高速猫パンチ
第十五層での魔物狩りで、十分な量の魔石を手に入れた僕たちはアイングルナの街へと戻ってきた。しばらくは休養期間ということで各々の予定を片付ける時間にする。
僕が最初にしたことは、冒険者ギルドへの――というか、ラーチェさんへの報告だ。金ぴかスライムから手に入れた例の鍵。それを使えそうな階層を見つけた件だね。臨時とはいえギルドマスターが第十階層まで探索に出かけていいのかという問題はあるけど、連絡はしておかないと。
ギルドの建物に入ると、いつものようにラーチェさんが受付に座っていた。でも、いつもと違って「うー」とか「あー」とか言いながら、何か書き物をしているみたいだ。その隣ではバッフィさんが仕事をしていて、ときおりラーチェさんに鋭い視線を飛ばしている。まあ、監視なんだろうね。
邪魔しちゃ悪いかなと思ったけど、出直す前に視線を上げたラーチェさんに気付かれた。ニパっと笑って手招きされたので、今更帰るというのもね。用事もあることだし、素直に従う。鍵について話そうと思ったら、その前にラーチェさんの愚痴が始まった。それを黙って聞いていられないバッフィさんも口を挟む。
「バッフィは鬼ニャ! ここんとこ書類地獄だったニャ」
「ラーチェさんが数日ギルドを空けるだなんて無茶を言うから少し詰め込んだだけですよ」
「いやそんなもんじゃなかったニャ! 殺されると思ったニャ!」
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいポコ!」
どうやら、鍵が使える場所を探索するために、前倒しで仕事をしていたみたいだ。今回の探索で見つかったばかりなのに、タイミングばっちりだ。またいつもの直感が働いたのかな。
それにしても、そんなに忙しかったんだろうか。ラーチェさんのことだから大袈裟に言ってるだけだとは思うんだけど……心なしかやつれているように見えるんだよね
「顔色が悪いですが、大丈夫ですか」
「そういえば最近体調が悪いニャ。やっぱり、あたしに書類仕事は向いてないニャ! 精神的にまいってる証拠ニャ……」
「……そんなに働かせてはいないんですけどね」
「あたしにとってはギリギリなのニャ!」
仕事を詰め込まれているらしいけど、それでもラーチェさんの仕事量はバッフィさんの五分の一程度みたい。こなせる仕事量に個人差があるとはいえ、さすがに過労とは思えないよね。でも、実際にラーチェさんは体調を崩しているみたいだ。どうやら、最近悪夢を見ているようで寝た気がしないのだとか。
「内容は覚えてないけど、きっと書類に押しつぶされる夢ニャ!」
「うーん。困りましたね。数日空けるのでしたら、戻ってきてからも同程度の仕事をやってもらわないといけませんから」
「なぁ!? そんなの無理ニャ……」
第十階層まで往復すると、十日はかかるからね。仕事が溜まるのは仕方がない。精神的にまいっているというのなら、精神攻撃耐性のアイテムでなんとかなったりしないかな?
「ニャ!? トルト……それは何ニャ……?」
僕が取り出したのは第十五階層で手に入れた例のねこじゃらしみたいなアイテムだ。書類仕事が精神攻撃と判定されるかどうは微妙だけど、気休めにはなるかもしれないからね。
……まあ、ちょっと別の意図があることは否定しない。猫っぽい獣人のラーチェさんに、ねこじゃらしを見せたらどうなるのか。ちょっと気になるよね。
「これは『信念のかんざし』というアイテムです。精神攻撃に耐性がつくらしいですよ」
説明しながら、かんざしの端を持ってゆらゆらと揺らした。すると、上端のふさふさとした飾りがびょんびょんと左右に振れる。それに追従するラーチェさんの視線。ちょっと楽しい。
「そーなんだニャ~? でも、見ていると……抑えきれない衝動が……わき上がる……ニャ!」
「え?」
不意にラーチェさんの右手が動いた。ビュンと音がするほどの高速猫パンチが僕の右手を捉える。痛っと思ったときには、かんざしはラーチェさんの手の中にあった。
「はっ!? 思わず手を出してしまったニャ! なんて恐ろしいものを……」
無意識だったみたいだけど、さすがラーチェさん。戦闘スタイルが格闘タイプだけあって、猫パンチも早業だ。猫とじゃれるみたいにはいかないね。ラーチェさんはラーチェさんで何故か
「こんな危険物、世に出しちゃ駄目ニャ。あたしが預かっとくニャ!」
「え? まあいいですけど」
精神攻撃への対処という建前で出したアイテムだ。ラーチェさんが持っておくというのならそれでいい。
「ちゃんと身につけてくださいね」
「ニャ~……? そういえば、耐性アイテムだったニャ。……視界に入れないようにしておくニャ」
そう言って、ねこじゃら……信念のかんざしをポケットにしまった。それで効果が発揮できるかどうかはわからないけど、まあ気休めだからね。
ただ、衰弱の原因は本当に書類仕事のせいなのかな? ラーチェさんだから、絶対に違うとは言いづらいけど……、ガルナラーヴァらしき声を聞いた影響が残ってる可能性も否定できないよね。あとで、ハルファに鎮めのうたを歌って貰った方がいいかもしれない。
一応、ちゃんと鍵についても説明しておいた。ラーチェさんは大喜びで明日にでも出発しそうな勢いだったけど、指定された書類仕事がまだ終わっていないのでバッフィさんから待ったがかかる。僕たちも、数日は休養するつもりだったので、出発は三日後ということになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます