9 一人旅

 あまり眠れなかったが、身体は勝手に日の出とともに起きた。

 身支度を整えてギルドホールへ行くと、受付さんが既に待機していた。

「おはようございます、ラウト様。昨日のクエスト受注手続きが途中でしたが、どうされますか?」

「お願いします」

 昨日とは打って変わって落ち着いた様子の受付さんが、すんなりと手続きを通してくれた。

「昨日は申し訳ありませんでした。私としたことが慌ててしまって……監査役の話が長いことはわかっておりましたのに」

 手続きの間、受付さんが手を動かしながらも申し訳無さそうに謝罪を口にした。

「いえ、気にしていませんから」

「お心遣い、痛み入ります。……はい、受付完了しました。それではご武運を」

「ありがとうございます。行ってきます」


 ギルドハウスを出て、改めてクエストメモを手に取り、頭の中で順番を決めながら町の外を目指して歩く。

 ここから東へ二キロメートルあたりにいるキングゴーレムから初めて、南、西の順がよさそうだ。

「なあ、あんた。……待て、そこの黒髪の、今冒険者ギルドから出てきたお前だよ。冒険者だろう?」

 誰かが、どうやら僕を呼び止めている。足を止めると、体格のいい男が三人と、少し後ろに女性が一人立っていた。全員、三十台くらいに見える。

 男のうちひとり、多分僕に声を掛けてきた金髪の人が僕が持つクエストメモに手を伸ばす。

 クエスト内容は全て頭の中に叩き込んであるが、メモはクエスト完了報告に必要だ。失くしてもクエスト完了できないわけではないけど、手続きが煩雑になるからできるだけ避けたい。

 男にメモを取り上げられる前に、手を頭上へ伸ばした。男の身長は僕より低く、メモに手は届かない。

「ちょっと見せろよ、取りゃしねぇ」

「どうして?」

 男は飛び跳ねてまでメモを取り上げようとしてくる。

 僕はメモを背に庇うように手を後ろに回した。

「見たいなら見せますが、渡したくありません」

「取らねぇよ。見せろ」

 やっぱり見せたくないなと一瞬思ったが、持っていたクエストメモをカードゲームをする時のように扇状に広げた。

 他の四人も集まってきて、メモを上から覗き込み、好きなことを喋り始めた。

「全部Sじゃねぇか」

「これパーティ下限四人で全員A以上限定じゃない。どうして一人で請けられるの?」

「ゴーストサーベルって物理攻撃効かないんじゃ……」

「おい、あんた」

 最初に声を掛けてきた男は、僕を見上げた……というより、睨みつけてきた。

「今この国の冒険者ギルドが報酬出さないこと、知ってるのか?」

 どうして僕が敵意を向けられているのか、全然わからない。

「知ってるよ」

「じゃあどうして一人で、こんな高難易度クエストばっかり請けてるんだ」

「冒険者がクエスト請けて何かおかしい?」

「そうじゃねぇが、報酬が出ねぇのに請けるのはおかしいだろうが」

 口調や雰囲気から、僕に敵意を向け怒っているものだと勘違いしていた。

 これは違う。

 僕を心配してくれているのだ。

 なんだかシェケレを思い出すなぁ。思わず頬が緩む。

「全部承知の上です。僕はエート大陸から来ました。ここの状況については、エート大陸のミューズ国に伝えてあります。じきに援助や応援がくるはずですが、その前に溜まりすぎたクエストを少しでも減らそうと考えまして」

 勇者なので、の一言でほぼ全てを説明できることを、どうにか話せたと思う。

「そうか、そういうことなら……でも……」

 男は僕の説明に、納得したが腑に落ちない、というような表情になった。

「エート大陸出身で、これだけのクエストが請けられるって、貴方……」

 女性がなにかに気付いたらしい。

「じゃ、急ぐので」

 騒ぎ始めた男たちを置いて、僕はその場から速やかに立ち去った。



 ようやく町を抜けて、東へ全速力で向かう。五分ほどでキングゴーレムの姿を捉え、剣で両断した。

 続けて、頭の中で組み立てた順序通りに町の南、西と順に周り、クエスト対象の魔物を倒していく。

 クエストメモ通りの数しかおらず、増えたり減ったりはしていなかった。

 最後のゴーストサーベルをサラマンダの炎で焼き払い、地面に残った魔物の核を回収して、クエスト完了だ。


 力を抑える膜を一枚も割ることなく終わってしまった。もう難易度Sの魔物なら何体いても、相手にならない。

 このままひとりで魔王探しの旅を続けた場合、鍛錬相手がいないことが一番問題かもしれない。時折転移魔法で家に帰って、ギロに相手してもらおうかな。

 毎日帰ればいいのだけど、魔物は夜こそ活性化する。いつでも対処できるようにするために、なるべくこの大陸に居続けたいのだ。


 昼過ぎに町へ入ると、心なしか活気が満ちていた。

 人通りが多く、昨日は殆ど見かけなかった冒険者姿の人とよくすれ違う。

 ギルドへ戻ると、冒険者が数人、受付さんと何か話していた。

「ラウト様、おかえりなさいませ」

 受付さんが僕を見つけて、笑顔で片手を振った。

「やっぱりあんたがラウトだったのか」

 受付さんと話していたのは、今朝方僕に絡んできた人たちだった。

 やっぱり、ってまさか……。

 男たちは僕の少し前で立ち止まり、すっと片膝をついて頭を下げた。

「勇者様とは知らず、無礼な態度をとってしまったこと、お詫びします」

 バレてる……。

「立ってください。僕は一介の冒険者です」

「一介の冒険者はひとりで難易度Sをいくつも、こんな短時間で終わらせてきたりしねぇよ」

 男は苦笑しながら立ち上がり、僕に握手を求めてきた。

「俺はグンデル。冒険者だが、このひと月ほど開店休業中だった。本当に他の国に援助するよう言ってくれたんだってな。魔物の核の収入だけじゃやっていけねぇからクエストを請けるのもやめてて、剣を持つのも久しぶりだが……低めの難易度から肩慣らししてくるよ。ありがとうな」

 グンデルは一方的に言いたいことを言うと、他の仲間を促して、冒険者ギルドから出ていった。


 クエスト完了報告のために受付さんのところへ行くと、受付さんから嬉しそうにお礼を言われた。

「私からもお礼を申し上げます。貴方が来てくれたと知って、他の冒険者たちも『あと少しの辛抱なら』とクエストを請けてくれたのです」

 魔物討伐のクエストが減るのは喜ばしい話だが、僕はそれどころじゃなかった。

「あの、僕が勇者だということは、できれば広めないように通達があったはずですが」

 受付さんは申し訳無さそうに首を横に振った。

「私は一度も、貴方が勇者であると明言しておりません。エート大陸の黒髪の冒険者で、難易度Sを容易く片付ける冒険者といえば、それが誰かはこの大陸にも広まっておりますので」

「そうですか……」

 もう静かに暮らすのは無理なのかな。

「冒険者が全員戻ってきたとして、難易度Sを請けられる人はどのくらいいますか?」

「先程のグンデルさんがレベル八十七で、この近辺では一番レベルが高いですね。難易度Sを請けられるのは、彼のパーティの他に二つ存在します」

 グンデル強かったのか。特に気配を読んだりしなかったから、気づかなかったよ。

 この規模の町で三パーティも難易度Sに対応できるのなら、僕はこれ以上請けなくても大丈夫だろう。

「では、お世話になりました」

「もう発たれるのですか?」

「はい。急ぎますので」

「落ち着いたらまた是非お越し下さいね」

 受付さんはあえて監査役を呼ばず、笑顔で見送ってくれた。


 町で野営に必要な食料や装備を買い込み、町の外へ出た。

 目を閉じて、広範囲の気配察知を展開する。

 あちこちで冒険者らしき気配が魔物を討伐している。

 一番強い気配がグンデルかな。相手の魔物も、僕が倒した難易度Sと同じくらい強い。苦戦している様子だが、負けるようなことはないだろう。


 これから僕が目指すのは、最後に魔王がいたとされる、大陸の南の端だ。

 魔王がどこに居るか全くわからないから、南へ一直線に進むのではなく、大陸をジグザグに横断するように進む。

 長距離を一人で旅するのは初めてだから、慎重に、しかしなるべく早く。

 睡眠を取るのは明け方少し前から昼過ぎの間にして、夜はサラマンダに明かりを灯してもらって先を急いだ。


 そうやって進むこと、十日。大陸の半分を踏破したが、魔王らしき気配は未だに見つからない。

 他の大陸へ逃げたという連絡も来ないので、僕はまだまだこの大陸で一人旅をしなければならないようだ。

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