4.恋バナが楽しいのはわかるけど……

「どれも美味そうな菓子ばかりだな。我が国でも、自慢の料理を持ち寄って食事をする風習があるんだ」


 用意された椅子に腰かけながら、ラジアが機嫌良さそうに言った。


「茶会日和だな。庭は豪奢で、この机に並べられたものはみな、どれも豪勢だ」


 テーブルの上の色とりどりのお菓子を眺めながら言うラジア。


「我からは、故郷の味を用意させた。……こうして、手づかみで食べるのが正式な食べ方だ」


 そう言ってラジアはお菓子を頬張った。ラジアの持って来たお菓子は、濃い赤紫色の丸い食べ物だった。一口で食べるには大きな球体で、お米のようなつぶつぶが見える。むしゃむしゃと食べるラジアを見ながら私は言った。


「異国のお菓子という珍しいものをお持ちいただきまして、ありがとうございます」

(見覚えのあるような、ないようなお菓子だなぁ……)


「そうであろう? ほら、エヴァリア嬢も食べてみるとよい」


 そう言って目の前に出された皿には、赤紫色が2つ。


 注目の的だ。淑女が手づかみで食べるなんて。でもちょっと興味あるし、エヴァリアが食べるのなら……。なんて声が、令嬢達から聞こえるようだ。


 ラジアが隣国の王子でなかったら絶対に断るのに。……もう!


「それではいただきますわ」


 そっとつまむようにしてそのお菓子を持ち上げる。表面は飴のような光沢と、少しのベタつきがある。よく見るとお赤飯のようにも見える。いや、ポン菓子を水飴で固めたみたいな見た目だ。


 意を決して小さく一口。


 サクッという心地よい音。ほろほろとバラけるお米のような粒が口に広がる。どぎつい色に反して、とても優しい甘さに包まれる。じんわりと、どこか懐かしささえ感じるような素朴な味だ。


「異国の景色が目に浮かぶようですわ。ウィジャラ王国の銘菓に相応しいお味ですわ」

(ふつうに美味しい。なんだか山田ハナコの頃を思い出すよ)


「気に入ったか、よいよい。ほかのお嬢さん方も食べてみるとよい。たくさんあるんだから」


 嬉しそうに頷くラジアは、なんだかただの同級生に見えて来た。


 考えてみれば、ラジアだって従者を連れているとは言え異国に1人きりだ。心細くもあるだろうし、自分の国のものが認められればホッとするんだろう。


「エヴァリア様の言う通り、大変美味しいですわ」


「本当ですわ。初めていただくお菓子ですがとっても美味しいです」


 美味しいと褒める令嬢達を見ながら、満足そうに紅茶を飲むラジア。


 エドワードはと言うと、王子スマイルを貼り付けたまま優雅に紅茶を飲んでいる。ラジアの持って来たお菓子には手をつけていないようだ。


「エド、そなたは食わんのか」


 ふと気がついたラジアがエドワードに声をかける。……愛称で呼んだ? え、もうそんなに仲が良いの?


「このお菓子は城でたくさん食べているからな。私が食べるより、ここにいる美しい花達に食べてもらう方がよいだろう。それと、ラジア王子、私のことはエドワードと呼ぶように」


 エドワードが「美しい花達」と言うと、令嬢達から恥ずかしそうな、それでいてとても嬉しそうな声が上がった。


「そなたは堅苦しいわい。もう我らは友達であろう?」


「ええ、友好的な関係であるとは思います。しかし、親しき中にも礼儀ありという言葉がありますので」


 にっこりと美しく微笑むエドワード。それがとても怒っているように見えたんだけど、私だけかな? 他の令嬢達は、ラジアにお菓子の説明をしたり、私とエドワードに憧れの眼差しを向けたりしている。


「ところで、エドワード王子とエヴァリア嬢は結婚を約束した仲なのであろう? 馴れ初めなどお聞かせ願いたいのだが」


 !?!?


 いたずらっ子の顔をして、ラジアが楽しそうに聞いてきた。


 やめてよ、もう……。この前のエドワードのことがまた蘇ってくる。山田ハナコだったら完全に顔に出ていた。エヴァリアでよかった。失態を晒さずに済む。27歳なのにこんなに恥ずかしいなんて!!!


「ラジア王子、お戯れを。お聞かせするようなお話などございませんわ。わたくし達は両家のために結ばれるのですから、ロマンスなどございませんの」

(私はエドワードと婚約破棄しようと思ってるし、いやでも最近は大丈夫そうかななんて思うけど、でもエヴァリアの記憶にエドワードとの仲が良かった話なんてないのよ、本当に)


 そう言ってちらりとエドワードを見ると、なんだか悲しそうな顔をしている。やっぱり、ラジアにこんなこと聞かれて迷惑に思っているんだろう。


 と、こちらを向いたエドワード。するりと私の髪を弄びながら、


「エヴィ、私はこれでもそなたを愛しているのだがな。もっと伝えて行くから、待っていておくれ」


 途端に令嬢達から悲鳴にも似た声が上がる。表面的に見えているエヴァリアは涼しい顔をしてると思う。


 でも! 私は気が気じゃないから!!


「殿下までご冗談を。わたくしの他に、あと幾本の花があるかわかりませんわ」

(ひぃ~、もう勘弁してよぉ……)


 扇子を半分だけ開けて口元を隠し、薄く微笑んで見せた。


「エヴァリア嬢はエドに興味がないなんて知らなかったな。それならやはり、我でもよかろう? どうだ、異国の妃にならんか?」


 振り向くと、ラジアが余裕たっぷりのオトナな笑顔で私に言っていた。


 ほんと、もう、お腹いっぱいなの……。エドワードもラジアもイケメンよ。囲まれて怖いくらい。逃げたい。


「他の方ならいざ知らず、わたくしはそんなに安い女ではございませんの」

(早く帰ってくれ……頼む……)


 開けていた扇子をぴしゃりと閉じて、私は言った。


 大好きなドラマを見るような、爛々とした目つきの令嬢達。この状況をひとつも取りこぼすまいと、熱心に耳を澄まし、注視している。


「そろそろ私達は帰ろう。友人達との楽しい時間を邪魔してすまなかった。私からは手土産を、散会したら渡すように頼んである。……ラジア王子、もういいでしょう」


 そう言いながら立ち上がるエドワード。はぁ、そうそう、早く帰ってよ。


 それでも見送らないのは失礼だ。立ち上がろうとするとエドワードが私の肩に手を置いた。


「エヴィ、見送りは結構だ。こちらは勝手に来たのだから。……本当にすまなかった」


 耳元でささやくと、ラジア王子を急き立てて帰って行った。


 最後の言葉の甘い声色が、耳に残って離れない。普段のエドワードとは違って、許しを請う無邪気な子供のような……。


「……リアさん、エヴァリアさん!」


 ハッとして我に返った。私の名前を呼ぶのはルリミエだった。


「予定外のことが起きてしまって、慌ただしくて驚いたでしょう。もう大丈夫ですので落ち着いてお茶を飲みましょう」

(そうだ、まだお茶会は続いてたんだっけ。危ない危ない)


 私がそう言ってにっこり微笑むと、令嬢達は堰を切ったように話し出した。


「エヴァリア様、とても素敵なサプライズでしたわ」


「ラジア王子は学園でも人気が高いんですのよ」


「王子であることを時々忘れてしまうくらい、親切な方なんですわ」


「エドワード王子は、普段学園でお見掛けするお姿とは違っておりましたね」


「違っていましたけれども、今日のエドワード王子は本当にエヴァリア様のことをお慕いしているようで、憧れますわ」


「それにエヴァリア様のことを愛称で呼ばれていて、とっても素敵ですわね」


「皆さん、一気に話始めるなんて、ちょっとはしたないですわよ」


 ごうごうと浴びせられる令嬢達の話を一刀両断したのはリーチェだった。


「そ、そうですよ。質問は一つずつゆっくり聞かないと」


 そうそ、……ん? ルリミエはそう言って、私の方へ向き直った。


「あの、それで、エヴァリアはラジア王子とエドワード王子、どちらに気持ちが向いているのですか?」


 !?!?!?


「ルリミエさん、そんな確信に近いところから聞いてはダメですわ。もう少し遠いところから聞かないと」


 リーチェ!?!?


 ふと周りを見ると、たしなめられて静かになった令嬢達の目に、再び好奇心が宿ったのをハッキリと見た。


「エヴァリアさん、聞かせてください!」


「どちらのお方をお選びになっても、私達はエヴァリア様の味方です」


 ルリミエとリーチェに詰め寄られると、とても困る。


 でもこの感じ、恋バナで盛り上がる学生時代に似てて、なんだか楽しい。


「ラジア王子はどなたも平等に接するところ、エドワード殿下はどなたにも優しいところが素敵ですわね」

(どっちって言ったって、どっちとも本当は関わりたくないのに。エドワードは仕方ないとしても、ラジアはどういうことなのよ……)


「そうそう、ラジア王子は身分に関係なく接してくれますの」


「確かにエドワード王子は分け隔てなく誰にでも優しいですわね」


 令嬢達は様々に、ラジアのここがいいとか、エドワードのここが素敵だとか、そんな話できゃあきゃあと盛り上がった。私が明言しないのでちらりちらりと、私の方を様子を窺う令嬢達。


 それに気づかないフリをしていたら、察してくれたのか、そのままお開きとなった。学園で待っていると口々に告げる令嬢達を、楽しさと疲労でぼんやりした頭で見送った。

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