ラノベからの新世界 刀人編

二合 富由美

01 魔族達の到来

 山合の小さな農村に、避難を促す鐘の音が響く!


カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!


 そこは、普段はのどかな人間の農村だったが、この日は珍しく大声をあげるほどの事件が起きていた。


「魔族だぁ~!魔族が攻めてきたぞぉ~」

「きゃー!誰か、誰か何とかしてぇー」

「逃げろぉ~!早く王都の方にぃ~」


 ここ数百年は平穏だった村に、存続の危機が迫っていた。


 この村では、魔獣と呼ばれる強い獣が現れた事はあっても、魔族に襲われた事は無い。

 少なくとも、現存する住民にソノ歴史を知る者は居ない。


 だが、取引する商人や、魔獣退治の兵士などから、魔族の恐ろしさや対処を聞いている。

 『悪い子は魔族にたべられちゃうぞぉ~』などと、子供の躾に使われる事もある。




「畜生!まだ体作りが万全じゃ無いんだよ。折角の環境が台無しになるのかよ」


 ボヤいているのは、この村【ラグ】にある鍛冶屋の息子であるアキトラードだった。

 この村は鉱山の町【ゼス】に近く、良い鉱物が手に入る。

 ラーの村は、鉱山の町に食料を供給している村の一つで、贅沢を言わなければ、鉱害も無く住みやすい村だった。


 まだ十代後半のアキトラードは、くわを作る鍛冶仕事を中断し、いまだに赤い鉄の板を水に付けて冷却した。

 灼熱の作業場から出ると井戸へと向かい、作業着を脱いで水を頭から浴びる。


「アキ、何してるの?魔族が来たのよ、早く逃げなくちゃ」


 通りから家に駆け込んで、汗を洗い流す彼に声を掛ける者が居た。


「リーリャか?俺は村を守るよ。お前は早く逃げろ」

「普通の人間が魔族にかなうわけないじゃない!そう言うのは兵士とか冒険者とか、勇者とか言う人の仕事でしょ!」


 アキトラードに声を掛けてきたのは幼馴染みの少女であるリーリャンスだ。

 年齢が近いがマダ独身で、やたらとアキトラードの世話をやきたがる。


親父オヤジっ、リーリャンスを頼む。俺は村を守る」

「やるのか?アキトラード」

「ゼルおじさん、何言ってるの?」

「ああ、戦う。だからリーリャを頼む」


 父親であるゼルドラートが頷き、リーリャンスを無理矢理に引っ張って家を出ていった。

 彼だけは、アキトラードに特殊な力が有る事を知らされていたのだった。


 アキトラード達は口には出さなかったが、リーリャンスを含む村人が人質とかにとられると、行動の自由が奪われるのが彼の致命傷になる。


「さてさて、この力と剣技で何処まで魔族と戦えるか、初挑戦と行こうか?」


 そう言ってアキトラードが手にしたのは、農民が戦う時に使う鍬や鎌ではなく、ましてや剣でもない。刃渡り1メートルにも満たない細い片刃の刃物、【日本刀】と呼ばれる物だ。


 この世界で使われている剣よりも脆弱で、オリハルコンなどの特殊な金属すら使われていない鉄製の刀。

 加えて魔法も豪腕も、特殊な体質も持ち合わせていないアキトラードを見れば、リーリャンスでなくとも無謀な行為だと思うだろう。


 服装を整え、ポニーテールを縛り直して、自作の愛刀【高尾】を左の腰紐にさしたアキトラードは、村の広場へと進み出た。いまだに逃げる人々が見える中で、彼は村の周囲を注意深く見回した。


 森の奥に見える噴煙は、魔族による魔法攻撃だろうか?

 話によると、田舎での魔族は領土拡大の為に威嚇攻撃をして、人間を追い払っているらしい。

 隠れたり、抗う行動をしなければ逃げ切れると言う話だが、アキトラードは村の環境を失いたくないので魔族を排除しなくてはならない。


「地の利が有利な場所で戦うのが定石だが、この村が壊れるのも嫌だしなぁ」


 村が傷付くのをヨシとしない彼は、噴煙の上がる森に向かって走り出した。




 それから、約一時間後。


 森の中の少し開けた場所では、二人の人物が対峙していた。


「何だ!人間側の冒険者か?いや、違うな。無力な人間か!武器も鉄屑!お前。今、逃げれば命は助かるかも知れんぞ?」

「いや、この辺りの村が必要なんでね。 そっちこそ、他をあたってくれないかな?この辺に固執する必要は無いんだろ?」


 アキトラードと対峙していたのは狼の頭を持つ魔族だ。

 逃げ惑う人間の中で、向かってくる者に興味を持った魔族は、攻撃の手を止めて問答をしていた。

 魔族と言えども、無意味に弱者を残虐するのは好まない者が居るらしい。


「まぁ、そうだが・・・あえて言えば手頃な物件だっただけだけだしな。しかし、面白い人間だ。己の命より住居を守る奴は居たが、変な交渉をする奴は初めてだ」


 【魔族】とは、人間に近い知能を持つ魔物と言われている。多くが二足歩行で言語を操るが、身体が異なり魔法を使う。

 人間の魔法使いとの違いは、身体的差異だけだとも言われている。


「で?他をあたらなかったら命を捨てて戦うつもりなのか?今さら逃げるつもりは無いのだろう?」

「命を捨てるつもりも、逃げるつもりもない。お前達を排除するだけさ」


 この世界で人間は15歳で成人して結婚する。

 だが、アキトラードの持つ記憶が己の年齢を子供だと認識し、肉体も成長途中だと感じている。

 彼の理想の肉体には、あと数年を要するのだ。


 現在の彼は肉体と鍛練具合いに不満が有るが、前世の記憶を用いて納得の行く愛刀【高尾】を作り上げている。


「勝てるつもりなのか?人間」

「まだ時期尚早だが、ここで逃げる訳にはいかないんだよ。引かないなら死んでくれ、魔族!(限定展開)」


 アキトラードの肉体と刀が、一瞬だけ光に包まれる。


「今の光は何だ?魔力は・・・無いな。加護の類いか?だが小さい。己の無力を知れ」


 狼の魔族は手をかざし、無詠唱で雷を放った。

 魔法での雷は、自然界の雷よりも速度が遅い。直前に小さな放電が起きるのも特徴だ。


 アキトラードは、抜いていた刀の先を正面で降り下ろしながら地面に付けて、雷魔法の流れを地中に逃がした。


「危ない危ない。狼男の魔法は電撃系か?鉄製の武器には相性が悪いな!全身が帯電していたりはしないだろうな?」


 この世界で剣に使われる金属には、帯電しない物もある。


「ほう?田舎の村人にしては、雷魔法に対する知識が有るのか?人間の冒険者崩れか何かか?だが、魔法だけが武器ではないぞ」


 【冒険者】と呼ばれる者の中には、魔力を全く持たない者も居る。

 肉体的には地球の人間と差異がないソノ様な者は冒険者としては低位の者で、アイテムや知恵で仕事をこなしている。


 有効と思っていた初撃を外された狼魔族は、ニヤケながら右手で剣を抜き、左手の爪を伸ばして手の平で放電を起こしている。


「少し、本気を見せてやろう。兵士や冒険者すら凌駕する魔族の力の一端を!」

「ありがたい。魔族と戦うのは初めてなんでな」

「最初で最後になる訳だがな」


 アキトラードは、魔族の動きから攻撃パターンを推測していた。

 先ずは左足が動き、右手の剣が後ろに下がり、左手が前に向こうとしている。

 狼魔族の胸筋が、ボディビルダー並みに膨れ上がっていく。


「(ありがたい。魔族と言えども対人戦闘で済みそうだ。未知の生物だと動きが予想できないからな)」


 対してアキトラードは、刀の鞘を腰紐から外して左手に持ち、右手の刀は地面につけたままだ。

 鞘を手にしたのは、両手使いには、両手で対応するのがベストだからだ。


 手札数が同じ、この様な場合は、先に動いた方が初手を封じられて不利だ。だが、両手に武器の魔族に対して片手が盾代わりの鞘では、後手に回れても圧倒的にアキトラードが不利に見える。


「では、格上から攻めてやろう」


 狼魔族は左足を大きく突き出しながら、左手の雷を前に向かって放った。

 そのタイミングを見計らいながら、アキトラードは刀の先で地面の土を狼魔族の顔に弾き飛ばして目眩ましをかまし、同時に身体を右前へと進める。


 狼など犬科の生物は、肉体的構造により、前足を左右に向けるのが苦手である。

 比べて人間などの猿科は、胸筋が発達しているので、胸の外側に腕を回すのが苦手だ。


 この狼魔族の体型から、アキトラードは魔族の左肘目掛けて動いた。

 動きが見えていても、突き出した腕を左に向けるのは難しい。

 加えて魔族の右腕は、剣を振り上げる為に右後ろに下げていた為に、上半身ごと左に向く事もできない。


 放たれた雷魔法は、伸ばした鞘の先にある金の金具に引き付けられ、わずかな誘導も儘ならない。

 顔を背ける事で左目を犠牲にし、何とか片目を守り抜いた魔族は、降り下ろす剣と共に身体を捻り、接近するアキトラードに斬りかかった。

 その一連の姿は、野球の投球フォームに似ていなくもない。


 つまりは、元より雷撃は威嚇であり、2メートル近い長さを持ち20センチ近い幅を持つ大剣での殺傷が目的だったのだろう。


 鞘を抜いた時点で雷撃を受け流すのも、攻撃の死角へと進み、魔族の剣から逃れようとする所も魔族も読んでいた。


「(この人間は電撃をかわして死角に入ると同時に、下段から左の脇腹を切り上げるつもりなのだろうが、魔族の身体能力を知らないのが命とりだな)」


 『魔族と戦うのは初めて』と言うアキトラードの言葉に、わざと人間並みのスピードで戦っていた狼魔族は、内心で笑みを浮かべていた。

 元より、魔力で強化された肉体が、魔法も付与されていない鉄の剣に傷付けられる心配すら無い。


 恐るべき身体能力で一気に加速して身体を捻り、左横を抜けようとするアキトラードの背後から大剣を降り下ろす魔族。

 人間であるアキトラードのスピードは、明らかにソレから逃げられるものでは無かった。


ガキンッ!

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