08 人間達の悪意

 だが、人間の全てが一致団結している訳でもなかったのだ。


「あの村は、魔族に襲われたが全滅は免れたらしい。怪我人も多いだろうから、今なら襲い放題だろう」


 高台から、アキトラード達の住むラーの村を見下ろす一団が居た。

 武装はしているが、兵士や冒険者ではなく、衣服も汚れている。


「魔族は人間を殺すだけだから、お宝や食料には殆んど手をつけない。今が狙い時だ」

「女子供が率先して逃がされるから、今ならヤリたい放題ですねぇ」


 情報は正しく伝わないものだ。


 魔族討伐に向かった冒険者の報告は、『ラーの村が襲われた・冒険者が魔族を追い払った』とだけ伝わった。

 それに人々の常識や想像が上乗せされて広がる。


 そして、情報を悪用する人間は何処にでも居る。

 彼等も、そんな人間の一種で、俗に【野盗】とか【山賊】と呼ばれる集団だ。


「襲われたにしちゃあ、村が壊れてませんね?」

「魔族と聞きゃあ、非力な農民は逃げるさ。それを見逃す魔族でも無いだろうよ」


 近くの森には、戦ったと思える倒木や火災の跡が見られる。

 野盗達は、森に逃げ込んだ村人が魔族に襲われたのだと推測した。


 常識論で言えば、その推測は普通だった。


「いつも通りにやりますかい?」

「ああ!男と年寄りは殺し、金目の物と食料は奪い、女は犯して奴隷商行きだ!」




カンカン!カンカン!カンカン!


 村の見張り台から【注意】を促す鐘の音が響く。


 近付く武装した男達が、冒険者か何者かが分からないからだ。

 再び魔族が攻めてきた時の備えに、冒険者を配備する可能性もある。


 たまたま近くに居た村の男が一人、来訪者の対応にあたった。


「おい、ここはラーの村か?」

「はい。ここがラーです。えーっと、魔族の為に町からみえた冒険者の方々ですか?」

「そうだな・・・俺達は」


 次の瞬間、腹から血を流した村人が、彼等の正体を示していた。


カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!

「キャーッ!人殺しぃぃ~」

「賊だぁ、盗賊だぁ~」


 鐘の音が変わり、村の中に悲鳴が響く。

 家から畑から、農具を手にした男達が集まってきた。


 野盗達がゆっくり歩いてくるのは、残っていた男達を引っ張り出して、先に片付ける為だった。だが・・・


「おっ、御頭おかしら、男がけっこう居ますね?」

「畜生、魔族に襲われたんじゃあねえのかよ?」


 想定外の状況に少し動揺した野盗だったが、数と武器で何とかなりそうだったので、切り掛かり始めた。

 目の前の男達が7人だったからだ。


「御頭、なんか予想以上に集まって来てるんですが・・・」


 ラーの村は15軒の村落で、村人は80人程だ。

 戦える者は20人くらいになるだろうが、その半数は魔族と戦って死んでいると思っていた。

 怪我人も居るだろうから、運が良くても戦えるのは十人未満。

 対して、武装した12人の野盗なら楽勝だとふんでいた。


 しかし村の男達は、農具を手に、着かず離れずの戦法をとりながら、次第に人数を増やしていく。


「この村は、本当に襲われたんですか?」

「最初に村の名前も確認したじゃねえか!だが、何かがおかしい」


 村人は、再び魔族が攻めてくる事を想定し、多少でも抗う策を立てていたのだ。

 その策は魔族の実力を知らぬもので実際には無力なものだったが、人間相手ならば時間稼ぎにはなる。


 投石で怯んだ野盗を、狩猟用の弓矢となたが襲う。

 防具を付けているが無キズとは行かなかった。


 固まっていてはまとになると判断した野盗の一部は、バラバラに村の中を走り回り、各個に殺していく事に戦法を転じる。


 そうして包囲網を抜けた一人が、家の裏手で細い棒を持った青年を見付ける。


「先ずは、ひとぉ~り!」


 絶好の獲物を見付け、大きく剣を振りかざして襲いかかった野盗の腹に、強烈な熱と痛みが走った。


 棒をかざして抗うと思っていた青年は一気に駆け寄り、棒が光ったと思ったら、野盗の横を走り抜けていた。


「な、何が?」


 激痛で意識が遠退き、野盗はそのまま地に付した。


「先にフラグを立てちゃあダメでしょう」


 愛刀【高尾】に付いた血を、賊の服で拭ってから、アキトラードは前進する。

 今のは、一種の【居合抜き】だが、ドラマの様に鞘に戻す様な真似はしない。

 実戦で血の付いた刀を鞘に戻すと、血糊が鞘の中に残って錆の原因になるからだ。


 抜き身の刀を左手で背中側に隠して道に出ると、二人の村人と対峙している一人の野盗が居た。


「加勢しますよぉ~」

「おぉ!鍛冶屋のアキトラードか?」


 三対一となって不利を感じた野盗は、大剣を振り回して守りに入った。

 ちょっと見で、素手に見えるアキトラードにはチラ見する程度だ。


 前方の二人に注意が行ったタイミングで、アキトラードは刀を構えて武装の無い脇腹を後ろから刺した。


「くそがぁ~」


 野盗が剣を振るうが、後ろに位置する彼に届く訳もなく、離れたアキトラードに向かって暫く剣を空振りした後に、倒れこんだ。


 すかさず、二人の村人がくわでトドメをさす。


「助かったぜアキトラード。ソレは剣か?随分と細いが」

「冒険者に憧れて作ってみたんですが、村人の俺にはコノくらいの物しか振り回せませんからね」


 野盗の持っている剣に比べたら、太さが半分程度でオモチャみたいな物だ。

 打ち合えば、すぐに折れる事が予想できる。


「広場の方を応援に行きましょう」


 広場では、八人の野盗が村人に囲まれていた。

 一人は倒れ、一人は逃げた様だ。


「なんで、こんなに居るんだ?」

「俺が知るか!」


 八人の野盗は15人の村人に囲まれて、更には屋根から投石する女達から頭を守っていた。


 村人の後ろからアキトラードが近付くと、野盗の数人がガクッと膝を付いた。


「な、何っ? 急に力が・・・」

「クソッ!全身に痛みが?」


 怯んだ野盗に村人が襲いかかり、一気に半数に減った。

 アキトラードから遠かった野盗は、事の異常に気が付いて下がったので事なきを得たが、何が起きたのか分からずに逃げにかかった。


「深追いは危険じゃ」


 村長の声に、追撃しようとした若者が足を止めた。


「何だ?コイツらは【混ざり者】か?」

「魔族の手先じゃないのか?」


 死んだ野盗の身体の一部が、モンスター化してきていた。

 人間の部分も有るので、魔族との間に生まれた人間か、その子孫だろう。


「なんか、急に崩れ落ちてたな?」

「腹でも減ってたんじゃないのか?」


 兎に角は勝てた安堵で、村人達は理由を追求する事をしなかった。

 被害は最初の村人が重症だが、命にかかわる程ではない。

 賊が炎魔法も放ったが、距離を取っていたので、軽い火傷程度で済んでいる。


「やはり、アキトラードの持っていた様な剣くらいは有った方が・・・って、アキトラードは何処だ?ついさっきまで・・・」


 アキトラードと共に戦った村人が彼の姿を探したが、辺りには見あたらなかった。


「誰か、町の衛兵に報せを走らせないとならないな」


 村長が状況を確認して、若者に声を掛け、数少ない馬を走らせた。






 森に逃げ込んだ野盗は、既に4人しか残っていなかった。


「クソッ!あの新入りもサッサと逃げやがって」

「だが、何だったんだ?前衛の四人が一気に倒れこんだぞ。呪いか魔法か?」

「こんな村に冒険者崩れでも居るのか?まさか!」


 魔力も感じず、訳が分からなかったが、逃げて正解だったと彼等も感じていた。


「見た感じだと村人も無キズだった様だが、本当に襲われた村だったのか?」

「ギルドで仕入れた情報だ。間違いないはずだ。だが、村人が武装をしていたな?確かに変だ」


 襲われて全滅した村も有ったので、幾つかの情報が混ざりあっていたのかも知れない。

 だが、斥候を立てて調べても、たいした情報は集まらなかっただろう。

 畑や狩りに出ていて、村の総勢を測り知る事は不可能なのだから。


「残ったのは三分の一か?仕返しに焼き討ちでもするか?」

「金にならない上に、これ以上減らされては仕事にならない」


 襲撃は、数がものを言うので、これ以上減っては行商人すら襲えない。


「畜生!お前がちゃんと調べておけば、こんな事には」

「おいおいっ、話を聞き付けて来たのはテメエだろうが!」

「御頭の戦術が悪かったんじゃあないんですかい?」

「一人も倒せてないお前言うか?」


「おやおや、仲間割れですか?」


 責任のなすり合いをしているところに現れたのは、さっきの村で見掛けた一人だ。


「テメエ、いつの間に?」


 探索などの魔法で周囲を探っていたので、誰かが近付けば分かるはずだった。

 だが、この村人は知らぬ間に近くまで来ていた。


「どうやら、元冒険者の方々みたいですね?」

「貴様か?呪いを掛けたのは!若僧の様だが冒険者か?」

「呪いと言えば呪いなんでしょうかねぇ?冒険者?いえいえ、趣味で武器を作っている村の鍛冶屋ですよ」

「高度な隠蔽魔法を使っておいて、何を言うか!」


 会話の間にも、野盗達は武器を構え、隠蔽魔法を解いて獣化しながら包囲網を展開している。

 相手の話を正直に信じる状況ではないのだ。


「命拾いしたところ申し訳ありませんが、刀を振るい足りないので私の趣味に、もう少しお付き合い願えませんかね?」


 青年の手には、細身の剣が光って見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る