和解

『なるほど、認めよう。トルトとやらの幸運は異界の兵たちを滅ぼす力を持っているようじゃ』


 さっきまで涙目で喚いていたとは思えないほど、勿体ぶった仕草でガルナラーヴァが頷く。あいかわらず、姿は幼女なので威厳はないけど。


『ガルナちゃん。結局、どういうことなの?』

『うむ、説明しよう』


 幸運神様からの催促もあり、ようやくガルナラーヴァが解説を始める。


 異形兵の肉体は、この世界に顕現するための仮初の器みたい。いくら攻撃しても、本体には何のダメージも与えることはできないんだって。それどころか、瞬時に復元されてしまうので無力化もできない。


 唯一有効なのが、本体と仮初めの肉体とを繋ぐ核への攻撃。核を傷つけられると、異界への本体も傷つき、なおかつ仮の器が維持できなくなるそうだ。


 ただ、奴らも自分の弱点は把握しているので、核を傷つけられないように対策をしている。それがおそらく、核の高速移動。


『奴らは核を自分たちの体内で素早く移動させているのではないか、と父様は言っておった』

「父様?」

『私たちが父様といったら、始まりの神ゼウラーデンのことよ、ハルファちゃん』


 始まりの神か。いわゆる創世の神様だね。そして、神様たちを生み出した存在でもある。後から神格を与えられた廉君は別だけど。


『待て。父上がそう言ったのか? 父上が姿を消してからどれほどの時が経ったと思っているのだ。まさか、それほど前からこのような奴らの侵略があったのか?』


 口を挟んだのは精霊神様。

 詳しくは知らないけど、始まりの神はこの世界から姿を消して久しいらしい。神様がそう言うくらいだから、僕ら人間の感覚で言えば太古の時代とか、そんな感じだろうね。


『そうじゃ。そして、父様は侵攻を食い止めるために、単身異界へと向かわれた。それ以後、戻られていないが……ここまで侵攻が遅れたのは、おそらく父様が向こうで妨害してくれていたからじゃろう』

『父上は異界に行っておられたのか。知っていたのなら、何故言わなかった!』

『説明しようとしたじゃろうが! じゃが、貴様らは父様がいなくなって狼狽えるばかりで、私の話など聞こうともしなかった!』

『む……』

『ガルナちゃん……』


 激昂するガルナラーヴァに、精霊神様と幸運神様はばつが悪そうな顔をする。どうやら、神様たちの間でも何らかのすれ違いあったみたい。


『もしかして、君が試練、試練って言ってるのは、これが理由?』


 神様の中でも唯一蚊帳の外だった廉君が、雰囲気を変えるように言った。

 そういえば、ガルナラーヴァは元々試練を乗り越えた者に祝福を与える神様だったんだっけ。それがいつ頃からか、積極的に試練を課すようになっていった。もしかして、異界からの侵略者に備えるためだったってこと?


『そうじゃ! 他の神たちは頼りにならん! 来たる日に備えて、私が人間を鍛えると誓ったのじゃ! ……結果は散々じゃったが』

『鍛えようと思ったのはともかく、君のは試練ってレベルじゃなかったでしょ』

『敵は殺しても死なんような異界の異形たちだぞ? 生半可な鍛え方では生き残れんと思ったのじゃ!』

『だからって、やり過ぎだよ……』

『反論したいところじゃが……異形たちに立ち向かえそうなのが、貴様の使徒であることを考えれば反論できん……』


 ガルナラーヴァは焦っていたのかもしれないね。強大な敵の侵攻と、他の神々に話を聞いてもらえない焦燥感。それでも何とか成果を出そうとして、苛烈な試練を課してしまったという感じかな。その結果犠牲になった人のことを考えると簡単には許せないけど、それでも彼女の立場は理解できる気がする。


「ガルナちゃん!」

『……なんじゃ?』


 ハルファが強い調子で呼びかけた。ガルナラーヴァは少し気押された様子で、それに応える。


「あれは、私たちが何とかするよ。だから、ガルナちゃんも意地悪な試練はもう止めて? 異界から来るのはあれで終わりじゃないんでしょ? だったら、ちゃんとした試練でみんなを鍛えないと!」

『む……』


 ガルナラーヴァが肩すかしをくらったような表情を浮かべる。


『お主は翼人じゃろう。私を恨んではいないのか?』


 翼人という種族は昔、ガルナラーヴァの試練の被害にあって滅びかけた。廉君が庇護しているのはそういった理由だったはずだ。きっと、ガルナラーヴァはハルファに責められると思ったんだろう。ところが、ハルファから飛び出したのは意外な言葉だった。


「私は……どうかな。お父さんやおじいちゃんは恨んでるかもしれないけど。でも、ガルナちゃんが本当は悪い子じゃないのはわかるよ」

『お主……』


 その言葉に、ガルナラーヴァの……ガルナの顔が泣きそうに歪んだ。彼女も色々と後悔の中、あがいていたのかもしれないね。


「私たちも協力するから。ね、トルト?」

「……うん。そうだね!」


 ハルファが許すと決めたのなら、僕にも異論はない。それに、ガルナよりも倒すべき敵がいるのなら、そっちをどうにかしないとね。


 僕はこの世界が好きだから。

 ハルファやシロルたちと笑顔でいられるこの世界が。


『……ま、瑠兎とハルファがそう言うなら、僕も協力するよ』

『ガルナちゃん。今度は私たちも協力するから』

『ああ、すまなかったな』

『お主ら……』


 神様たちも協力を申し出たところで、ついにガルナはまた泣き出してしまった。でも、今度は嬉し涙だ。悪いことじゃないね。


 さあ、神様たちも和解できたみたいだし、あとはあの銀の腕を倒すだけだ!

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