そんなこと言われても

 疫呪の黒狼。それがダンジョンの現れた黒い獣の正体みたいだ。


『おお、段々と思い出してきたぞ』


 人と新たな絆を結ぶこと。それはシロルのような聖獣にとっては、生まれ変わることに等しいことみたいだ。それ以前のことを忘れてしまうわけではないけど、記憶にモヤがかかっているようにおぼろげに感じるらしい。


『たしか、前の相棒――ご主人があいつの力を弱めて封印したはずだぞ。そして、僕が封印の重しになったんだ』


 どうやら、ギルドマスターの言っていた英雄というのがシロルの前の相棒……というか主人だったみたいだね。その時は普通の従魔みたいに主従関係だったみたいだけど。


 疫呪の黒狼は不滅の存在で、かつての英雄も完全に滅ぼすことはできずに封印という形でけりをつけたそうだ。しかし、封印とは維持する者がいないと、緩んで解けてしまうんだとか。それで、黒狼との戦いで傷つき力を失った聖獣――つまり、かつてのシロル――が、番人として眠りにつくことで封印の緩みを抑えていたという話だった。


『なんであいつの封印が解けたのかはわからないけどな。でも、そのルドヴィスっていうやつらが怪しいぞ』


 封印が解けたとはいえ黒狼は本来の力を失っている。力を取り戻すために必要なのが生贄だ。つまり、僕はルドヴィスたちに黒狼への生贄にされかけたったことだね。


「それじゃあ、僕が病気みたいな症状が出なかったのは……」

『そのときはまだ力を発揮できていなかったんだと思うぞ。今は少し力が戻ったんだろうな』


 疫呪の黒狼は少しずつ力を取り戻しているみたいだ。今は傷を負わせた者に病気のような症状を引き起こすだけみたいだけど、いずれ周囲に疫病をまき散らすような存在になるらしい。封印される前の黒狼は疫禍を引き起こし、多くの犠牲者を出したという。このまま黒狼が力を取り戻した場合、同じ運命を辿ることになるかもしれない。


「文献によれば『慈雨の祈石』というアイテムで疫禍を抑えたらしいのだが、君に心当たりはないか」

『アレか。たしか、ご主人はダンジョンに残すと言っていたぞ。だけど、その前に僕は眠ってしまったからな。何処にあるのかは知らないぞ』

「そうか……」


 ギルドマスターのいう『慈雨の祈石』があれば、被害は抑えられるかもしれないけど、残念ながら手がかりはないみたいだ。シロルのことを考えれば、同じように隠し通路みたいなところに残されているんだと思うけどね。


「隠し部屋や隠し通路を見つける手段が欲しいな」


 レイも同じ事を考えているみたいだ。でも、確実な手段があるなら、きっともう見つかってるはずなんだよね。実際、ギルドマスターも渋い表情だ。やっぱり、確実な方法なんてないんだろうなぁ。


「技術や技量でどうにかなる問題ではないのだ。隠し部屋を見つけるような魔道具なども聞いたことはない。結局のところ、隠し部屋を発見できるかどうかなど、幸運に依るところが大きい」


 ギルドマスターが苦々しく口にした言葉……なんだけど、その言葉に反応して、レイがクワッと目を見開いて僕を見た。ドルガさんも、ニヤリと意味ありげに僕を見ている。


『幸運ならトルトに任せておけ! きっとラムヤーダス様の導きがあるぞ!』


 うわぁ、シロルが余計なことを言った!

 街の命運とか、僕が担うには重すぎるんだけど!


 まあ、それでも、僕にできることがあるならやるけど。黒狼を倒せとか言われると難しいけど、アイテムを探すだけなら僕でも出来そうだからね。


 ひとり事情が飲み込めていないギルドマスターにも【運命神の微笑み】のことを含めて説明しておく。一応、シロルを見つけたという事実はあるわけだから、実績はあるんだよね。


「なるほど……。本当に幸運に頼ることになるとは。だが、君の力を頼りにさせてもらう。もちろん、他の冒険者たちにも調査は指示するが」


 僕の力といわれても、結局は運頼みだから、あんまりピンとこないよね。なるようにしかならない。まあ、調査をするのは僕たちだけじゃないみたいだから、ちょっと気が楽だ。全てが僕の肩に掛かってるとかいう状態だったら、プレッシャーが大きくて大変だったよ。


「まあ、そっちはトルトと坊ちゃんたちに任せるとして、問題は黒狼をどうするか、だよな」


 ドルガさんが思案するように言う。

 でもたしかに、疫禍の被害を防げても、黒狼をどうにかしない限りは根本的な解決にはならないんだよね。黒狼自体はダンジョン内で何度か討伐されているみたいだけど、それでも何度も現れている以上、不滅の存在なのは確かなんだと思う。やっぱり、どうにか封印するしかないのかな。


「前回はどうしたの?』

『ん? あいつは魔物というより呪いだからな。ご主人の仲間が<鎮めのうた>であいつを弱らせた隙をついて、あいつの核に封印を施したんだ』

「だからルドヴィスはハルファの声を封じたのか」


 話を聞いていたレイが呟く。

 なるほどね。たしかに、ルドヴィスは闇市の騒ぎのとき、貴重な時間を使ってハルファに喋らないように指示した。どうやって知ったのかはわからないけど、ハルファが歌唱魔法を使えると知っていたのかもしれないね。


「でも、ハルファは<鎮めのうた>を知ってるのかな?」

「どうだろうか。後で聞いてみた方がいいな」

『そもそも、今のあいつはそこまで強くないじゃないか? 弱らせるよりも、核をどうにかする方法を考えた方がいいと思うぞ』


 それもそうか。


「核とは負のエネルギーを集める呪物――魔道具のようなものだと文献にはあった。物理攻撃でも魔法でも核を破壊することはできなかったそうだが、魔道具であるのなら破壊する手段はある。だが……」


 核を破壊する方法。ギルドマスターには心当たりがあるみたいだけど、それにしては表情が暗い。


「必要なのは伝説級のアイテム『ルーンブレイカー』だ。だが、容易に手にはいるものではない。所持しているのはいずれも――」


 ……あ、それ、持ってます。


 でもギルドマスターの重々しい語りを遮って、そんなことを言う勇気はないかな。あ、レイが視線で「早く言え」って促してくる。うぅ、仕方がない。


「あの……、これですよね?」

「……は?」


 ギルドマスターが一呼吸ついた隙を見て、収納リングからルーンブレイカーを取り出して手渡した。ギルドマスターは理解できないようなものを見る目で僕を見返してくる。


 いや、まあね。気持ちはわかるけど。

 手に入らないと語っていたものが、目の前にあるなんて言われても急には信じられないよね。だから、ついでに鑑定ルーペも添えてあげた。ギルドマスターはなんとも形容しづらい表情でルーペ越しにルーンブレイカーを見て――彫像のように固まった。


 いや、少し震えていた。その震えは徐々に大きくなっていく。まるで大噴火の前兆のようだ。しかし、その直後、ギルドマスターは大きく息を吐いた。深呼吸、そしてまた深呼吸。それを何度か繰り返しようやく落ち着いたところで、ギルドマスターは未知の生物を見るような目で僕に言った。


「君はいったい、なんなんだ」


 そんなこと、僕に言われましても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る