復讐してやるっ!ーオレは異世界に転生した加害者を探す旅に出る

喜多里夫

第1章

第1話 通り魔

 オレ──高橋輪たかはしりん──の一風変わった長い旅は唐突に始まった。


 その日は秋晴れの、とても空が高く、蒼い日だった。


 あんなことさえ無ければ、ただの秋晴れの日ということで、すぐにオレの記憶から消え去っていたことだろう。


 朝、オレの降り立った駅前はいつものように通勤・通学の人々でごった返していた。


 ビジネスマンもいればOLもいる。大学生もいれば、高校生、中学生、小学生……様々な人々。


 電車に乗る人、電車から降りる人。駅前のバス停でバス待ちをする人、終点ということでバスから降りる人。タクシー、自家用車での送り迎え。


 人間がめいめい勝手に動いてる混沌とした世界のようであり、電車やバスの時刻表通りに動かされている秩序だった世界のようでもある。


 いつもと同じ時刻に電車から降りたオレは、いつもと同じ時刻に大学へ向かうバス待ちの列に並ぶ。ここから大学へは路線バスで一五分くらいだ。


「お~い、たかはしぃ!」


 すぐにオレから一〇人くらい後ろに並んだ悪友近藤や村上がいつもと同じように声をかけてくる。やつらはオレの通う大学のオレと同じ文学部史学科の学生だ。


「おう」


 適当に返事し、オレはもう一人、同じバスに乗るはずの友人を探す。


 いや、友人と呼んでいいのかどうかはわからないのだが、これも同じ専攻の学生だ。


 名前は山本真里。


 あっ、いたいた。


 彼女は近藤や村上たちのすぐ後ろに並んだ。


「あれっ? 真里ちゃん、今日は何か疲れた顔してない?」


「ほんとだ。目の下にクマが」


と、近藤と村上が声をかけている。


 真里ちゃんは自宅の最寄り駅から四〇分ほどかけてここまでやって来ている子で大学に入学してから知り合ったのだが、二回生の今では大学で一番親しくしていると言ってもいい女の子だ。もっとも、というわけではない。むしろ真里ちゃんはクラスの中ではみんなのアイドル的存在なので、オレたちは一対一の交際には手を出しかねていた。


「え~っ、わかるぅ? もう、聴いてよ~。西洋史概説のレポートよっ……バイト上がって夜の一一時から……書いてたんだけど、夜中の三時までかかったわ」


 彼女の声は時々、駅前の喧噪けんそうにかき消されて、少し離れているオレには聴き取りにいところもあったが、要するに今週末提出期限のレポートの話をしているようだった。


 オレも話の輪に入りた~い。


 オレは黙って後ろを見ながら、彼女と至近距離で話をしている近藤と村上を羨ましげな顔で見ていたと思う。


 その時だった。


 オレの視界に入った一人の小柄な男。


 オレたちの並んでいる列に小走りで近づいてくるのが見えた。


 あれ?


 手に……ナイフを持っている。


 えっ? やばっ!


 その男は列の後方から並んでいる人々を無言で次々と刺し始めた。


 オレはすぐに後ろに向かって叫んだ。


「皆さん、後ろ、後ろっ! 危ないっ!」


 直後に女性の甲高い悲鳴が聞こえた。


 真里ちゃんも背後の異変に気づいたらしい。


 しかし、彼女が後ろを振り返ると、男はすでにすぐ近くまで迫っていた。


「真里ちゃん、逃げてっ!」


 オレはとっさに真里ちゃんと男の間に割り込もうと駆け出した。


 数秒後、男は無言のままオレに思いきり体当たりをかましてきた。


 しかし、ただの体当たり──では、済まなかった。


 そいつの手には刃渡り二〇センチはあろうかというナイフが握られていたからだ。


 オレはみぞおちの辺りが急に熱くなるのを感じた。


 少し間をおいて、


「きゃ~っっっっ! 人殺しぃぃぃぃ~っ!」


 真里ちゃんの大きな悲鳴が聞こえた。


 しかし、オレは周りの喧噪けんそうが大きくなるのに反比例して、目の前が次第に真っ暗になっていった。


 何も見えなくなっても、


「けっ、警察をっ!」


「きゅ、きゅ、救急車!」


という叫び声は耳に入ってきたが、それもすぐに聞こえなくなった。 


   ◇


 この時、テレビではこのようなニュースが流れていたという。


「番組の途中ですがここで、ただ今入りました臨時ニュースをお伝えします。本日午前八時頃、都内のJR亀島駅付近の路上で、バスを待っていた人々が近づいてきた男性に相次いで刺され、負傷者が複数名出ている模様です……」


   ◇   ◇   ◇


 第一話を読んでいただきありがとうございました。


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