23. お菓子を要求する白い影

 本当はサクサクとダンジョン探索を進めていくつもりだったんだけど、食料エリアで手間取りすぎた。手間取ったというか、あれもこれもと集めてたら時間がかかっちゃっただけなんだけどね。


 ともかく、遅れた分を取り戻すべく、僕らは二階層へと足を踏み入れる。そこは不思議な森だった。樹木が乱立しているわりに、不思議と明るい雰囲気なんだよね。たぶん、そこかしかこに花畑があるからだと思う。向こうにはクローバー畑まである。自然環境が豊かなフロアみたいだ。


 こういうフロアって、たいてい――……


「やっぱり! ポーションの材料がたくさん!」


 ちゃんと観察すると、いたるところに薬草類が生えてる。あっちのクローバー畑は、もしかしてゴルドディラが見つかるんじゃないかな。これは薬師にとっては、ありがたい環境だね。


『ここはアステリオンの影響が強い階層じゃな。花畑は妖精界へと続いている』


 ガルナの解説が入る。


 なるほど。ここは、精霊神様の階層なのか。たしかに、そんな雰囲気はあるね……ってあれ?


「特定の神様の影響が強くなりすぎないようにしてるんじゃなかったの?」


 ダンジョンの改装をはじめるときにそんなことを言っていたはずなのに、一階層は大地神様、二階層は精霊神様の影響を強く受けている。どうも聞いていた話と違うよね。


 ガルナを見ると、彼女は露骨に視線を逸らした。抱き上げて、顔をじっと見つめると、僕の手をていていと叩きながら弁明する。


『言っておくが、私のせいじゃないぞ。あやつらの我が強すぎるのがいけないんじゃ!』

「どういうこと?」

『う、うむ。本来ならば、あやつらの力が混ざり合い、それなりにバランスの良いダンジョンになる予定じゃったが……あやつらの力は自己主張が強すぎたんじゃ! どうにも混ざりきらず、層のように重なり――結果として各神の影響を受けた階層ができてしまったんじゃ!』

「駄目じゃん!」


 精霊神様がバランス調整するって言ってたけど、うまくいかなかったみたい。力が及ばず、なんて言っていたのはこのことか!


『何か問題があるのか?』

「一層は食べ物がたくさん採れていい感じだよね?」

「ここも、薬の材料が採取できるから、いい階層だよ」


 シロル、ハルファ、スピラが首を傾げている。たしかに、これまでのところ、特におかしな影響はない。ダイコーンとかニンジーンは許容範囲内だ。たぶん。


「でも、幸運神様や運命神様の影響が強いと、運に偏った階層になっちゃうよ」

「ああ、俺たちの目指すダンジョンとは違った形になるかもしれないな」


 僕の懸念にローウェルが同意する。もともと精霊神様が危惧していたことだしね。


「その辺り、どうなの?」

『うむ。……まあ、見たらわかるじゃろう。とりあえず、見てみるといい』


 ガルナに問いかけてみるものの、返ってきたのはそんな曖昧な言葉。なんだろう、ちょっと嫌な予感がするね。


 本当はゆっくり素材採取でもしたいところなんだけど、今は三階層以降がどうなっているのか気になる。しかたなく、先に進むことを優先することにした。


 次の階層を目指して歩くこと三十分くらい。ふと、ハルファが疑問を口にした。


「そういえば、魔物がいないね?」


 そうなんだよね。ダンジョンにしては魔物との遭遇率が低いんだ。魔物が出ない……もしくは少ない階層なのかもしれない。


 出現しないならしないでもいいんだけど、僅かにでも出現する可能性があるなら、一度くらいは戦っておきたい。階層の危険性を探るのも、僕らの役割だからね。


 そんなときだった。白くてフワフワしたものが、突然、僕らの目の前に姿を現したんだ。それはまるで、シーツを被った何かのような……というか、そのものだった。


 宙に浮かぶシーツは、やけに可愛らしい声で宣言する。


「ここを通りたかったら、甘い物を寄越すのよ!」

「……え?」

「甘い物よ、甘い物。ソフトクリームでいいわ」


 思わず聞き返したけど、聞き間違いではなかったみたい。というか、ソフトクリームって、それほど多くの人が知っているわけではないはずだけど?


「もしかして、ロロちゃん?」

「きっと、そうだよ!」

「ふふふっ、バレたなら、仕方がないわ!」


 僕は、ピンと来なかったけど、ハルファとスピラは声で正体を見破ったみたい。シーツから飛び出してきたのは、以前アイングルナのダンジョンで会った、妖精少女のロロだった。


 なんで、ここに……と思ったけど、さっきガルナが花畑は妖精界に繋がっていると言っていたっけ。


「なんで、ロロがここにいるの?」

「あなたたちが、全然遊びに来ないから、私から遊びに来たの。あと、私たち、ここでお仕事するのよ!」


 ちょっと誇らしげなロロ。彼女の言う仕事とは、冒険者に薬草類について教えてくれるガイド役ってことみたい。この階層は薬草類の宝庫だ。だけど、多くの冒険者は薬草について知らない。そこで、ロロたち妖精が対価を受け取って、薬草類について教えてくれるらしい。ちなみに、対価は甘いお菓子が望ましいようだ。


 それはともかく。


「そのシーツは何の意味があったの?」

「え? ちょっと脅かそうとしただけだけど。その方が面白いかなって」

「そ、そう。でも、やめておいた方がいいんじゃないかな」

「なんで?」


 ロロは首を傾げてるけど、ダンジョンでいきなり現れたら普通は魔物だと思うよね。勘違いされて、攻撃されたら大変だよ。どちらにせよ、冒険者たちには、二階層には魔物の代わりに妖精がいるから、攻撃しないようにって周知しとかなきゃね。

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