25 療養と間
剣を鞘に収め、魔族の核を拾い上げた。
「いまの動き、見えてた?」
シェケレは僕のすぐ後ろで、僕が魔族を倒すところを見ていたはずだ。
「あー、蝙蝠が突っ込んできたのと両断されたのはわかったが、お前がいつ剣を抜いたのかはわかんなかった」
シェケレは頭を掻きながら、正直に答えた。
「ラウト様の抜剣を視認出来る人はいませんよ」
ギロがおかしなことを言う。
「ギロにはわかるでしょ」
「いいえ、無理です」
やたらと確信を持ってきっぱり言い切られてしまった。
「そっかぁ……ま、そこはいいや。じゃあシェケレ、この魔族、自力で倒せると思った?」
この魔族という時に、手に持った核を持ち上げてみせた。難易度SSの魔物より更に一回り大きい核だ。
「やってみねぇとわかんねぇ……って言いたい所だが、俺には無理だ」
先程までの威勢はどこへやら。シェケレは肩を落として首を横に振った。
「それなら、次に魔族を見つけたら、シェケレも相手して」
「はあ!? 今無理だっつったろ!」
「無理なことが解ってる相手に、無茶しないでしょ。魔族を倒せる人が増えるのは助かる。危ないときは僕が絶対守るから心配いらない」
シェケレは驚き、戸惑い、渋面と百面相の後、大きく息を吐いてから、僕に真面目な顔を向けた。
「わかった、やる」
シェケレが出したやる気は、アイリの「駄目」の一言で一旦お預けとなった。
「こんなに出血して。傷を塞ぐだけじゃ治ったとは言えないわ。三日は安静にしてもらいたいところよ」
野営場所へ戻った僕たち、特にシェケレの腹部に付着した血を見るなり、アイリはそう断じた。
負傷後の体調を診ることにかけて、アイリの右に出る者はいない。
「三日後には魔王の所へ辿り着く予定だよ」
後二日進んだら、約束通りダルブッカを迎えに行くことになっている。
「フォーマ国で療養させていただくわけにはいきませんか」
ギロの提案にシェケレの目が輝いた。
男三人の視線を受けたアイリは、しかし無情にも首を横に振る。
「いい? 三日安静にして初めて、シェケレは旅を続けても問題なくなるの。フォーマ国で療養するのは賛成だけど、三日安静は変わらないわ。シェケレは最低三日、魔物と戦っては駄目」
アイリにここまで言われては、もう誰も逆らえない。
「わかった。シェケレ、フォーマ国で療養させてもらおう。ギロ、頼みがある」
「はい、何なりと」
ギロに小声で頼み事をしてその場に残し、僕とシェケレとアイリは転移魔法でフォーマ国へ飛んだ。
僕たちがフォーマ国の城門前に姿を見せると、門番さん達がすぐにやってきた。
「ラウト殿、もう魔王の住処まで辿り着かれたのですか?」
「いえ、そういうわけではないのです。仲間のひとりが深手を負ったので、療養させてもらえないかと」
「それはお困りでしょう。どうぞ」
門番さんに案内されて城内に入ると、侍女さんが案内を引き継ぎ、僕たちを貴賓室へ連れて行ってくれた。
「なあ、鍛錬も駄目か?」
シェケレは早速、お城が用意してくれた肌触りの良い寝間着に着替えている。療養に関しては諦めたようだが、アイリに「どこまでならやれるか」のギリギリの線を聞き出そうとしている。
「安静っていうのは、日常生活行動以外は寝るか座るかしてるって意味よ。鍛錬も勿論駄目。……でもそうね、明日から一日に十分、素振りするだけならいいわ」
「そうか! わかった」
やり取りに既視感がある。そうだ、サート大陸の魔王を倒した後、体調を崩した時の僕も、アイリに「鍛錬は欠かしたくない」と主張したことがあった。
あの時の僕は疲労が原因の療養だったから一日置きの鍛錬を許されたが、今回のシェケレは事情が違う。
かといって、剣を全く握れないのは辛いだろう。
「すみません、彼に帯剣をお許し願えませんか」
近くにいた侍女さんに声をかけると、侍女さんは「確認してまいります」と言って部屋を出ていった。
自分の得意な武器は、できるだけ身体から離さないほうがいい。僕自身、今でこそ旅装を解いている間は剣を手放すが、剣を習いたての頃は父の許しを得て食事中も身に着けていた。そうやって剣の重さや長さを自分の体の一部のように馴染ませるのだ。
シェケレも既にその段階は通り過ぎているが、今みたいに鍛錬も満足にできない間は、剣を持ち続けるくらいさせてやりたい。
「ラウト殿、来ておったのか! 全く、何故真っ先に俺に伝えないのだ」
「仲間の療養のためとのことでしたので……」
「何? 迎えに来たのではないのか」
ダルブッカが部屋へどかどかと入り込んできて、急に騒がしくなった。ダルブッカの後ろからは大臣や宰相が、更に最後に先程声を掛けた侍女さんが申し訳無さそうについてくる。
多分、侍女さんが大臣か宰相にお伺いを立てていたところを、ダルブッカに見つかったのだろう。
侍女さんに目で「気にしないでください」と伝えてみたが、通じただろうか。
「挨拶が遅れまして……」
僕が
「療養とは、何があった?」
ダルブッカはふむふむと相槌を打ちながら、僕の説明に耳を傾けた。
「なるほど。それで帯剣をか。構わぬよ。というかラウトとその仲間は、一々伺いを立てずとも、城の中では自由に過ごしてくれ。足りぬものがあれば遠慮なく申し付けよ」
国王にそう言われても、周囲が納得しないのでは……と後ろに控えている宰相たちを見たが、宰相たちは僕たちを好意的な目で見ていた。本気にしていいのかな。
「ありがとうございます」
僕が頭を下げると、アイリとシェケレも倣った。
「では僕とアイリはこれで。シェケレをよろしくお願いします」
「何? もう行くのか」
「はい。仲間をひとり、旅先に置いてきているので。シェケレが回復次第また迎えに来ます」
「わかった。任せろ」
ダルブッカが胸をどんと叩いたが、ダルブッカが面倒見るわけじゃないよね。……違うよね?
もう一度宰相たちを見ると、皆眉間を揉みながら天を仰いだり、頭を抱えたりしていた。ああ、有り得るんだ……。
僕とアイリが元の場所まで転移魔法で戻ると、遠くにあったギロの気配が近づいてきて、上から降りてきた。
「ただいま、ギロ。どうだった?」
「はい。魔王が住処にいることを確認してまいりました」
「魔族は?」
「手に負えないものはいませんでしたから、周辺の魔族はほぼ討伐できたかと」
ギロは頼んだことを完璧にやり遂げてくれていた。
「ありがとう、疲れたでしょ。今日は休んで」
「ではお言葉に甘えて」
野営の場所は昨日から変えていない。
僕たちは、シェケレが復帰するまでなるべく進まないことにした。
そのせいで魔物や魔族の討伐が遅れ、魔物が増えては困るので、ギロに魔王の偵察や周辺の討伐を頼んだのだ。
このことはシェケレには伝えていない。自分のせいで旅の日程が遅れたと知れば、気にするだろうから。
「今日の不寝番は僕だけでやるよ」
「ラウト……」
「平気なんだって。明日はアイリにも頼むから」
パーティの体調管理人になっているアイリにはジト目で見られたが、僕は一晩、寝ずに過ごした。
翌日からは、いつもの半分くらいの速度で、ゆっくりと進んだ。
ギロはこの前の人面蝙蝠のような、気配の希薄な魔族まで丁寧に討伐してくれたので、ゆっくり進みたいのに順調だ。
「うーん、体が鈍る」
何度目かの休憩で、僕はアイリとギロから離れて剣を抜き、素振りをした。もうすぐ夕方だというのに、今日は一度も魔物と遭遇していない。
僕が運動不足な時、普段であればアイリに結界魔法を施して、僕とギロで手合わせでもしているところだ。
ここは魔王の住処に近い。予想もつかないことが起きるかもしれないので、悠長なことはしていられない。
「すみません」
「魔物を倒しておいて悪いことはなにもないよ。僕の方こそ自分で頼んだくせに、ごめん」
僕とギロがお互いに謝り倒している間に、アイリはお茶を淹れてくれていた。
「私はなんだか感覚が麻痺してるわ」
お茶を飲みながら、アイリがぽつりと呟く。
「感覚が麻痺って?」
「ラウトやギロが高難易度の魔物や魔族まで簡単に倒してくれるから。普通の冒険者はレベル百に近くても、魔族は無理でしょう?」
「どうかな。ダルブッカならやれそうな気がする」
「ああ……」
アイリは失礼なくらい納得した。
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