第20話 みんなのことを、おぼえていたい
猫の写真はスマホで送り合うのに、いまだに学校では彼女と、あまりしゃべったことがない。
彼女は下校途中いつも道で野良猫を探しては、見つけて観察して、またはスマホで写真を撮っている。偶然から、そんな彼女と下校途中だけ、彼女と話すようになった。
下校中以外といえば、お互い猫の優れた写真を撮れたとき、スマホで送り合うこともある、彼女はそれを「交流戦」と言っていた。
ある日の下校途中、晴れからいきなり雨が降り出した。また傘をもっていなかった。
雨のなかを走っていると、パン屋の軒先のベンチで、アンパンみたいなものへかじりつきながら、雨宿りしていた彼女をみつけた。
いつものはんぶん開いた目のまま、小さく手をあげて見て来たので、こっちも手をあげて、少し迷って、パン屋の軒先に入る。
ベンチに座って、じっと見上げてくる。ベンチには、まだ、余裕があって、隣に座れそうだった。
とりあえず、手持ちハンカチで気持ちほど雨をふいた。その様子を彼女が、アンパンを齧りながらじっと見ている。
彼女を、見て、アンパンを見て、考える。彼女が座るベンチは開いているし座れる。いっぽう、下校中の買い食いは校則違反だった。
でも、雨が降ってるし、これはあくまで雨宿りだった。しかし、なにも買わずに、ベンチに座るというのは、パン屋にたいして、しつれいにあたる。
しかたがない、片方をあきらめ、雨がちらないように、店内へ入り、そろりとした動きで、アンパンを買い、店の外へ出る。そして、彼女の隣に座る。
アンパンを買ったわけだし、ベンチに座るのは、合法である。
と、じぶんに言い聞かせていると、彼女が「パン、うまいよね」と、シンプルなことを言ってきた。
「うん、パンのおかげで、雨宿りもできるしね」
「猫の写真、見る」
会話の流れを、まるで気にせず、彼女はスマホを取り出し、画面を見せてくる。
車の屋根にいる灰色の猫の写真だった。
「入学式の日にいた、猫」
言って、彼女はスマホの画面をスライドさせる。
今度は路地を歩く白猫だった。
「入学式の日にいた、猫」
つまり、二匹みたのか。
彼女がスマホの画面をスライドさせる。
白黒のハチワレの猫だった。
「入学式の日にいた、猫」
三度か。彼女が画面をスライドする。
「入学式の日にいた、猫」
じゅかん、壊れたボイスつきおもちゃみたみたいに、同じフレーズが繰り返す。
かと思うと。
「やっぱパン、うまいよね」
変化も入れてくる。
「入学式の次の日にいた、猫だ」
そして、止まっていた時間が突然動き出す。
ゆだんできやしない。
彼女が画面をスライドしてゆく。途中、クラスメイトと一緒に写っている写真も見えた。その写真を見ていないふりをしつつ、気を逸らすように、話しかける。
「毎日、町で猫を探して写真撮ってるよね。そして、猫をじっと見てるし」
そう言ってみて、すぐに、いや、毎日でもない、学校が休みの日もあるし、と、つい、そんな会話のささいな部分を気にしてしまいながら、続けた。
「写真とるのは日記みたいな感覚、とかに、なってるのかな」
聞くと、彼女は言った。
「忘れるくせに」
と。
急にそういわれ、一瞬、せめられた気がした。
「わたしはとく忘れるくせに、くばりなのさ」
でも、ちがうとわか。
それは、彼女が自身へ向けたものだった。
「みんなのことを、ぜんぶおぼえていたい」
そういって、笑う。
いつのまにか雨は上がっていた。でも、パンはまだ食べ終えていない。
だから、まだここに座っていられるはず。
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