絶望的だ。


二つ前の突進か。そういえば、二つ前の同族食らいカルニバルの突進って、少しだけ遅れたよなぁ。


(なんで、同族食らいカルニバルの突進のタイミングで姿勢が崩れたんだ?直前にボコォッ、と音がしたのはなんだったんだ?)


音がしたあたり…同族食らいカルニバルの足元あたりを見る。足元は、俺が、何度も出した地下茎ルートが生えた跡として穴がいくつもあった。


(ああ、そうか、俺が地下茎ルートで作った穴に引っかかったのか)


地下茎ルートを通したところには当然、穴ができる。


地下茎ルートを切り離せば、切り離したものが残り、生やしたそのままの状態になる。しかし、切り離さずに地下茎ルートを引き戻せば、そこには通った穴だけがそのままになり、空洞ができる。


「待てよ…そうか…そう使えばいいのか!」


すでに構えた今回の同族食らいカルニバルの突進は、どうせこのままでは避けられない…。だから、一か八か、俺はすぐに思いつきを試してみることにした。


「シダンッ!避けてよ!」


倒れた姿勢から起き上がらない俺に、リーゼが悲鳴を上げる。リーゼには申し訳ないが、悲鳴を無視して、俺は地下茎ルートを使った新しい技を組み立て始める。


同族食らいカルニバルの足元に、隙間が生まれないように満遍なく、苗木の根ルートを巡らせて…。


そして、同族食らいカルニバルが一歩目を踏み出そうとしたその瞬間、した。




「間に合った…!…これは…そうだな…名付けて…『埋葬コフィン』だッ!」




ボゴボコボコォッ、地面に遠雷のような響き、その直後、ガラガラと何かが崩れる音ともに、同族食らいカルニバルの巨体が突然、半分になった。


いや、に、同族食らいカルニバルの下半身が落ちたのだ。


「ちっ、狙いが逸れたッ!」


だが、少しだけ、狙いが外れてしまった。 


本当なら一気に全身を落とすはずだったのに、少し後ろに出来た落とし穴が、同族食らいカルニバルの下半身だけを落とすに留まってしまった。


(くそっ!もう1回やるか…でもそれより這い上がってくるのが早そうだ…だが、やるしか…!)


「よくわかんないけど、まっかせてぇ!」


そのとき、リーゼが風のように飛び出してきて、上がろうともがく、同族食らいカルニバルの顔面の鼻っ面に、右の大振りパンチを放った。


ガン、という、拳で肉を叩いたとは思えない音が響く。強烈なパンチの反作用で、リーゼは砂煙とともに、後ろに10メートルは下がった。リーゼの足元には、まるで相撲で寄り切られた時のような、キレイな電車道が描かれる。


さすが、超怪力のリーゼパンチ。


巨体の同族食らいカルニバルもその威力には押し負けて、俺の作った落とし穴に、スッポリと落ちることになった。


リーゼが戻ってきて、ピッタリの大きさの落とし穴に落ちた同族食らいカルニバルの背中を見下ろして、呆然とした。


「ところで、シダンなにこれ?よくわからないで押し込んだけど…すごいでかい落とし穴??」

「えーと、俺の地下茎ルートは生やした跡が穴になる」

「あー確かに…」


リーゼは周りのボコボコになった地面を見渡したあと、そう言って頷く。


「隙間のない渦巻き状に地下茎ルートを巡らす。地下茎ルートは最大で太さ0.6メートルあるので、それを引き抜けば0.6メートルの落とし穴ができるわけだ」

「でも、この穴はもっと深そうだけど」

「俺は地下茎ルートを同時に10本動かせるんだ。だから、これを10段重ねれば、6メートルの落とし穴が出来るわけだ」


穴の下では同族食らいカルニバルはバタバタ暴れている。しかし、ピッタリの大きさの穴で、さらにあんなに短い手足では這い出るのに相当な時間がかかるだろう。


「さて、トドメだ。奪水アブソープション!」


穴の底で暴れまわる同族食らいカルニバル苗木の根ルートで伸ばした根っこが、まとわりつく。10本同時に、全力だ。


見る見る同族食らいカルニバルは、弱っていくと、ついには動きを止めた。

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