23 わかってる

 ギロと異空間で戦い、ギロを斬ってから既に七日経つ。

 ギロはこの七日、一度も目覚めていない。

 気配を読む限り徐々に回復はしている。

 アイリが言うには「ラウトの回復速度がおかしい」とのこと。

 体力はいくら最大値が多くても、回復速度は体力の最大値が少ない人と変わらないものらしい。



 ギロに何が起き、異空間を作ってまで何をしてきたのかは、全員に説明済みだ。

 魔物や魔族の本能的な衝動のことも話しておいた。

「ギロ様……」

 話し終えると、サラミヤが両手で顔を覆った。アイリがサラミヤを抱きしめて、背中を擦っている。

「なあ」

 シェケレが何か言いかけて、やめた。

 でも言いたいことはなんとなくわかった。


 ギロが完全に魔族化していたら、僕はどうするのか。

 答えは出ているが、敢えて誰にも言わない。皆も薄々気付いている。



 サラミヤは「侍女ですので」と家事を甲斐甲斐しくこなしながら、空いた時間はずっとギロの部屋にいる。シルバーに至っては、トイレの時以外、ギロの部屋から出てこない。

 サラミヤを休ませるために、家事は一日おきにアイリと交代するよう説得した。

「休みの日はずっとギロ様のお部屋にいてもいいですか?」

 サラミヤの申し出を「きちんと食事と睡眠を取るなら」と条件付きで許可し、ようやく休んでくれるようになった。


 僕とシェケレは何をしているかというと、魔王討伐の旅の続きだ。

 転移魔法で家と往復しながら、魔王の場所までの道を徒歩で進んでいる。

 進むのは日が出ている間だけ。日が沈んだら転移魔法で戻っているため、周辺の村へは立ち寄るだけで滞在はしていない。幸い、問題のある村はなかった。

 最低限の魔物だけ倒し、いつギロが目覚めてもいいように行動している。


 八日目も、僕は魔王の居場所へ向けて前へ進んでいた。

 自然と無口になる。シェケレも何も言わずについてくる。

 会話するのは、魔物の気配を察知したときや、休憩を取る時のみだ。


「魔物だ。五体」

「おう」


 進行方向に魔物がいる場合は、位置を伝える必要がないため更に言葉数が少なくなる。

 戦闘は、僕が地を蹴り、魔物に接近と同時に攻撃を繰り出せば終わりだ。

 後から追いついてきたシェケレが魔物の核を拾い集め、再び無言の旅路につく。


 その時、待ちかねていた連絡が届いた。

「戻るよ、シェケレ」

「おう!」

 シェケレの明るい返事を久しぶりに聞いた。



 ギロの部屋の前に直接、転移魔法で飛んだ。

 扉の向こうのギロの気配は……人の気配だ。

「ギロ!」

 ノックもせずに扉を開けてしまった。

 ギロはベッドの上で上半身を起こして、何かをむぐむぐと頬張っていたが、僕の姿を見るや急いで飲み込んだ。

「ラウト様、ご心配とご迷惑を……」

「そんなのいいから。ごめん、ノックもしないで。食事の邪魔しちゃったね」

 安堵のせいか、我ながら言うことが支離滅裂だ。

「いいえ、最後のひとくちでしたので。ご馳走様でした、サラミヤ」

 サラミヤの笑顔も久しぶりだ。足元ではシルバーがキリッとした表情で控えている。

 サイドテーブルの上には、大皿二枚とボウルが一つ、きれいに空になった状態で置いてあった。

「お腹すいてたの?」

「聞けば八日も眠りっぱなしだったそうで。はじめにスープを頂いたのですが、物足りなくて。アイリ様とサラミヤには手間を掛けさせてしまいました」

「とんでもない! たくさん食べてくださって、安心しました」

 アイリはキッチンに気配があったが、こちらへ向かっているようだ。

「それで、調子はどう?」

 一番気になっていたことを尋ねた。調子というのは、例の衝動のことだ。

「お陰様で、落ち着いています。例のことなのですが……今後もラウト様の手を煩わせることになるかと」

 ということは、やはり原因を斬るのは失敗したらしい。思わず顔を伏せると、ギロが慌てた。

「ラウト様はしっかり斬ってくださいましたよ。しかし、どうやらひとつだけではないのです」


 ギロは今まで日頃から、魔族の本能的な衝動を抑え込んでいたそうだ。全く気が付かなかった。

 それが先日の、長距離飛行の疲労で表に出てしまったと。

「やっぱり僕のせいじゃないか」

「あれがなくとも、いずれ表に出ていたことです。むしろ、ラウト様のお傍でああなったのは運が良かったのです」

「ラウトが全力出さなきゃいけねぇ奴なんて、他の誰も相手できねぇよな」

 シェケレが肩をすくめると、キッチンからギロの部屋へやってきていたアイリも同意した。

「ひとつだけじゃないって?」

「なんというか、似たような衝動がまだ身体にいくつかあります。しかし表立っていないというか……しっかりとした形をとっていないような状態なのです。ですから、表立った時にまた斬っていただくしかないかと」

「なるほど」

 僕には、衝動が残っているだとか、形を成していないという感覚はよくわからない。

 でもギロが言うのだから、そういうものなのだろう。

「衝動は意図的に纏められないの?」

「できそうにないのです。申し訳ありません」

「聞いてみただけだ、謝ることないよ」

 ギロは現状、いつ爆発するかわからない危険物を抱えているということだ。

「ラウト様にはお手数をおかけしますが、また事が起きた時には、よろしくお願いします」

 ギロは丁寧に頭を下げた。

「気にしないで。……でも、転移魔法ですぐ戻ってこれるとはいえ、常に連絡を受け取って戻れるとは限らないからなぁ。一緒にいたほうがいいね」

 しかしここでギロを連れて行くとなると、家にサラミヤをひとりで残してしまう。

 シェケレを置いていくのは論外だし、アイリは僕のそばにいて欲しい。

「ラウト様、私のことなら心配いりませんよ」

 サラミヤが僕の前に進み出た。

「ラウト様の結界魔法のお陰で不届き者は入ってこれません。それに、シルバーもいます。賢いのですよ、この子。簡単なお使いなら任せられます」

 シルバーは褒められたのがわかったのか、キリッとしていた顔がふにゃりとゆるみ、尻尾をぶんぶん振り始めた。

「安全安心なのはわかったけど、ひとりと一匹で留守番するのは寂しくない?」

「平気です。それよりも、ギロ様のお体のほうが心配です」

 シェケレが小声で「本当にしっかりしてんな」と呟いた。

「……わかった。じゃあ申し訳ないけど、ギロを連れて行く。家を頼むよ。シルバー、サラミヤをよろしくな」

「はいっ!」

 サラミヤは笑顔で頷いた。シルバーの頭を撫でてやると、シルバーは「きゃん!」と元気に鳴いた。



 日が暮れたので、今夜は家で過ごすことにした。

 無理はするなと言ったのだが、ギロが「体調は良いですし、ずっと寝ていましたから体を動かしたいです」と主張するので、夕食はギロの手料理だ。

「え、うっま。これ本当に魚か?」

「はい。臭み消しにハーブを三種類合わせています」

「ハーブ!? 俺、どっちも苦手だと思ってたんだがなぁ」

 シェケレは偏食家で野菜と魚介類は苦手だったらしいが、白身魚のムニエルを付け合わせの温野菜までぺろりと平らげた。

「たくさん食べていただきましたね」

「ああ、うまかったよ。ご馳走さん」

「片付けはこちらで」

「俺はラウトの従者みたいな立場だぞ。普通に給仕されてたのがおかしい」

「そうでしたか。ではお願いします」

 シェケレとギロが何か話しながら、テーブルの上を片付けてキッチンへ向かった。

「随分丸くなったわよね、シェケレ」

 アイリが食後のお茶を飲みながら、ぽつりとつぶやく。

「今回の魔王討伐が終わったら自分がどうなるのか、覚えてるのかしら」

「ちゃんと覚えてるよ」

 僕が断言すると、アイリは僕をまっすぐ見つめた。

「なにか言ってたの?」

「はっきりと言葉にしたわけじゃないけど、行動の端々に見える。今だって、今しかできないことをやろうとしてるんじゃないかな」

 自分のためだけに生きていたシェケレが、僕の役に立とうと働いている。

 アイリに遠慮したり、サラミヤを気に掛けたり、ギロの手伝いをしたり。

 僕を騙ったのがバレたときはあんなに見苦しく言い訳し、勇者はズルいなんて発言していたのに。

「改心したっていう演技かもしれないわよ。罪が軽くなるのを計算しているとか」

「それでもいいよ。嘘はどこかで破綻するのはもう身に沁みてるはずだ」

「ふぅん。ラウトがいいなら、いいわ」

 アイリはお茶を飲み終わると、空になったカップとソーサーを僕の分まで持って立ち上がった。

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